第六話 エルザ救出作戦 その壱

「ごめん、エルザがさらわれた!」


 宿にエルザが返ってくるなり、テーブルに頭をこすり付け謝っている。アイリーンから見ても、明らかな素人尾行だったので油断をして、相手の後方へと回る事を優先的に考えてしまった。それに、二人位であればアイリーンが来るまで持ちこたえる事は出来たと思っていた。


「起きてしまった事は仕方ないのでこれからですよ。十分謝って貰いましたから、その辺で頭を上げてください」


 頭を上げたアイリーンの瞳には涙が浮かび、今にも泣きだしそうであった。


「それにしても、変ですね。魔術が専門とは言え、ここ三か月でアイリーン程ではないですが、相当に打ち合ってたはずですから」


 アイリーンが付いていながら、そして三か月も軽量剣とはいえスイールと同様に訓練をしていたにもかかわらず、攫われた事に違和感を感じる。尾行に気付くようにわざと実力を隠していた?何か目的があって攫われたのであれば命を取られる事までは無いだろう、貞操の危機はあるかもしれない……非常に残念であるが。

 それよりもアイリーンにその時の状況を説明してもらわなければならない。何も情報が無いのだから。


「順序立てて説明してくれますか?」

「すまない、実は……」


 先程、エルザが攫われた状況をアイリーンは丁寧に、かつ簡潔に説明した、何処で攫われたのか、どの様な状態だったのかと。

 その他、気が付いた事があれば細かくても良いからと口に出して貰うとスイールは目を瞑り、腕組みをして少しだけ考えを纏める。


「なるほど、エルザを狙ったのではなく、エルフを狙った可能性がありますね」

「エルザではなく、エルフ……?」


 キョトンとした顔でアイリーンが聞き返す。


「ええ、そうです。種族のエルフは亜人の中でも寿命が長く、魔力も豊富。そして、エルザに見られるように容姿端麗です」

「うん、綺麗なのは認める。ウチが逆立ちしてもエルザには敵わないからね」


 少し癖のある赤髪をいじりながらスイールの言葉に同意するが、その指先には多少の嫉妬が混ざっている事は確かであった。


「ベルグホルム連合公国に奴隷制度はありませんが、他の国ではどうでしょうか?エルフを奴隷として欲しがる国は沢山あります。この近辺ではディスポラ帝国が筆頭でしょうが。まぁ、非合法で奴隷を手に入れる事も出来なくは無いですがね」


 珍しい商品があれば高値で売れる。それを欲しがる人達がいる。そこに商売が生まれるのだが、それは奴隷商でも同じだ。エルフは珍しい、亜人の中でも表に出てこない筆頭なのだから。


「そして、私とヴルフ、エゼルバルドとヒルダには後ろから付けて来る人などいませんでした。それから考えればアイリーンかエルザかを狙った。最終的にはエルザは一人になった所で実行に移した。もうエルフを狙ったとしか思えませんね」


 スイールの予想はほぼ当たっていた。何処から目を付けられていたかは予想の範囲を超えていたのだが。実際、エルザに目を付けたのは船で渡ってきたライチェンベルグからであった。


「さて、このまま手をこまねいていても何も進展しませんので、その小屋とやらに行ってみましょう。と、言う訳で、戦闘準備をお願いします。手加減は要りません、思い切り暴れましょう」


 立ち上がり、装備を整えようとしている皆に告げた時、誰かの腹が”クー”と小さく鳴ったのだ。


「その前に腹ごしらえですね」


 時間も少し早かったが何時に帰って来れるかわからない為、腹の虫の鳴き声を合図に夕食を取る事にした。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




(ここは何処?)


 目を覆われ、口に物を詰められ、そして手足を固定され、何処かに寝かせられている。エルザは自らの記憶を手繰り寄せ、気を失う前にその身に起こった、最後の瞬間を思い出した。


(何者かに殴られ、気を失ったのか)


 そういえば腹のあたりに鈍痛が感じると思い、ウーウーと牛の様な叫び声を上げ助けを求めるが味方の反応は無かった。それよりも最悪な事がすぐ耳に入ってきたのだ。


「お目覚めか、エルフのお嬢さん」


 全く知らない声がエルザに投げかけられた。返事を使用にもウーウーと唸るだけで声にならない。もし、目が見えていたら涎を垂らし、見るも無残な格好であるとわかるだろう。


「おっと、悪いが目隠しも取れないからな。杖を持っていたから攻撃魔法くらいは使えるだろう。この部屋は声の出所が見当がつかなくなる作りをしているんだ。おまけに手足を金属のプレートで挟んである。魔法では切れんからな。寝かせるのも美女が台無しだから壁にもたれる様にしてやるよ」


 エルザの髪を鷲掴みにし、強引に上体を引き起こすと、壁に背を付ける状態になり、多少は楽になった。だが、強引に掴まれた髪は男の手によって多数が”ぶちぶち”と聞くのも嫌な音を立て引き千切られてしまった。


「なぁに、大事な商品だ。これ以上傷モノにしねぇよ。カハハッ!明日になればお客が来るからそれまでの辛抱さ」


 男のいやらしい笑いが部屋にこだまする。

 何とかしなければと思うが、両の腕を押さえつけている冷たい金属の感触ではどうしようもできない。幸いな事は首輪を付けられていない事と、先ほど起こしてもらったことが少しでも幸運であった。


「大人しくしていろよ」


 男はそう告げるとドアの向こうへと去って行った。


 エルザは先ほどの男に神経を集中していたが、よく耳を澄ませば微かに動く音や、自分以外でウーウー唸っている声が聞こえる。いる場所はわからないが他にも同じように捕まっている人がいるとわかり、少しだけ心を持ち直した。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「アイリーン、あれか?」


 棒状武器ポールウェポンを担いているヴルフは遠目に見える小屋を指しアイリーンに尋ねる。みすぼらしく今にも崩れ落ちそうな小屋である。屋敷の側には見張りは見えないが、どこかでその小屋を見張っていることだけはわかる。だが、この五人であれば見張りなどいても気にすることなく討ち入る事が出来ると思えば多少強引でも早めに決着を付けたい所である。


「そう、あの小屋に入って行ったのよ」

「それにしても、人の気配がしないし、ぼろっちい小屋だなぁ、まったく」


 感想は人それぞれだ。


「こんな薄気味悪い場所によく来れましたね」


 ヒルダが薄気味悪いと指摘したのは、この辺り一面が墓地で、すぐ側にある小屋はいっそう不気味に見える為だ。


「トレジャーハンターやってると、こんな所はいつも行くからね」


 ヒルダの心配を他所に全く怖がる様子も無い。それもそのはず、アイリーン探索先は遺跡群の他に過去に支配者だった国王の墓地も含まれているので、雰囲気はよくわかっている。


「ほら、お喋りは終わりにしろ。そろそろ頃合だ、一丁行くぞ」


 口を動かす二人にヴルフが行動開始の合図を送ると、二人は気を締め直し口を閉じるのである。そして、ヴルフとエゼルバルドがそれぞれの武器を携え、小屋へ突入を開始するのだ。他の面々もそれぞれの役目を持っており、アイリーンは弓で周りを警戒、ヒルダはこの場の守り、そしてスイールは魔法による防御と攻撃である。


 その小屋に棒状武器ポールウェポンを腰に構え、ドア目掛けてヴルフが突撃を掛ける。ドアノブ辺りを破壊しながら突入したが、ヴルフ達が見た光景はもぬけの殻で誰もおらず、真っ暗な何もない空間だけであった。


「ん?何もないじゃと」

「あれ、ここに入ったんでしょ」


 ヴルフとエゼルバルドは小屋の中を見渡すがただ壊れかけの壁があるだけ。家具も何も置いていない不気味な空間がそこにあるだけであった。


「何もないって事は無いんだけどなぁ……」


 エゼルバルドは壁を詳しく見るように触っていく。その中で足元に違和感を感じた。


「ん?ここ、何だ」

「何かあったか」


 エゼルバルドは足踏みをする様にゆっくりと歩き回る。部屋の隅の床が他の場所と踏んだ時の感触が違い、ふわふわした感覚を覚える。


「これはアイリーンだな」


 小屋の周囲に人がいない事を確認しつつ合図を送ると、外に残っていた三人が小屋へとやって来る。


「悪いがエゼルはアイリーンと中を探索してくれ。ワシ等は外を警戒している」

「了解」

「わかったわ」


 ヴルフの指示により、アイリーンと共にエゼルバルドは小屋の中で気になる所を示した。


「外でこちらを見てたのは敵だったの?」

「ん~、よくわからない。動く気配も無かったしさぁ」


 二人は会話をしながらも、小屋の壁や床を丹念に調べ上げて行く。エゼルバルドが違和感を覚えた場所を中心に見ているのだが、アイリーンが気になった所は別の場所であった。


「こっちが本命ね」


 アイリーンが何やら操作してから床の一部を踏み込むと、一部の壁の板が外れ、その奥に地下へと潜る階段が暗闇の中へ現れたた。


「危なかったわね。強引に開けると罠が作動して奥の矢が発射される仕組みよ」


 空いた空間を見れば暗闇の奥に弦を引き絞り矢がセットされたクロスボウが侵入者に鋭い切っ先を向けていた。ご丁寧にも矢尻に紫色をした液体が塗られていた。

 アイリーンの見立てだと、念入りに毒を塗ってあり、受けた者は傷を受けたら徐々に麻痺し、体の自由を奪う毒だと語った。

 危険な罠ではあるが弩はそのままに、セットしてある矢だけを取り除く。そして、一旦小屋の中から外へ出て、罠を仕掛ける程に十分怪しい階段を発見したと皆に告げた。


 侵入者除けの罠に階段。続いている通路は人が辛うじて通れるだけの狭さ。当然、剣を振るう広さは無い。罠を仕掛けられていたら、一網打尽になってしまう程の危険な通路だ。


「どう思う。アイリーンの考えは」

「入り口に罠が仕掛けてあるのは人手が足らないか、人を配置したくないかのどちらか。見張りがいるのならもう見つかっても良いはずよ。罠には気を付けるけど、通るしかないんじゃない?時間も無いでしょ」


 罠と待ち伏せには気を付けるが、時間が無いためそれに乗っかる事にした。先頭は当然ながらアイリーン。その後ろにエゼルバルドがナイフをもって続き、スイール、ヒルダ、そして殿は棒状武器ポールウェポンを担いだヴルフの順だ。

 地下への口を開けている暗闇にアイリーンが一歩一歩確かめながら降りて行き、しばらくすると階段の奥で白い光が光る。無事に階段を下りた合図に生活魔法のライトを使ったのだ。

 その合図で他の四人も少し間を開けながら階段を下りだす。


「真っ直ぐ続いている?」


 エゼルバルドが見たそれは真っ直ぐに続く通路だ。地下二、三メートルに掘られ、しっかりと補強もしてある。レンガなどで囲われておらず、手彫りで時間をかけて掘られたのがわかる。そして、補強の木組みも目新しい感じではなく、少し朽ち始めている事から年月を経ているのだとわかる。


 罠など無いか通路を確かめつつ手彫りの通路を進む。木組みの補強は二メートル間隔で組まれており、もう何本数えたのか忘れてしまった。だが、百本くらい数えたところで上へ上る階段へとたどり着いた。


 ここまで罠が無かった事で、上がった先に罠が仕掛けられているだろうとアイリーンは確信した。彼女自身だったら疲れた先に罠を仕掛ければ敵を牽制できるから、と。

 アイリーンの確信はその通りだった。先程の小屋に仕掛けられた罠と同様の罠が仕掛けられていた。手順を踏まず上がった先のドアを開ければ罠が動く仕掛けも同じ。

 丁寧に罠と連動する仕掛けを取り除き安全を確保する。


「これでドアは開くけどどうする?」


 狭い通路の中で膝を突き合わせて相談する。この先に何が待ち受けているかわからない。下調べも無く行かざるを得ない状況は危うい。時間が無い事は確かだ。

 皆の意見は同じだ。仲間をさらった相手に容赦はしない。立ちふさがる敵は排除するだけだ、と。


「出た場所にエルザが居る可能性は低いですね。私とヴルフ、エゼルで引っ掻き回しましょう。アイリーンとヒルダ、そして私は後方から援護。場合によってはアイリーンとヒルダでエルザを探しに行ってください。作戦なんて言えませんがこの方針でどうでしょうか?」


 スイールの言葉に皆で頷くといつでも武器を抜ける体制を整え階段を上る。ドアをそっと開け、開いた空間へゆっくりと身を委ねる。


 抜け出た先はだだっ広い空間で、何処かの貴族の屋敷かと思う見上げるほど高い天井に煌びやかなシャンデリアが吊り下げられ、壁には巨大な肖像画や風景画、植物画などが飾られていたのであった。

 そして、上った出口は暖炉の奥に隠されており、抜け出た先には燃え残って灰になった木々が散乱していた。


「もしかして伯爵の屋敷か?」


 頭の隅に仕舞っていたワークギルドの受付嬢、ラーレの言葉を思い出した。オギュースト伯爵の屋敷の近くには墓地があり墓あらしが出没していると。


「確か、杖を独占販売する伯爵が墓地の近くにあると聞いた。これが、そうなのか?」


 スイールは呟きながら、物珍しい物を見ようと部屋の中央まで進み出た。


「その通りですよ、侵入者の諸君!!」


 スイール達の後方から男にしては甲高い声が響く。振り向けば、幅が二メートルもある階段が鎮座し、その先に寝間着の上に豪華なガウンを着た一人の男が見える。当然ながらその横に武器を持った護衛と見られる人が数人存在するのであるが。


「よく地下の通路を見つけましたね。拍手を送りましょう。吾はオギュースト伯爵。この屋敷の主です」


 パンパンパンと手を叩きながら自らを名のった。敵を褒めようとしているのだが、余り褒められた口調ではないのだが。その口調から、掘立小屋に入るスイール達を監視していた者から急ぎ、侵入者との報告を受けていたのだろう。


「仲間を返して頂きたい。大人しく返してくれないだろうか?」


 階段の上にいるオギュースト伯爵にスイールが叫ぶ。だが、それをあざ笑うかのように答える。


「仲間?仲間とは何のことだ。吾の屋敷に侵入しておいて、盗人どもがよく言うわ」

「お前が我等の仲間のエルザを拉致した事はわかっている。返せないのなら力尽くでも屋敷を調べる」


 スイールが威嚇のため杖を目の前に出し、オギュースト伯爵に向ける。


「力尽くだと?出来るのなら、やってみるがいいさ」


 オーギュスト伯爵がパチンと指を鳴らすと、一階の前後のドアが”バーン”と強引に開かれ、武器を持った私兵が我先にと現れる。

 それぞれに揃いのショートソードを持ち、それを振るえる時が来るのを今か今かと待っている。


 ヴルフはニヤリと笑い、棒状戦斧ポールアックスを握りしめる。屋敷の中とは言えこの場は屋敷の入り口のホールで、広さ、高さ共に振り回すに十分な広さがある。エゼルバルドもブロードソードではなく背中に担いだ両手剣を抜き構える。広さと敵の多さからの選択で、多少強引に振り回しても早くかたを付けようとしているのだ。


「離れてろ!敵を殲滅する」


 ヴルフは掛け声と共に後ろの敵へ突撃し棒状戦斧を振り回し始める。エゼルバルドもヴルフの掛け声を合図に前の敵へ向かって走り出した。


「さて、私達も始めましょうか」


 二人が攻撃を開始すると同時にスイールは魔法を練り始める。ピンポイントで狙うは二階で指示を出すオーギュスト伯爵だ。大将さえいなくなれば後は烏合の衆だと、スイールの魔法がオーギュスト伯爵へ襲い掛かる。


風の刀ウィンドカッター!」


 オーギュスト伯爵へ向け風の刀が狙い違わず命中する、と思った瞬間、横にいた男を強引に引っ張り盾にし、オーギュスト伯爵に当たるはずだった魔法はその男を切り裂くだけにとどまった。

 オーギュスト伯爵の味方をも盾に使う行為に、屋敷の中だと思い魔法の威力に手加減を加えた事に後悔した。その様な行為に及ぶのであれば、二人でも三人でも”スパッ”と切り裂けるだけの魔力を込めたのに、と地団太を踏むのである。


「おお、怖い。吾は奥で最後の報告だけを待つとしようかな」


 不敵な言葉を残し、オーギュスト伯爵は自らの後ろにあるドアへ消えて行った。


「撃ち漏らしたか。エルザさえ戻ってくればいいですが、この状況はどうでしょうかね……」


 敵を圧倒するヴルフとエゼルバルド二人の奮戦ぶりを眺め、後は時間の問題かなと一人呟くのであった。

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