第十二話 帰国の報と事件の予感【改訂版1】
2019/08/26 改訂
「見慣れていた景色も、半月見ていないと懐かしく思うね」
トルニア王国の王都アールストの中心部、王城を前に第一の城壁とそこから飛びだしている尖塔の先をスイール達は見上げてぼそりと呟いた。それから、いつも通りに身分証とパトリシア姫から受け取ったカードを城門の衛兵へ提示し城壁の内側へと進む。カルロ将軍から頼まれた漆塗りの木箱をヴルフが担いでいる以外は何時もの格好と変わらない。
そしていざ、王城の中へと入り口を潜ろうとした所、衛兵から呼び止められた。
「お疲れ様です。カルロ将軍は
スイール達は衛兵が発したその言葉に耳を疑った。”留守”との言葉の前に付けられた、物騒な”出撃中”とはどんな意味で使われたのだろうか、と。
「カルロ将軍への依頼品を届けに来たのですけど、不在だとすればどうすれば宜しいのでしょうか?」
「ああ、聞いてるぞ。それなら姫様へ届けてくれ」
まさか、依頼した本人ではなく、贈られる予定のパトリシア姫に届けるとは、まさかな事態に思わず笑いがこぼれてしまう。だが、出撃中であるとの緊急事態を思えば代理にパトリシア姫を指名するしかなく、仕方がなかったのだろう。
まぁ、届け先が変わったが、依頼品を持ち帰らずに済んだと思えば、安心出来るだろう。
「カルロ将軍が出撃中とはどうされたのですか?戦争とは聞いていませんし、内乱が起こったとも騒がれていませんが」
「その事は口止めされているから我々からは何も言えないのだ、申し訳ないが」
箝口令が敷かれる程の出来事に驚愕の表情を皆が見せる。
カルロ将軍自らが出撃する程の大事件が起こったなど、今までに事例が無いと思われた。大事になれば国内に衝撃が走るだろうと予想は付くが、どんな何件で出ているかは予想すらつかなかった。。
「ありがとうございます。でも、”出撃中”と言ってしまってよかったのですか?」
ニヤリと笑みを浮かべるスイールの言葉に衛兵は”あっ!”と声をあげるが、後の祭りであった。”出撃中”自体、使ってはいけない言葉だった様で、黙っていて欲しそうな顔をこちらに向けている。
「大丈夫ですよ、誰にも言いませんから。姫様の所へお願いします」
意地悪く失笑を見せながらパトリシア姫の居室まで案内を頼んだ。カルロ将軍からは勝手に入っても良いと許可を得ているので、通常なら何も考えずに執務室へ向かうのだが、パトリシア姫の居室へは勝手に向かう事は許されておらず案内が必要だった。いくらカードを持っていたとしても王女の部屋に勝手に入るわけにいかないだろうし、女性の部屋にずけずけと入って行けるほど、無神経でもない。
「それでは、ご案内します」
詰所の衛兵の中から軍服の男が出てきて案内を始める。
この案内人達であるが、他の兵士に比べて感情の起伏が少なく、何を考えてるのか不思議でならなかった。淡々と仕事をこなすスペシャリストなのだが、スイール達は思考の読めなさに苦手意識をもっていたのである。
しばらく通路を進むとパトリシア姫の居室へと案内される。ドアをノックすると、室内から許可が出て、それから部屋に入る事ができる。
「お久しぶりです、姫様。それにナターシャさんも。お元気そうで何よりです」
開口一番、スイールがパトリシアに向かって挨拶として声を掛ける。
パトリシア姫は公務用の金髪縦ロールのかつらを被り、秋物の地味なドレスを身に纏っていた。間も無く冬に向かう季節であり徐々に寒くなる為か、首周りは全て覆われて肌の露出は少なく全体的に茶系統で、年齢以上に大人の雰囲気を醸し出していた。
「お、エゼルじゃないか。いつ戻ってきたのだ?まぁ、座れ座れ」
挨拶をしたスイールよりも剣術の先生でもあるエゼルバルドが視界に入ってくると、”ぱあっ”と明るい笑顔を振り撒き始める。
そして、スフミ王国へと向かった五人全てが欠ける事無く顔を見せている事にも喜び、丸テーブルへ座るように告げてきた。スイール達も笑顔を返しながら、言われるがままに椅子に腰を下ろすのであった。。
「ん?それがスフミへ持っていった品じゃな」
ヴルフの前に置かれた漆塗りの木箱をパトリシア姫が見つけると、ナターシャに持ってくるようにと指示を出す。
すっと音も無くナターシャが移動し、ヴルフから漆塗りの木箱を受け取り、パトリシア姫の前へ畏まるように置く。
「スフミで魔法を付与した魔法剣です。中を確認してください」
エゼルバルドが嬉しそうにしているパトリシア姫に申し上げる。
だが、箱を開ける事をするでもなく、ナターシャ以外の侍女を呼び出すとその箱を何処かへと持っていくように指示を出す。
魔法剣を入れた漆塗りの木箱は、中身を誰の目にも触れる事無くパトリシア姫の部屋から持ち出されて行った。
「お主等の事はすでにスフミ王国から連絡を貰っておる。しっかりと封印もされているから問題ない。所で、切れ味はどうじゃった?妾も使ってみるのが楽しみじゃが、まだ手に持つ事さえ出来んのでな。エゼルも一緒に付与してもらったのじゃろ?」
剣の出来栄えが気になるらしく、試し切り出来ぬ残念さと、魔法剣を所持出来る嬉しさとが混ざった複雑な表情でエゼルバルドへと質問して来た。
エゼルバルドの両手剣と同時に付与されたと知らされていたようで、背中に担いでいた両手剣に興味を引かれていたようだ。
「同じ大きさの剣ではないので単純には比較できませんが……。皮鎧ごと敵を切断したのは良いのですが、刃毀れや血糊の付着など劣化が一切なく、この両手剣だとどんな敵が来ても間合いに踏み込んだとたんに血の雨が降りますね。姫様の剣も同じように鍛冶師の手を借りなくても、何時までも鋭利なままですから、ある意味恐ろしいですね
「エゼルでも恐ろしいか……。妾が受け取る資格はあるのだろうか?」
切れ味鋭い剣を持つ事にパトリシア姫の表情が曇った。エゼルバルドをして恐ろしいと言わしめる武器となればそう思うのが普通であろう。
「それは後々考えるとして……、大変な目にあったそうじゃな。賊を切り捨てたとか。お主等は事件に良く遭うな。無理するでないぞ」
「ホントですよ。いつもいつも事件に遭って大変なんですから。エゼルも治ったからこれからは平気ですけど……。でも、事件は懲り懲りです」
ヒルダが事件ばかりに遭遇すると、愚痴をこぼしながら溜息を吐いた。確かにスフミ王国へ行っただけで二つの事件に遭遇してしまったのだ。
一件は自らが進んで火中の栗を拾ったのだが、遭遇率が高すぎる気がする。
「その分、装備を良くしたのだから、プラスマイナスゼロじゃろう?
「そ、そうですけど……」
ヴルフが憤慨するヒルダを説得する様に声を掛けるが釈然としないらしく、頬を膨らませていた。確かにヴルフの告げた通りなのだが、釈然としないでいた。
「その話が聞きたいのであれば、後程詳しくお話致しますが、カルロ将軍がいらっしゃらないのは何かご存知ですか?」
エゼルバルドがカルロ将軍不在の理由を尋ねると、パトリシア姫は少し考えてからナターシャに指示を出した。そして、ナターシャが壁際のベルを鳴らすと、すぐにドアがノックされた。
「入ってよいぞ」
ドアが開くと、何度かパトリシア姫を護衛した顔見知りの騎士、アンブローズが入ってきた。
「お呼びでしょうか」
「テーブルへついてくれ。アンブローズは妾の護衛へと配置換えになった。これからはアンプローズ共々よろしく頼むぞ。それで、お主等なら話してしまっても良いと思って彼を呼んだのじゃ。一応、報告は聞いておるのじゃが、アンブローズの方が詳しいのでな。アンブローズよ、カルロ将軍の事を話してやってくれ」
「はっ!それでは私から」
パトリシア姫から指示を受けると、言葉を選びながらカルロ将軍の状況を話し始めた。
「お主等はテルフォード公爵家の名前くらいは耳にしているだろう。カルロ将軍は少ない兵を率いて、それを追っているのだ」
アンブローズの口から出た言葉はトルニア国王に忠節を誓っている貴族を追っているとの思いもよらぬ言葉であった。
以前、カルロ将軍からテルフォード公爵家を調べて欲しいと依頼はされたがそこまでの事になっているなど想像できなかった。
「事はつい三日前、テルフォード公爵家をカルロ将軍率いる我々騎士団が調査に入った時のことだ。マグドネル商会の倉庫で発見された帳簿類から金がテルフォード公爵家へ流れている事がわかったからだ」
その時の状況を身振り手振りを交えながら説明する。そこにはアンブローズも駆り出されていたのは我々と言葉を使っていたからだ。
テルフォード公爵家は私兵を雇っていると有名で相当数の私兵、--予想では百名程度--が雇われていると予想されていた。そこから作戦を立て、テルフォード公爵邸の周りを三百名の兵士で、ネズミ一匹這い出す隙間もない程に囲ったのだ。
その後、別の百名程の騎士隊を引き連れテルフォード邸の正面から調査をするとカルロ将軍を先頭に乗り込んだ。
そこまでは予定通りであったが、予期せぬ出来事が起こったのだ。
邸宅の正面玄関より私兵集団が一斉に出て来たのだ。
先陣を切って出てきたのは五十名程だった。カルロ将軍達は咄嗟の出来事に対応が遅れ、反撃する間も無く数人が怪我を負った。その中には腕や足を欠損された騎士達も出たが、幸いな事に死者は出なかった。
一時、混乱しかけたが、そこはさすがのカルロ将軍である、五十名程度にはすぐ態勢を立て直し反撃を始めた。だが、それも屋敷の左右から五十名ずつ、百名の私兵が出てきて包囲戦を仕掛けられるまでである。
百名の百戦錬磨の騎士隊ではあるが、正面と左右、三方面からの攻撃を受けじりじりと押され始めた。これにはカルロ将軍もたまらずテルフォード公爵邸の門を出て、そこに反撃の橋頭保を構築するのだった。
だが、相手はそれをみて攻撃に乗ぜずテルフォード公爵邸へと戻り、その後は一切攻撃に出て来なかった。
その後、三十分程して可笑しいと思ったカルロ将軍が、テルフォード公爵邸を調べさせた所、誰の姿も見えぬ、もぬけの殻の邸宅を見て、逃げ出してしまった後だと悟ったのである。
数百もの私兵集団が忽然と消える筈も無く、屋敷をくまなく探し回った所、地下の下水溝へとつながる通路を発見した。
鼻がもげそうになる匂いがする下水溝を虱潰しに探した所、南門付近を通り王城の外へと逃げ出す通路を見つけたのである。
その後、忽然と消えたテルフォード公爵率いる私兵の一団の行方を追おうと目撃情報を集めると、ここより南南西のスフミ王国方面、国境の街【ブラーク】方面へと向かったとわかったのだ。
「その情報を基にして、カルロ将軍は千名の騎士隊を編成し討伐に向かった、と言う訳さ」
アンブローズは一連の説明が終わると腕を組んで深く腰を掛けなおした。
「そんな事になっていたのか。そりゃカルロ将軍が出張る訳だなぁ」
ヴルフが”やれやれ”となんとも言えぬ表情を見せていた。多少であれば将軍は城で”ドンッ!”と構えていれば良いが、逃げた相手が爵位を持つ公爵ともなれば、一介の兵士だけに任せては拙いと考えたのだろう。
「国家の事ですから、カルロ将軍や騎士団、兵士たちが出るのは仕方が無いのです。貴族が関わっているので街の人達には盗賊が逃げていると発表しているのですが、何時まで誤魔化せるかどうか……。カルロ将軍はそこも心配していました」
アンブローズの心配も尤もだ。テルフォード公爵邸を包囲した時点では周囲も明るく、人の往来も活発であっただろう。
貴族街と言えども一般市民が通らぬ筈も無く、取り囲んだ事実は市民達の噂話になっていると見るべきであろう。
ゴシップ記事が好きな市民の間で噂が広まるのはそう遅くは無いだろう。むしろ、すでに広まり始めている、と思った方が良い。
出来るだけ早く解決し、正確な情報を市民に発表してこそ、この件は終わるのだ。
であれば、逃げ先もわからず、情報操作も出来ずにいるスイール達には出来る事が無い。
「それなら、ウチ等が出る幕はないわね」
アイリーンは、出番が無さそうだから帰ろうと皆に視線を向けると、彼女の同意する様に席を立つ準備を始める。
「姫様もいろいろと大変そうですから、剣術の訓練は時間がある時にでも呼んでください」
「私も楽しみにしてますよ」
立ち上がりながらパトリシア姫にそう声をかけるエゼルバルドとヒルダ。エゼルバルドは傷も治り左腕を動かしても違和感を感じなくなったので剣術の訓練を再開できるようになった。歳が近い事もありヒルダも訓練を楽しみにしている
「妾も、楽しみにしておくぞ。時間があったら使いを出すからよろしくな」
その言葉を聞き、一礼をするとパトリシア姫の居室から退室をし王城を後にするのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
スイール達がカルロ将軍の動向を聞いてから四日後、そのカルロ将軍本人はスフミ王国との国境にある街【ブラーク】付近で情報収集をしていた。
カルロ将軍が引き連れた部隊は、千名の騎士と少数の諜報員で構成されていた。部隊編成しただけで出撃した事もあり、個人持ちの食料以外は持っておらず、ブラーク周辺での情報収集と共に食料の調達も行っていた。
「寒くなってきたな。雪が降る前に終わらせたいがどうだろう?」
カルロ将軍は灰色の薄い雲を見上げながら一人呟く。西から流れる灰色の雲はトルニア王国に冬の訪れが来る事を告げている。
冬の野営は霜焼けなどである程度の負傷者が出てくるので行いたくなかった。
それでも国家に反旗を翻した貴族をのさばらせて置く事も出来ぬとその身を奮い立たせる。
テルフォード公爵を捕らえる事が現在の至上命令であるのだが、幾つかの不明点を王都に残してきていたのだ。
一つ目は数百名もの私兵を何処で集め、如何様に運用していたかである。
二つ目は公爵邸調査の日程が何故事前に漏れていたのかである。
今後の調査が必要だと考えると、頭痛の種がわんさかと湧いて来る事に気を失いそうになる。そこへタイミング良く、聞き込みを終えた騎士が報告に来たことに感謝するのであった。
「申し上げます。テルフォード公爵ですが、ここより西の国の残された”塔”方面へ向かったと目撃情報を得たとの事です」
「塔?物見の塔だけ残して壊された城塞跡地か?」
「はい、その様に報告を受けております」
国境をまたいでスフミ王国へ逃げ込み追っ手の手から逃れるのではなく、国境の真上に建つ厄介な場所へ逃げ込んだと臍を噛んだ。
「ギルバルド、どう思う?」
カルロ将軍の傍らに存在を消したように静かに立つ、現在の騎士団団長であるギルバルドに意見を求めた。
「【ゴルドバの塔】自体はそれほど大きな建物ではないので、王都にいた私兵全てを中に入れる事ができないのはこちらにとって好材料であります。ですが、場所に難がありますな」
「やはりそうか。場所が嫌だな」
ゴルドバの塔、元はトルニア王国とスフミ王国が争っていた頃に作られた国境の要塞であった。
かの地を占領したトルニア王国が要塞を建設し、さらにスフミ王国がそこを奪還しようと幾多の兵士を送り込み激戦があった。その後トルニア王国とスフミ王国は同盟を結び、ゴルドバ要塞は壊され、今では遠くを見渡せる物見の塔だけが残された。それがゴルドバの塔である。
二つの国で覇権を争っていた場所であるために、要塞は当然ながら国境に作られている。
そして、何が拙いかと頭を悩ませているのかだが、許可を受けずに国境を越えて軍事行動を起こしたとすれば同盟国であっても戦争行為と見られてしまう可能性がある事だろう。
カルロ将軍率いるのはトルニア王国の騎士団、当然、国家の軍である。それらが国境を侵す事は出来ぬとカルロ将軍は嫌な場所と呟いたのだ。
「どの位の兵力をゴルドバの塔は内包できそうか?」
「意外と狭いですから、三十名程度でしょうか。それでも攻めるとなれば相応の被害は考慮せざるを得ないでしょう」
「そうなるか……」
国境を侵す危険、大部隊での占領が難しい堅固な建物、それらが軍隊を動かし辛い状況を作っている。
「少数精鋭、しかも軍隊でない者達……か。考えても仕方ない。一先ず、出発することにしよう。出発の準備を、食料の調達が終わったら動くぞ」
カルロ将軍の檄が飛び、部隊は一斉に動き出すのであった。
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