第十一話 一つの依頼が終わり……【改訂版1】

2019/6/15改訂


 ”ゴリゴリゴリ……”


「これで良し、っと」


 すり鉢で月下見草の葉をすりつぶす耳障りな音がテントの中から漏れ聞こえる。慣れない者には背中が痒くなりそうな音だった。

 テントの幕が防音効果を持っているおかげで、すり鉢の耳障りな音を小さくしてくれていたが、鼻の奥で暴れる刺激臭が漏れてきて、否応にも作業をしているとわからせるのだ。

 ヴルフが鼻をタオルで押さえながらテントに首を突っ込むと、山と積まれていた月下見草の葉は殆どが処理が終わり、すでに試験管五個分の薬液に変わっていた。


 採取すればまだ作れそうだったが、これ以上は無駄だろうと六本目の薬液を採取し終えたところで作業の手を止めて後片付けへと入った。

 試験管にはコルクのキャップでしっかりと栓をして、これで安心とバックパックのポケットに大事に仕舞い込んだ。


 テントを開放し空を見上げると、あと数時間で夜が明ける時間になっていたが、ここまでスイールは一睡もしていないと気が付いた。かまどにいるヴルフを見れば、ゆっくりと船を漕いて、今にも眠りそうである。


「えっと、作業終わりましたけど……少し、寝ますか?」

「……っう、おぉ、スイールか。すまんな、ちょっと、うとうとしてたみたいだ。少しだけ横にさせて貰おうとしよう」


 今にも綴じそうな瞼に力を込めて強引に引っ張り上げる。テントの中まで持てばいい、あとは抵抗もしないぞ、と。

 そして、芋虫の様に地面を這ってテントに入り込むと、横になって毛布を被ると幾つも数える間もなく鼾を出して寝始めた。テントの中にはまだ、鼻孔を刺激する匂いが充満しているにも関わらずである。

 そして、まだ多少無理の効くスイールが見張りを続け、そのまま夜が明けて行った。




「おう、おはよう」


 テントの中からもそもそと這い出し、手を目の上にかざして朝日から目を守りながらヴルフが挨拶をして来た。多少寝足りない感はあるが、それも致し方ないだろう。


「あ、あぁ。おはよう」


 さすがに徹夜は辛かったのか、”コックリコックリ”と船を漕いでいたスイールが、眠気に負けそうな瞼を”シパシパ”とさせながらヴルフへ向き直った。


「あぁ、さすがに徹夜はキツイですね。宿でひと眠りしたいものです」

「そうだな。所でスイール、山岳狼マウンテンウルフはあれから出てこなかったみたいだな」


 ヴルフが見張りをしていても、そして夜が明けるまでスイールがかまどの番をしていてもあの五頭以外の山岳狼マウンテンウルフが現れ無かった。

 五頭で仕留めきれなかったら、もっと沢山の山岳狼マウンテンウルフが復讐に来るかもしれないと思っていただけに、ほっと胸を撫で下ろした。


「やはり、あの五頭しかいないと見て間違いないでしょう。はぐれの山岳狼マウンテンウルフが五頭、集まっただけみたいですね」


 二人は、はぐれが集まっただけなら、あんなものでこれ以上の脅威にはなり得ないだろうと思ったのだ。それに一頭だけが残ったなら、人海戦術で片づけられるだろうとも。


「納品すれば依頼も完了しますし、片づけて帰りましょうか。さすがに眠いです」

「そうだな、それはワシも一緒だ」


 眠り足りない二人はさっさと帰ろうと、朝食をとる事も忘れ広げたテントやかまどを片し始めた。いつもはだらだらしているのだが、この時ばかりは何故かすごい勢いで片し終えたのだった。

 頭が半分睡眠を欲していた為に、体が無意識のうちに効率よく動いたと推測されると気付いたのは翌日の事であった。


「それでは、帰りましょう」

「おう!」


 スイールとヴルフはしっかりとしたつもりの足取りで宿場町へと急ぎ帰ったのであった。


 ちなみにであるが、依頼の報告をしたのしっかりと宿で寝てしまった関係で、翌日になってからであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 ”コンコンコン!”


 スイールとヴルフが千鳥足で宿場町へ向かい始めた頃、出発の準備を終えたエゼルバルドとヒルダの泊る部屋をノックする音が響いた。


「おはようございます。ニコラスです。そろそろ出発いたします。ご用意はできておりますでしょうか?」


 ”どうぞ”と中から声が聞こえるのを待ち、ドアを”ガチャリ”と開けて、秘書兼護衛のニコラスが二人の部屋に入って来た。


「はい、準備できてますよ」


 バックパックを背負い、外套を羽織っている二人を見てニコラスは満足げに頷いていた。

 さらに、前日には見えなかった弓を携行しているなど思いもよらずに驚いていたのであるが。


 それに対し、ニコラスは秘書然とした昨日までの格好から遠く、エゼルバルド達と同じく革の胸当てを身に着けて外套を羽織っていた。

 そして、二人に朝食のサンドイッチを渡すと、直ぐに出発すると告げた。


「馬車が用意してありますのでこちらへ」


 ニコラスを先頭にして宿の入り口へと急いで移動する。


 宿のエントランスには馬車が横付けされており、すでにマルコム=マクドネルが待ちくたびれたのか不機嫌な表情で馬車の中で座っていた。


 だが、その馬車を前にエゼルバルドとヒルダは口をあんぐりと開けて固まってしまった。

 二頭立てのそれは、お忍びで商売人が使用する箱馬車とは余りにもかけ離れ、何処かの王族か貴族が自らの財力を誇示するために作らせた様な外観をしていた。光を反射させる黒塗りの車体に、金色の模様が派手に描かれていた。


 車体も豪華で左右にドアが設けられ、どちらかかでも乗り降りが出来る。しかも、ドアを開けるとステップが連動して降りる仕組みで豪勢なスカートをはいた女性でも乗り降りし易い。

 車輪はそれぞれが独立して板バネが着けられ衝撃を吸収してくれる。ダンパーはまだ発明されていないので悪路での揺れは想像以上であるが……。


「な、成金趣味?」

「何なの、この胸がざわつく感じは?」


 余りにも華美な馬車を前にして、お忍びの旅に似つかわしくないと嫌悪感を抱いた。二人共が孤児院出身であるが為に、この様な贅沢とは無縁な生活を送っていただけに、あまり気持ちは良くは無かったようだ。


「さぁ、お二人も中へ」


 達観しているのか、平然とした表情のままエゼルバルド達を華美な馬車の中へと誘う。そして、溜息を吐きながら誘われる様に二人が馬車の中へと入り込むとドアが閉められた。

 対面には、”ブスッ”としたマルコムが睨んでいたが、護衛対象なだけに”にこっ”と笑顔で返しておいた。


 ニコラスと御者と共に御者席へと乗り込み、出発の準備が整うと鞭が振られ、小気味良い音を出しながらあまりにも華美な馬車が進み始めた。

 馬車馬も良く訓練されており、嫌がるそぶりを少しも見せず、優秀と言っても良いだろう。


 ちなみに、エゼルバルドが持っていた携帯長弓キャリングボウは馬車内に持ち込めないので、ニコラスが屋根上に括り付けていた。




 馬車の中ではマルコムが”ブスッ”とした表情をずっと変えず、目を瞑っているので話をする雰囲気にはならず、無言のまま何もしない時間が過ぎて行く。馬車の前方の窓が開いている為に、外からの気持ち良い風が馬車内を浄化して行くのが唯一の救いであろうか?


 出発してから一時間くらい過ぎた頃だろうか、目を瞑っていただけのマルコムが盛大な鼾をかきだして眠りに就いた。高山の風が気持ちよかったのか、また、馬車がゆりかごのような揺れに感じたのか、それは不明である。だが、一つ言える事は今までの表情から変わり何やらニヤケ出した為に、夢を見ていると確信できる事だろう。


「申し訳ないが、椅子の下にある毛布を掛けてくれるか?マルコム様が風邪を引いてしまう」


 御者席から車内を振り返ったニコラスが二人に指示を出した。

 席の下に畳んであった薄手の毛布を取り出し肩辺りまでそっと掛けると、暖かくなったからなのか、さらに気持ちよさそうな顔をし出したのである。




 マルコムが高鼾をかいたまま馬車はリズムを刻みながら街道を進んで行き、時が過ぎ去る。そして、寝ているマルコムから”ぐぐぅ~~”と腹の虫が鳴きだした。


「ふわぁ~。お~い、ニコラス。腹が減ったぞ、何とかしろ!」


 両腕を高く上げて伸びをして毛布を剥ぎ取ると、腹が減ったと駄々をこね出す。いくらニコラスの仕える主人だからと言って、あんまりではないかと思う二人であったが、それが当然だと上手にあしらっている。


 馬車が止まり、後部荷室が開かれると、テーブルなどの簡易ダイニングセットと調理場セットが出され、街道の側に貴族の部屋が現れた。テーブルには綺麗な柄模様のテーブルクロスが掛けられ、ナプキンの上にカトラリーと食器が置かれる。


 エゼルバルドとヒルダはその光景を唖然とした様子で眺めていた。旅先まで同じような雰囲気を作り出す必要があるのか、と。二人共、旅は多少不便であるとスイール達から教えられているのでそれが当然だと認識しているが、便利過ぎる旅はそれだけで醍醐味を損なっているのだと嫌な気分になってしまう。


「こら、護衛!!コッチを見ないで周りを警戒していろ、馬鹿共がぁ」


 唖然としながら貴族然としたテーブルを眺めていたら、依頼人のマルコムが偉そうに罵声を浴びせて来た。さすがのエゼルバルド達でも”カチン”と来たが、仕事だと我慢し、その場から離れて周りを見渡すことにした。

 そして、鞄から取り出した干し肉をかじりながらブツブツとこっそりと悪態を付く。


「ねぇ、エゼル……。さっきのあいつの言葉、どう思う?」

「あれは無いよな~、報酬はいいけどさぁ。明らかに苦労していない三世って感じだよなぁ~」

「やっぱりそう思う。わたし、あれ嫌い。早く終わらせたいわ……」


 嫌悪感を滲ませながらもこれも護衛の仕事だと諦め、周囲に気を配るのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 エゼルバルド達がマルコムの言動に憤慨していた頃、スイールとヴルフは宿場町へと無事にたどり着き、治療院のドアを潜った所であった。


「いらっしゃいませ。あら、昨日依頼を受けてくださった。もしかして、依頼の取り止めですか?」


 患者が全ていなくなり、伽藍洞の待合室で掃除をしていた助手の女の子が対応する。昨日の今日で依頼が終わったなどと考えていない様で、思わず口に出てしまったようだ。

 だが、スイールは採取した薬液をバックパックから取り出して彼女が予想していない言葉を告げた。


「いや、もう終わったので薬を届けに来たのですよ」


 可愛らしい助手の女の子は呆然とした表情でしばらくの間、身動みじろぎ一つすることなく、その場で息をするのも忘れ固まっていた。


「もしもし、もしも~し!」


 瞬きもせぬ助手の女の子の目の前で、手を上下に”ぶんぶん”と振ると、”ハッ”と我に返って口を開いた。


「あっと、すいません。依頼の取り止めで宜しいですか?」


 先ほどの言葉を頭が理解できていないのか、再び同じ言葉を発した。もしかしたら、この女の子はどこかで治療を受けているのではないかと思ったのである。


「いえ、採取が終わったので届けに来ました」

「あぁ~、完了で……ぇ、完了?こ、こんなに早く?昨日、受けたばかりですよね?そんなのありえないんですけどぉ……」


 いつもなら、もう数日掛かるはずの依頼が、次の日に終わっていると報告を受けるなど聞いたことが無いと助手の女の子は狼狽えていた。


「先生にこれを見せてきてくれませんか」


 ”おろおろ”とする女の子を落ち着かせようと、”まぁまぁ”となだめるヴルフを横目に、薬液の入った試験管を目の前でチラつかせるスイールだったが、それにもなかなか落ちるかない助手の女の子。


 スイールとヴルフが助手の女の子を何とか落ち着かせようとしていた時、何かを察したのか、奥から白衣を着た治療院の院長のノリスが出て来た。

 そして、助手の女の子の頭に、軽く手刀を”ポンッ”と当て、狼狽えていた彼女を落ち着かせた。手慣れた行動は、いつもの出来事なのかと二人は肩を落として呆れてしまった。


「コレ、落ち着かんかい!この子は全く治らんな~。こりゃすいませんな、いつもこうなると、こうでもしないと駄目なのじゃよ。で、試験管がそうじゃな、どれどれ……」


 試験管を手に取りると、コルクを抜き”すんすん”と直接匂いを嗅ぎ出した。月下見草の”ツーン”と鼻孔を刺激する匂いを知る二人はその行為にぞっとして、全身に鳥肌が立った気がした。

 院長のノリスは”うんうん”と満足げに頷き、試験管にコルクで栓をして匂いの元を断った。


「おぉ、ありがたい、これで薬が作れる。後はこの子にサインをさせて終わりかな?まだ、手ごわい患者が待ってるからワシはこの辺で戻るとする」


 ノリスは軽く礼をすると、ポケットから取り出した袋を女の子に渡して耳打ちをすると、奥の部屋へと戻って行った。

 スイールから依頼書を受け取った助手の女の子がそれにサインをすると、先程ノリスから受け取った袋と共に依頼書を返してきた。


「そうしましたら、薬が確認できたので依頼書のサインと、追加の報酬となります」


 ”追加の報酬?”と不思議な表情をしてその袋を開くと金貨が一枚入っていた。ワークギルドで見た依頼の報酬は金貨一枚だったので、単純計算で倍の収入となった。


 普通の薬草採取などは十束採取で銀貨二、三枚の報酬となる。それから考えれば破格の報酬だった。


「得体の知れない何かが出てくると情報でしたので追加の危険手当と短時間で納入していただいたお礼だそうです。本当に、持ってきて頂き、ありがとうございました」


 助手の女の子は笑顔を見せながら深々と頭を下げた。その笑顔から、月下見草の薬液を入手出来ずに困っていた様子が伺えた。得体の知れない何かと聞き、他の請負人達がしり込みをしていた結果だろう。

 その何かが、山岳狼マウンテンウルフが五匹出没しただけだったと知れば薬草採取でこれだけの報酬を得られなかった事に地団太を踏んで悔しがるだろう。


「いえいえ、お互い様です。それでは失礼しますね」


 二人は助手の女の子に軽く頭を下げると治療院を後にするのだった。

 彼らは夜通しの見張りで睡眠不足になっていた為に少しふらふらとしていて危なっかしかった。


「依頼完了の報告より、少し休みたいですね。先に宿を取りに行きましょうか」

「そうだな。さすがに疲れたなぁ。いや、疲れたよりも眠いな」


 依頼の報告よりも、食事よりも、睡眠が先だと、”ふらふら”と体を揺らしながら、宿場町の中へ二人は消えて行った。

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