隣との距離-Sou said-
二一十 遙
プロローグ
突然だけど、「席替え」とは学生にとってとても重要なイベントだと思う。俺が楽しい高校生活を送れるか否かはこれにかかっていると言っても過言ではない。
そしてその席替えで奇跡は起こった。
四十分の一の確率を経て俺は見事好きな人の隣になったのだ。
「おっ倉野広樹くんだ、よろしく!俺のことはねっしーとかしろろんとかそうちゃんとか読んでねー」
下を向いて何事やら呟いている倉野に声をかける。
「あ、あう、、あ」
なかなか名前は呼んでくれないらしい。やっぱり最初からあだ名はハードル高かったかな……
周りの女子は「何そのあだ名ー」と笑い合っている。
と、
「……じゃ、じゃあ羽城で」
小さな声だったが、倉野が俺の名前を呼んでくれた。
が。
「だーめ」
俺にしては勇気を出したと思う。
目の前の倉野は少し表情を曇らせた。
「なんかあだ名つけてくれないとだーめ!」
近くにいた女子が「もー倉野くん困ってるじゃん」と会話に入って来る。
「だってあだ名つけてほしいじゃん」
女子からは「えー」と返ってきた。
……やっぱり少し強引だったかな。一度も喋ったことないし、そもそも俺の名前とか初めて認識されたかもしれないし。
けど俺は倉野の名前をばっちり覚えている。というか、一番最初に顔と名前を覚えたクラスメイトがこいつだった。
それは入学式の日まで遡る。
俺は……まじで緊張していた。髪を明るく染めて、眼鏡もコンタクトにして。いわゆる高校デビューってやつだ。
でもいくら外見を変えても肝心の中身は変わっていなくて。
キキーッという、少し古びた自転車のすごいブレーキ音にびっくりして顔を上げた。
「あぶね、下向いてないでちゃんと前見て歩けよ」
サラサラの黒髪にマスク、ヘッドフォンをした奴。そいつが倉野だった。
その時、普通なら「ヘッドフォンしてたそっちが悪いだろ」とか「そっちこそちゃんと前見ろよ」とかみたいな言葉が出てくるはずなんだろうけど。
かっこいい、と俺は思った。自分に自信が持てなくて、下ばかり向いてしまっていた俺に「前を向けよ」と言ってくれたそいつを、俺は好きになってしまった。……もちろん倉野はそんなつもりで言ったんじゃないんだと思うけど。
だから倉野と同じ学年で、同じクラスだとわかった時はものすごく嬉しかった。
ただ同じクラスでも話す機会は少なくて。だから俺はずっと、倉野と仲良くなる機会を狙っていた。
そして来たこのチャンスだ。逃すわけにはいかない。
「……そう」
一瞬わからなかった。けれど少しして、倉野がつけてくれた「あだ名」なのだとわかった。
嬉しくてにやける頬を顔筋で抑えるのに必死だった。
「そう、か。いいね!気に入ったよ。じゃあ俺はひろって呼ぶね」
ひろの顔がピクッと引きつった気がした。怒った……かな?
けど俺は席替えのなかったこの3ヶ月間で気がついたのだ。「笑顔はすごい」ということに。
「よろしくね、ひろ」
笑顔は人の心の距離を縮めると思う。笑顔の魔法だ。
俺とひろの距離がこれから縮まっていきますように。そんな思いはこの笑顔と一緒にひろに届いたのか、届かなかったのか……
ふいっと窓の方に向いてしまったひろだった。
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