第十一話 スフミからの帰路

 二人のヴァンビエール、スフミ王国の内政と軍務の最高責任者、ラウール=ヴァンビエール宰相とエルネスト=ヴァンビエール将軍はテーブルで向き合い厳しい顔をしていた。


 先日の地下迷宮での襲撃事件とその次の日に起こった城下町詐欺店舗事件、共にトルニア王国からの使者が関連していた。それはどうでも良いのだ。

 問題はそれら二つが関係していた事実だ。


 襲撃者は所属を語る事は無かった。当然、拷問による痛みにも口を割らず、何も情報を得る事も出来ず、その後に首を刎ねるべく牢に閉じ込められるだけであった。。

 だが、襲撃者の持ち物の調査だけは順調に調べられ、帝国の諜報部が使っている暗器によく似ているとされ、スフミ王国への入手ルートはこそわからないが、帝国の手が伸びている事は確かだと一応の結論とした。


 そして、街にあった詐欺店舗。粗悪な材質の武器、防具にメッキを施し高級装備品と偽り売られていた。

 架空の金属と偽っていた装備品もあった。それらに関しては購入したのは知識の無い素人や詐欺に引っかかった者達なので粗悪な武器で討伐に行く等の人的被害が皆無であったことは幸いだった。


 その詐欺店舗が報告された翌日には書類関係は全て運び出され、隠し倉庫も発見されていた。その中に地下迷宮の襲撃者が所持していた暗器と同じ武器が多数見つかり、詐欺店舗との関連性が浮き彫りになったのだ。その武器が何処で作られたものか、何処から運び込まれたのか、これからの調査が期待される。


 さらにテオドールから報告が上がった詐欺店舗だが、街の各所からその店舗への調査依頼が出ているにもかかわらず、調査部に指示が出ておらず調査から逃れていた事実も明らかになった。それが問題視され始めると、姿を消した王城の政務官が多数出ており、何処まで国の行政に入り込まれていたのかと、非常に問題視され始めた。


「いったい何処まで我が国の内部に入られてしまっていたのだろう。我々の首が飛ぶ以前に国が滅ぶぞ。国政に影響が出る前に明るみに出た事は幸いであったが、もっと国の内部に入られて、この前のようなディスポラ帝国との戦争になっていたら跳ね返すどころか内部から崩れ去っていたな」


 ラウール宰相が頭を抱えながら自らを呪うように言い放つ。

 このままスフミ王国の内部が骨抜きにされていたらと考えただけでも背筋がぞっとする。


「もし、我が国の内部から崩壊し先日のような戦争になったら、我が国はどうなると思う?そして、誰が一番得をする」


 その問いに腕を組みながらエルネスト将軍は考える。スフミ王国の王城で働く者達が国の方針に従わない者達で溢れかえっていたら、いや、何処かの工作員が混ざっていたとしたら。ディスポラ帝国の侵略者は今年は戦果を上げられず引き返したが、来年も同じように攻めてくるだろう。二年、三年越しに戦略を持っていればスフミ王国を攻め落とす事も可能であっただろう。

 それがわかるからこその質問であろう。誰が、いや、何処の国が得をするのかと。


「将軍と同じ事を考えているだろうな。……ディスポラ帝国」


 一瞬言い澱んだが、ラウール宰相の口から洩れたのは今も南に位置し、いつでも越境出来る兵力を持ち、なおかつ強大な中央集権国家であるディスポラ帝国の名であった。


 陸続きで領土を広げられ、戦略上重要な土地を得ることが出来、さらに地下迷宮で生きている機械、武器魔法付与装置を手に入れる事が出来るのだから。

 これだけ得る物が大きければ手に入れたいと思っても不思議はない。だからこそ、


「全てをディスポラ帝国が計画していたと考えても不思議は無かろう」


 エルネスト将軍が目の前のラウール宰相へと言葉を投げつける。あくまでも予想であるとの言葉も付け加えて。


「我々とトルニア王国だけでなく、ルカンヌ共和国やベルグホルム連合公国も含めて話し合う必要がありそうだな。下手をすれば、いや上手く行けばこの大陸全てで反帝国同盟が現実になりそうだ」

「アーラス神聖教国はどうする」

「アーラス教の信徒が麻薬の運び役をになっているからすぐには難しいな。協力しているのが国自体なのか少数の集団なのか、見極める必要があるな。トルニア王国と協議しなければならない案件が増えるばかりだ」

「情報を出し渋って事態が悪化するのを指を咥えて見ている訳にも行くまい」

「そうだな。この冬は何時もより忙しくなりそうだ」


 二人の話はこの後も続いた。そして、冬季の休農期に国内の反体制派や他国から、--特に帝国から--、の工作員の排除を決めた。その後はトルニア王国と協議を行いながら反帝国同盟を模索する、と。


 二人が反帝国同盟で動く事を決定していたその裏では、すでに動き回っていたディスポラ帝国の謀略により、思っていたよりも早く深刻な状況が作り出されていたのであった。国境を接しない東の国の一部がすでにディスポラ帝国との盟約を締結していたのであった。

 だが、先の戦争でディスポラ帝国が敗走した事により、その盟約も有耶無耶のうちに消え去ったのであるが。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 二人のヴァンビエールが反帝国同盟を決める話し合いをしていた頃、エゼルバルド達はトルニア王国への帰る馬車の中で揺られている真っ最中であった。


 季節はもうすぐ十一月、あと一か月もすればトルニア王国でも雪が降る季節となる。馬車で向かっている王都アールストにも雪が舞う季節なのだが降雪量が少なく積もる事は少ない。エゼルバルド達の故郷、ブールは風向きの影響や標高の関係で雪が積もりやすい。

 雪の少ない王都で過ごす事も一つの楽しみであった。


「王都でも雪が降るんだよね?」


 エゼルバルドが馬車の中でスイールに話し掛ける。


「降るけど雪かきする程積もらないぞ」

「大雪が降った時は大変だぞ。滑って転ぶのが多いからな」

「そうなんだ」


 スイールとヴルフが王都の冬模様を身振り手振りを交えながら説明しだす。


「ブールと違って王都に大雪が降る事は少ない。東を海に面しているにもかかわらずだ。学者の説明によると王都の北に位置するヴァレリア山岳地帯に風が防がれて北西からしか吹かないかららしい。だが、一年に一度位は風向きが東から吹く事がある為その時は大雪になる。それでもブール程積もらないから冬にもかかわらず二、三日で雪は融けてしまう。雪かきも雪下ろしもしなくていいから、寒さだけに気を付けていれば良いと王都の生活は楽なんだよ」

「雪が見たいのならヴァレリア山岳地帯の北側に行けば見れる。貴族なんかが冬の遊びだとかでヴァレリア山岳地帯の北側に遊びに行って春になるまで帰れない、なんて事もあるようだぞ。ワシ等には関係のない話だがな」


 エゼルバルドもそうだがヒルダもなるほどとその話に聞き入っている。


「面白いのはヴァレリア山岳地帯に生息する獣達だ。北側の獣達は毛が生え替わると冬は白い毛となる。南側の獣達は変わらない。学者たちは面白がって研究しているけど、白い毛になると雪の中では見つからないから、それだけの理由だと思う」


 ブールに生息している獣達は冬に白い毛に生え変わる事はエゼルバルドもヒルダも良く知っている。すべての種が白い毛に生え変わるわけでは無いが兎系の小動物や狼系は生え変わる。猪や熊は生え変わらないのも不思議であった、と懐かしく思い出した。


「でもウチは寒い所よりも暖かい所に行きたいわ。これからの季節は憂鬱やわ」


 ショートコートをいつでも羽織れる様に用意しているのは良いとしても、肌の露出が多い服を好むアイリーンは寒いところが嫌いらしい。それよりも服装を変えればもっと過ごし易くなるのだがと思わないでもない。

 ヒルダがもっと温かい服にしたら?と言った事があるがその時は「ウチのポリシーや」と、着替える事もしなかった。風邪など引かなければ良いのだが。


 寒そうな格好とは裏腹に、心は燃えているアイリーン。帰路につく前に王城のテオドールからベルグホルム連合公国で見つかった地下迷宮の知りうる情報を聞いていた。

 それによると数か月前にある都市近郊で地下迷宮の入り口が発見され、調査が開始された。都市の公王主導の元で進められていたが、人員と資金が足りずに調査が難航していた。

 そこに付け込んだ詐欺や調査品の横領をされ調査がストップしている。


 年が明けて暖かくなる頃に調査が再開される可能性もあると、今から楽しみにしている。




 帰路は盗賊等の襲撃が無く順調に進む。灰色の海を右手に見ながら。行きと同じ五日の日程がもうすぐ終わる。

 道の向こうにトルニア王国の王都アールストが誇る石造りの城壁が見えてくる。あの城壁の向こうへ行けば使者としての役目をやっと終える事が出来る、と。

 王都に近づくにつれ、第四の城壁に設けられた城門には入城を待つ長蛇の列が見られた。


「城門を通るのにこんなに列になってるのが、今だに信じられない」


 アイリーンが吠える。馬車の中からなので外にはそれほど声は漏れないが、周りからの視線が痛い。箱馬車に乗り、列に並び、それで文句を言うのだ。目立たち過ぎる。


「それにしても少し異常だな。時間が時間なだけにもっと少なくても良いはずだろう。列は進んでるけどな」

「進み方が遅いですね。アイリーン、屋根に上がって城門が見えませんかね?」

「ウ、ウチが見るの?」


 アイリーンにスイールが上って見れないかと聞くが、当人は外に出たくない様だ。だが、


「一番、目が良いのはアイリーンだし。城門を歩いて見に行くよりは楽でしょ」

「わ、わかったわよ。人使い荒いんだから……」


 御者席からひょいと身軽に馬車の屋根へと飛び乗る。トレジャーハンターの無駄な使い方をされて少しだけむくれているが、目が良いと褒められるのは悪くないといやいやな雰囲気を出しつつも役割を果たす。


「ねぇねぇ、城門開いてるけど、半分封鎖されてるみたいよ」


 馬車の上からアイリーンが叫ぶ。

 馬車が三台並んで通れるくらいの開口部がある城門の半分が仕切られて通れない様に封鎖されている。城門を守る兵士の数は変わりないように見えるが入城審査に時間をかけている。その為、入場できる速度は普段の三割程度でしかなかった。


「わかりました、ありがとう」


 スイールのお礼でアイリーンが車内へと戻ってくる。


「あれじゃ、時間かかるから、寝る」


 アイリーンは目を瞑り馬車の中で小さくなって眠りについた。




 それから数時間、日もすっかり沈み空に星が見え始めた頃になってやっと入城審査の番が回ってきた。

 この時間になると審査をしている城兵にも疲れが見え始めたり、列に並ぶ人々にも待ち疲れで表情が虚ろになったり、雰囲気は悪くなる。さらに空が黒い闇で覆われ始めればなおさらだ。


「お勤めお疲れ様です。この審査の厳重さはどうされたのでしょうか」


 身分証とギルドカードを見せながら城兵へ質問をするスイール。前の人達も聞いていたが良く聞こえなかったためだ。

 城門の前には”特別警戒中、ご協力をお願いします”と立札があるのだが。


「時間がかかってすまんな。王都の中で盗賊が逃げていると上から命令があって、それで厳重になっているんだ」

「盗賊ですか?それは大変ですね」

「全くだ。おかげで家に帰るのも遅れてしまう。もっと人を寄こしてくれないかと思っているのだがな。お前たちは良いぞ。くれぐれも気を付けて行けよ」

「ありがとうございます」


 スイール達の馬車は城門を抜け、石畳の上をガタゴトとリズミカルに音を立てながらヴルフの屋敷へと馬車を進める。


「王都で盗賊が出たって、最近事件が多すぎじゃない?」


 馬車の中で大人しかったヒルダが何かを思ったのか口を開く。アーラス教の司教が何かを企てていたり、その裏でマグドネル商会が麻薬の密売を指示していたり。今度は盗賊騒ぎ。トルニア王国もそうだが、スフミ王国にも事件が起こった。

 これは本当に偶然なのか?とその渦中にいた彼らにはそう考えてしまったのだ。


「偶然と言うには無理があるな。人為的に起こされた必然を暴いた、と考える方が妥当かもしれない」

「ワシもそう思う。アーラス教信徒どもが入城審査で言い合いを見た時もそうじゃが、何処か違和感を感じる」

「そうね、ウチも何か引っかかる気がしてたのよね」


 皆、思い思いあるようだが、共通しているのはを感じている、事だ。


「カルロ将軍に会えば盗賊騒ぎの事とか教えてくれるんじゃない?そこで何かがわかるでしょ、違和感の原因が。どうせ、パトリシア姫の剣を届けなくちゃいけないんだし」


 エゼルバルドは待ち疲れから考える事を放棄していた。

 疲れにより考えが纏まらないず、良い答えが浮かばない事が原因であった。だが、


「そうだな、旅で疲れているから考えが纏まらんのかもしれんな。早く帰って寝るに限るわ」

「お酒は程々ですよ」

「わかっとるわい」


 ヴルフが酒の制限を受けた所で馬車がヴルフの屋敷へと滑り込み、半月に及ぶスフミ王国への旅は一応の終わりを告げたのである。

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