第二十六話 刺客の襲来、対”黒の霧殺士” 壱【改訂版1】

2019/07/27改訂


「スイール!後方から敵よ!!」


 弓を番えながら駆けて来るアイリーンが大声で叫ぶと、スイールは咄嗟に魔力を集めて、振り向きながら発動させた。


物理防御シールド!!」


 スイールの魔法が発動されると同時に、”キリキリ”と力を溜め込んだアイリーンの弓が力を解き放ち、森の奥へと一直線に矢が放たれて行った。


”カン!キン!!”


 スイールの防御魔法が展開されたすぐ後、透明な魔力の盾に二本の矢が飛び込んで金属特有の甲高い音を立てた。その軌道の先を見れば、パティを狙った事は明らかであった。

 正確無比で放たれた矢はパティをほふるには十分であり、スイールの魔法が間に合わなければと思えば”ゾッ”と背中で冷たい汗が流れる。


 そして、アイリーンの視線の先では”ドザン”と、大きな物が落ちた音が辺りに聞こえた。


「スイール、エゼル。敵襲よ!気を付けて!」


 危険を察知したアイリーンが敵からの不意打ち、すなわちパティを葬り去る一撃を防いだのだ。

 トレジャーハンターとして生業を立てている為か、人の気配に敏感に察知し、ここにいる誰よりも捕える範囲が広いのだ。そして、弓を主武器としている手前、敵を捉える視線も鋭く、弓が届く範囲であれば即座に補足が可能だった。

 剣の腕前ではヴルフやエゼルバルドが規格から外れているとされているが、弓を扱わせればアイリーンも規格から外れているのだ。


「どうした、何があった」

「大丈夫?」

「姫様!!」


 離れた場所で休憩をしようとバックパックを降ろしたところへ、アイリーンの悲痛な叫びが聞こえれば、当然ながらその場へと掛けてくるだろう。ヴルフとヒルダ、そしてアンブローズが武器を握りしめ合流した。

 エゼルバルドもパティの前に立ち、その身を盾とすべく両手剣に手を掛け抜き放った。


「敵襲よ!一人、傷を負わせたけどまだ来るわ!」

「気配を殺している所を見るとかなり厄介な相手だな」

「何者でしょうか?」


 アイリーンは二本の矢を握りしめており、そのうちの一本は既に弓に番えられていた。視線を動かしながら、やって来るであろう敵を捕らえるために感覚を研ぎ澄ます。


「おや、失敗しましたか。一人、戦闘不能にされるとは、さすが”赤髪の狙撃者”と言ったところでしょうか?計画通りに行かないとはこのことでしょうかね」


 気配を消し、かすかな足音のみをさせながら、黒ずくめの男が三方から姿を現した。

 アイリーンの前に現れた男は、ショートソードを二本、両手で握り、血に飢えた野獣の様に今にも飛び掛かってきそうな雰囲気を出している。


「厄介な相手と思ったら、それ以上に相手が悪いときたか」


 ヴルフの前に現れた、頭をすっぽりとフードで隠した男を恨めしそうに睨み、毒づいた。抜き放ったブロードソードを握る手に力を込めながら。


「おや、”神速の悪魔”にそう言って貰えるとは嬉しい限りですね。お二人以外も気を付けなければならないとは、これは骨が折れますね」


 フードを取りながらヴルフと同じブロードソードを握り、攻撃の隙を伺う。会話をする程の余裕を見せているが、表情は硬く視線はヴルフの一挙手一投足を常に捉え、余裕などありもしなかった。


「勝手に名前を付けるな!!何が悪魔だ、”黒の霧殺士くろのむさつし”共が!」

「我らをご存じで?これは光栄ですな」

「何度か邪魔されたからな。お前たちが邪魔しなければすんなり終わった仕事が幾つもあったのだからな!」


 左の人差し指をその男に突き出しながら、散々邪魔をされた恨みを口にする。


 ”黒の霧殺士”。それは高額な報酬を対価に殺人を請け負う暗殺者集団である。組織の場所、所属人員等、全て不明だ。

 存在自体が霧の様に不確定で、狙った獲物は必ず殺すと恐れられている。現にヴルフも護衛の仕事をした時に何度か遭遇し撃退はしているが、それでも数度は護衛対象を守れなかった事もあるほどだ。


「この相手では今日の仕事は厳しそうですね。ですが、我らの邪魔はさせません」


 最後の一人がスイールの正面に細身剣レイピアを構えて現れ、大声を上げるとそれを合図に敵は一斉に動き出した。


 ”ガキキッ!”、”ギンッ!”、”キーーン!”


 黒づくめの男三人が地を蹴り相手との間合いを詰めて、得意な武器獲物を振るう。


 ショートソードの双剣を受け止めたのはアイリーンの後方に控えていたヒルダだった。軽棍ライトメイス円形盾ラウンドシールドを器用に使い、左右から振られた二本のショートソード受け止める。それぞれ、鋼の芯や金属で補強してあり、ショートソードの攻撃ではびくともしない。


 鈍く光るブロードソードを受け止めたのは、その正面で対峙していたヴルフだ。同じブロードソードを振るい薄暗い森の中で火花が散った。ヴルフも相当の腕力の持ち主だが、対峙する相手もまた腕力に自信があるのか、激しい鍔迫り合いを見せる。


 スイールに向かってきた細身剣の男は、その間に両手剣を振り上げたエゼルバルドが間に割って入り、彼が対峙する事になった。重量級の両手剣で最軽量の細身剣レイピアを弾き返された事で、黒ずくめの男は即座に後方へと飛び退き、体制を整えると細身剣レイピアを引き平突きの構えを取るのであった。


 さらに、スイール目掛けて二本の矢が迫るが、発現させていた透明な盾に弾かれると力なくその場へ落下した。それと同時に”パキン”と物理防御シールドで発現していた盾が砕け散った。

 射掛けられた矢の軌道から予想されるのは、一人が同時に二本の矢を射かけているのだと言う事だろう。


「アイリーン!もう一人隠れているぞ!位置はわかるか」

「スイールの真正面かしら?巧妙に気配を隠しているから難しいわ。探すまで物理防御シールドをお願い!」


 スイールが物理防御シールドを再び発現させると、視線のみを動かして周囲を見渡す。

 彼の真後ろには身を震わせながら警戒するパティとナターシャが控える。

 目の前ではエゼルバルドと細身剣レイピアの男が対峙を始め、ヒルダは双剣の男と対峙しているが、アンブローズがゆっくりと彼女の補佐に入り始める。

 ヴルフは一人で力と力の鍔迫り合いで勝負を挑んでいる。


 そして、スイールと合流したアイリーンが矢を番えながら、対峙を続ける三人の更に後方の敵を探ろうと目を凝らす。


「私とアイリーンでここは任せて貰うから、他は頼んだぞ」

「「「了解!!」」」


 ヴルフ達はそれに勢いよく返事を返し、対峙する敵に向かうのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 ヒルダは久しぶりの大物との対峙に心を躍らせていた。

 敵の振るう、左右からのショートソードを上手く受け止める事が出来た。

 相手の腕力は武器相応でヒルダと比べても変わりがないだろう。だが、その剣筋は鋭く少しでも油断を抱けば傷を負うことは当然だろう。攻撃の手数は多いと見たが、一撃が軽く、致命的な一撃クリティカルヒットは無いと考えても良かった。


 それならば、敵と同じ土俵で勝負するのも有りかと思い、攻撃を仕掛けるのだった。


「ヒルダ殿、加勢するぞ」


 ヒルダが攻撃に移った瞬間、パティの護衛を役目としているアンブローズが、ヒルダをの援護にと攻撃参加に現れた。同じ打撃武器であるが、アンブローズの戦槌ウォーハンマーは重量があり一撃は強烈だが小回りが利かない。それを考えると、ショートソード二刀流には分が悪いだろう。

 ヒルダも同じ重量のある軽棍ライトメイスを使用するのだが、鍛えられた足運びにより手数を増やしていた。


「お願いするわ」


 相対する黒ずくめの男は実力者であったが、同時に二人を相手にするには分が悪そうで”じりじり”と後ろに下がり距離を開ける。


「二対一とは卑怯な。男なら一対一で来いよ」

「え~、わたしが男に見えるの?そんな言葉は聞かないわよ。それに不意打ちしてきたのはそっちでしょ!」

「小娘に用は無い、後ろの男に言ったんだ」

「その小娘に剣を受けられたのは誰でした?」


 双剣男はアンブローズに向けて挑発したつもりだったが、彼より手前に姿があるヒルダが挑発を横取りし、その挑発を返される始末だった。ヒルダの挑発返しが効いたのか、双剣男は表情を曇らせ怒りを向けて来た。


「卑怯でも何でもいい!今はこれが俺の仕事だからな」


 双剣男の発言にアンブローズも返すが、あまりにも冷静過ぎてヒルダは思わず吹き出して仕舞いそうになった。


「ふふふ、お喋りもその位にした方がいいぞ」


 双剣男がヒルダに剣を向けて一気に距離を詰める。

 軽量な双剣を武器にしているだけあり、スピードは見るべきものがある。だが、ヴルフ以上の剣速を持ち得ているか言えばそうでも無い。

 見慣れた剣速から比べれば一段落ちるが、それでも二本の剣が襲って来るのは脅威であった。


 軽棍も円形盾ラウンドシールドも、どちらも殴り倒す武器として使用しているヒルダも言ってみれば二刀流だ。左右、上下様々な方向から来る敵の剣戟を何とかしのぎ切る。それでも無傷とはいかず、防具の無い二の腕や太腿に幾つかの切り傷を作り、血液を滲ませていた。


「やるじゃない。でも小娘にそれだけしか手がないみたいね。こちらから行くから覚悟しなさい」


 一旦双剣男との間合いを取ると、姿勢を低くし盾を前に双剣男に向かって突っ込むと、双剣男はこれ幸いと右手の剣を振り下ろす。左手の剣は盾の代わりとして胸の前に控え、相手の攻撃に備える。


 ヒルダは振り下ろされた剣を円形盾で受け流すと、左へ体を移動させて双剣男の右側面へと回り込もうとする。その一瞬の移動の最中に軽棍を右から大げさに水平に振り、攻撃を仕掛ける。


「馬鹿め!お見通しだ」


 双剣男は半歩、身を引くと、ヒルダの軽棍を易々と躱し、左手の剣を突き刺そうと切っ先をヒルダに向ける。


「余所見は感心せんな!」


 双剣男の左側面に大きく回り込んだアンブローズが、巨体らしからぬ速度で双剣男に迫り戦槌ウォーハンマーを振り下ろした。


「チッ!」


 戦槌ウォーハンマーは双剣男の左半身を完全に捉えて振り下ろしたはずなのだが、咄嗟に体を捻りアンブローズの強烈な一撃を躱し切った。

 それから、無理な体勢のまま後背へと飛び退き、距離を取った。


「やるな!」

「二対一は卑怯だろうが!」

「先に不意打ちをしてきたのはそっちでしょ?」


 アンブローズは双剣男の動きに感心しているが、ヒルダは今の動きで仕留められなかったと悔やんだ。タイミングが多少ずれたが、二人の攻撃は完璧に近く、仕留めるには十分であったが、それを躱しきる”黒の霧殺士くろのむさつし”を今回は褒めざるを得ないだろう。


 だが、ここで諦めるヒルダではない。

 左右にステップを踏みながら軽棍ライトメイスを細かく振るう。その中には軽棍ライトメイスで突きを見せるなど、フェイントも混ぜているのだが、躱されるか剣で軌道を変えられるかで双剣男にダメージを与える事は出来ないでいる。


 だが、ヒルダの予期できぬ攻撃に反撃の糸口が掴めないでいると、双剣男に疲れの色が見え始め肩で息をする様になった。

 打ち合いに参加する機会を狙っていたアンブローズがそれを見逃すはずも無く、ヒルダの右九十度の場所から戦槌ウォーハンマーを振るい始める。


 ”黒の霧殺士くろのむさつし”に属する双剣男とは言え、疲労が蓄積し始めたこの状況で二人から猛攻を受ければ全てを躱しきる事など不可能であった。


「これで終わりだ」


 ヒルダが打ち下ろした軽棍ライトメイスを躱した瞬間、アンブローズの戦槌ウォーハンマーが双剣男に目掛けて振り降ろされた。


「し、しまった!!」


 双剣男は左手のショートソードで強烈な一撃を受け流そうと咄嗟に出してしまった。

 だが、たとえ名工が鍛えた弾性に富んだショートソードであっても、鍛え抜かれたアンブローズが降り降ろした一撃を咄嗟に受け流すなど無理な話であった。衝撃を吸収しきれずに根元で”ポキン”と折れてしまった。


 二刀流による手数の多さを攻撃の要にしている双剣男だが、右手一本のショートソードでは猛攻を加えてくる二人を相手に立ちまわるなど不可能となる。予備の武器を出そうにもそんな暇は与えてくれるはずも無く、劣勢にならざるを得ないのだ。


「これで終わりよ!!」


 考える双剣男にヒルダの追撃が迫る。

 軽いとは言え、それなりの質量を持つ軽棍ライトメイスと左腕に固定された金属で補強された円形盾ラウンドシールド、それらが双剣男の上下左右から襲い掛かる。


 先ほどよりも一歩前に踏み込んだヒルダの攻撃を受け始める。籠手や鎧などの装甲のある場所が殆どだが、装甲を通り抜けた衝撃がダメージとなり双剣男に蓄積されて行く。


 双剣男の動きが一瞬止まり、最後の止めとばかりに軽棍ライトメイスを振り上げた瞬間であった。


 ”ボンッ!”


 双剣男が腰のバッグから急いで取り出した玉を地面に投げつけると、それが破裂し辺り一面に煙が拡散されて行った。

 煙は吸い込むと喉や鼻腔の奥を刺激し、咳き込む程に厄介だった。だが、”もうもう”と立ち上る煙こそが本命で、戦う二人の視界を白く奪って行った。

 息を止め、気配を頼りに盾を構える二人であった。


「勝負はお預けだ。また会おう!!」


 煙を吸い込み、むせた二人に双剣男が最後の言葉を残して去って行った。


「ゲホッゲホッ、逃げたわね」

「ゴホッゴホッ、逃げられたか」


 一分も経たないうちに煙は拡散して、白くくすんだ視界が元に戻っていくが、根元から折れたショーとソードが転がっているだけで、双剣男の姿は何処にも見えなかった。


「”黒の霧殺士”か……。腕は一流だったな」


 アンブローズがショートソードの柄を拾いながら呟く。

 使い込まれた柄の革は、汗で黒く汚れており双剣男の相棒として幾多の人を殺めてきたことを物語っていた。


「ヒルダ殿もやりますな」

「アンブローズさんこそ。もう一歩で仕留められたのにね」


 今の戦いを終え、二人がお互いを褒めたたえる。

 実力は相手が上に見えたが、力と持久力で上回り、尚且つ二人で牽制しながら戦えた事が勝利に繋がったと言えよう。逃げられたとは言え、相手の武器を破壊するまで至り、この場を守り抜いた事を二人は喜んだ。


 そして、同じ打撃武器を使う二人には何か連帯感みたいなものが生まれ、次に出会ったときには決して逃がしはしないと誓うのだった。


「他はどうなったのかしら?」


 辺りを見渡せば、先ほどの場所から離れてしまったらしく、遠くで金属同士の打ち合う甲高い音が耳に入って来る。


「皆の元に戻りましょう」

「ええ!」


 アンブローズとヒルダはその場から離れ、急いで戻って行った。

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