第十五話 非合法麻薬と追われる者と

「おはよ~」


 辺りは夜の帳が降りて来る時間帯であるが爽やかな朝の挨拶がリビングに響く。


 彼女、アイリーンはこれから行動予定があるので、先ほどまで昼寝をしていた。午前中に体を動かし、壊れる寸前であったための休息も兼ねている。

 体を動かしてみれば若干の筋肉痛を感じるが、動き支障がない程度である。もしこれが肉体的に衰えてたとしたら、もう一日過ぎなければ筋肉痛は出てこないだあろう。若い証拠だとアイリーンは別の意味で喜んでいる。


「おはよう。もう夜だけどね」


 これから一緒に出掛けるスイールがリビングのソファーでくつろいでいる。

 雰囲気も服装もこれから行動するのに適した格好だ。側には紺色のフード付き外套が置かれていて、羽織ればいつでも出かけられるのだ。


「昼間の疲れは取れた?」


 疲れさせた張本人のエゼルバルドが声をかけてくる。軽い筋肉痛だけど大丈夫よ、と返せばホッとした様子を見せた。姫様との試合がハードになってゴメンと告げられたが、「許す」と一言だけ偉そうに返しておいた。


 ダイニングのテーブルにはお出かけ用にサンドイッチが包んであった。アイリーンとスイールの分である。他の三人用には包まずにお皿に同じサンドイッチを乗せて埃よけのシートが被せてあった。


「それじゃ、そろそろ行きますかね」

「ええ、お願いするわ」


 アイリーンとスイールはサンドイッチの包みをバッグに詰め、屋敷を出る。


「お、もう行くのか?」


 相変わらず庭で剣を振っているヴルフがいた。暇になると剣を振る程の脳筋親父であるが、戦闘になると頼もしすぎる程強い。アイリーンは嫌いではないが、どうしても売り言葉に買い言葉で口喧嘩になってしまうことが多いとたまに嘆くことがある。


「そうよ。アンタもいい加減にして終わりにしておきなさいよ」

「言われるまでも無い。お前の出発が終了の合図だからな」


 まさにこれである。

 口を利かないよりはマシだと、何時もの光景にスイールは笑顔を見せるのである。

 そして、二人は屋敷を出て夜の王都へと消えていくのであった。




「何処か当てはあるのですか?」


 夜の暗闇が辺りを支配し、街灯が暗がりを薄め、かすかに人が生きる空間を演出する。二人が夕飯にと持っていたサンドイッチを歩きながら頬張る。じっくりと味わいたいのだがその時間はなく、いそいそと歩き続けている。


「王都の南にある広場の片隅とかにいるらしいよ」


 確定情報が欲しいスイールには伝聞による不確定情報ほど信用できないと思っているので、”らしいよ”と言われても眉をひそめるしかなかった。

 それでもたまには行き当たりばったりでも楽しそうだ、とこの前の情報屋での件もあったので仕方なしに付いて行く。


 途中でその日最後の乗合馬車に乗り、二十分程揺られた頃だろうかアイリーン達は目的の広場に近い場所に降り立つ。王都にあるにもかかわらず、うっそうと茂った木々と隠れるのに最適な彫刻などの美術品。灯りも少なく売人がうろつくにはもってこいの場所だ。


「それじゃ、ちょっと歩いてくるから、よろしくね」


 紺色の外套のフードを深く被り、広場の中へと消えていく。闇夜に紺色の外套は隠れるには都合が良く、ちらっと見ただけでは夜の色に溶け込み人がいるとは思えない程だ。

 今日のアイリーンのブーツは特別製で音が極力立たない仕様になっている。音を立てにくいのはブーツだけではないのだが。


 闇夜に溶け込んだアイリーンを見送り、スイールも紺色のフードを被り、アイリーンの後を追って暗闇に身を潜ませていった。




「なかなか見つからないもんだねぇ……」


 かれこれ一時間程広場をブラブラとしているが、それらしい人影を見ることは無かった。


「まだ早すぎるのかなぁ……」


 時間は夜の九時くらいだ。現代日本と違い、灯りもランタンや魔法の光を頼りにしているこの世界では酒場などを除けば夕暮れから二時間程もすれば夢の中へと旅立つ人がほとんどだ。暗がりの中、月明りを頼りにデートなどしていれば、襲ってくれと言ってるようなものなのだ。


 そのアイリーンの姿は紺色の外套に深々とフードを被っている事から、その手の男たちからは敬遠されているようなものだ。ただ、外套から悩ましい体のラインや豊満な胸が見られない為との理由もある。


 それでも諦めず、また一時間程歩いていた時にやっと、目的の人物が陰に隠れているのを発見できた。前には売人、後ろには魔術師のスイールがいる。そして、腰にはパトリシア姫と打ち合い多少自信の付いた剣がぶら下がっている。

 ヨシ、と気合を入れてその男に話をする。


「お兄さん、ちょっといいかい?」


 浮ついた声を出しながらアイリーンが近づく。よく見れば頭の上に尖った耳が出ている猫族の様だ。ここトルニア王国では珍しいのだがたまに見るので、初めて見た、とはならない。あまり頭のよくない猫族がここで売人をしているのだ、相当に頭が切れるのではないかと思われる。


「あぁ?なんだあんたはぁ」


 近づいて来たのがわかっているはずなのに、悪態をつく。これが本来の対応なのだろう。


「葉っぱ欲しいんだけど、持ってないかい?」


 用意していた金貨を外套の中で男に見える様に手の中で踊らせる。買えるだけのお金を用意している事を見せて、買う意思があると分からせるのだ。特に麻薬であれば小さな硬貨では用がなく、金貨以上が必要になる。


「ほう、どの位、欲しいのかねぇ」


 男は金貨を見て気付いたのか、アイリーンの豊満な胸を品定めをするように眺める。アイリーンは慣れているのだが、その目の求める場所に嫌悪感を感じていた。


「これで買えるだけでいいんだけど」


 先ほどの金貨をクルクルと手の平で遊ばせて見せる。少量とは言え買うことが目的なのでこれでいい。だが、


「オレとしてはおねぇさんが代金でもいいんだけどなぁ」


 やはり、外套から腕を出した時にちらりと見せた豊満な胸に食いついて来る。それでもこの男にはあげるつもりも無いのだが。


「遠慮しとくわ。売ってくれないのなら、他の男から買うだけだからいいわよ」


 踵を返して、その場から立ち去ろうとしたのだが、大声を上げる事なく、


「わかった、それでいぃ。これが商品だぁ」


 懐に入れてあったバッグから紙袋を取り出し、アイリーンが手に持っていた金貨と引き換えにその手に渡した。


「ありがとう。あまり女性だと舐めない事ね」


 男にウィンクを投げて、その場から立ち去ろうとその身をくるりと返した……のだが。

 音もなく近づく数人の男が見えた。


(ありゃ~、失敗したかしら)


「おねぇさんこそ舐めてもらっちゃ困るよ。そんな体を見て逃すと思ってるのか?」


 あ、そっちか、と。麻薬との関連を調べている事を知っていたのかと思ったら、ただ単にアイリーンの体目当てでサインを送っただけらしい。一人で来なくて良かったとつくづく思うのだ。


(良く見れば人数は三人ね。後ろのスイールの敵じゃないわね)


 アイリーンは右腕を上げ決まっていた合図を送る。が……。


「あれ?」

「何やってんだぁ、お前ぇ」


 アイリーンは後ろから羽交い絞めにされ身動きが取れなくなってしまった。そして、身長が155センチのアイリーンと後ろの男約170センチの差で地面についている足にさえ力が入らなくなった。


「ちょっと、何すんのよ!!」


 ジタバタと何とか羽交い絞めから逃れようとするが体を少し揺すった位ではびくともしない。さらに後ろの男の力が強くなり逃れる事が不可能になる。


「何って、逃げられないようにしてるんだろうがぁ。わかるだろうぅ。この時間にぃ女一人で葉っぱ買に来てぇ無事で済むわけがないだろうぅ」


 目の前の男、--これも猫族の様だ--、が、アイリーンが自慢する豊満な胸を両手で鷲掴みにすると微妙な力加減でその指を動かす。


「うひょぉ~、こいつは上玉だぜぇ」

「ちょっと、気持ち悪いからさわんないでよ!!」


 とアイリーンが怒りの表情を見せた瞬間、目の前の男は白目を剥き力なくその場に崩れ落ちて行った。


「あれ?」


 そして、その左右の男も時を同じくして、地面へ崩れ落ちる。白目を剥く瞬間にだが、男たちの後頭部辺りから鈍い音が聞こえていた。


「もう、遅いよ!!」


 いまだに羽交い絞めにあっているアイリーンが足をバタバタとさせながら、目の前の男に叫ぶ。


「申し訳ない。数人に魔法を使っている余裕が無かったんでね。こいつはどうします?そのままでも構いませんが」

「見ればわかるでしょ、助けてよ」

「何こっち無視してぇるんだぁ?」


 無視された男は羽交い絞めを解くこともせず、スイールへと悪態をついた。このまま羽交い絞めの人質がいればこの目の前の男も命令を聞くはずと思ったのが間違いだった。


「あなたに用はありませんので、消えてもらいます」


 そう男に伝えると同時に、手に持った細身剣レイピアをアイリーンの体を傷つけないように男の死角から脇腹に突き刺した。血でアイリーンを汚したくなかったので細身剣を突き刺したまま手を男が放すのを待つ。

 刺された男はアイリーンから手を離しのた打ち回るのだが、それもすぐに終わった。脇腹に刺した細身剣を抜き、男の首にその刃を突き立て止めを刺したのだ。


「遅い、何してたのよ。すぐに対処してくれるはずだったでしょ」


 助けてくれたことには感謝をしているが、その前に打ち合わせした通りに事が運ばなかったことに腹を立てていた。だが、


「申し訳ないが、状況が変わったので」


 と、話を続けたが、状況は悪化していた。アイリーンとスイールを中心に半円状に囲まれてしまった。


「この状態になるとわかっていたので、魔法を使いたくなかったのですよ」


 アイリーンにだけ聞こえる様に呟く。

 半円状に包囲した者達、暗がりで顔は見えないが先ほどの売人の男の仲間であろう。それが四十人ほど。包囲されているのであれば脱出は無理かもしれない。だが、先ほどの魔術師の話はこれを想定していたらしく、今は目の前の魔術師にすがるしかなかった。


「で、大丈夫なんでしょうね」

「ええ、少し走りますけどね」


 スイールの本業は魔術師だ。そして、このような半包囲網を逆に殲滅する事を得意とする。獣の様に毛皮自体が防御力を持っているものと違い、人の体など紙と同然。皮を割き肉を切り裂くなど造作もない事だ。だが、ここにいるすべての命を奪うとなると、すぐに噂になったり、騒ぎになったりしてしまうだろうと少し困った顔をする。命を奪う事なく無力化する方法はいくらでもあるが、これだけの人数に手加減ができるかと言われれば自信が無い。逆に殲滅してしまう方が楽なのだ。


「この男に止めを差してしまったのは悪手でしたね。さて、無力化いたしますよ」


 スイールが杖を目の前に構えるのと同時に目の前の五人ほどが手に短剣ダガーやショートソード等を持って襲い掛かってくる。男たちの装備はそれぞれが用意しているのか統一性が無い。雑兵の集まりよりもなっていない。


 広場と言えどもそこまで人が自由になる空間は少ない。ましてや売人がいたのは美術品の台座の影だ。スイールとアイリーンはそれを盾に向かってくる男達をいなし始める。


「さて行きますよ。広範囲風の弾ウィンドショットです」


 風の弾ウィンドショットであれば人ひとり位の幅を持った空気の塊打ち出す魔法なのだが、それを横に引き伸ばし五人が十分範囲になるようにスイールが改良を加えた魔法である。人を吹き飛ばす程の威力は無いが脛に当てて転ばせることはできる。


 と、見事に五人が宙を舞い、顔面から地面へ突っ込んだ。鼻や額を強打し脳を揺さぶられ地に横たわり動かなくなる。そこをスイールとアイリーンがタイミングを見計らって倒れた男達を踏みつけ駆け出す。虚を突かれた男たちは焦りながらも追いかけるのだが、それこそスイールの思う壺であった。


 半円形の包囲網から追いかけるための縦列陣形となる。簡単に言えば広がって追いかけられないだけなのだが。

 的が絞れればそれだけ魔法の範囲も狭くて良くなり、結果、


「さて、今度は手加減しませんよ。もう一発、風の弾ウィンドショット


 先ほどよりも魔力を込めた一発は男達を吹き飛ばす事に十分な威力を発揮する。空気の弾丸、いや、空気が巨大な質量となって男達を薙ぎ払う。


 吹き飛ばされた男たちは気を失い、または体の骨を折るなど起き上がってくることは無かった。


「こんな所でしょうか」


 久しぶりに腕が振るえて嬉しそうに語りだす。


「これだけの人数だと手加減が難しいですけど、上手くいきましたね。やはり偶には大人数に使った方が訓練になりますね、うんうん」


 どれだけむちゃくちゃなパーティーに所属してしまったのだろうと頭を抱えるしかなかったアイリーン。だが、アイリーンは気付いていなかった。己こそが弓の腕前が達人クラスに達しており、パーティーの名でも突出していた事を。


 アイリーンを見るが外套に少しだけ血が付いている位で怪我もなく無事なようだ。手にはしっかりと紙袋が握られており取引は上手くいったとみられる。


「あいつ等はどうするの?」

「途中の兵士詰所でも寄って通報しましょう。それとどうですかね、その髪袋の中身は」


 スイールが気になっていた紙袋を指した。


「多分だけど中身は何処で加工されたか判別付かないと思うけどね。だけど、あいつ等、この国の奴じゃないな。南方訛りが聞いて取れたよ。語尾が少しだけなまって聞こえるんだよ」

「南方訛りですか。この国より南方と言えばスフミ王国とディスポラ帝国、そしてその東方のルカンヌ共和国のいずれか。ですが、スフミ王国が麻薬の製造や販売とは聞いたことがありません。それに訛りは殆ど無いはずです。

 後は帝国か共和国ですが、共和国の者達が法律を逸脱してまで利益を求めるのは違う事でしょう。違法になるぎりぎりを攻めると聞きますが、違法な物を扱うなどとは。

 とすれば帝国となるのですが……。過去に帝国兵がトルニア王国内で暗躍する直前だった事は当事者でしたから当然知っていますが、まさか……。

 この件は帝国がらみとみてるべきでしょうが、一部の者達とも考えられますね。慎重に事を運ばなければ足元を掬われてしまいそうですね」


 帰路につきながら、”困った困った”を連呼するスイールだが、内心は飛び跳ね嬉しがっている。顔にそれが滲み出しているからだ。

 この日も屋敷に到着したのは日付が変わってからであった。夜、出歩くと日付を跨いでしまう事が多いなと思いながら、ベッドに入るのであった。

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