夢に溺れる

声の先には

お題：ライブ

『今日ライブ行くから』

突然友人から来た連絡だった。

ライブにはそこまで興味はなかったものの、最近会えていなかった友人だったこともあり、行くことにした。

「お待たせー」

「遅いっ！待った！」

時刻は十七時五十分。約束の時間は十八時。

「十分前なんですけど！？」

約束の時間に遅刻していない。突然の呼び出しに応えたのに怒られるとは。

「残念だったなぁ！私は三十分前からいたのだよ！」

ふはは、と悪役じみた笑い方をしながら得意げに叫ぶ。

相変わらず元気な人だ。

…かくいう私も、ＳＮＳではハイテンションなキャラを演じているが。

たまたま見てたであろう優からは『いってらっしゃい　迷子にならないでね笑』と少し煽られた。

「そっちが早すぎるんですー。むしろ唐突な呼び出しに応えてるから感謝してくださいよー」

わざとらしく拗ねてみる。実際はどっちも怒ってないからこその軽口。

予定が合わないし学校も違うしで、前に会ったのは数ヶ月前だったと思う。

煽り煽られる仲の友人はなかなかいないと思う。兎に角、貴重な友人だ。

「だってライブだよ！テンションあがらない？」

上がるも何も、私は突然呼び出されてるのだが。

待ち合わせに早く来てもライブの時間は早くならないだろう…なんて、そんなことを聞くのは野暮だろう。

「私ライブ初めてだしなぁ」

どんなものなのか全然知らないのだ。実際、私はライブと無縁に近かった。

昔、同級生に見に来てほしいと言われて見に行ったものは吹奏楽の発表だったし、他は学校祭でバンドを見たくらいだ。

「あ、そういえば彼氏さんは？」

「あー…元々用事あるって言ってたし、別にいつも一緒にいるわけじゃないよ」

なんで突然優のことが出てくるんだろう。

呼び出されてからここに来るまでの会話ではそんな話してなかったのに。

「寂しくないの？」

にやにやしながら聞いてくる。本当に人をからかうのが好きなんだな。

「別に寂しくないよ」

元々、どっちも友達を優先することの方が多い。

体調悪いとか、様子がおかしいとかじゃない限り、優先度はそこまで高くない。

「わかった、私がいるからだぁ」

「あーはいはい、そうですねー」

楽しそうに一人ではしゃいでる友人を適当に受け流しつつ、目的地へ向かう。

「人多いから覚悟しといてねー」

軽快な足取りで私の少し先を歩きながらそう言った。

これは熱中しすぎてはぐれるな、と予想を立てながら生返事を返した。

　　＊

悲しいことに、予感は的中したようだった。なぜこういう時の勘はあたるのか。

始まって少ししてからふと周り見やると、そこにはもう友達の姿はなかった。

流石に携帯を取り出す訳にもいけないので、終わってから合流するとしよう。

ライブ自体は楽しいし新鮮なのだが、人が多くて疲れてしまう。

さっきから人にぶつかってばかりだし、友達も顔見知りもいないこの空間では不安感が強い。

加えて、人酔いもする始末だ。

こんな時優がいてくれたら、なんて考えてしまった。

ふとした時にパッと浮かぶ人が優なのは、仕方ないことかもしれない。

「かーのじょっ」

安いナンパのテンプレートみたいな台詞が横から聞こえた。

こんな状況でナンパする人なんて果たしているのか。

そんな好奇心から声の方に顔を向けた。

「1人？」

そこにいたのは、楽しそうに笑う優の姿だった。

「えっ！？」

思わず叫んでしまった。

幸い、盛り上がってたおかげでそこまで目立たなかったが、近くの人は何かとこっちに目線を向けた。

でも、すぐに何事もなかったかのようにライブに意識が戻っていった。

周りの目を気にするでもなく、優はとても楽しそうに笑っている。

「なんでここにいるんですか」

思わず敬語になる。用事あると聞いてはいたが、場所が同じとは思わなかった。

「友達に誘われてちょっとね」

「それはそうと、知心の友達は？」

「はぐれた」

優は？と聞く前に少しあたりを見渡してみる。友達らしき人は見当たらない。

「奇遇。俺もはぐれた」

少しバツが悪そうに笑う。場所も状況もここまで被るとなんだか面白い。

「それでナンパですかセンパイ」

「知ってる人が近くにいたからナンパしてみた」

ちゃんと反応してくれた、と無邪気な笑顔を見せる。その笑顔はずるい。

「それで、どう？お互い友達と合流するまででも」

人が多くてお互いの声が聞き取りにくいから、自然と顔が近付く。

耳元で声がするのはくすぐったくて恥ずかしい。

「人が多いからはぐれちゃうかもね」

「それじゃ、はぐれないように気をつけるとしますかね」

そう言って、グッと体を抱き寄せられる。いきなりだったので少しバランスを崩してしまったが、しっかりと抱きとめられた。

思いの外力が強くてびっくりした。

細身で華奢だけど、やっぱり男なんだと改めて意識した瞬間、恥ずかしくて仕方なくなった。

顔が熱いのは会場の熱気のせいだと自分に言い聞かせた。