第十六話 死闘【改訂版1】
この世のものとは思えぬ醜い声が辺り一面をけたたましく吹き荒れた。
それを耳にした者達は、恐怖に打ち震え心を抉られるかと感じ取ったに違いない。
そして、その醜い叫びを発した怪物の姿は、恐怖を纏う巨大な山の様な、緑の塊を持っていた。
”グオォーーーーーーーォ!!!”
その巨体がさらに荒げて叫ぶと、空気を震わした。
「
緑色をした山のような巨大な熊を見てヴルフが叫んだ。
ただの
だが、迫ってくるのは明らかに巨体で、標準的なサイズの三メートルを倍以上にした大きさを持っている、驚異を感じる
「あの巨体が山の中で暴れまわってたのか!それなら獣の群れが逃げるのがわかる。あいつを倒さない事には山に平穏が戻らないだろう!」
獣達がブールの街に大挙して襲って来た原因がそれとわかった。
そして、先手必勝とばかりにスイールが魔力を集め出す。少し遠いが魔力を集めれば何とか倒せるだろうと、残り全ての魔力を魔法に使おうした。
そして、魔力が集められると直ぐに炎に変換され、スイールの手元から巨大な
「いけ、
炎が着弾すると
「やったか?」
スイールが放った魔法の炎が消えると、その跡には黒い消し炭に成り変わったモンスターの屍が横たわっている……はずであった。
彼の予想に反して、直立不動で炎に耐えたモンスターが消えゆく炎の中から現れた。
地面は焼け焦げ、草木を黒い消し炭にする程の威力を持っているにもかかわらず、である。
スイールが放った魔法は弾かれてしまった。だが、
魔法で
”グオォーーーーーーーォ!!!”
再び、怒りを孕んだ叫び声を発すると、緑の巨体がゆっくりと動き出し、魔術師へ向かい始める。そして、瞬く間に最高速まで達っし、魔術師に迫り来る。
「危ない!!」
すんでの所でエゼルバルドが魔力枯渇状態になっているスイールを強引に引っ張り巨体から逃れたが、動けずにいる彼は”ゴロゴロ”と地面を転がるしかなかった。
「あの巨体であの速度は侮れん。炎が効かなければ、風が通じるのか?」
魔物の群れに使いなれない複雑な魔法を多数打ち込み、さらに炎の魔法を使ったスイールは憔悴していた。すでに枯渇状態にある魔力では魔法を撃ちこむ事は出来ないだろう。
そんな状況であれば、もう一人の魔法を使える
炎の魔法を放った敵を突き飛ばせなかった緑の巨体は、しばらく過ぎた辺りで急ブレーキをかけ動きを一旦止めた。
そして、ゆっくりと向きを変えると、再度、敵と認識したものを捉えようと首を回す。
巨体ゆえに動作がもっさりかと思えば、突然俊敏な動作で翻弄するなど、動きが読めないでいる。
他で援護射撃をしていた弓隊が、巨大な怪物に気づき援護に放ったのだ。
大軍であるがゆえに動作は緩慢としていて、距離があるにもかかわらず巨体の突進から逃れることが出来ず、大半の兵士が宙を舞った。
七メートルの巨体を使った突進だ、跳ね上げられれば無事でいられる訳が無い。
跳ね飛ばされた兵士の全てが動くことが出来ず、胸や腕を押さえて横たわるだけとなった。
「あれば拙い。速度も力も桁違いだ。エゼル、ヒルダ、そしてヴルフは牽制しながら弱点を攻めてください。あの巨体で、あれだけの速度が出せるんです、足には負担が大きいはずです。そこを狙ってください」
そして、ゆっくりと上体を起こし、エゼルバルドに風の魔法を使って、ある程度の距離から
巨体になれば体重を支えるのに足は太くなる。そこを破壊されれば動きは悪くなるはずだ、と。
動きさえ封じてしまえば、その後はどうとでもなる。しかし、そこまで出来るのかと、悪い予感が頭を
エゼルバルド達に指示を出していたときからしばらくの間、何を考えていたのか緑の巨体は動きを止めてた。巨体の周りには 敵となる兵士が倒れており、それを如何しようかと考えていたのだろう。
今、
「あそこからこっちまで引っ張る!!」
スイールの視線を感じ取ったエゼルバルドはその意図を読み取ったのか、敵意を向けさせようと魔法を放とうと魔力を集中し始めた。
腰に差したままのブロードソードの柄の先にに埋め込まれた黒い魔石が、魔力を吸い出そうと働き出すと青く変化し始める。そして、突き出した右手の先に魔力が集中し始めるが、彼はそれを圧縮し始めた。
そして、十分な魔力がそこに集まると魔力を変換させ魔法を放った。
「いけ、
エゼルバルドの魔力の四分の一を、しかも圧縮された魔力が生んだ真空の刃は吸い寄せられるように緑の巨体の右足、しかも膝の裏を掠め飛んだ。
狙い違わずとは行かなかったが、それでも
スイールが弱点と読んだ足、しかも膝の裏を掠めたにも拘らず、それだけの傷しか負わせられなかった。だが、ほんの少しでも傷を負わせた事で、針の穴を通す程の勝機が少し広がり、光明が見え始めたのは確かだった。
「ちえっ~。あれだけの傷かぁ。やっぱり硬いなぁ」
舌打ちしながらエゼルバルドが悪態をつく。スイールがランク二の炎の嵐を放ちダメージを与えられずにいたのを学習して、相当な魔力を圧縮したにもかかわらず、あれだけの傷しか負わせられなかったのだ。
だが、彼の表情は悔しさよりも、何故か笑みがこぼれていたのである。何故なら、恐怖を帯びるよりも、強敵と戦えるとの歓喜に満ちていたからである。
そして、腰に収めてあるブロードソードを鞘からゆっくりと引き抜き、
不利な状況にあるにもかかわらず、笑顔をこぼすエゼルバルドを見て、
「さぁて、面白くなってきたか?」
ヴルフは不利な状況とわかっていても、逆の言葉を発しながらエゼルバルドに近付く。彼の口元も口角が上がり、にやけた笑顔を見せていた。
「あぁ、もう、戦闘狂はこれだからダメなのよね~」
男達の言葉を耳にし、呆れながら彼女もエゼルバルドに近付く。だが、彼女もまた口角が上がり、笑顔を見せていたのだ。
要するに、ここに集まった三人は同じように戦闘狂だったのである。
「相手に不足は無いな。ヒルダは
お互いの顔を見て一度頷くと、三人は緑の巨体に向け歩み始める。
そして、少し距離を詰めると、ヒルダが魔法を発動させようと魔力を集め始める。
それが合図になったのか、エゼルバルドとヴルフは武器を構えて
さらに、与えた傷からは赤い飛沫が飛び散り、傷が塞がっていないのも見て取れるのだ。
「それ以上進ませない。
エゼルバルド達と緑の巨体の間に透明な壁が現れる。ヒルダの魔力の四分の一を集めて発動させた
あまりにも巨体であるがゆえにその速度と質量は魔法では抑えきれなかったのだ。
「えぇっ!!ウソ!」
あっさりと壊された
それを見ても、男達は足を止めず緑の巨体に向かう。勝ち目の薄い戦いであっても、だ。
「さてと、ワシ等の出番がやっと来たか。とりゃぁ!!」
間合いを詰めたヴルフが
だが、威力のある
傷を負わされ怒り狂ている
エゼルバルドも負けじと
だが、エゼルバルドにはもう一つの武器を持っていた。
近接戦闘の
「これでも喰らえ!風の
至近距離から魔法攻撃は、膝裏の傷を抉った。ヴルフが牽制攻撃をしてくれるおかげで緑の巨体はそこから動かず、傷を付けた右足に当てるには難しく無かった。
”グギャアアァァァーーー!!!”
傷を抉られて
ヴルフとエゼルバルド二人による攻撃で傷を広げつつあった
しかし、これは悪手であった。立ち上がり、両の手を振り回していれば、速さと腕の長さで近寄らせぬ事も出来ただろう。だが、四肢を付いていれば、おのずと後背への意識が希薄となり、右足への攻撃を受けることになり傷を増やすだけだ。
そして、一人が前から牽制、もう一人が後ろから傷へ攻撃を仕掛ければ、
前方をヴルフの牽制に任せると、エゼルバルドは何を考えたのかブロードソードを鞘に納め、腰のナイフを引き抜いた。
基本的に巨体にナイフを使うなどありえないが、次の一手で息の根を止めるためにナイフを手にしたのだ。
「そろそろ終わりだ!!」
片手用のナイフを両の手で握りしめると体を低くして
緑の巨体の動きを予測し、懐に潜り込んで筋肉組織にナイフを突き立てる。
攻撃を食らわずに何とか
暴れて体力も少なくなり、受けた事の無い痛みが
エゼルバルドは止めを刺そうと、魔法を放とうと魔力を集め始める。体が動く最低限の魔力を残し、すべてを緑の巨体に放とうとしていた。
これが最後の魔法だ、効かなければ体力がなくなるまで攻めるのみだ、と。
そして、集めた魔力が魔法となって放たれ、天高く上って行く。
「ヴルフさん、後ろへ逃げて!魔法を撃つよ!!
ヴルフが
稲妻の魔法は
だが、”パックリ”と開いた赤い筋肉組織に突き刺さっているナイフが稲妻を引き寄せ、
”ギャオォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーォ!!!!!”
稲妻が体内を貫通した緑の巨体から、濛々と白い湯気が上がる。筋肉組織は黒く変色し炭化が始まり、滴り落ちていた血液が止まっていた。
顔に視線を向ければ、生気を失った目や鼻、口、それに耳から透明な液体がドロドロと漏れ出している。穴という穴からは臭い液体が流れ出て、緑の巨体が”ドスン”と轟音と共に地に倒れ、その命を終わらせた。
念のため、ヴルフが首のあたりに
そこでようやく巨大な生き物を打倒したと実感が沸き起こってきた。
強大な敵に打ち勝ち、力が抜けたエゼルバルドは”ペタリ”と地面へと座り込む。
スイールの傍で守勢のまま戦闘を見ていたヒルダも皆の無事を見て、力が抜けていた。
「やったな、エゼル。強大な敵を打倒した感想を貰いたいもんじゃな!」
エゼルバルドのにゆっくりと近づいてきたヴルフが頭を”わしゃわしゃ”と撫でながら打ち勝ったことを褒め称える。
「さすがにワシも疲れたよ。
一息ついて、ゆっくりと腰を上げたスイールは、
スイールの動きを眺めるエゼルバルドは首を傾げた。足を掛けたり、捻ったりしてナイフを抜こうとしているのだが、その姿は遊んでいるようにしか見えなかった。それを見ている三人は思わず噴き出して”クスクス”と笑い声が漏れていた。
「あんな無茶はしないでくださいね。でも打ち倒せたようで、すばらしいです」
ようやく抜けたナイフをエゼルバルドに手渡しながら言葉を掛ける。ナイフに視線を落とすと、電撃で焼け焦げた柄は修復が必要だったが、刺さった刀身は導体の役目を果たしただけで奇麗であった。ただ、
「三人ともご苦労様です。熊の毛皮を剥ぎ取るのは後にして街に帰りましょう。あとの処理は守備隊の皆さんにお任せして」
これでやっと帰れると、汚れた衣服をパンパンと
狩りに出ても通常サイズの
散々な休日だったな、とエゼルバルドは今日という日を振り返っていた。
さて、帰ろうと踵を返し歩き出した彼の視界が、刹那の間だけ暗い影に覆われた気がしたのである。
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