第二話 レプリカの杖

 アイリーンに対抗する様にグイッとジョッキの中身を飲み干したヴルフが宿に戻ろうと皆に告げる。テーブルの上の料理がちょうど無くなった所で、とほろ酔い気分のアイリーンとスイールがそれに同意し、皆で食堂を出る事にした。お酒の影響でヴルフとアイリーンは少しだけ赤ら顔をしているが足取りはしっかりとしているので部屋に帰るくらいは問題ないだろう。


「オレ達は少し街を歩いてくるよ」


 そう次げたのはエゼルバルドとヒルダ二人。たしなむ程度にしか呑んでいない二人なら襲われても大丈夫だろうと、”早く帰って来るのだよ”と街へと送り出す。


「私も付いて行くわ」


 かなり飲んでいるはずなのだが、顔色の変わらないエルザが二人の後を付いて行く。


「足取りもしっかりしてるから大丈夫だろう」


 スイール達はエルザの足取りがしっかりしていると見るや、大丈夫だろうとスイール達三人は宿へ戻るのであった。




 日が沈み、街灯の光を頼りに街中を歩く三人。二人で歩くつもりだったが、エルザが付いてきて三人となったと、少しだけ残念に思うのだが、これも旅の醍醐味だと気持ちを切り替えるのだ。

 エルザは船室に籠りきりで何もできなかったし運動もしていなかったので、少し体を動かしたいらしい。船酔いが酷かったのでそれはわかるのだが……。エルフの百五十歳とはまだまだ経験が足らないのではとヒルダは思うのであった。


 街を歩いてみるが、この時間までやっている店は殆ど無く、酒場やレストランなどの飲食店だけであった。通りから一本奥には、胸元が切れ込み、際どいドレスを着て呼び込みをしている女性の姿が見える一角。少しお金を持った仕事終わりの兵士や、わざとランクを落とした服装をしている貴族達がふらふらと吸い込まれていく。

 自慢する程の胸は無いが、多くの男から顔を向けられるヒルダが腕を組み、さらに長身で顔の整ったエルフのエルザも側にいればどこを歩いていても呼ばれることは無い。それだけは助かっている。


 服飾品街のショーケースにはこの街の、いや、ベルグホルム連合公国での流行りの服装が所狭しと並べられて、昼間は買い物をする人々が店を梯子して買い物を楽しむ様子がありありと頭に浮かんでくる。旅を続けているエゼルバルド達はそんな生活を想像するのだが、自分に当てはめても何故か想像が出来ずに、ただ笑いがこみ上げてくるだけなのだ。


 縁の無い服飾店街から少し離れると、今度は鍛冶屋街が見えて来た。その日の仕事が終わっていない鍛冶師もいるらしく、表の店は閉まっているがその奥から槌打つ音が響いてくる。遅くまでお仕事お疲れ様ですと呟きながら通りへ入ると、目を疑う様な光景に三人は目を丸くする。


「これ、スイールの杖と同じ形だけど……」


 ある鍛冶屋のショーケースにスイールと同じデザインの杖が何本も置かれていた。脇の説明のカードには”華開く杖(木製)”と書かれている。値段は格安だ。


「同じデザイン杖ですね。カラフルですけど……金色はありませんね」


 スイールが語るには金色はエルフのデリックへ贈った杖だったと。くすんだ銀色は置いてあるので何かの理由で作られないのであろう。


「これだけ杖があるのなら、偽装しなくても良くない?」


 スイールは杖を偽装して違う外観にしてしまおうと言っていた。これだけの杖を見ればそれも必要は無いだろう。

 それよりも揃いの杖を持っていれば奪われる事も無いはずだ。


「お店は閉まってるから明日にでも買いに来よう。宿に帰ってみんなと相談だな」

「了解~」

「それでいいわ」


 有益な情報を手に入れた三人は、店の場所をしっかりと頭に入れスイール達待つ宿へと戻って行った。一つ気がかりなのは飲み過ぎと見ていたヴルフが酔って潰れていないかだけである。




 宿に戻ったエゼルバルド達は早速先ほどの鍛冶屋の事をスイールに話した。危惧していたヴルフは酔いも無く、武器の手入れをしていたが、アイリーンがすでにベッドへと潜り、スースーと寝息を立てていた事に驚いた。

 杖の事について、アイリーンはそれほど熱心ではないので支障は無いと五人で話を進める。


「同じデザインの杖が安く売ってたとは、興味深い事ですね」


 鍛冶屋のショーケースの事を話した途端、腕を組み深く考えるのであった。何を考えているのか瞳の奥はうかがえないが、何かを企んでいる事だけは確かだ。


「明日、三人で杖を買ってきてください。その時にデザインをした人の情報と真鍮でメッキできないかを確認して下さい。全てはそれからですね」


 その位は簡単だよと返事を返し、その日は何もなく眠りに就くのであった。




 翌日、隣の酒場兼食堂で朝食を終えると、エゼルバルドとヒルダ、そしてエルザの三人は昨日の鍛冶屋へと足を運んだ。杖を購入する予定であるのでエルザは鞄こそ斜にかけているが、持ち替える杖の事を考慮し手ぶらである。

 朝食を取ったすぐ後の時間でもあり、街はまだ眠ったままの店が多い。服飾品店の通りはまだ鎧戸が閉められ、従業員の出勤もまだの様だ。通りの向こうにある歓楽街は呼び込みの女性の姿は消え、これから自宅へ眠る為に帰るのだろう。


 鍛冶師はと言えば、朝早くから炉の火を上げるために店を開けるのが早い。なるべく涼しい時間にと思っているのか、気が早いのか、わからないがとにかく朝が早い。

 その鍛冶屋街に来てみれば、すべてのお店が開き、槌打つ音がそこかしこから響いてくる。今日行くお店でも同じで店の奥から大きな音が聞こえるのである。


 ショーケースの杖を見てから、この店で間違いないと一応確認してからドアを潜った。


「おはようございます。いらっしゃいませ」


 店に入ると従業員の女性が元気よく挨拶をしてくる。

 店の中を覗くとカウンターの後ろに開口部があり、そこから金属を鍛える音が聞こえて来て、工房なのだとすぐにわかる。店の中を見渡せばデザイン重視の武器が飾られており、実用的な武器は苦手なのかと疑問に思う。

 剣などは鋳込んで作られた所に熱を加えて叩いただけで、あまり品質の高い剣ではなさそうだ。ただ、装飾に凝っており、メッキに関してはかなりの腕前を持っているようで、飾ってある剣の少数に美しく金などでメッキしてある。


「何かお探しでしょうか?」


 店の中をぐるっと見ていたら、先ほどの女性がしびれを切らしたらしく踏み込んで声をかけて来た。

 エルザが表のショーケースの杖を見たいのですがと告げると、少しお待ちくださいと言われる。女性が工房に入り少し経つと、杖が何本も入った杖立てを引きずって出て来た。

 ショーケースにない色も多数見られ、カラフルな杖は見ているとチカチカしてきそうであった。


「それではこの杖を、ひっ!!」


 エルザが緑色の綺麗な杖を取ろうと手を伸ばしかけた時である、ヒルダがツンツンとお尻をつつき、びっくりして悲鳴に近い声を上げた。本当は肘で合図を送りたかったのだが、身長差がある為お尻を突く事にしたのである。

 それに気づいたエルザが手を止め、考える振りをして誤魔化した。従業員がその事に気づいたかは不明だが、情報を聞き出す前にエルザに合図を理解してくれて助かった。


「そうね~。この杖って金色にも出来るのかしら?」


 まず一つ目の質問である。うまく誘導に引っかかると良いのだけど、従業員を見やると笑顔で答えて来た。


「ええ、出来ますよ。実はお客様へお出ししていないだけでもうあるのです。少しお待ちを」


 笑顔のまま工房へと入り込み、しばらくの時間をおいてから金色の杖を出してきた。金色なのだが少しくすんだ金色で、真鍮でメッキをしてあるのがわかる。やはりここの職人はメッキなど装飾が得意みたいだ。


「こちらになります」

「ええ、このくすんだ感じがいいわね。気に入りました」


 エルザはその杖を様々な角度から眺めると、もう一つの質問を従業員に投げかけた。


「このデザインってご主人のデザインではないんでしょ。どなたが始めに作ったのかしら」

「!?」


 その質問に従業員の顔が一瞬で曇る。デザインの事については店主から口をつぐむ様に言われているのか、答える事が出来ないようだ。そこは予想通りと話を続ける。


「ゴメンなさいね。デザインが駄目じゃないのよ。他でこれよりももっと酷い同じデザインの杖を見てたから、ここまで綺麗に作っているご主人の腕に感心してるの」


 従業員の顔がパッと明るくなると、”詳細を話せるか店主と相談してきます”と告げられ、工房へまた入って行った。やはりしばらく時間がかかり工房から従業員ではなく、厚手の革エプロンを付けた男性、--おそらく店主だろう--、が姿を現した。


「俺っちの杖を気に入ったって?ありがとよ」


 気さくな感じで挨拶をしてくるが、それとは似つかぬ身体つきで何ともミスマッチである。名前は名乗らなかったが店主だと名乗り、それから先ほどのデザインの件を店主が如何に素晴らしいかと持ち上げるように話すと、軽くなった口から二つ目の質問の答えがさらりと出て来た。


「そうなんだよ、聞いてくれるか?お前さんの言う通り、デザインは【エルムベルム】発祥なんだが、あいつらの作り方が酷過ぎてよぉ、辟易してたんだ。アンタは見る目があるね、サービスしちゃうよ」


 嬉しそうな店主はそれほど高くない杖を一割値引きをして売ってくれた。店主にお礼を言い、お店を後にした。




 その頃、鍛冶屋の店主は……。


「あの杖の洗練されたデザインをわかるとは嬉しいじゃないか。作り甲斐があるってもんよ。あのデザインは俺っちも惚れてるから、沢山の人に持ってもらいたいな。所であいつは仕事サボって何処へ行った?まだ朝なのに何処かへ行くなど何考えてるんだ」


 裏表のない人であった。




 そして、その店の従業員は……。

 店主と話をした後、裏口から抜け出て裏路地を一目散に走っていた。


(あの三人は珍しいエルフを連れていた。しかもエルフが杖を買ったに違いない。大至急知らせに行かなければ)


 と、とある建物へと入って行ったのである。




 無事に杖を購入し、必要な情報を手に入れた三人。まっすぐに宿へ帰る前に、早くから開いているオープンカフェでお茶を楽しんでいた。エゼルバルドとしてはヒルダと二人きりで楽しみたいと思っていたが、今は六人で動いているので贅沢は言えないと諦めるのであった。


 ベルグホルム連合公国はルカンヌ共和国に近い事から紅茶の価格が比較的安い。輸送費の関係なのだが、船を使うルートと馬車で行き来できるルートでは当然馬車の方が安い。

 また少量であるがカカオが輸入されており、それがこの地に入り、スイーツなどに使われているなど、トルニア王国に負けない文化を作り上げている。


 ヒルダとエルザの女性二人はカカオを使った黒いスイーツに目を奪われていた。少し苦めのケーキには砂糖を入れた甘めの紅茶がよく合う。紅茶よりも柑橘系を混ぜたハーブティーと呼ぶべきか。


「これはカカオをふんだんに使ったケーキでございます。こちらのお飲み物とご一緒にお楽しみ下さい」


 テーブルに運んで来たスイーツと飲み物を簡単に説明するウェイター。お茶はその場でポットから入れるなど珍しいサービスだった。

 二人が黒いケーキに舌鼓を打ちながら楽しむさまを横目に見ながら、三段重ねの大きなパンケーキにナイフを入れるエゼルバルド。この時期としては珍しく、赤や黒の木の実と赤いベリー系のソースがかかっている。多少酸味がある為、甘すぎる食べ物が苦手なエゼルバルドがパクパクと食べている姿は珍しいのだった。


 三十分位雑談をした後、ちょっと高めの料金を払いオープンカフェを後にする。




 オープンカフェを後にした三人は、何事も無く宿へと帰り付き購入した杖と入手した情報を報告した。


「デザインはエルムベルムの街が発祥なのですね。よく話してくれましたね、お店の方は」


 スイールがベルグホルム連合公国の地図を広げながらエルザにお礼を言う。

 ちなみに、この地図はエゼルバルド達が出かけていた時に近所の雑貨店で運よく購入できた品だ。その雑貨店では地図が売れない事からこの地図を最後に取り寄せないとしていたのだ。

 そのベルグホルムはこのライチェンベルグから海岸線を北上した場所にあるベルグホルム連合公国内でも有数の都市である。


「従業員は言うのを渋ってましたが、店主はおだてたらペラペラと簡単に話しましたよ」


 話術はそこそこ出来ますね、と感心するスイール。


「そうなるとエルムベルムへ移動しなければ行けませんが、移動はどうしましょうか」


 地図を見下ろすスイールが三つの可能性を示す。

 まずはいつも通りの歩いての移動だ。おそらく十日程の日程で海岸線を歩くので景色が良いが、今の時期は風でまだまだ寒いだろうと思われる。寒さ対策さえしっかりしておけば動いて暖かくなるので問題ないだろう。

 次に乗合馬車だ。トルニア王国では国家が運営していたためそれなりに安い金額だったが、ベルグホルム連合公国は個人事業主が運営しているので料金はトルニア王国の二倍ほどする。日数的には五日で徒歩の半分である。

 最後に海岸線の近くを通る船旅。料金は一番高い。風向きにより日数は変わるが、三日から六日までバラバラだ。


 その三つの中からと言い出そうとした時に、エルザが”船旅は絶対イヤ”、と拒否をしたため徒歩か馬車での移動の二択なった。スイールとしては日数に幅のある船旅はリスクが多すぎると元々止めるつもりでいた。


「移動に馬車が多かったから、歩いて景色を見ながらがオレはいいかな?」


 去年の後半はスフミ王国やゴルドバの塔への移動など馬車移動が多かった。移動速度は速いが景色を十分堪能出来ず、読書ばかりしていた事をエゼルバルドは思い出した。


「エゼルも珍しい事言うのね。わたしも歩きでいいわ」

「エゼルがそういうならワシも賛成じゃ」

「ウチも賛成や。途中で食料を狩れるだろうし」

「私は船旅でなければどちらでも」


 エゼルバルドの意見に反対が出なかったので、徒歩で移動をする事にした。スイールもブールからアールストまでの旅を思い出し、たまには皆でワイワイと歩いて移動するのも楽しそうだと顔が緩んでいた。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「お店に杖を買う人が現れたわよ。しかもエルフよ」


 その女は店で杖を購入しようと手に取った女性の特徴をしっかりと覚えていた。長い髪から見える少し尖った特徴ある耳を見逃すことなく報告をしている。


「エルフか……。高値で売れそうだな」


 目の前の男は陰湿な笑顔を見せながら呟く。


「背の高い女だから、気を付け見ていればすぐにわかるわ。でも他に仲間が二人いたからそっちも要注意よ」


 一緒に店に入ったエゼルバルドとヒルダも要注意人物であると告げる。特に一人は剣をぶら下げていて、実戦で使っていた痕跡を柄に残していた。


「二人だな、注意する事にしよう。たった二人ならどうとでもできるがな」

「頼もしいね。向こうに付いたら、伯爵様によろしく伝えておいてね。あと、分け前は期待してるわよ」

「ああ、まかせておけ」


 暗い部屋の中で二人の男女は不敵な笑いを見せ、計画の成功を祈るのであった。

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