第十八話 領主様にお呼ばれ【改訂版1】

 ”ガラガラガラガラ……”


 スイール達は今、馬車の中にいた。

 車輪が石畳の継ぎ目部分を通過するたびに一定のリズムを刻みながら町中を疾走していく。領主の館所有の馬車であるが、見た目はごく普通の箱馬車で来客用に使用される。だが、内装が煌びやかに飾り立てられ、乗る者を驚かせていた。


 車輪が刻むリズムと等しい下からの突き上げがなかなか激しく、シートのクッションが無ければ辟易してしまったであろう。王族の馬車はもっと乗り心地が良いのかと、疑問に思う乗り心地であった。


 馬車の窓から、街の灯が後ろへと流て見える。もう寝る時間なのか、それとも昼間の獣襲撃の影響なのか、家々から漏れる灯りの数もまばらだった。

 店舗も大半が閉めていた。だが、夕方から開け始めた酒場には今も人が入り、騒がしそうに、ジョッキ片手に”ガブガブ”と飲み干すツワモノも見える程だ。彼らは討伐に出ていた者達なのであろう。


 繁華街を抜け、滑り込むように領主の館に入り込み、来訪者を歓迎する玄関へと通される。雨除けの軒が馬車の上を完全に覆う貴族専用の入り口と表現するべきだろうか?


 煌びやかな馬車より降りるスイール達の前には、これまた煌びやかな赤い絨毯が敷かれていて、屋敷の中まで続いている。唯一、ドアの下だけは敷かれていなかった。

 また、入り口には、尻の下まで伸びる長い羽根の様な背広、--燕尾服であるが--、を見に付け、凛とした紳士が、スイール達を難しそうな顔をして睨んでいる。

 そこまで睨まれる様な事はしていないのだがと、エゼルバルドとヒルダは感じたが、それは心配する事でもなかった。

 彼らの顔を見た燕尾服の紳士の表情が、一瞬で緩み笑顔をこぼしたのだ。


「お揃いでございますね。夜分に大変失礼をいたしました。領主様の元へ、ご案内いたします」


 燕尾服の紳士は丁寧に頭を下げ、”こちらへどうぞ”と館の奥へと自らを先頭に導き始める。

 玄関から入ると大きなホールとなっており、シャンデリアが天井からぶら下がっていた。

 数多くの蝋燭全てに火が入り、その熱だけでも大変な熱量であった。蝋燭の火で天井が少しだけすすけているのが気になるが、熱を逃がす工夫がされているようで、建物が燃えてしまうような心配とは皆無であろう。

 廊下と呼ぶには広い通路を進みだ出せば、両側の壁にランタンが等間隔に灯り来客を歓迎している。

 ”一つ、二つ”とランタンを数えて進むと、一つの扉の前で燕尾服の紳士が”ぴたり”と足を止める。


「こちらにございます。少しお待ちくださいませ」


 一度スイール達に顔を向けてから、”コンコンコン”とノックをする。

 ドアには案内の看板は出っておらず、何をするための部屋なのか予想もつかない。だが、地位の高い人がドアの向こうにいる事だけは理解できる。明らかにドアの装飾が豪華なのだ。


「入れ!」


 ドアの奥から命令口調の低い声が発せられた。


「お客様、それではこちらへどうぞ」


 ドアが開けられると、スイール達四人は部屋の中へと通された。


 そして、入った四人は部屋の王族の部屋を想像させるほどの調度品に目を奪われる。

 天井には幾つものランタンがぶら下がるシャンデリアが掛けられ、部屋を煌々と明るく照らしている。

 絨毯は落ち着いた緑色で、権威や威嚇など感じさせないが、ふかふかで毛羽立けばだち、足を踏み入れれば二度と立ち上がらないのではと思うほどの柔らかさだ。現に足の形がそのまま残って、足跡としての証拠ともなりそうだった。

 もしここで、殺人事件など起きたら、真っ先に絨毯を調べて足跡を見つけるに違いないと思うほどの高級品である。


 その中央には大きくて重厚な、楕円形の円卓がこの部屋の主の様に鎮座している。

 その円卓の向こう側に、仕立ての良い高級な服を着て、無造作に立つ一人の男が部屋に入ってきたスイール達を見つめている。

 ふかふかの絨毯を踏みしめている様を見れば、踏んでも何の心配もいらないと、芝生にも似た絨毯に足を踏み入れる。


「よくぞ参られた。夜分申し訳ない。明日にはここより出発してしまうので、無理言って来て貰ったのだよ」


 着ている服装通りの、偉ぶった口調で話し掛けて来た。その口ぶりからすれば、このブールの街の領主であろうとすぐにわかる。孤児院に迎えに来た紳士が”領主が呼んでいる”と告げた通りであれば、であるが。


「まず、本日の騒ぎを治めていただいたお礼を申し上げる」


 そう告げるとスイール達に軽く頭を下げた。


「余、いや、わたくしはこのブールの街の領主である、【アビゲイル=トルニア】だ。そこまで高い権限を持っている訳では無い。この国の王は、一応、私の兄である」


 その言葉にスイール達は心臓を締め付けられる気がした。すぐさま、片膝を付いて頭を垂れ、無礼な態度を取ったと後悔し始める。


「よいよい、その様に畏まらずとも。本日は公務ではない。私を地位のある者として見ないで貰いたい。この部屋は本来、畏まるような部屋では無く、私用で使う部屋なのだ。なので、頭を上げて椅子に掛けて下され。砕けた言葉遣いは慣れないのでご容赦、願おう」


 言葉遣いが上から目線なのは、領主が王族だったと知り納得はしたが、同じ目線でと言われても下手をすれば罪を着せられ、牢に送り込まれるのではないかと勘繰ってしまう。


 だが、領主が、無造作な動作で”よっこいしょ”と声を出して腰を下ろすと、ようやく安心してスイール達は”恐る恐る”であるが椅子に腰を下ろした。


 座った椅子も、円卓に寄らず重厚な作りで、動かすこと自体が不可能に近い重さをしていた。そして、座面も見事にふかふかで座り心地は良かった。ただ、座面の硬さは好みがわかれる事であろうが。


「夜分に申し訳ないの。先ほども申したように、明日は王都へ旅立たねばらならぬのでな。無理言ってきて貰ったのよ。こちらから出向いてもワシは一向にかまわんのだが、従者共が五月蠅いのでな」


 椅子に座った領主のアビゲイルは砕けた口調になり始めた。もともとの口調がその様に砕けているのだろと思うことにした。

 自らの呼び方も、わたくしからと変わったように。


「そうそう、飲み物でもいかがかの?おっと、そちら二人は酒ではない方がよろしそうだな。コレ、飲み物を用意せい」


 話が長くなりつつあり、口をなかなか止めない領主が一旦止めて手を打つと、何処にいたのか、先ほどの燕尾服の紳士がワゴンを押して部屋の中へと姿を現した。そのワゴンには高級そうな瓶がいくつか載せてあり、彼の手でグラスに注づと円卓の各個人の前に差し出した。


「話に聞いたが、通常では考えられない熊が現れ、倒したのが子供二人を含む四人組だと聞いた。そんな馬鹿なと思ったのだが、いやはや、その通りだったとは。それにしてもそち達は強いの」


 ”グイッ”と、足高のグラスに入ったワインを半分ほど、喉の奥に流し込みながら話を振ってくる。それにならい、四人が一斉に目の前のグラスを持ち、それを口に運び始めた。


「いえ、それほどではございません」


 慣れているのか、ワインを一口飲むと、スイールが口を開いて謙遜の言葉を述べる。


「あの緑色の熊に止めを刺したのは私達でございましたが、その後に現れた、金色の竜には全く適いませんでした。姿、行動、その全てに恐怖を覚えます」


 感情の半分ほどを言葉にしたにすぎないが、短く、的確に口に出して伝える。王族に対しては十分な説明であろう。


「その竜は被害を与えなかったのであろう。それならば、その前の緑の熊の段階までじゃ。巨体の熊を倒したのじゃ、胸を張ってもよかろう。で、誰がその熊に止めを刺したのじゃ?」


 椅子から体が落ちそうなくらいに円卓に体重を掛けて前のめりになり、満面の笑顔を見せながら領主が食い入るように四人を見渡す。

 期待に満ちた顔はもはや王族でなく、好奇心旺盛の男が一人、そこにいるだけだった。


「こちらにおります、エゼルバルド=メイヤーにございます」


 エゼルバルドを指しながらスイールが紹介する。それと同時にエゼルバルドは立ち上がり”ぺこり”と頭を下げた。


「なに?この子供が止めを刺しただと。よく見れば成人したて、そのくらいの年齢であろう。いやはや、将来が恐ろしいの。如何かな?ワシの家来にでもならんか?」


 領主は率直に感想を漏らした。それは、良い部下を持ちたいとの願望が勢い余って言葉に出てしまったようだ。悪い性格では無いのだが、さすがに急ぎ過ぎであろうと、燕尾服の紳士が笑いを漏らしていた。


 その言葉に最初に反応したのはエゼルバルドでは無く、隣に座るヒルダであった。

 領主が言葉を発した直後にエゼルバルドへ顔を向け、不安に満ちた表情を向けていたのである。

 だが、ヒルダの表情もエゼルバルドの言葉を聞くと、直ぐに笑顔に変わった。


「領主様におかれましてはご機嫌麗しゅう。確かにわたくしエゼルバルドが、かの熊の怪物に止めを刺しましてございます。しかし、わたくしはまだ学生の身でございますれば、領主様のご希望には沿うことは出来かねます」


 エゼルバルドにとって初めての爵位持ち、しかも雲上の人に、たどたどしいながらも丁寧にと思われる言葉を選び、家来へと誘われた事を断った。最悪はこの場から逃げ出してもと決意をしていたが、それが現実になることは無かった。


「はっはっはっ!いや失礼した。早まったか、今の言葉忘れてくれ」


 領主は眉を”ピクリ”と動かしながらも、笑顔で見せて言葉を聞き流した。


「そち達はほんとにいい顔をしておる。緑の熊があの竜に奪われたと聞いて残念であったと思う。この度の働きに感謝し、褒美を用意した。ワシからの気持ちと思ってくれ」


 再び手を打つと、先程とは別に鎧を纏った兵士がワゴンに布袋を四つ載せて運び入れ、スイール達の前に一つ一つ丁寧に差し出した。

 あまり大きい袋ではないが、音から推測すると硬貨が数枚入ってると見られた。


「いや、本当に、夜遅くに済まなかったな。ワシはこれにて失礼する」


 全ての用事は済んだとばかりに領主は立ち上がり、退出しようとドアに向かって歩き出した。だが、”忘れてた”と途中でスイール達に向き直る。


「あ、そうそう。明日の学校はすべて休みにする通達を出しておる。明日は存分に休むがよい。また機会があればいろいろな話や剣の相手をして貰いたいものだな。では失礼する」


 剣の腕はそこまでではないが、それなりに造詣があり、もっと話を聞いていたかったと、言葉の節々から聞き取れ、残念そうにしていた。

 そして、手を軽く振ると、ドアを開けて退出していった。


 言いたい事を言い、さっさと退出してしまった領主を呆然と眺め、その場にスイール達四人は残された。


「申し訳ございません、あれが領主の性格なもので……。本日は遅い時間にありがとうございました。それでは帰りの馬車にご案内いたします」


 気配を消していた燕尾服の紳士がいつの間にか近くに来て、領主の言動を補足するかの様に頭を下げて説明をした。

 そして、帰りの馬車も玄関に用意してあると、先に立ち案内をする。


 ランタンの光が照らす廊下を戻り、迎えに来た時と同じ馬車に乗り込んで行く。

 そして、燕尾服の紳士に見送られ、ガタガタと車輪を鳴らして玄関を離れ、ゆっくりと街を進んで行く。

 街は一部の酒場を除くと既に灯りが消え営業を終えていた。


 それから、真っ暗の中にたたずむ教会の前に馬車が停車し、スイール達は馬車からいそいそと降りる。


「今日は遅くまで、ありがとうございました。私共はこれで失礼いたします」


 馬車の中で、孤児院に顔を出してきた紳士から何度も告げられた感謝の言葉だ。

 今日は領主の突発的な我儘を聞き、骨を折るほどに働いたのだろう。その突発的な衝動を聞き入れなければならず、”大変な主人に仕えて大変だ”とスイール達はこの日最後の驚きを脳裏に焼き付けるのであった。


 そして、空を見上げれば、わずかに隠れる二つの月が夜の空から見下ろしていた。本来ならすでにベッドで鼾をかいている時間なのだ。


「さぁ、お土産も貰ったし、帰って寝ようか」


 紳士の顔を思い出しつつ馬車を見送ると、孤児院へと足を向ける。


「始めて偉い人に会ったね。それだけで疲れた」

「エゼルなんかぁ、話が出来たからいいけど、わたしなんか何も喋って無い!ジュース飲んだだけよ。でも、何だろ?この袋の中身」

「そうそう、何にも話せなかったね。あの有無を言わさぬ話術は何でしょうね?」


 それぞれ言いたい事は山ほどあるが、今は直ぐにでもベッドに潜り込ん布団と戯れたいと思うのであった。


「「「ただいま~」」」


 孤児院に返ってきたスイール達は、寝静まった仲間に配慮し、小さな声で挨拶をしながら玄関を潜った。

 そして、四人の帰りを待ってリビングで過ごしていた神父とシスターに”おやすみ”と挨拶をすると、そそくさと自分達の部屋へと入って、夢の中へと落ちて行くのであった。

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