第十四話 高位の司教と訓練の合間

「おやおや、姫様がなかなか凛々しくなりましたな」


 パトリシア姫とアイリーンが立ち上がれず、背中合わせに座っている所へ、一メートル以上有りそうな腹回りを見せつけながら、上等な服を着た男がやってきた。

 アーラス教と思われる上等な服を身に着けた司教だ。


 孤児院の神父やシスターとは信じる教義が違う事から、見慣れていない服装は違和感しかない。しかも、市民のお手本となるべき位置にいるにもかかわらず、でっぷりとした腹回りはどうにも胡散臭い匂いしか感じない。


 エゼルバルドとヒルダの思う神父やシスターと言えば、孤児院の親代わりの二人であり、生活から行動に至るまで質素を旨とし余分に食べる事を良しとせず、綺麗で引き締まった体をしていた。

 それと正反対のこの男には何も感じることが無く、むしろ嫌悪する対象としか見えないのだ。


「カルロ将軍、この方は?」


 話したくはないがパトリシア姫に対し、馴れ馴れしい言葉を発するこの男を無視する訳にもいかずとりあえず名前だけは聞いておこうとカルロ将軍に尋ねた。


「初めてかな。こちらは【ジェレミー司教】、城の近くにある教会の司教だ。そこの大司教だったかな?」

「カルロ将軍ともあろうお方が”だったかな”とは。ジェレミーと申します。ご紹介の通り王都の教会では大司教を務めております」


 ジェレミー司教が頭も下げずに口頭のみで挨拶をする。大司教と言えども手を使ったり何らかの礼をするのだが、見た目以上な横柄な態度のこの男にカチンとくる。


「ご丁寧に。わたくし、エゼルバルド=メイヤーと申します。こちらでお世話になっております、どうぞお見知りおきを」


 など、挨拶をしながら手を胸に当て、頭を深々と下げる。エゼルバルドとしては礼を尽くしたというよりも、一種の嫌がらせなのだ。この男にそれがわかるはずも無いが、横で見ていたカルロ将軍の口元が緩んでいるのが見て取れる。

 ジェレミーと言う司教もそれだけの男なのだとわかり、もっと嫌がらせをしてやろうかとほくそ笑む。


「司教も多少は姫様みたいに武器を扱われるのでしょうか。よろしかったら一度お手合わせ願いたいのですが!!」


 意地悪くエゼルバルドがジェレミー司教に尋ねる。それと同時に左手を腰に差している剣の柄に乗せ、これでもかと殺気を走らせる。


 ここにいた中でビクッと反応したのがカルロ将軍とヒルダ。後からカルロ将軍に聞いた時に、この場で虐殺が起こるのではないかと冷や汗をかいたらしい。ぺたりと座り込んでいたパトリシア姫とアイリーンに至ってはその殺気で動くことが出来ず、下半身に力を入れるのが精一杯だったとか。そして体には大量の冷や汗が流れていた、と


 そして、この男、ジェレミーに至っては、


「い、いや、ワ、ワシは……その様な……野蛮な事…は、しないのだ」


 しどろもどろになり、口からの言葉がどもる始末。まるで、猛禽に睨まれた小動物と言った所であろうか。完全に狩られる獲物である。


「今日はで失礼する」


 言葉遣いもあやふやになっている。これで失礼ではないかと。ここと言ったには訳があったみたいだ。


 ジェレミー司教が歩いた足跡が濡れていたのだ。先ほどの殺気を感じ、だらしない下半身から漏らしていた様で、足元までのローブには隠れていたが、しっかりとブーツまで生暖かいそれに侵されていた。


「うん、やり過ぎたかな?」


 ジェレミー司教の足跡を見ながらエゼルバルドが呟いた。


「やり過ぎ!!」

「やり過ぎ!!!」

「「勘弁して~~!!」」


 そこにいた皆がエゼルバルドのそれに恐怖を抱いていた。


「司教と呼ぶにはあまりにも横柄な態度だったから、凝らしめてやろうかと思ったんだけど。参った参った」


 頭をかきながら声に出して笑う。どう見てもやり過ぎであろう。皆からは参ったのはこっちだ、と突っ込まれたのはお約束であろう。




 その帰ったジェレミー司教はと言うと、


「駄目だ、あんなのを敵に回しては殺される。いや、殺される前に逆に殺してやろう。俺の障害になる物は何でも排除するのだ」


 と、エゼルバルドを敵と認定し、何とかこの世から消してやろうと策略を巡らせる事になるのだが、それは後日の話。




 ようやく起き上がったパトリシア姫とアイリーン。そしてパトリシア姫からは、


「妾がこの様に恐怖するとはお主は何じゃ?もしかしたらここで訓練をしている騎士達など足元にも及ばないのではないか。それに教わってるとは有り難いよりも恐ろしいと思える程じゃ」


 妙に素直になったパトリシア姫だ。足を見れば疲れと殺気によってブルブルと震えが止まらないでいる。アイリーンも同じように震えが止まっていない。


「今日の所はお終いにしようか」

「もう少しお願いする」


 パトリシア姫は何を思ったのか、まだ訓練をするつもりでいた。


「その足では無理ですよ、姫様」


 震える足を指し、終わりだというのだが引かないパトリシア姫がそこにいる。何を思ったのかわからないが、


「それなら午後からでどうですか。休憩するには時間はたっぷりありますよ」

「お主がそうなら良いが。それでは午後からまたお願いする」


 ちょこんと頭を下げ、訓練場を出て行った。後姿は寂し気に見えたのが可哀そうであった。


「アイリーンは帰るでしょ」

「ウチはそうさせてもらう。アンタの殺気で震えが止まらないのよ!!」


 怒られてしまった。




「エゼル君が本気になったら怖いな。私も勝てるかわからない。その殺気を出したまま襲われたら足がすくんで動けずに切られて終わりかもな。くれぐれも私の敵にだけはなって欲しくないものだ」


 カルロ将軍からも怖がられた。完全に失敗だった様だ。それに、


「将軍、先ほどの殺気はどうされたのですか?」


 数人の兵士が訓練場に剣を片手に持ちながら入ってきた。急いでいたらしく、ドタドタと足音がうるさい程に。


「何でもない。それともここで訓練していくか?訓練場に来たのだからな」

「”何でも無い”とはいったい?それに訓練と言われましても……」


 変な殺気を感じてきてみれば談笑するパトリシア姫とカルロ将軍、その他民間人。兵士達はカルロ将軍が殺気を出し何かを制圧したのだと思ったのだが、来てみればその形跡もない。

 首をかしげていたら訓練と言われる。腑に落ちない兵士たちだったが、上の人の事を無下にする事も出来ずにいる。 


「そこにいる少年に勝ったら終わりだがどうする?」

「我々が負けるとおっしゃるのですか?」

「そうだ、勝てないだろう。先ほどの殺気はその少年から発したのだぞ」

「えっ?」


 兵士たちからすれば成人したての様な雰囲気を持ち、温和とも思われるような少年が殺気を放ったなど考えたくも無かった。カルロ将軍から殺気を放ったのがその少年だと言われてもピンとこなかった。


「どうだ、手合わせしてみないか」

「あの殺気を出されて勝てる訳がございません」


 兵士たちは、あの殺気をかなり離れた場所で感じていた。そこまで届く殺気など怖くて近づきたくも無いし、敵に回したくも無かったのだ。

 まぁ、その殺気を感じ敵と認識していた人物も先ほどまでこの場所にいたのだが。


「パトリシア姫とカルロ将軍が無事であればかまいません。それに、あのような者がいれば何人来ようとも負けるはずがありません。失礼をしました」

「お勤めご苦労」


 兵士たちは剣を収め、それぞれの部署へと戻っていったのだ。




「あの殺気はもう止めろ。言い訳するのが大変だ」


 出ていく兵士を見送りながら、カルロ将軍が呟く。騒ぎになってしまい、気が滅入ってしまったらしい。


「考慮します」

「”二度としません”と言わんのか。まぁいいか、おそらく誰も止める事できんだろうしな」


 諦めたらしく、それ以上は何も言わなかった。




「そろそろお昼だからウチは帰るわ。姫様との手合わせ楽しかった。また、よろしく」


 アイリーンのお腹が鳴った所で、パトリシア姫との試合を思い出す。

 エゼルバルドとヒルダはアイリーンを送るべく、一度、城門へと向かって訓練場を出て行った。




「姫様、お部屋へお戻りでしょうか?」


 何処からともなくナターシャが現れ声をかける。終わったタイミングを見計らうなどできる事ではないので、こっそりと眺めていたのだろうが、その気配すらわからない。


「では、私も一度執務室へ戻りますので、途中まで一緒に行きましょう」

「ええ、よろしく」


 訓練場を管理する兵士に午後からまた来るのでと伝え、訓練場を後にする。そして、城の廊下を進みながらパトリシア姫が重い口を開く。


「なぁ、カルロ。妾は何か間違っている気がするんだがどう思う」

「どう思うと申されましても、何の事かさっぱりですが……」


「思い出したのだが、海に行った時に兵士たちが犯罪人を捕まえてきてな、それを気持ち悪いから死刑にしろと命令したのだ。その時にあいつらがそれは止めてくれと懇願してきたのじゃ。その後の話をいろいろと聞いてたのだが、面倒になって父上に任すとして話を打ち切ったのだ。先ほどのあの殺気を感じて、力でねじ伏せられるのに許すとは何事なのかと、先ほどから頭の中でぐるぐる回っているのだ。まったく答えが出ないのだ。妾はどうすれば良いのか全く分からんのだ」


 カルロ将軍が感じる違和感とはこのような事なのかと納得する。だが、


「それが合っているのか間違っているのか、正直解りません。ですが、必ず、姫様の中で答えが出てくるはずです。それまで悩んでいただくしかありませんもしかしたら、その答えはエゼル君が知っている事なのかも。悩むのも人ですから、悩んで悩んで悩みまくってください」

「お主はきびしいな。しばらく悩んでみる、すまんな」


 カルロ将軍の執務室前に到着し、そこで話を切った。パトリシア姫にしてみれば悩むなどあまりしたことが無かった。何が正解で何が不正解なのかと。

 後ろで聞いていたナターシャだが、涙を流しながら喜んでいるのが目撃されていた。泣くことの無いナターシャが泣く、鬼の目にも涙だと。




 こちらは城門へ向かうアイリーン達。訓練場から近いとは言え、倒れるまで動いたアイリーンには少しだけ辛かったようだ。楽に勝てると思っていたパトリシア姫があれほど剣が旨くなっていると思ってもいなかった。実戦の経験は勝っていたが、剣の腕は互角だと知り少しショックを受けていた。


「足がガクガクしてるけど大丈夫?」


 ヒルダが気遣うが大丈夫だと気丈にふるまっている。見ていればそれが口だけだとわかるのだが、アイリーンにしてみればそんな自分が少し惨めに映っているのだろう。

 勝てると思っていた勝負が引き分けになり、剣の扱いはまだ遠く及ばないと気持ちは沈んでいる。


「う~む、厳しそうだな。ヒルダが屋敷まで送ってくれないか。そのまま帰ってくれていいし」

「う~ん、わかった。エゼルはどうするの?」

「オレはまだ姫様の訓練に付き合うよ。姫様も限界近いし、二時間もできないかもね」


 今にも倒れそうなアイリーンに肩を貸しながらヒルダと共に城門を出る。二人がエゼルバルドに手を振り、


「じゃぁ、ヒルダ。お願~い」

「ほ~い、任された」


 と、屋敷に向かってゆっくりと歩みを進める。

 そのうちに馬車でも捕まえて乗ってくれると良いのだがと見送りながら呟く。




 城の中庭でポツンとお昼のサンドイッチを食べながらエゼルバルドは思案している。


(さて、パトリシア姫には少しだけ楽しい事をしてもらおう。今日はやり過ぎちゃったからな。それで機嫌を直してくれるとありがたい。もっとお願いしますと言ってたから根性はあるんだよな。


 あと、カルロ将軍には申し訳ない事をしたな。殺気を全方位にまき散らしちゃったから。もう一度将軍に謝っておこう。うん、それが良い。


 で、ジェレミーって司教は何なんだ?でっぷりと太ってあれじゃ神に仕える司教じゃないだろう。おそらく金の亡者か何かだろう。自分に逆らう奴は容赦しない、とか考えてたりして。あの位の小心者にそれが出来ないな。


 そろそろ時間か。訓練場に移動しよう)


 ゆっくりと昼食を取り、思案の結果をまとめ訓練場へと足を進めるのだ。

 パトリシア姫の訓練を楽しみにしながら。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「ごめんね~」

「いいよ~。気にしないで」


 途中で馬車を拾ったアイリーンとヒルダ。石畳の上を行く車輪の音に耳を傾けながら今日の事を振り返っていた。パトリシア姫との試合はやりすぎだとか、足が動いていないとか、反省が先行している。


「あそこまで彼女が出来るとは思わなかったわぁ。もっと訓練をしないと足手まといになっちゃう」

「剣術はこの位でいいんじゃない?」

「いえ、弓ももっと使いたいけど、剣も使えた方が楽しいじゃない。がんばるわよ」


 そんな事を話していると屋敷に到着した。料金を支払い、屋敷の中へと入っていく。

 簡単に食事を済ませ、夜に向けてアイリーンはベッドへと潜り込む。疲れがピークに達していたアイリーンは夕方まで起きなかった。

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