第二十五話 年が明けて

 年が明け、世界暦二三二三年となる。


 深夜にもかかわらず、王城前の広場にたくさんの市民が押しかけていた。毎年恒例の国王並びに王族たちの挨拶が待っているのだ。


 数年前に実用化された”魔力を流す事によって動作する機器”、”魔力機器マジカルマシーン”と呼ばれる品が少数ながら使われ始めた。これはある遺跡から出土された神話時代の道具の模倣だが、それでも便利になる生活を享受できるだろうと期待されている。

 その魔力機器だが、他の国では数年前から使われていたが、アールストでは初の使用となった。


 その魔力機器は拡声器。魔力を流してから話すと大音量で遠くまで聞こえるようになるのだ。ある程度指向性を持たせているらしく、使用者の耳に大きな声が入ってこないので使用者にも好評だ。


 とは言え、この魔力機器、一般市民が購入するにはまだ高価で、さらに拡声器など使いどころが難しい機器が多いのも欠点となっている。市民が使うような品々はまだまだ研究が始まったばかりだ。


 ヴルフの屋敷ではエゼルバルドとヒルダの二人からの報告を聞き呆然と気の抜けたアイリーンがいるほかは通常通りだ。エゼルバルドにヒルダがべったりと寄りかかっているのが少し進歩している様だが。


 先ほどからかすかに、国王からの新年の挨拶が風に乗って流れてくる。何を言っているのかは明日の号外新聞が教えてくれるはずだ。

 そのうちに挨拶も終わり、王都は水を打ったように静かになる。


「挨拶も終わった事だし、寝る事にするよ」


 本にしおりを挟み、パタンと閉じたスイールが寝室へと向かうと立ち上がる。その後を追う様に皆もソファーから立ち上がり、それぞれの寝室へと向かう。

 呆然としていたアイリーンも誰もいなくなった部屋はさびしいらしく、とぼとぼと小言を呟きながら部屋へと向かって行った。


「何でウチに相手が現れないの……」




 夜が明け朝食の時間。新年最初の朝食は少し豪華、--と言ってもワインがテーブルに乗るくらいだが--、な食卓となる。メニューは冬であるために根菜類を使った料理とパン類がメインとなる。貴族の屋敷では地下に氷魔法を使った冷凍設備を持つところも多いが、それでも葉野菜はこの季節は何処にも出回らない。


「今日は少し出てきますね。帰りは明日になるかもしれません」


 朝食前に旅支度を終えたスイールがリビングに持って来たバックパックを指し皆に告げる。


「一人で行くの?良ければ一緒に行くけど」


 昨日、ショックを受けたアイリーンが気を紛らわしたいと一緒に行くと告げるが、


「それ程遠くでもなく、一人で大丈夫ですよ」


 スイールが一人で行くと答える。別段、危険な場所でもないし、部屋から出て気分転換をしようと考えていた。

 それを聞いたアイリーンは残念そうに肩を落とした。


「諦めていい男を見つけるんだな」

「うん、そうする」


 目の前にあるパンを親の仇と思うほどに小さく切り刻み、スープに浸けては口の中に放り込んでいく。その姿を見れば少しは可哀そうだと思うが、男女の出会いだけはどうすることも出来ないので静かに見守る事にする。


「オレはヒルダと婚姻届を出してこようかと思ってる」


 トルニア王国では個人を登録するシステムが出来上がっている。それが身分証システムである。これは他の国でも同じであるが、結婚、離婚をするとき、子供が出来たとき、他国から移ってきたとき、それと死亡が確認されたときに国に報告する義務がある。

 婚姻届と結婚式は当然ながら同じ日に行う必要は無く、結婚式、--要するに披露宴や神への報告だが--、それを行う行わないは個人の自由である。

 国の制度上で夫婦となる、それを婚姻届で国に認めてもらうのだ。


「昨日の今日でか。二人で考えた事に口は出さないから好きにしたらいいよ」

「ありがとう」


 いつも通りに接しているのだが、心なしかエゼルバルドとヒルダの二人の顔は赤らんでいる様だった。




 それから数時間後、スイールは旅支度だ済み荷物を詰め込んだバックパックを背負い、王都から北へ向かう街道を歩いていた。

 王都アールスト近郊は北西からの風が吹くため風に水分が含まれておらず雨が少ない。その為乾いた北西の風が突き刺すように旅人の体を襲い、十分な装備が無い者たちを痛めつけて行く。それを知っている旅人達は十分な準備を整え、体から体温が奪われるのを防ぐのである。


 スイールも同じように風対策の服に厚手のフード付きの外套を羽織り目的地に急ぐ。徒歩で王都から約半日のヴァレリア山岳地帯の麓がそこだ。

 九月頃に来た時は夏が残っていた時であり、まだ暑く感じていた。今は真冬、寒さだけが感じられる。


 途中で昼食休憩を取り、午後三時位に目的地に到着をした。


「さて、たくさん生えていると嬉しいですが……」


 荷物を置くと、早速、探しに歩き回る事にする。

 スイールはブールの街では薬師としても有名で、疲れた時に飲む疲労回復薬が特に有名であった。その他には傷薬なども作っていたのだが。

 薬の知識は随一でエゼルバルドと歳が同じ孤児院の女性に薬屋として開店できる程度の知識を与えている程だ。


 見て回るスイールは早速薬となる原料の葉を見つけた。


「【液草】ですね。こんなに沢山生えているのはこの時期では珍しいですね」


 液草、すべての飲み薬のベースとなる薬草である。水十に対し、液草一(重量比)を入れ沸騰させるとベースとなる液体が出来上がるのだ。

 その液草を袋一杯に詰め込むが、少しずつ残していくのだ。残しておくのは、また生えてくる事を見越して、枯渇させないようにすることが目的だ。


「おっと、もう一つ見つけました。これは【馬蹄草ばていそう】ですね。かなり良い出来ですね」


 冬に葉を付ける珍しい薬草だ。真冬の一番寒いときに花を咲かせるのだが、花の形が馬の蹄に似ているためその名前が付いた。


「この葉は少し多めに持っていきますか」


 液草程では無いが多めに袋に詰め込んでいく。先程よりは小さい袋に七割程詰める。


「あともう一つですが、その前に珍しい【王草】ですね。」


 王草は傷薬になる薬草だ。葉を刻んで液草四に対し、王草一を混ぜ沸騰させ冷ますと傷薬のベースとなる。蝋などに一対一で混ぜ込めば塗る傷薬の完成だが、その蝋を取る木が無いため今回は諦める事にした。


「最後ですね。ここに群生しているようですね。程度が良いですね、この【イカリ草】は」


 一年中葉を付ける薬草だ。付ける花が怒っている様に見える事からイカリ草と呼ばれるのであって、船を係留する道具のイカリとは違うのである。

 そして、その草も馬蹄草と同じ量を採取するのだが、採取する部分は先程と違い植物の根である。掘り起こした後は根を少し残した状態で埋戻しをする。


「さて、この位でいいかな?」


 手に入れた薬草類を見ながら満足そうにつぶやく。

 辺りを見渡せば夜の帳が降りて来る頃、早めに野営の準備をする。地面からの冷気を防ぐためのグランドシートは通常だが、その上に枯れた葉を敷き詰め断熱材とする。

 その上にテントを張り、厚手の寝袋と毛布で寒さ対策をする。


 その他にも森に入って小枝や薪になる木を大量に拾い集め、かまどを作り放り込む。その他に簡単だが風よけなどで周りを囲めば快適な冬の野営設備が出来上がる。


「一人用のテントは快適ですね」


 いつも使っているテントよりはるかに持ち運びに便利な一人用のテント。人ひとりと荷物を置くスペースがあるだけなのだ。

 そして、その前面には作ったかまどに薪がくべられ赤々と炎が立っている。

 そこで持って来た簡単な夕飯を済ませると少しだけ火を残してテントへと潜って行った。




 翌朝、日が昇り、辺りが明るくなってスイールが目を覚ます。冬は活発に動き回る獣達も少なく、夏よりは安全に野営が出来る。安全にと言うと語弊があるが、獣に襲われないだけである。それ以外、例えば寒さに厳しい地域では氷点下まで気温が下がりそのまま凍死となる場合もある。また、雪の降る山岳地方では雪崩に巻き込まれる事もあるだろう。


 もそもそとテントから這い出て朝の空気を肺に目いっぱい吸い込む。冷たい済んだ空気が肺を刺激し、すっきりと頭が冴える。


「今日もいい天気ですね、朝日がまぶしい。それにしても新年から野営とは私もどうしたのでしょうね、ふふふ」


 白い息を吐きながら、一人呟くと小枝と薪をかまどに追加し火を着ける。その辺に置いていたため湿気を吸ったらしく白い煙がもくもくと出始め、少し吸い込んだスイールはゴホゴホと咳込んでしまう。空気を送り、火力を上げ水蒸気を飛ばすと白い煙が消え、綺麗な炎となる。その炎にやかんをかけ、湯を沸かし始める。


「沸くまでに撤収の準備をしておきましょう」


 お湯が沸くまでの少しの時間、夜露に濡れたテントを布でなぞり湿気をふき取る。太陽が出始めたので朝露にも悩まされないだろう。

 と、思っている間にやかんから白い水蒸気が噴き出す。


「さて、朝食の準備ですね」


 事前に合わせていた調味料を適量コップに入れお湯を注ぎスープが完成する。焼しめたパンをスープに浸けながら口に運ぶと、柔らかくなったパンは噛むことなく飲み込まれ、次のパンを手に取る。

 簡単に朝食を済ませると本格的にテントを畳み撤収を開始する。

 濡れているグランドシートなどは太陽に当てつつ最後に畳む。多少でも水気を飛ばす為だ。

 ゆるゆると三十分位かけてすべての道具をバックパックに仕舞いこむと、それを背負い王都へ向けて足を進める。時刻は九時を回った所だろうか。




 歩き進めて三時間程、お昼の時間になる頃だろうか。一人の旅人とすれ違う。

 白っぽい厚手の外套を羽織り、フードを深く被っている。長身でスイールよりも背が高い。持っている杖はどことなくスイールの物と似通っているのは気のせいであろうか。


「すみません、シュテファンさんですよね」


 すれ違いざまに、どこかで聞いた覚えのある声で、誰ともわからぬ名前を尋ねられた。

 記憶の奥底にどこかで聞いた事がある声なのだが、それが何処か思い出せないでいる。


「いえ、私の名はスイールと言います。誰かとお間違いではないでしょうか?」


 そう伝えると、スイールは王都へと足を進めようとする。だが、


「あなたは幾つの名前を持っているのですか?」


 挑発的な言葉に気を悪くしたスイールが後ろを振り向くと、フードを外し杖を向けた透き通るような肌の女性がこちらを睨んでいた。


「幾つも何も私はスイール、スイール=アルフレッドであるとしか言いようがありません。何を根拠にその様な事を申すのですか?」


 それに答えるように、目の前の女性はその体の周りに五つの氷の槍を出現させる。


「この魔法の使い方に覚えがあるはずです」


 過去にスイールが五つの風魔法を起こしたのと同じ魔法の使い方だ。魔法を使う時、普通は一つの魔法のみを使い、同時に魔法を展開する事は出来ないのだ。

 それを可能としているのはスイールだけで、エゼルバルドにも今は不可能な事であった。


「少しは使い方をマスターしている様子で嬉しいです。では私も」


 少しの間魔力を練るとスイールの周りに五つの炎の弾が現れる。女性の生み出した氷の槍を相殺させるには生半可な威力ではどちらかが死ぬ可能性があると瞬時に理解した。

 スイールの魔法の準備が終了すると二人の魔法が一斉に相手に向かって飛び出す。


 この場でその戦いを見たとしたら圧倒的な魔法の多さに怖気ずく事であろう。二人の魔法はお互いを相殺し、辺り一面を水蒸気で覆われ霧となり目の前の僅かな距離も見えなくなった。


「私の氷の槍を相殺するとは……引き分けですか……」


 その女性が一人呟くが、


「いえ、貴方の負けです」


 その後、少し経つと霧が晴れ、負けと言われた意味がようやく分かった。

 後ろから声がするとは感じていたが、スイールの抜いた細身剣レイピアの刃が右肩に乗っていたのだ。


「そうですね、これは私の負けですね。これほどの実力とはわかりませんでした。百五十年も生きていると普通の人間には経験で勝てるのに、貴方には通用しませんでしたね」


 降参と両手を高く上げ、攻撃の意志が無い事を体で示す。それを見てスイールは細身剣を鞘へと納めるのであった。


「それでは、歩きながらで申し訳ないが貴女の事をお話しいただけますか?」

「はい、わかりました」


 二人は歩きながら自己紹介とスイールを探していた理由を話すだった。


「私の名前は【エルザ=プレヴェーテ】と申します。先ほど話したように百五十年ほどの年齢です。当然エルフです」


 と、耳をピンと弾き、エルフ特有の尖った耳を示した。


「ん?プレヴェーテと言いましたね。昔に知り合いが居た気がしましたが……」

「はい、デリックとルイーザは私の父と母です」

「おぉ、思い出した。この大陸の西、不毛な地のさらに向こうに住むエルフ達ですね」

「思い出されましたか?」


 スイールの昔の知り合いの娘であった。これにはスイールも驚きを隠せなかった。


「あの時はもうデリックも五百歳を超えていたと思ったが、まだご健在で?」

「いえ、父も母も百年ほど前に亡くなりました……」

「そうですか、残念ですね。あれほどの魔法の使い手は珍しかったですから……」


 エルザもスイールも故人をしのび思いに耽る。スイールにして見ればどの位会っていないかわからない程の昔だ。


「それで、私を探していた理由を聞かせてもらってもよろしいですか?」

「はい、これです」


 エルザは手に持っていた杖をスイールへと渡した。スイールの杖とよく似た杖だが、作りが甘く、材質もある程度の硬さはあるが、それでも柔らかい木製であった。

 対するスイールの杖は重さはそこまででは無いが、金属の材料でしっかりとした作りであった。一番の違いは石突きであろう。スイールの杖は摩耗が殆どなく、エルザの杖はかなりすり減っているのだ。


「新しいの杖を作成していただけるか、探し出して欲しいのです」


 スイールから返してもらった杖を思い切り握りしめ、頼みごとをエルザは告げるのである。

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