第二十六話 新たなる仲間

「杖ねぇ……。この杖はもう作れないんだ、申し訳ないが」


 エルザに向かって作れない事を申し訳なさそうに話す。エルザが探している杖はスイールが材料を調達し、鍛冶師に頼んで作ってもらった一品物で色違いで制作した一対二本のうちの一本だ。二本の杖のうち、一本がスイールが常に持ち歩き、もう一本はエルフのデリック、即ちエルザの父へ贈ったのだ。

 色もスイールの杖がくすんだ銀色、デリックに贈った杖は艶消しの金色であった。


「材料が無いから作れないのだが、代替の同じような杖でも良いのではないか?」


 作れないのはどうする事も出来ないが、極端に高性能でもないので別の杖でも代用品として使えるので、どうしてなのかと疑問に思っていた。


「あの杖は父がエルフの里に奉納しまして、里の長老が持つ事になったのです。父は死期が近いと感じ取ったのでしょう。それからすぐに父は亡くなりました。それが五十年程前に何処いずこかへ消えてしまったのです、忽然と。それでエルフの里が大騒ぎになりまして、同じ杖を作るか、見つけて来るようにと命令が出されたのです。その様な事があって杖を作れないかとシュテファンさんを頼ろうとしたのです」


 エルザが探していた理由を簡単に話した。スイールも何となくわかったが、その前に一つこれだけは違うと話しておこうと思った。


「その前に、一つだけ。今の私はスイール、スイール=アルフレッドだ。スイールと呼んでくれ」

「ええ、わかったわ。スイールと呼ぶ事にするわ」


 エルザは何の疑いも持たず快く了承した。作る事は出来ないが、代案として一つの事をスイールは提案する。


「作るのは不可能だが、探す事は出来るかもしれない。何処に持ち去られたとか少しでも見当が無いか?私を探し回っていたんだろうから、色々なところで噂を聞いたりしなかったか?」

「噂に聞いた事があるのは、ベルグホルム連合公国にエルフの華開く秘宝がもたらされたと聞いた事があるわ。何処の誰が持ってるとは、話をしている人達も知らない様だったけど」


 なるほどと思い、右手を顎に当てスイールは考える。もちろん、王都へ向かう街道を歩きながらである。

 歩きながら深く考える事が出来るのはスイールならではの器用さであろう。ただ、考えてしまうと、他から何を言われても返事もしない程考え込んでしまう、おまけ付きであるあ。


(ベルグホルム連合公国か……。アールストから船が出ているからディスポラ帝国を経由しなくても行くことが出来る。あの国は各都市が独立した自治権を持っているため、秘密を守る事はたやすい。各都市の取りまとめをする王は五年任期の持ち回りと聞くからどのくらい前の王の事かを調べる必要がある。それに地下遺跡が見つかる可能性のある土地柄だ。アイリーンが遺跡探索に行きたがっていたな。それならば行って確かめるのも一つの手だ。あとは時間か……)


「そうだな、一度行ってみるのも良いかもな。それにしても華開くか……」


 自分の杖を見ながら呟く。魔石をまとわりつく様に草のつるが下から上へと登って行く、そんなイメージで作成したはずだ。それを華が開く寸前と見られるとは、他人の感性はわからないものだなと心の中で思うのであった。


「そうすると、一緒に行ってくれるのですか?」

「準備は必要だから今すぐに、とはいかないけど良いのか?」

「ええ、里の命令は五十年前に出されて期限はないもの。一年後でも二年後でも大丈夫よ」

「そ、そこまで時間は置かないけどね。荒れた海を渡るのも危険だし、冬が終わって四月に入ってからかな」


 寿命の長いエルフは時間の感覚が人などと比べてずれている。八百年から千年ほど生きる彼らにとって一年も二年もあまり変わりが無い。エルザが五十年前に出された命令に従い各国を回っているのも、エルフの時間的感覚のおかげなのであろう。


 スイールが四月に入ってからと伝えたのもいくつか理由がある。先ほどスイールの口から出た、荒れた海を渡るリスクを考えたのが一つだ。いくらアールストからベルグホルム連合公国の一番近い港へ渡るのも直線距離で八百キロ以上も海を進まなければならない。外洋に比べて波が穏やかと言えども恩恵はない。

 もう一つの理由は天候だ。北西から吹く風の影響でベルグホルム連合公国はトルニア王国のブール地方と同じような豪雪地帯なのだ。平地でも一メートルの積雪があり、屋敷から出る事もままならない場所もある程だ。

 そんな動き辛い季節に移動するなど自殺しに行くようなものだと付け加える。


「そんな訳でしばらくは我々の屋敷に住むと良い。とは言っても私の持ち物じゃないしな。帰ったら聞いてみよう」

「お願いします。寒い所が苦手なので暖かい時期にしてもらってこれも感謝します」


 二人は色々と打ち合わせをし、王都の屋敷へと急いで帰る事にした。




 それから数時間後、日が沈む少し前にアールストの屋敷へと戻ってきた。二人で打ち合わせをしながら歩いていたのが良かったのか、スイールの疲労は少なく見える。


「ただいま戻ったよ」

「お邪魔します」


 スイールとエルザの二人をリビングで迎えたのはヴルフとアイリーンだった。リビングのソファーでゆったりと過ごしており、ヴルフは剣を手入れを、そしてアイリーンは三人掛けのソファーを一つを占領しウトウト夕食が出来るまで横になって寝ていたのだ。


「遅かったな、と言うかそちらは?」


 スイールよりも背の高い女性に気が付いたヴルフが聞いてくる。


「こちらは昔の知り合いのエルザ。訳ありで泊めて欲しいんだが」

「エルザ=プレヴェーテです。よろしくお願いします」


 エルザはそこにいた二人に向かって小さく礼をした。ヴルフはスイールが連れてくるのであれば問題はないだろうと彼を信用していたが、それよりも大事な事をスイールに話した。


「泊めるのは構わんのだが、何と言うか、部屋が足りない。今は客室まで使っているからな」

「あぁ、そうでした。最期の部屋を使ってしまったと言われてましたね。一部屋足りないのであれば、私にアイデアがあります」

「それは、どんなアイデアだ?まさかここのソファーに寝るとか言わないよな」


 アイデアと聞いた時にヴルフだが、それだけは駄目だと念を押す。


「エゼル~、ヒルダ~!少し手を離せるか?」


 スイールが食事の支度を始めていたエゼルバルドとヒルダをリビングへと呼ぶ。まだ火を使っていなかった様で二人は急いでリビングへと来た。


「あ、お帰り。どうしたの?」

「二人にお願いがありまして来てもらったのですけど。それより、婚姻届けは出して来ましたか?」


 出発前に聞いた二人の予定がその通りに進んだのかを確認した。


「あ、うん。昨日出してきた。これ」

「私のも、はい」


 二人が出したのは夫婦となったと書き込まれた身分証であった。

 それを見たスイールは横にいるエルザを紹介する。


「こちら、昔の知り合いでエルフのエルザ」

「エルザ=プレヴェーテです。よろしくお願いします」


 エゼルバルドとヒルダに向かって小さく礼をする。先ほども頭を下げていたが綺麗な姿勢だ。


「オレはエゼルバルド。こっちはヒルダです」


 エゼルバルドは自分とヒルダを紹介し、軽く会釈をする。


「ヴルフに泊めて欲しいとお願いしたら部屋が足らないと言われてね。私も失念してたのだけど」

「そういえばそうだね。客室はオレが使ってるはずだから。ベッドもダブルサイズで大きいし」


 エゼルバルドの部屋は玄関の近くでお客様用の部屋であった事を思い出した。


「それで、今夜から二人はエゼルの部屋で寝てくれないかと思って」

「「今夜から?」」


 二人の声が同時に響く。いきなり言われれば驚くのは当然である。

 しかし、何時かは同じ部屋に寝るべきかと思っていた二人は。その為その提案を受け入れる。


「オレは構わないけど……」

「使ってた部屋の片づけが出来てないけど、それで良ければわたしも……」

「それでは決まりだ、今夜からエルザをよろしく頼む」


 スイールはエルザに荷物を壁際に降ろすように指示をしてからリビングのソファーへ体を沈みこませる。その後にエルザがソファーの隅に申し訳なさそうにちょこんと座るのであった。大人しそうな座り方はまるで借りてきた猫の様に可愛かった。


「それじゃ、一人増えたとして食事の支度をしてくる」

「待っててね~」


 エゼルバルドとヒルダは仲良く食事の支度へダイニングの奥へと向かった。




 少しの時間が過ぎ夕食の時間が来ると屋敷の中へ美味しそうな匂いが充満するのである。

 エゼルバルドとヒルダが当番で作った料理がテーブルに所狭しと並ぶ。少し硬めの長パン、根菜類と干し肉のスープ、シンプルな味付けと乾燥野菜のスパゲッティ、乾燥フルーツで作ったデザートが並んでいる。この時期の家庭料理でも標準以上のメニューである。


 皆がテーブルに着くと挨拶もそこそこに一斉に手を出し始める。その中で一番の関心事項はエルフのエルザが食べられるかであった。

 が、それは杞憂に終わり、すべてに手を付け美味しいと感想を漏らしていた。それなら作った甲斐があったとホッと胸をなでおろすのであった。


 そして、そろそろ食事も終わる頃、エルザを連れてきた理由とこれからの予定をスイールは皆に話した。


「エルフの里には私と同じ杖があって、何者かに奪われたらしいのだ。それを探して欲しいとエルザからの依頼だ。報酬はそこそこだと思う。それよりもだ、ベルグホルム連合公国へ行かなければならない」


 それを話すと、アイリーンの目が輝きだした。もしかしてついでに行けるのではと期待を込めてだ。


「何処かの領主が持っているらしいと噂が流れている。アイリーンも地下迷宮の探索をしたいと思うから、この際だから皆で行ってみようかと思うのだがどうだろうか?」


 と、皆の意見を聞くのだが、それに誰よりも早く答える人がいた。


「はいはいは~い!ウチは行くからね。絶対連れて行ってよね」


 椅子から立ち上がり、手を上げて行く事をアピールする。行く気満々で何かを見つける事をすでに決定づけているような、気迫で溢れている。


「ワシも先日の案件が片付いたから暇になったし、付いて行くとするか。あそこは楽しそうじゃからな」

「オレも反対はしない。むしろ行きたい方かな」

「わたしも行くわよ」


 他の三人も行く事に賛成を表明する。そして、ベルグホルム連合公国へ渡る日付を相談するのだが、それもスイールの提案通りに四月半ばに船で渡る事で決定した。


「皆さん、ありがとうございます。このお礼はエルフの里へ招待してその時に出せるかと思います」


 とエルザは深々と頭を下げるのであった




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 次の日の夕食過ぎ、エゼルバルドとヒルダはスイールの部屋へと呼ばれた。相変わらずの殺風景な部屋で必要になるもの以外は何もない部屋だ。小さなテーブルに薬瓶数本と小さな紙袋が置かれているのが見える。


「何かあった?」


 スイールの部屋へ呼び出されてきてみれば、室内は薬草の匂いが充満していた。この匂いはブールの自宅での匂いそのものであり、薬を調合していた事がすぐにわかった。

 匂いだけでなく、部屋の隅の作業机には薬草を加工する器具が使われたままで放置されており、薬草の汁が飛び散っているのがわかる程だ。


「二人にはこれをプレゼントするよ。エゼルにはこれ。ヒルダにはこっちね」


 と、エゼルバルドは飲み薬、ヒルダには飲み薬と丸薬、それぞれに宛てた封筒を渡された。


「何これ?」

「体、悪くないけど……」


 二人は疑問で頭の中がいっぱいになる。ヒルダの言う通りで怪我も病気もしていない。薬類に頼る事は無いのだがと考える。


「夫婦なんだから、これからする事もあるだろうから念のため」


 勿体ぶって話しを続ける。


「エゼルに渡したのは精力剤。ヒルダには避妊薬だ。程々にね」


 そう言うとスイールは窓の外を見るようにくるりと体を回転させた。

 先日、スイールがアールスト郊外のヴァレリア山岳地帯で採取した薬草から作られた薬だ。エゼルバルドが手にした精力剤はイカリ草の根を綺麗に水洗いしたあと細かく刻み、液草の溶液十に対しイカリ草の根を三(重量比で)入れ沸騰させ一日置くと出来上がる。

 ヒルダが手にした避妊薬は馬蹄草ばていそうを熱湯に入れ生薬成分を取り出し、そのまま蒸発させ鍋の底に残った粉を液草の溶液二に対し馬蹄草の粉一(重量比で)を溶かすと出来上がる。丸薬は液草に溶かした避妊薬を粉になるまで蒸発させ蜂蜜などで丸めると出来上がる。


 その渡された二人だが、面と向かって言われるのは初めてでどう返せばよいか分からず、顔を赤くしてその場に立ち尽くすだけであった。

 二人はその内にそうなるだろうと思っていたが、まさか育ての親から言われるとは考えてもいなかった。子供を作る事はしばらくしないでおこうと言い合ったばかりでもあった。


 二人が正常に戻ったのは、それからしばらくたってスイールから”そろそろ寝たいのだが”と告げられた時であったと付け加えておく。




 そして時は過ぎ、春が訪れる四月に季節は進むのであった。

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