第23話 最強の証拠
「ぶ、部長……」
美咲さんは呆然と白澤くんを見つめ、それに対するように白澤くんは美咲さんに視線をぶつける。
ただ、私も間抜けな顔をして白澤くんを見つめている。
ほ、本当に戻ってきた……。にしても早いけど。
「この教室に、ある……?」
「ええ。美咲の推理は最後の最後で詰めが甘かった。もし推理通りに犯人が彼だとするならば、彼が宝石を今も握っている必要がある。が、残念なことにどれだけ彼を身体検査しても石の欠片すら見つからないよ」
言いながら白澤くんは展示ケースに近づき、手を添えてしゃがみこむ。
ケースを注視すると、その真剣な顔に含み笑いを刻み込む。
「きっと犯人は、このケースに
その言葉の矛先は全て三寧さんに向いているのだろう。ただ展示ケースの隣で美咲さんが俯いて白澤くんの語りを聞いている。
「つまり、その泥棒は盗みを本職としている輩なのでしょう。まぁ、予告状を出した理由はその怪盗セイナンのスタイルなんでしょうね。本当に漫画みたいな犯人です」
怪盗セイナンってのは白澤くんが今テキトーに決めた名前だろう。クスクスと笑ってるし。
しかし……白澤くんがこんな突拍子も無い、非論理的な推理を急にするのだろうか?
「き、君は一体、何を言って……」
「そして先程、実際に犯行を成功させ、しっかり宝石を掌中に収めた。が、そこで気づいたのでしょう。この教室で展示されていた『
※※※
1拍置いて告げられた衝撃の事実は、教室に静寂を生み出した。誰もが驚きのあまり口が上手く動かせないのだろう。
まぁオレとしては目の前の書記さえ黙らせれば十分なのだが。
「薄々感じていましたが、宝石が偽物だとすれば全てが繋がります。そもそも、1000万を超える額で取引される宝石を見ず知らずの高校生に預けることがおかしいでしょ?無理矢理そこを飲み込んだとしても、警備員を2人しか付けないのもどうかしている」
部屋の隅で壁にもたれ掛かって突っ立っているだけの警備員2人は、突然話に引き出されたのにも関わらず、あまり反応を示さない。
宝石が偽物だということにまだ動揺しているということは、この人たちも知らされていなかったのだろう。
「美術館側にどんな闇があるのかは知りませんが……この様子だと、別の場所で展示されている他2つの展示物も偽物でしょうね。まぁ、『夜の赤薔薇』が過去に贋作だと疑われたという話を聞いたので、この可能性を考えただけですけどね」
書記の瞳もかなり揺れ動いている。きっと思考も同じ状態だろうな。
俺のポケットにあるそれを右手で触れるだけで再確認し、取り出すことなくポケットの中で握る。
なるべく普段通りの歩き方に専念し、ゆっくりと警備員2人に近づいていく。
言葉の矢印は書記に向けているが。
「話を戻しましょう。宝石が偽物だと気づいた泥棒は、その場で元に戻すという選択肢を捨てたのでしょう。折角、予告状を出したのに戻してしまうと、その泥棒は何もしていないことになる。そんなことはプライドが許さなかった、とかね?」
勿論全て俺の想像……いや、創造だが、ここまで想定外のことが連続して飛び出した今、最早その幻想すら信じ込ませることは容易だ。
探偵部はそうはいかないが……。
「取り敢えず宝石を台座から盗り、しかし偽物を持って帰るのも嫌なので、この部屋に隠そうとしました。ただし同時に、部屋のどこかに忍ばせたところでみんな部屋を探す未来は目に見えています。そこで泥棒は誰も探さない所に置いていった。例えば……」
そして俺の目の前30センチにいる入り口担当だった警備のおっさんは、俺が何故近づいて来たのか、その理由の考察が頭を駆け巡っているのだろう。
しっかり目を合わせると、迷わず右手を伸ばしておっさんのポケットに手を突っ込む。
一切の抵抗なく立ち尽くす彼をお構いなしに、右手をゆっくり取り出す。
そして俺の右手に握られているのは——鮮緑に輝く『
「なっ、えっ、ええええええ!?」
その宝石が視認できた瞬間、教室の中で誰よりも驚いたのは……
「それ……ほ、宝石……僕が、ええっ!?」
さっきまでの冷静な書記はどこへやら、両手と声を震わせている。
だがこうなることは分かっていた。
何故なら書記の中では今頃この宝石があるべき場所は、ここではなく——
「で、でも……そんなこと可能なの?」
ここで疑問を投げかけて来たのは、意外にも赤崎だった。
「そんなこと、って?」
「えっと、そこに宝石があったってことは、犯人は盗んだ宝石をその警備員さんに気付かれないように忍ばせたってことでしょ?そんなことって……」
このタイミングでこいつは面倒くさい質問をしてくれたな。
心の中で舌打ちをしつつ、的確な疑問であることもまた事実なので、特別反抗することなく答える。
「言っただろう?犯人はプロだ、って。暗闇で宝石を盗んだだけで偽物だと判断できるような輩だ。急な停電で戸惑う人間の隙をついてポケットに物を入れるなんて余裕だと思うが」
俺の無理があり過ぎる理論を聞き、しかし赤崎は合点がいったのか分からないが静かになった。
俺との付き合いが長い美咲や江は余計な言動をしないはずなので、申し訳ないが2人は
この状況で最も厄介なのは、意外にも赤崎なのかもな……。
「これは紛れもなく本当の偽物の『
誰にも異議は認めない、と言わんばかりに俺が真実を告げると、偽物の宝石を書記の足元に投げ捨てる。
「生徒会のあなたも知らないということは……美術館側は全員を騙すつもりなのでしょう。ここは騙されたフリをして、何事も無かったように今日を終えるのが賢明な行動だと思いますよ」
書記は足元の宝石に目もくれず、ただ俺が出口へ向かう背中を見つめるしか出来ないでいる。
俺は出口から廊下へ一歩踏み出すと、教室へ僅かに顔を向ける。
可能な限り『凶悪な』笑みを浮かべて、助言を溢す。
「——あんたら警備員のためにも、そして、生徒会のためにも、ね?」
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