第20話 それぞれの焦燥
「ほ、本当に、盗まれた……?」
私は呆然とし、感情を言葉に表すことが唯一出来ることだった。
その声も、静寂が支配しているこの空間では特に大きな存在を放っていた。
隣で私と同様、ただ立ち尽くすしかできないでいる三寧さんが、空のケースへ歩みだした。
「う、うそだ……うそだ!」
「あ、待って……」
美咲さんが制止を呼びかけるが、今は無き『
そしてケースを囲う柵を倒し、開けられない空間を様々な角度から覗き込む。
「無い……無い……無いぃぃぃ!」
つい5分前までカッコよく振舞っていた先輩は、幼児のように叫んでいる。というか最早涙目だ。
するとこんどは暗幕をどけて窓から外を覗いたり、資料らしきファイルが大量に入ってる棚を開けたりと、
「み、皆さんも探してください!」
先輩がみせるあまりの焦りっぷりに全員が動揺している。
と思っていたのは私だけで、落ち着きを保っている人は2人いた。
「すいません。どうしてそんなに焦っているのですか?」
冷静にそう質問したのは、美咲さんの後ろにいた江さんだ。
「確かに、あれだけの価値がある物が無くなって驚く気持ちは分かりますが、何もそこまで……」
「そ、それは、僕が『勇壮な翠玉』の担当だからですよ!」
探す手を止め、三寧さんは江さんに向かって理由を伝え始めた。
「僕は……というか、僕が所属する『生徒会』がこの『生徒会準備室』の担当なんですよ!だからこんな
なるほど、こうなると学校的には生徒会を責めることになるだろう。それを恐れての行動だったのか。
そう言うことなら、と協力しようと一歩踏み込むと、肩を掴まれた。
振り返ると、そこにはスマホを注視した美咲さんがいた。
「ちょっと待って」
私には何が何やらさっぱり分からなかったが、とりあえず私よりも正しい判断が出来るはずの美咲さんに従って足を止める。
3秒ほどして、美咲さんは顔を曇らせ、
「どういうことだ……?」
ギリギリ聞こえる程度の声で悪態に近い言葉を
しかし、すぐにスマホを仕舞うと何事も無い顔で三寧さんに向き直る。
「えっと、三寧さん、でしたっけ?探すのを手伝うのは構いませんが、1つ気になることがあります。その『勇壮な翠玉』の特徴を教えてもらえますか?私、イマイチどんな宝石だったのか覚えていなくて……」
その美咲さんのかしこまった質問に、私はさっきの美咲さんのように顔を曇らせてしまった。
いやいや!絶対忘れてないでしょ!
具体的には説明できないけど、美咲さんすごい記憶力高いし!
美咲さんがわざとらしい問いをすると同時に、隣で江さんがため息を吐いた。
そうだ……まさかこの美咲さんが、無意味な質問をするとは思えない。きっと何か意図があるはず……!
「うーんと……あの宝石の特徴って言ったら、野球ボールくらい大きさで、形はラグビーボールのような楕円形で……色は薄い緑で……それ以外の特徴はもう無い気が……」
私もそんなところでしか印象がない。
特別な装飾も、特殊な構造も無かったはず。
「その宝石、かなり高額なんでしょう?」
「えっと、先日のオークションでアメリカのセレブな女優さんが日本円で1300万円を支払いました。元はアメリカの貴族が代々受け継いでいた宝石だったのですが、とある事情で手放すことになり、その際に購入したとか」
「……そんな宝石を、よくこんな
皮肉にも近い美咲さんの発言に、三寧さんも思わず苦笑いする。
「ホント、『そこらへんの石を削って塗装しただけですよ!』って言われた方がまだ信じられますよ……」
そんな風に冗談を溢している先輩だが、頬を走る冷や汗を隠せていない。
それとも、こんなジョークでも言っていないと頭の中がどうにかなってしまいそうなのか。
いずれにせよ、1000万以上の価値が付いた物が盗まれた事実は揺るがない。私も捜索を手伝わないと……。
そう思い、私は2人に提案をする。
「じゃあそろそろ、私たちも宝石探しの手伝いを……」
ガラガラガラ。
そのやかましい雑音に、私の発言が止まる。
音の正体は、言うまでもなくドアがスライドした時の
入り口から、1人の男が入ってくる。
その入室で、さっきの三寧さんのそれと同様、驚きと困惑が脳内を支配した。
その男は、何人もいるこの教室に対してただ私のことを見つめる。
そして、冷酷な言葉を重量感を添えて発する。
「その必要は無い」
白澤くんは、真顔で私と目を合わせた。
※※※
俺の視線の先には、目を困惑で染めた赤崎が呆然と立っていた。
その隣では
俺は赤崎に向けて制止の声を掛けると、今度は全体に向けて話を始める。
いや——俺の策略の続きを、全てに向けて行う。
「ご安心下さい、私はあなたの味方ですよ。三寧 佑磨さん?」
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