第21話 2人の目的

「必要ないって……どういうこと?」

 疑問の目を向ける赤崎が、俺の言動すべてを理解できていないようだ。

 それは他の人間も同じようで、教室にいる全員が俺の方を見ている。

「ぼ、僕の味方って、あなたは一体……?」

「僕は探偵部部長の白澤 平一といいます。事情の把握は出来ています。ですが、宝石探しはやめた方がいい。そうだろう?警備員さん」

 そう言うと、俺は2人の警備員に視線を送る。

 1人は尻餅をついているが、もう1人は棒立ちになっている。

 彼らは唐突に起きたいくつもの不祥事に、目を回している。おかげでさっきからピクリとも動かない。

 ただ、この空間においてこの2人が一番想定できない、いわば『厄介者』なので、ここでどうにか口封じをしておきたい。

「もしもこの事態が美術館側、つまりあんたらの雇い主にバレたら、お偉いさんの怒りの矛先は学校と警備員2人に向くのは必然だ。違うか?」

 書記の時とは一転、少し強めの口調で事実を突きつける。

 そして案の定、2人の顔が青ざめていく様子が見て取れる。

「となると、今あんたらを救うためには一刻も早く宝石を見つけ出す必要がある。だが……こんなにも堂々と宝石を盗み出した男だ。いとも簡単に見つかるような場所に置いておけるとは思えない」

 俺の言いたいことがまだ読めないのか、2人の虚ろな目に変化はない。

 続きを話そうとした瞬間、美咲が座っている警備員に近づく。

「なるほど、ならば宝石を探すよりもその犯人を暴いて宝石のを聞き出した方が早い、ってことね。流石は探偵部部長。考え方がまるで異質だわ」

 そう言いながら美咲は座っている警備員を引っ張り上げる。

 そういうことだけど……最後の一言って余分じゃないか?

 俺が色々な情報を隠していることへの仕返しだろうか、なんだか嫌味に近い発言のような気がする。

「とりあえず、そういうことなんで。犯人探しは僕たちの十八番おはこですから、黙って見てて下さい」


 すると2人は、何も口にすることなく壁に寄っていった。

 混乱のあまり頭がどうかなってもおかしくはない。まだ動揺が漏れ出しているし。

「タイムリミットは体育館の有志発表が終了する13時半までの約1時間。それまでに犯人を見つけます」




 ※※※




 邪魔者の排除を終え、俺は次の男に標的を変更する。

「では、早速ですが捜査を開始しましょう……勿論、協力してくれますよね?書記さん」

 目を合わせると、書記は口を真一文字に結んでいた。警戒の表れだな。

 しかしそれは続くことなく、すぐに口を開く。

「と、当然です。けど……この状況では、犯人の探しようがありませんよ……」

 確かに、普通に考えたらこの教室には状況証拠すら数えられる程しか存在しない。

 そんなことは百も承知だ。俺に限らず、美咲も江も、赤崎……は知らんが。

「ご安心を。こういう絶望的な情報量から推理をするのが我々の仕事なので」

「し、しかし……」

 まだ懸念事項があるのか、書記は俺への反発をめようとはしない。

 それに呆れたのだろうか、言葉を遮るように美咲が音を立てる。

 皆がそちらを見ると、宝石が入っていたケースを囲っていた柵が横倒しになっていた。

 何もそこまで乱暴にすることは無いのだが……。

「ちょっとこの箱、確認させてもらうわよ」

 それを見て、江と赤崎が美咲のそばへ移動する。

 恐らくこのケースがこの空間で最も信頼できる物的証拠だろう。

 俺も3人の後ろから様子を覗く。

「本当に無機質な箱……側面はただの真っ黒な鉄板ね」

 ケースを横からノックしながら美咲は考察を述べる。恐らく四方の壁全てが同じ結論になるだろう。

 ガラス貼りの展示ケースは、赤崎がガラスだけを持ち上げているがビクともしない。

「これ、どうやって開けるんですか?」

 必死に力を込めている赤崎を尻目に、美咲は近くに来ていた書記へ問いかける。

「遠隔操作ですよ。このリモコンでロックを外します。危ないですので離れて下さい」

 胸ポケットから取り出したリモコンをこちらへ示す。

 咄嗟に離れた赤崎を視認すると、リモコンのボタンを一押しする。

 同時に、ケースから「カチャン」という軽快な音が鳴る。

「ガラスを持ち上げてみてください。一応、落としたくらいじゃ割れない頑丈なガラスですが、危険ですので落とさないようにしてくださいね」

 丁寧な警告をしっかり聞いた赤崎は、こちらも丁寧にガラスを上昇させる。表情からすると少し重たそうだ。

 4人で元々宝石があった場所を見ると、正方形で型取ってある台座の中心で薄い円柱が存在感を示している。

 さっきまでこの円柱の上に宝石があったのだろう。俺はしっかり確認していなかったのだが。

 俺としては、その円柱の下から伸びてきて、且つ台座を二等分するかのような極細の縦線が気になるけどな。

 まるできちんと閉まっていない蓋があるかのような線が……。

 俺の憂慮なんて露知らずか、美咲は入念に台座とガラスを調べ尽くす。が……

「うーん……特に引っかかる点は無い、かな」

 そう呟きながらガラスを元の位置へ戻す。

 果たして美咲が俺と同じ所に気づいていないのか、気づいたものの知らないフリをしているのかは分からない。

 教室を見渡しても、特別な施しは一切見受けられない。強いて言うなら窓側の壁を覆うような暗幕だが、触った感じからしてただの黒い布だろう。

「そういえば、この暗幕を付けた理由って、太陽の光量に問題があったんですよね?」

「はい、専門家の方々から『直射日光を当ててはならん』という指摘を受けたので、救済処置としてこの暗幕を使いました」

「あれ?でも、出入り口のドアにも窓は付いていますよ?廊下側とはいえ、外の光は入ってきませんか?」

 俺が思っていたことを赤崎がザックリと訊いてくれた。

 もちろん返事の内容は予想できているが。

「まぁ、そこの窓から差し込む光量なんて高が知れていますし、その窓まで暗幕を付けてしまうと外から教室の中が見えなくなってしまうので、それは避けたくて」

 俺の予想に沿った返事をしてくれたことにまずは一安心をする。

 あくまでも計画に遵守しているつもりだが、例外的な自体に対処する必要もあるのが辛い所だ。

 そう、さっきからやけに静かになっている江とか。

「どうした。さっきからやけに静かだが」

「あ、いや……どうしても理解できないことが一つだけあって……」

 顎に手を当てている江は、珍しく弱音を吐いた。

 俺に質問するのかと思ったが、顔を書記に向けると、

「あの、宝石が無くなった瞬間のを教えて下さい」

 ……あ、しまった。

 江の純粋な疑問に寄り添う形で、美咲が口を開く。

「そうよ、さっきのケースの様子からすると、ガラスを外して宝石を握りしめて逃走するわけにはいかないわ。だとしたら、盗む瞬間に犯人が何かしらの細工をして、皆の視界から宝石を消すくらいのことをしないと、客もいないこの状況で隙を突いて犯行するなんて不可能よ」

 ……すっかり忘れていた。この2人には停電のことを言っていなかった。

 俺は一応知っているのだが、この2人は明転後に入室したらしいのでそのことを知るよしもない。

 凛として問いかけた江と美咲に、赤崎が説明をし始めた。

「ふぅん、停電ね……でもさっき言ったけど、廊下から少し光が差し込んでいたのでしょう?それで宝石は見えなかったの?」

「もちろん見えなかったよ。光の道筋は僅かに見えたけど、宝石までは来なかったはずだよ」

 犯行時刻は真昼間だった。太陽は日本の真上に来ている時間帯なので、廊下からの太陽光は期待できない。


 ここまでの話からすると……

 この教室には、犯人にとって有利な状況——暗転すると空間はほぼ暗黒に包まれること——と、不利な状況——展示ケースの頑丈さや、客の少ないこと——が両立して存在している。

 逆に言えば、この「不利な状況」をどうにかしない限り、犯人を暴くことが出来ないのだ。

 しかし、同時にこの「不利」を「有利」に成し得ることが出来る人物が1人だけいる。

 可能を不可能にして、自分を犯人から除外したその人物は————




 ※※※




 きっと今頃は部長の推理が脳内を目紛しく飛び交っているのだろう。

 何故か今回は私と江を無視して1人で事件に赴いている部長だが、私としてはそれが気に食わない。

 しかし同時に部長の邪魔はしたくないという気持ちが在ることも事実。

 哀れで醜いこの矛盾した気持ちは、稀に急襲してくるものだ。

 私はこの気持ちが好きではなかったが、今日の一件でその限りではなさそうだ。


『ひょっとして青里さん、白澤くんのことが好きなの?』


 それは、こいねがうことも望むこともなく、故に希望に満ちた問い掛けだった。

 今回の事件なんて今の私にとっては所詮オマケだ。

 今日こそ、部長の狙いを看破してみせる。そして、自分の気持ちに向き合いたい。



『白澤 平一のことが好き』



 それは大きな間違いだ。

 それを自分自身に証明しなくては。




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