第二話 魔術師と拾い子【改訂版1】

※2019/07/06 サブタイトル変更


 スイールはソファーの上で静かに寝息を立てている子供へ顔を向けている。

 ふんわりと掛けている毛布が寝息と共に動き、その可愛さを微笑ましく観察していた。


 子供が中にまだ残っているのに、馬車を意図的に落としたのか?

 子供が馬車の中に残されているのが気が付かなかったのか?

 子供の両親は今どうしているのか?


 いくら考えを巡らせても子供を育てたことの無いスイールには答えを出す事が出来ない。

 それに、すやすやと寝息を立てている子供を一人残して出かけるなど出来るはずもない。

 そう思えば、子供が休んでいる時間をどうやって潰すかを考えるしかなかった。


(起きたら少し事情を聞いて街に行ってみよう。ギルドや教会で何か情報がわかるかもしれない。あと、馬車のあった場所の崖の上を調べてみれば何か跡がみつかるかな。なんにしろ、起きるまではこのままだ)


 子供を起こさない様に呟きながら、今までの経緯いきさつをいつものメモ帳に羅列し始めた。




 ちなみにこの世界ではメモなどを取るのは紙が一般的である。

 樹木などから取った繊維を細かくし、水の中でこすり合わせ、色を落としたところを成形して紙にする。洋紙と和紙の中間の様なものである。ある程度の大量生産ができるようになり、情報革命が起きていた。

 これにより、書籍が広まり、街の教会や図書館が作られ、読書のための貸し本が広まっている。


 印刷技術もある程度進んでいて、手動での動作ではあるが、活版印刷が実用化されている。そして、本の複写などでの出版業もある程度盛んである。

 挿絵などは木版を使う必要があるので、その作成をする職人が結構増えている。

 少数ではあるが、金属の版で作る職人も出てきている。


 その印刷技術や貸し本制度が広まったため、読書を楽しむ人が増え、識字率が格段に向上した。男女とも75%程である。読めない人は亜人、奴隷や学校に訳有って通えない人々である。


 鉛筆はまだ発明されていないので、書くのは専らインクを使ったペンや地方によっては筆である。その為に旅などではメモを取るメモ帳やノートの他に、墨壺やペンなどが携行されている。


 ~~閑話休題~~


 暇を持て余したスイールはしばらくの間、読書を楽しんでいた。物語などではなく、薬草学の書物を手に取っていた。

 書物に目を落としていたため、子供が目を覚ましたことに気が付かなかったが、落ち着いたのか、子供は鳴き叫ぶことは無かった。

 そして、起き上がった子供が体をゆすり、ソファーがガタゴトと音を立てると子供に声を掛ける。


「ん?起きた?」

「うん、おじさんだれ?」

「私はスイールって言うんだ。君の名前は」

「ぼく?ぼくはいつもエゼルって、かあちゃんがよぶんだ。」


 とりあえず、子供の名前がエゼルとわかっただけでもありがたいのだが、さらに会話を楽しもうと話を続ける。


「そうかいそうかい。それじゃ、私も君の事をエゼル君って呼ぶけどいいかな?」

「うん、いいよ」


 素直な子供は可愛いと、この時、初めてスイールは感じた。子供を持っていればこんな感想をもっと早く手に入れていたのかと思うと、内心は複雑でもあった。


「じゃぁ、エゼル君は何歳?」

「えっと、もうすぐよんさいになるんだ。にじゅうにちで」

「四歳かぁ。じゃ、今日は十五日だから、来週だね」

「うん!!もうすぐ、よんさい!!」


(ん?結構しゃべるな?お話は楽しいのかな?)


 にっこりと笑い、嬉しそうな表情をしたエゼルにスイールもにっこりと微笑みを返した。

 直ぐに真顔になってエゼルのこれからを如何しようかと考える。


(両親の話をすると泣いちゃうかもしれないし……。どうしようか)


 一寸悩んだ末、何か情報があるかもしれないと、近くの街へと出かけようと考えた。時間はまだ午前中で子供の足でもお昼までにまだ間に合うだろうとも考えた末である。


「エゼル君、私とお出掛けしない?ちょっとお買い物に行きたいんだけど」

「え、おかいもの?いくいく!!」


 エゼルは掛けていた毛布を取り払うと、ソファーから勢いよく降りてスイールの下へと走ってきた。スイールを恐れる気持ちよりも、嬉しさが勝ったのだろう。ただ、居間の境遇を考えると素直に喜んでいられないのも確かだった。


「じゃぁ、街まで歩いて行くからね。二十分くらいで到着するけど大丈夫?」

「うん、たぶんだいじょうぶ」

「じゃ、用意をして、出発だ!!」


 はしゃぐエゼルを見ながら、これで何らかの情報を求めて行動することが出来そうだと内心で喜ぶ。


 この世界での移動は馬車か徒歩が一般的である。

 スイールの住処は近くの街から十分ほど離れた場所の集落の中にある。

 そこから一般の大人で十分である。しかし、子供の足であればその倍はかかってもおかしくない距離だ。


 スイールは街へ行くため、準備を始める。

 お金と最低限の道具を詰め込んだ鞄を肩に斜にかけ、深緑のローブを肩に羽織り、不思議な形をした杖を右手で握りしめる。

 エゼルは保護した時の恰好で、ワイン色のシャツと黒いズボンをはいている。そこにスイールのローブと同じ生地の布を肩に巻き付け外套の代わりとした。彼の容姿は、黒髪にちょっと癖毛でぼさぼさ、そして黒目。顔立ちはなかなかりりしく、思った以上に男前で、女の子に人気が出そうな容姿だった。


「これで良しっと。じゃ、出かけようか。迷子になったらいけないから手を握ってるんだよ」

「うん!!」


 エゼルの右手をぎゅっと握りしめた。お返しにと小さいながらも力強い力で握り返す。


(さて、行こう。何かわかるといいが…)


 スイールの心配を他所に、エゼルは足取りも軽く歩き出す。




 スイール達がドアを開けて外に出ると、太陽からの心地よい光が降り注ぎ二人を祝福している様だった。今朝ほどの曇天模様から回復し、太陽が顔を出している。所々に雲が浮かんでいるが、心地よい秋の気配を感じる。

 太陽はまだまだ高い場所へは届いておらず、午前中が終わるまで街までは十分に移動する時間はありそうだった。


 スイールの住処から歩き始めると、すぐに近所の農家の一人に挨拶された。


「おはよう、先生。おや、珍しい。変わり者がこんな時間からお出かけかい?いつもはもっと遅いはずだが……ん?なんか見慣れない子供が一緒だけど、どうしたよ」

「おはようございます。その変り者ってのは何とかなりませんかねぇ。まぁ、いつもの事でいいですけど……。ちょっと事情がありましてね。その件でこれから街に向かう所なんですよ。後は、ちょっとお買い物ですね」

「そうかいそうかい。まぁ、気を付けてくれ。もうすぐ薬が切れそうだから、今度、伺うからよろしく頼むよ、せ・ん・せ・い!」

「はい、お待ちしてますね」


 と、近隣に住む知り合いと軽く立ち話をしながら街へ向かう。

 エゼルは先生と呼ばれるスイールに向け熱い眼差しを向けている。住処の中で見たこの男と違い、他人から頼られている男に関心を持っていたのだ。




 スイールの住処から近く街へ向かうには、ちょっとした木々の生えた林を抜ける必要がある。しっかりとした道が間を抜けている。狂暴な動物は住んでいないが、小動物や鳥などが住んでいる。たまに、それらを狙った小型の肉食動物が出没したりする。


 そこを過ぎると、街までは道沿いにすぐであるが、エゼルは見たものが珍しいのか、”あれは何?これは何?”と、スイールは質問攻めにあう。

 足取りはなかなか進まず、二十分ほどと思っていた道程が大幅に増え四十分も掛かる事になった。


 街は数メートルあろう城壁に囲まれ、一部は人々の往来のため一部が門となっており、大きく口を開けていた。夜間の出入りは基本厳禁とされているので、この光景は昼間のみである。

 その門には兵士数人が門番として警備をし、危険人物ではないか、危険物を持ち込まないかと鋭い目でチェックをしていた。


「【ブールの街】にようこそ。って、変り者のスイール先生じゃないですか。珍しいですね、こんな時間に」


 門番に立っていた兵士の一人がスイールに声を掛けて来た。さも知り合いだとわかるようにである。


「おいおい、【オットー】君、きみもよく言うよ。この時間、ここに来てはいけないみたいな口調じゃないか?私が何かしたのかね」


 身分証を見せながら、門番の兵士から受けた辛辣な言葉に、嫌味を入れて返す。


「そうですね、例えば、お連れのお子さんとか、ですかね?どうしたんですか」


 おどけた雰囲気から一転して真面目な顔をして尋ねる。


「それがわからないからここに来たんだよ。守備隊長は詰所にいるかい?」

「多分いると思いますよ。朝、挨拶した時は詰所で山となっている書類と格闘していましたので」

「書類と格闘とはずいぶんと処理する仕事が溜まっているんだな。で、ここは通っていいのかい?」

「おっと、職務を忘れておりました。どうぞ、お通りください」


 オットーはおどけた様に言葉を濁すと、身分証を見たふりをして軽く敬礼をしてみせた。


「ありがとう」


 スイールと門番オットーがよく知った仲であることがわかる会話であった。週に何回か顔を合わせていれば仲が良くなるのもうなずけるものである。オットーは子供に手を振り、次の来訪者へと向き直った。




 門を抜け街へ入ったスイール達は街を練り歩きながら、街の守備隊のある詰所へと足を向けた。すでに日も高く昇り、人々が活発に動き回っている。道端にはいい匂いを出す屋台が所々出ていて、スイール達の鼻孔をくすぐる。たまに立ち止まっては食べたそうな顔をするエゼルに飴玉等を買ってあげると嬉しそうに口に運んでいた。


 本来であれば、エゼルが生活出来るだけの買い物をしなければならないと思ったのだが、今後の方針を決めなければならず、先に情報を得ようと考えてた。何よりも、エゼルの事が気がかりであったからである。


 寄り道をしたり、様々な事を考えていると二十分程で詰所の前に到着した。街と言っても頑丈な城壁で守られ、それなりの規模を誇っているので、詰所はそれなりに大きく、兵士の数も多い。

 その中へ入り、受付から見える一番近くの兵士に声をかけた。


「あ~、きみきみ。隊長さんはいる?」


 呼ばれた兵士はめんどくさそうな顔で、何処にでも居そうでパッとしない男を一瞬だけ見え呟いた。


「隊長?隊長ならあそこにいるでしょ。ほら」


 視線で部屋の奥を見て、すぐに自分の仕事へ戻ろうと視線と下へ向ける。

 おそらく、この兵士はこの守備隊に来たばかりで、街の噂を知らないのであろう。もし、この男の素性を知っていれば、今の様なぶっきら棒な態度を見せなかったであろう。

 また、”隊長さん”などと、雲の上の階級を持つ上司を気安く呼ぶなど、何様のつもりだと思ったのだ。

 だが、スイールはそれを意に介さず、”ありがとう”、と一言返すだけと奥へ向おうとした。


「ちょっとちょっと、勝手に入っちゃダメダメ。なんなのあんた?」

「え?だってあなた、隊長さんがあそこに居るって言ったじゃない。通っていいって事でしょ。何か間違えてる?」

「なんですか!そんな屁理屈通じると思ってるのか?馬鹿にして、牢に放り込まれたいのか、あんたは!?」


 若い兵士は馬鹿にされたと思い込み、怒りをあらわに勢いよく立ちあがりながら大声で怒鳴りつける。立ち上がった拍子に、椅子を思い切り倒してしまい、盛大に注目を集める事になる。スイールの手を握っていたエゼルはビックリしながら首を縮め、急いでスイールの陰に身を隠した。

”ガシャ”と大きな音と共に、その場にいた全ての人が一斉に視線を向ける。その中にはもちろんの事、詰所の隊長も混ざっていた。


「お~い、スイールじゃないか。そんなところで何やってるんだ。こっち来いよ~~」


 シーンとなった詰所に隊長の大きな声が響いた。


(あ、これはマズイ)


 椅子をひっくり返した兵士は”失敗した!!”と、思ったが後の祭りであった。

 だが、周りにいた他の兵士達は、”新人の通る道だ、何事も経験だ”と、微笑ましい気持ちで見ていたのは若い兵士には内緒であった。


「じゃぁ、そう言うことで!!」


 ひょいと片手を上げ若い兵士に手を振って、奥の隊長の元へスイールはエゼルを引っ張り向かった。そのスイールを見送ってから、若い兵士はがっくりと肩を落とし、自分が倒した椅子を元に戻し、項垂れながらも自らの仕事へと戻るのであった。




「【ジムズ】隊長、お久しぶりです。実は、この子の事でお話があるんだけど、大丈夫かな?」


 スイールの後ろに隠れて様子を窺っていたエゼルを目の前に出して、名前とここまでの経緯をジムズへと話していくのである。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 スイールが去った後、若い兵士の下へ先輩兵士が姿を現し慰めの言葉を掛けていた。


「お前も新人の洗礼をうけたみたいだな。あれはこの辺で有名なスイールって魔術師だ。薬の知識もたくさん持っててな。この辺の人はみんなの薬に厄介になっているんだよ。それに受け答え聞いただろ。屁理屈を言って困らせたりするんだ。だから”変り者”ってあだ名も付けられてるぞ。ただ、悪い人じゃないから邪険にするなよ」


 と、諭されていた。

 魔法の腕もかなり持っていて助けてくれるかもしれないぞとも付け加えていた。



2019/01/27改訂版1

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