第三話 海沿いの旅路を行く

「さて、出発するか」


 鍛冶屋での情報を得た次の日。旅の支度を用意万端整えたバックパックを背中に担ぎ上げ、日除けの外套を羽織ると、泊まっていた宿を引き払う。

 ある人を除き、腹八分目にとどめた朝食をずいぶん前に済ませている。流石に朝からお酒を樽の様に体内に入れる事は無かった。


 ライチェンベルグの街の南側、船着き場に近い場所に宿はあった為、北の門を目指すがかなり遠く、三十分以上は歩かなければならないだろう。歩いていると人の流れも多くなり始め、人の営みが十分にある事を認識できる。これだけの人口がいれば経済活動も活発なのだとわかる。




 それにしても人以外の亜人が多い。過去に会った蜥蜴人リザードマンもそのうちの一種なのだが、背筋を伸ばした時の恰好が少しばかり不恰好だ。これは脳の容積によるものであるが、この世界ではまだ認知されていない。

 人族と呼ばれる、例えばヒト、ドワーフ、エルフなどの脳が比較的大きな種族は二足歩行に特化した進化を遂げている。その為、脳の重さを背骨で分散させるためにエスの字になっている。

 だが、亜人、先ほども出た蜥蜴人や猫族、犬族などは脳が比較的小さく、知能も若干弱い。会話や足し算引き算などは教えれば問題ないが、それ以上は脳の構造上苦手と言うか出来ない。その代り、身体能力が人族より秀でて力仕事などは得意である。

 脳の重さは人よりも軽いため、直立時の恰好が少し歪だが、その歪も人族を基準にしているだけで、美しくないわけでは無い事を付け加えておく。


 その他に進化の過程で亜人達は体の特徴を色濃く残している。蜥蜴を先祖に持つ蜥蜴人は体が鱗に覆われ、進化の過程で鱗が硬質化し鎧の代わりをしている。それでも鍛えられた鋼よりは弱いのだが。

 猫族や犬族なども同じだ。体毛が全身を覆い人の様に服を着なくても肌が見えることは無い。だが、人と接して生活しているうちに胴体を隠すような服を好むようになり、今の文化へと発展している。

 亜人達が服を着る理由はもう一つあり、乳房の数だろう。人族は子供を産むときに大抵は一人を産む。その為、乳房の数は一つあれば足りるで、左右に一つずつ、二つを胸に持つ。亜人達はその数が複数あり、胸から腹辺りまである事からそれを隠すのだ。恥ずかしいのではなく単に仕事の邪魔になるからだ。


 ちなみに、亜人が多いのはここ、ライチェンベルグのみで他の都市は多くない事を付け加えておく。


 ~~ 閑話休題 ~~




 半数が亜人達の人の流れを逆らう様に抜け、門を目指す。


「おはようございます。これからどちらまで」


 バックパックを背負った格好を見れば、次の街を目指す事は一目瞭然で分かる。戦争時など厳戒態勢時であれば街の出入りを制限したり、チェックが厳重になるが、武器を持っているだけでその他は普通の格好であるので、身分証さえしっかりと見せれば出入りは自由だ。

 そして、エルムベルムまで行くつもりだと答えると、


「トルニア王国からの旅行者ですね。はい、どうぞお通りください」


 兵士からは何もなく通される。

 トルニア王国とスフミ王国は住民の身分が比較的しっかりと管理されている。その為、この大陸内、--ただしディスポラ帝国を除く--、であれば十分、身分証として活用できるのだ。その為、盗まれる事も多々あるので注意が必要だ。


「えっと、そちらの方は……。少しお待ちください」


 エルザに関しては仮の身分証だ。だが発行はトルニア王国となっているので、これも問題ないとみられる。


「はい、問題ない事が確認できました。裏に記載しておきましたので次は大丈夫でしょう。お気をつけて」


 仮の身分証でも何も無く出る事が出来た。これに関してはトルニア王国、様様である。

 実はこの仮の身分証、アールストの王城へ訪問した時にカルロ将軍が用意してくれたのだ。何もないと旅先で不便であろうと。ヴルフの知り合いであれば大丈夫だとのお墨付きを貰っている。


 城門を抜けると爽やかな西風が吹いている。まだ風は西からだ、後ひと月もすれば南からの熱い風に変わるだろう。ベルグホルム連合公国に吹く南風は陸地を通るので乾いた風になり雨が少ない。だが、冬に湿った北西の風が吹き雪が大量に積もる為水不足になった事がほとんどない土地だ。




 眼前に広がる緑色に染まった土地は大穀倉地帯だ。その真ん中を広く整備された街道が続いている。


「この道は広くて歩き易いな~」


 すでに一時間程歩いている。

 広く石畳の街道は馬車と徒歩のレーンが分かれており、馬車に注意する事なく歩けるし、馬車も速度が出て輸送の大動脈ともなり都市間の輸送時間が短縮され、重要視されているとよくわかる。

 ベルグホルム連合公国最大の都市ライチェンベルグから延びる街道である。整備が行き届いていると感心せざるを得ない。


 そして、街道が整備されている為に馬車の交通量も多い。そのせいか人を避けるために獣たちの出没が激減し、旅人の安全が確保されている。また、畑も荒らされる事が少なく収穫量も増えている。

 街道が広がる恩恵は色々な所で見える程に受けているのだ。


 ちなみに徒歩で移動する旅人の為に、野営地となる整備された土地が約二十キロ毎に整備されていたりもするのである。


 そして、四日後にはエルムベルムに向かう最初の中継地の【コンツェ】の村にたどり着く。

 人口は四千人程度で主な産業は漁業と農業だ。村には海からの潮風が常に吹いている。


長閑のどかな村ですね~」


 ライチェンベルグはいそいそと忙しく動き回っていたが、このコンツェは最大の都市に近いにも関わらずのんびりとしている。

 村から海岸線が見え、そろそろ日が沈む時刻だ。


「太陽が海に沈むなんて綺麗ね~」


 大陸の西側に住むエゼルバルドやヒルダには初めての光景だ。船の上から沈む夕日を見たがそれよりも美しい。そのヒルダに、”それよりも君の方が綺麗だよ”と歯の浮いた事を言えないあたりがエゼルバルドなのであろう。


 産業が漁業と農業が主とは言え、都市と都市を結ぶ街道沿いにある中継地だ。それなりに宿は繁盛しており、産業を生かした料理が並ぶ。一行が泊まった宿もそこまで高級とはいかないが、料理が美味しく満足していた。

 ただ、海に近く井戸水がそこまで美味しくないので酒は標準どまりであったのは残念だった。


 そこまで大きく無いでも夜のお店は数件営業をしている。旅人は利用する事は少ないが、馬車を使って移動している貴族やお金持ちの商人などは都会ではあまり見ない村娘を買い求めたりしている。大抵そんな事をする輩はその内に痛い目を見るので勧める事はしない。




 夜が明けて、宿は早めに出発する旅人で食堂はごった返している。エゼルバルド達もその中でようやく確保したテーブルで朝食を取っている。後ろにはテーブルに付けない人達が列をなして順番を待っている。一人なら相席でもすぐに座れるのだが……。

 二十分ほどで食事も終わり、すぐに宿から出発をする。


 その後の宿では、寝不足で昼頃出発する貴族や商人など遅く起きて来るお客用に豪華な食事の仕込みが始まろうとしている。


「次は【マラガ】の村だね。この村もコンツェとおなじ産業だから宿の料理も似てるかもしれないね」


 コンツェの村を出て初めに見るのは左に海、そして右に穀物畑だ。

 海を見るとは言え、すぐに防風林に遮られ海が見れなくなる。防風林は海からの風を遮り、作物の害となる風を防ぐのだ。その風には当然だが塩も混ざっており、塩害を防ぐ役目も持っている。

 塩害を防ぐための防風林であるために、木々も塩害に強い常緑針葉樹がここでは使われているのもこの国の特徴だ。


「学校で教わったけど、この目で見るとまた違うんだな」


 エゼルバルドが左手に見える防風林を見ながら呟く。

 トルニア王国の学校では様々な科目を教えているが、その内の一つに国の特色を教える科目も存在する。その国の気候、風土、景色など。ベルグホルム連合公国では豪雪に悩まされている事と、この海岸線沿いの防風林が紹介されていた。


「知るだけなのと、目で見るのは全く違うね~」


 ヒルダもまたその光景を目に焼き付けている。二人にしてみれば、学校を終えてから数年なので頭には勉強していた記憶が鮮明に残っている。その復習の意味でも楽しんでいたりする。

 ただ、この場所から東の方は防風林に遮られ、山が見えないのが残念であった。


 その防風林が並ぶ海岸線を眺めながらの四日目の昼過ぎ、二つ目の中継地、マラガの村に到着した。コンツェの村を出発した時に予想した通り、産業が似通っているので村の構造も特産物も料理もそっくりであった。人口はこちらが少し少ない。

 マラガの村で違ったのは夜のお店が無い事だった。普通の旅人には関係が無いが、お目当ての店が無いと貴族たちは従者にきつく当たるのであるが、その内に痛い目を見るのと思われる。従者に何時、裏切られるかはわからないが。


 このマガラの村の宿も前に泊まったコンツェの村と同じような宿と料理だった。海沿いの同じ産業の為、似通うのは致し方ないだろう。何時かは競争で二つの村が反映していくといいのだが。


 その、マガラの村を何事もなく出発する。行き交う馬車の数も多く、旅人の数も多い。そして獣も出没がほとんどない、であれば犯罪も少なくなる。人の目が見ているとどうしても犯罪は少なくなる。盗賊達も旅人達の間に手練れが紛れ込んでいるかもしれない、こんな場所で狙うとリスクが多すぎると警戒している。

 街道沿いにも穀物畑を管理している人々が住む屋敷が点在するので盗賊も手を出しにくい事もあるだろう。


 マガラの村を出発してから二日。少しだけ早く歩いたので日が沈む直前に目的のエルムベルムの門へとたどり着いた。


 エルムベルムは南を河が流れており、橋を渡ってから街の中へ入る。天然の堀の役目をその河が受けているのだ。

 壁内二十万人以上が住む都市エルムベルム、白亜の防壁がぐるっと囲い南側の天然の堀と共に守りの要である。城、--都市の支配者の居城だが--は存在せず、代わりに中心部に広い敷地に屋敷を構えているだけである。それでも支配者の住まいの為豪華なのだが。

 ベルグホルム連合公国は都市国家の集まりの為、その住まいには議会や裁判所など必要な行政機関がほぼ集まっていたりする。




「身分証を見せろ。さっさとしないか!」


 用意していた身分証を見せるだけなのだが、遅いと兵士から叱咤される。早く仕事を終えて帰りたいのだろう。奪う様に身分証を確認すると、先程とは逆に投げつける様に返される。


「ほら、サッサと行け」


 気が立っているので刺激しない様に注意して、街の中へと無事に入る事が出来た。閉門間近とは言え、適当に見ているあの兵士は首にならないのかと心配してしまうが、他人なので放っておく。言った所で難癖をつけてくるのは目に見えている。


「日が暮れますし、宿に入りましょう」


 門の近くには宿が乱立している。

 二十万人が住む都市であり、旅行者や商人等、行き来は相当数あるだろう。その為の乱立する宿だ。そのうちの一軒、三階建ての宿へと入る。


「いらっしゃいませ。何名様ですか~?」


 女将と呼ぶには若い女性がカウンターで受付をしている。大きな街の為それなりに繁盛している。カウンターのある受付スペースと酒場は境目が無くその場から酔い始めた客がよく見える。テーブル席もまだまだ空いているのは時間が少しだけ早いためなのだろうか?

 しかし、よく見ると客層が若い男性に偏っている気がする。テーブルに乗っている料理はそれなりだが量があるので、そこに理由があるかもしれない。


「何泊かは決めてないけど、見ての通り六人だ。二部屋を頼みたいのだが」

「食事は付いていませんのでこの酒場でお願いします。もちろん外に食べに行っても構いませんよ。部屋は、三人部屋が三階に一部屋空いてますね。あとは四人部屋になりますがよろしいですか?」


 後ろを振り向くと皆が首を縦に振っている。


「それでお願いします」

「はい、三階の二号室と四号室のカギです。ゆっくりしてくださいね」


 受付の女性からカギを受け取ると笑顔で送り出される。宿の付近は三階から五階の建物が多く、部屋の窓からの景色は期待できない。二号室でも四号室でも景色は変わらないだろうとみて、二号室の三人部屋を女性で、四号室の四人部屋を男性で使う事にした。

 チラッと見せてもらったが、少しだけ部屋の広さが違うだけで内装やベッド等の家具は同じであった。


 それから酒場で食事をして、早めに眠りに就いたのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「連絡にあったあいつ等が街に入ったぞ。もっと早く来ると思ってたら歩いて来たよ。何を考えているのやら」


 暗がりの部屋の中、蝋燭の暗い明かりだけを頼りにしてぼそりと文句を言う男。テーブルに座る男の目の前には酒瓶が数本並んでいる。数本は空になっているのか横倒しになっている。

 木製ジョッキに並々入った温いエールをグイッと喉の奥へと流し込む。


「なぁに、街に入ってしまえばだれも手出しできないから安心よ。計画に問題はない」


 テーブルの向かいに座るこちらも男だが、先ほどの男よりも大分華奢である。だが、木製ジョッキからエールを飲む速度はこちらの男の方が早いらしく、前の男が一杯飲む間に二杯目を飲み干している程だ。


「何時、実行するんだ?」

「すぐじゃねぇ。まずは伯爵様に報告してからだ」

「伯爵様の女好きには付き合いきれねぇぜ」

「だが、金払いは良いからな」

「ちげぇねぇ」


 二人は最後の一本のエールをジョッキに注ぎ、一気に喉の奥へ流し込むと笑いながらフラッと何処かへ出掛けて行った。

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