第六話 スフミ王国の国家機密

「失礼いたします。そろそろお支度をお願いいたします」


 ふかふかのベッドで深い眠りからゆっくりと目を覚ます。ドアをノックする音が部屋に響き渡るともう朝なのかと残念そうに体を起こす。

 窓からは目る景色には残念な事にどんよりと雲がかかり今にも雨が降り出しそうな天気だ。今まで良い天気が続き過ぎていたほどだ。馬車旅の最中は晴天が続き、空気が乾燥しすぎだと思っていた。一緒に寝ているアイリーンが肌が乾燥すると嘆いていたほどだ。

 冬になればスフミ王国でもちらちらと雪が舞うくらいするがあまり積もることは無い。トルニア王国北部や山間部で見慣れた雪もこちらでは珍しいのだ。


「おはよう、ヒルダ」

「おはよう、アイリーン」


 彼女達はそそくさと着替え始める。空気がひんやりとして替えの肌着が、肌に冷たく覆いかぶさる。すぐに体温で肌着が温まるとその上に鎖帷子を着込み、いつもの装備を身に着けていく。この日の行動予定から必要になるはずと。

 胸当てなどの外へ身に着ける装備は朝食後ではあるが、面倒な装備品は早めに身に着けておく方が後々楽なのだ。


 身支度を整えてドアから出ると、廊下の先から、--昨日始めに通された部屋からだが--話し声が聞こえてくる。二人で並んで歩いても余裕のある廊下を進み、その部屋に入るとテーブルの上にはすでに朝食が用意され、他の三人はすでに着席済みであった。さすがに朝食には手を付けていなかった。

 侍女らから席へ着く様に案内され、昨晩と同じ席へと着く。


「「おはよう」」

「「「おはよう」」」


 仲間に気持ち良く挨拶をすれば当然の様に気持ちよく挨拶が返ってくる。彼女らアイリーンとヒルダ、そして、旅の仲間のエゼルバルドにスイール、ヴルフの面々がこの場へと顔を合わせる。いつもの挨拶が済むと朝食だと向き直るのだが、少しだけ違和感を感じる。


「おはよう。朝早くから顔を出して申し訳ない」


 テーブルにはもう二人、同じような朝食を前に座っている。

 一人は昨日案内人と自己紹介したテオドールだ。もう一人は分からないが、服装を見るに、かなり位の上の人物とみられる。だが、国王でない事は確かだ。


「スフミ王国へようこそ。私はここで軍事の責任者を任されているエルネスト=ヴァンビエールだ。冷めてしまっては美味しくないので食事をしながら話をしよう」


 エルネストは目の前の朝食に手を伸ばしながら話を続ける。それよりもエゼルバルド達は、なぜ国の重鎮が一使者の前にいるのかを疑問に思ったが、それもすぐにわかった。


「カルロ将軍から通信文を貰って話は聞いている。先日のディスポラ帝国撃退の功労者に褒美を与えたいからスフミ王国に向かわせると。それと同時にパトリシア姫の剣を仕上げてくれ、と」


 懐から封書を出し、テーブルの上へとひょいと投げる。エゼルバルドがテオドールに渡した封書であった。しっかりと上役へ渡った事へホッとする。


「その封書にはたいした事は書かれていないのだよ。事前に連絡が付いていて、その確認用だ。持っている物が本物だと。なので剣だけ、封書だけでは認められない。それはともかく食事を終われば地下へと潜ってもらうのでそのつもりでお願いする」


 それからは他愛のない話が続き、朝食の時間がゆっくりと進み、エルネストの人となりやテオドールの任務に忠実で誠実な人柄などが知れ、楽しい時間となった。




 朝食が終わり、いつもの旅装備から野営の準備を外した装備を整える。カルロ将軍に言われたエゼルバルドの両手剣も背負っている。少し取り出しにくいがいつでも抜ける所にはある。愛用のブロードソードもあるので使うことは無いだろうと気にしない事にした。


 トルニア王国から持ち込んだ木箱の封印を解き、取り出した漆塗りのきれいな箱。封印がされていない漆塗りの箱の中には一振りの剣がある事を確認する。


「準備できましたな、早速ですが出発いたします」


 部屋に入ってきたテオドールが準備万端なエゼルバルド達を見て出発を伝える。そして、地下へと潜る為に案内を始めるのであった。

 さすがにエルネストはいなかった。他は兵士が二人いるだけで。


 連れてこられたのは王城の地下である。何重にも施された警備や鉄門を通り抜けると、やっと入口へとたどり着く。移動よりも門をくぐる時間の方が多くかかった気がする。


 入り口は何処にでもあるような四角い扉が付いているだけであった。閂は付いているがカギは付いていない。横に守りの兵士が二人いるだけだ。ここへ来るまでに大変な警備を敷いている為これだけで十分なのだ。


「さて、これから地下迷宮へ入る。ここは住みついた獣も小動物もほぼいないので安心してくれ。それでは出発!!」


 テオドールが持っていた杖に生活魔法のライトで光源を確保し入り口から暗い闇の中へと入っていく。それに続けとエゼルバルド達と護衛の兵士も闇の中へと入って行った。




 螺旋状のスロープを降りること五分。地下の第一層へとたどり着く。

 珍しい事に壁がうっすらと発光し、生活魔法のライトを補助してくれる。ライトが無くても見えるのではないかと思うが、そこまで明るくないのでやはりライトは必要だ。


「この壁がなぜ光っているのかもわからないのです」


 テオドールが歩きだし、壁の説明を行う。壁が光っているが全体が光っているわけでは無く、石組みされた壁の二十個に一個の割合でぼんやりと光っているのだ。

 小さな虫が通路の中にはいるが、ぼんやりとした光に集まる事も無く、これが何の光なのかもわかっていないらしい。


「そのおかげで行き場所がわかって助かっているのですけどね」


 よく見れば光を放つ石の脇に矢印が書かれていて行く道を示している。ライトの魔法が無くても何となく矢印がわかる仕組みだ。


「この地下迷宮に眠っていた、ある設備が戦争の火種となっているとはご存じですか?」


 テオドールが歩きながらこの地下迷宮の説明を始める。戦争の火種が眠ると大げさではないかと思う。事実、壁が光る以外はこれと言った特徴が無い地下迷宮でしかない。


「発見されたのはかれこれ四百五十年前なのですが、動き始めたのは百五十年前からです。第一級秘匿事項として、国家機密にされていますので知る人はわずかです。それが帝国へ情報が流れたのは不徳の至る所ですが。人の口に戸は立てられぬと言う訳ですな」


 通路の角をいくつか曲がる。その角には丁寧に矢印が描かれ行く先の順路を案内する。人が常に入っている地下迷宮であれば便利である。


 ある程度歩いたところで第一層から第二層へ続くスロープが現れる。矢印が案内しているとは言えもう少し楽に移動できないだろうかと思案するが暗闇に馬を入れるのも大変だろうしトロッコのレールを引いたら侵入されれば大変な事になる、と頭の中に浮かんだアイデアを頭を振り消し去る。


 第二層へ降りるスロープも五分ほど歩く事になる。螺旋状のスロープは方向感覚を麻痺させる働きもある。方向感覚に優れていても螺旋状のスロープを五分も歩かせればどちらが北か南か分からなくなるだろう。


 第二層も同じく壁がぼんやりと光る石が所々に埋め込まれている。違うのは矢印の逆方向は崩れており、行き止まりとなっている。天井部分から崩れており何処にも隙間が無いので行く事は出来ない。


「地下迷宮の半分はこの様に崩れています。第一層も同じように崩れていますがもう少し進まないと見えませんので崩れている通路はここで初めて見るのです」


 なるほどと皆が頷く。地下迷宮で崩れていない完ぺきな迷宮は無い、と。それでも人が入れる地下迷宮があるだけでも素晴らしいのだ。


「スフミ王国の地下迷宮はここだけです。他の国には発掘中の迷宮があったり、手つかずの迷宮があるらしいので行ってみると楽しそうですよ。特にこの大陸の東の【ベルグホルム連合公国】は幾つか新たに発見された迷宮があるそうですよ」

「それちょっと詳しく!!」


 トレジャーハンターの血が騒ぐのか、アイリーンが目を輝かせてその話に食いつく。粗方発掘されてしまったトルニア王国では盗賊の溜めたお宝とかそんな物しかない。アイリーンは次の目的地が決まり、笑いっぱなしだった。


「その話は上に戻ってからか後程で」


 ギラギラした目を見てしまっては案内もままならぬと、話を逸らす。暗がりの中ではわからないが額から冷や汗を流して口にすべきで無い事を離した事に後悔した。


「期待してるわよ~」


 軽やかなステップを踏みながら小躍りをするアイリーンは何処か不気味ではある。




 第二層、第三層と進み、最下層の第四層へとたどりつく。入り口から二時間程歩いているがまだ到着していない。四層もある地下迷宮も珍しいと言えば珍しい。

 それをスフミ王国では隅々まで調べ上げてしまったのだ。どれだけの苦労があったか、テオドールが話終わる頃に目的地に到着した。


 地下迷宮の巨大な空間に城を思わせる建物がそびえている。王城をそっくりそのまま移築したと言われても違和感がないだろう。

 暗がりの中であるため、詳しくはわからないが、ぼんやり浮かび上がる王城は幻想的でもある。


「すご~い。お城がこんな所にあるよ~」


 ヒルダが都会に来たお上りさんの様にはしゃいでいる。誰もが見上げ、感嘆の声を上げているが、一人だけはボソッと呟く。


「まだ残ってた城があったとは……」




「皆さん、こちらの建物ですよ」


 テオドールが城の脇にある別館へと皆を連れ立って入っていく。すでに数人の作業員が入って何やら準備をしている。巨大な金属の塊が目の前に現れる。


「ここが目的地です。この件を口外する事はスフミ王国を敵にすると同義である事をお忘れなく。そうしましたらお持ちの剣をこちらへ」


 片隅にあるテーブルへ置く様にと指示される。

 テーブルはごく普通だが、高さが微妙に低い。これで飲み食いをする訳でも書き物をする事も無いのでそこはどうでも良いのだ。

 漆塗りの木箱を置き、中から美麗な飾りのついた剣を取り出す。


「もう一本ありますよね」


 テオドールの言葉が何の事かわからずいると、


「両手剣があると指示頂いておりますが?」


 と、エゼルバルドの両手剣だとわかり、そのテーブルに鞘から取り出した両手剣を並べる。

 刀身百三十センチの両手剣と刀身八十センチの片手剣が並べば相当アンバランスだ。エゼルバルドの両手剣は持ち手を入れれば二メートルにに届く長さだ。バランスをとるために並んでいるのではないのでそれはどうでも良いのだが。


「これからこの件についての作業を説明します」


 テオドールが金属の塊の前へテーブルを移動させながら話を始める。


「これは武器に魔法を付与する装置です」


 は?魔法を付与するとは?


 一般的に伝わっている方法では鍛冶師の最終工程で魔術師の魔力を与え続ける事により込められるとされている。しかし、この装置はその工程を省き、どんな武器にでも魔法を付与できると。小さなフォークやスプーンの様な食器類から、エゼルバルドが持ち込んだ両手剣まで、装置に入れる事が可能であれば全て付与できるらしい。

 条件は金属製品に限る事と魔法が付与されていない事だけ。


「どんな武器にも魔法が付与できる。時間さえかければすべての兵士の武器全てに付与できる。しかも簡単に。それが何を示すか分かりますか?」


 そう、武器がすべて敵より上位になれば、簡単に相手を駆逐、いや、蹂躙できる。

 地球で青銅の剣で戦っていた相手に鉄製の剣を持つ国が優位に立ち侵略した事を考えればそれが可能となる。通常の剣と折れない魔法剣で戦えばどちらが有利か、簡単にわかる。戦略や戦術レベルの話ではない。


「ディスポラ帝国はこの装置の事を何処からか知り、これを手に入れるために侵略をしているのです。この装置こそが戦争の火種の素なのです。ですが、我がスフミ王国では装置は秘匿され一般市民に知られることはありません。王が変わる時に贈られる剣や褒章で贈られる剣に魔法を付与するくらいで、それも鍛冶師が作成したと偽っているくらいです。これで作られる装備は今まででも五十本も作られていません」


 作成された剣が五十本として百五十年だと年間三本二しかなっていない。この本数であれば他国との軍事バランスを崩すことはないだろう。

 スフミ王国も他国との外交を考えている証拠である。


「それでは二振りの剣に魔法を付与します。斬撃を上げる効果と破壊防止の二つです。時間は三時間程ですのでその間はお昼にするなり、休憩するなりお好きにしていただいて構いません」


 二振りの剣が装置の中に入れ、作業員がパネルの様なものに魔力を込め始めると、その装置は唸り声をあげ動き出した。

 大きな音が少しの間流れた後は静かになり、装置の所々が光を点滅させている。剣を入れた口の上には表示装置があり、横に緑のバーが出ている。一番右端が点滅し始め、装置が動いているのが辛うじてわかるくらいである。


 あのバーが無くなった時、剣に魔法がこめられる作業が完了するそうだ。それを待ちわびるエゼルバルドは嬉しそうな顔をしていたのである。

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