飾って?
お題:君の瞳と同じ色、見惚れるような鮮やかなピアス
「フリーマーケット…?」
久々に午前中でアルバイトが終わった。
空は晴天で眩しかったが、気温も高すぎず心地よくて散歩をしていた。
近くの公園…と言っても、遊具はそこまでない。
広場がいつもと違う賑わい方をしていたからなんとなく立ち寄ってみた。
女性の割合が多いようで、なんとなく入り難い雰囲気が漂っている。
これは…俺が居ても気まずいだけだろういし、帰ろうとした時だった。
「あらー優くんじゃない」
声をかけられた。見ると、親と仲がいい近所の人がいた。
親とそう歳が変わらないはずなのに、見た目はかなり若い人だ。
「大きくなったわねぇ」
そう感慨深そうに言うところは、ある意味年相応なのかもしれない。
「どうも」
正直な話、俺はこの人があまり得意じゃない。
作ったような甲高い声のせいかもしれないが、性格とかも合わないと思う。
どことなく、居心地が悪い。
そんな俺のテンションとは裏腹に、この人…由紀さんは嬉しそうだ。
「男の子が来るの珍しいから嬉しいわ。興味あるの?」
フリーマーケットに興味を持つ男が珍しいって聞いたことがない。
なんとなく、話が噛み合ってない気がする。
「バイト終わりに散歩してただけですよ」
下手に同調するより帰りやすくなるだろうか。
喋るのが好きな人だから難しいかもしれないが。目的があって来たわけではないことは明確にしておきたかった。
そうすることで逃げられる確率を少しでも上げたい。
「そうだったの」
想像していたよりずっと淡白な返事に少し拍子抜けをした。
しかし、ニンマリとした笑顔を見て、長話になる予感がした。
「ハンドメイドマーケットに優くんくらいの年の男の子が来るのって珍しくて」
マシンガントークが始まった。
内容の大半は聞き流してしまったが、俺くらいの年の男が来ることがそうないことだけは、しつこいくらいに言われた。…それを俺に言われても困るのだが。
一通り話して満足したのだろう。話が始まる前より何倍もいい笑顔で背中を押された。
少しだけ見たふりをしてさっさと帰ろう。早く帰ってゲームがしたい。
幸いにも由紀さんはさっさと行って、他の店を出してる人と談笑している。
あれだけ馴染めるコミュニティ能力は少し羨ましい。
それにしても、聞いた通り同年代の男は全くいない。
あまり人目につかない場所はないんだろうか。視線が刺さる。
これ以上は気まずくて仕方ない。出来るだけ早く出よう。
そう思って広場の外に向かって歩いていくと無人の場所があった。
商品だけが置かれているが、誰かがいた形跡があるので、離席中だろう。
やたらキラキラして見えて、少し気になった。
置いてある商品を見ると、ガラス細工のようなアクセサリー類だった。
少し大人びた雰囲気のピアスを見て、キラキラしていた理由を一人納得する。
雫型のものから、中に花が入っているようなものもある。
それぞれが何色もあるからか、かなりの種類があるように見える。
花が入ってるものはそこそこな大きさはあるが、全体的に飾りは小さめらしい。
「うちの商品、気になった?」
戻ってきた店の人に声を掛けられる。
少し前に俺に対してマシンガントークを披露してくれた人だった。
ああ、俺はこういう運がない。
「場所離れてていいんですか」
あちこちふらついてると、商品が盗られてもわからないのではと不安になる。この人はどことなく天然っぽい空気が出ている。
「お手伝いの子がいたから交代して見てるからいいのいいの」
そんな心配しなくても、と笑っている。その手伝いの人はどこだよ。
「今は小さい子の相手してるみたいだけど」
そう言って遊具の方を見る。
釣られて見ると、小さい子の中に混じって高校生くらいの人がいた。
どうやら、あの人が手伝いらしい。
「ここに出店してる人たちのお子さんとかなんだけどね」
また何も聞かないうちに話し始めた。
「飽きてきちゃう子もいるみたいで、遊び相手してくれてるみたい」
本当に何も聞かなくてもあれこれ教えてくれる人だな。
「それで、何か気になるものあった?」
まじまじ見てたから、興味があると思われたらしい。
全くないという訳ではないが、女性的なデザインに強い興味はない。
「男が着けるにはちょっと」
そう言うと、きょとんとしたあとに、確かにそうねと笑った。
その様子がなんとなく、知心と重なる。案外似てるのかもしれない。
思ってから恥ずかしくなって、商品に視線を落とした。
その先で、一つのピアスが目に付いた。
雫型のシンプルなピアス。
シンプルだけど、光を浴びてキラキラと輝いている。
「それが気になるの?」
ひょい、と見ていたピアスを取られる。
釣られて視線を上げると、にんまりと笑っている由紀さんと目があった。
はい、とピアスを俺に渡してくる。
受け取って落とさないようにそっと光に翳すと、さっきよりも眩しく見えた。
…このピアスを見ていると、どうも知心を連想する。
「これね、よく遊びに来てくれる女の子をイメージしたのよ」
返したピアスを受け取って眺めつつ、そんなことを教えてくれた。
ニコニコしながら、その子の可愛らしいところを教えてくれる。
「あの子ね、自分の好きなものやことを話す時、本当に楽しそうなの」
親戚の子の成長を見守るような優しい目をしている。
「特にね、好きな人のことを話す時は好きって気持ちはよく伝わってくるのよ」
恋する乙女、ってやつだろうか。
自分がその子くらいの頃を思い出したのか、頬を少し赤くして手を当てている。
この場に知心がいれば、知心もこんな反応をするかもしれない。
「それでそれで?優君は誰のことを考えてたの?彼女?」
からかうような声色で聞いてくる。
どうやら、俺が人のことを連想して見ていたことはバレていたらしい。
「かのっ…!」
確かに彼女のことを考えていたが、改めて言われると恥ずかしい。
知心が今、この場にいたらどんな反応をしただろうか。
顔を真っ赤にして、へにゃっと情けない笑顔を浮かべるだろうか。
そこまで考えて、知心のことで頭が一杯になっていることに気がついた。
俺も末期だな、と言葉には出さず自嘲する。
「じゃあそれ彼女にあげたら?」
ニヤニヤしたまま、露骨に買えといってくる。
自分の顔が赤くなっているのがわかるくらい、熱くなっていくのを感じた。
「それに、彼氏が自分のことを思って買ったなんて喜ぶんじゃないかしら」
わざとらしく、彼氏の部分を強調してくる。この人には勝てない気がした。
*
「なにやってんだか…」
俺の手元には例のピアスだったものがある。結局、買ってしまった。
ご丁寧に可愛らしいラッピングまでしてくれた。
最初、知心はピアスを開けていないと言って断ろうとした。
そうしたらどうだろう、由紀さんは簡単にイヤリングに付け替えてしまった。
ノンホールピアスと言うらしいが、こんなので止まるのかと不安になる。
「あれ、優?」
俺を呼ぶ声が聞こえて振り向くと、子供に囲まれた知心がいた。
咄嗟に手元の袋を隠す。買ったことを知られるのが恥ずかしかった。
「珍しいね、こういうところ来るの」
由紀さんと同じことを聞かれた。
「俺の家この辺だし、バイト終わりに歩いてただけ」
買い物のことは黙っておく。どのくらいからかわれるのか考えたくもない。
「ふーん」
そこまで興味がなかったのか、返事が雑だった。
子供たちと別れて、俺の隣に座る。つかず離れずの距離。
普段話す時のような状態になる。普段なら落ち着くけど、今日は落ち着かない。
隠した袋がこれでもかというほどに存在を主張してくる。
「で、なに買ったの?」
「は!?」
動揺を隠しきれず、噎せた。
咳き込む俺の背中を優しく撫でる。こういうことを平然とやってのける。
「なんでなんか買ったと思ったの」
ここまで露骨に動揺してしまえば、もう手遅れだろう。
知心はきょとんとした表情をしていた。
「私が声かけたときなんか隠したみたいだったから」
気付かれていたみたいだ。観念してポケットから取り出す。
ラッピングを見て、知心は少し驚いた顔をした。
「由紀さんのところで買ってきたんだ。私もいたのに知らなかった」
さっき子供に囲まれていた時点で薄々感づいてはいた。
由紀さんの言ってたお手伝い、とは知心のことだったようだ。
「子供と遊んでたみたいだから仕方ないんじゃない」
遊具を眺めながら呟く。子供数人、それも他人の子の相手をしていたんだ。
売場を見る余裕なんてなかっただろう。
「まぁそうんだけどさー」
子供が苦手なくせにあんなに楽しそうに遊ぶのはある種の才能だと思う。
「由紀さんに話聞いてこようかな」
悪戯な笑みを浮かべながらわざと大きく動く知心の腕を掴む。
実際に聞く気はなさそうだが、流石に嫌だ。
「え、何?」
中腰のまま、きょとんとした顔をこちらに向けた。
咄嗟のことで自分でも何を言えばいいのかわからなくなった。
「どうしたの」
諦めたのか、座り直して俺の顔をじっと見る。
髪に隠れた耳元に小さく揺れる何かが見えて、それをそっと耳を触る。
「えっ、なに、なに?」
予想しない行動だったのか、耳も顔も赤い。
無視して触り続けると、耳たぶのあたりで金属に触れた。
「あ、あぁ、イヤリング?」
そう言って俺の手を軽く避けて髪を耳にかける。
そこには、並んでいた商品と同じようなイヤリングがぶら下がっていた。
「売り子だしって思ってつけてるの。由紀さんの所のやつ」
少し大人っぽいイヤリング。おしゃれだけど、知心っぽくない気がした。
「友達が選んでくれたんだけど、あんまり似合わなくて髪下ろしてるの」
髪を戻しながら照れたように笑う。
その表情を見て、友達に対して嫉妬心が湧き上がる。
理由なんてわからなかったし、わかりたくもなかった。
「へぇ」
勢いに任せて出そうになる言葉を飲み込む。
知心が不安気にこっちを見ていた。手に持っていた袋を知心に押し付ける。
「へ?」
「あげる」
仮にもプレゼントなのに、最悪の渡し方をしてしまった。
知心の顔を見ていられない。せめて愛想よく渡せよ、と自分で自分に思った。
「あ、ありがとう…?」
動揺を隠しきれないままそっと受け取る。
しばらくしてそっと袋を開ける音が聞こえた。
そっと横を見ると、イヤリングと同じようなキラキラした目をした知心がいた。
「えへへ、嬉しい」
「ありがとう」
本当に嬉しそうな笑顔でイヤリングを眺めている。
その目を見て、由紀さんが言っていた女の子が誰かを悟った。
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