第16話 容疑者の条件
オレは階段を降りると、壁に貼ってある2階の案内に目を通す。
この階の西端に生徒会室があるのを最終確認して歩き出す。
時刻は9時10分。
廊下での来客の密度が高くなってきた。が、それでもまだ少ない方だ。
必要最低限の動きで人混みを避けると、生徒会室の前に辿り着く。
生徒会室もこの文化祭では仕事が無いらしい。いや、正しくはあの宝石の管理が仕事なのだろう。
「分かってるな……」
すると部屋から聞き慣れない声がする。まぁ聞いたことはあるのだが。
音を立てることなく部屋のドアを5ミリほど開け、中を覗くと、
「も、もちろん。でも、本当に大丈夫なのかな……」
部屋の隅にはこの空間にピッタリの3人がいた。
書記の三寧が角にある椅子に座っており、それを囲むように会長の弥七と副会長の広橋が立っていた。
あれじゃただの
「大丈夫よ。あなたの計画は素晴らしいわ。そもそもバレる要素がないもの」
最初の会長の言葉も、今の副会長の言葉も、どちらにも圧力を感じる。
一方、書記の言葉は弱々しく、覇気がまるで見当たらない。
「そう、だけど……」
「とにかく、俺らはお前の言う通りに行動するから、必ず成功させろよ」
そう言うと会長は書記の肩を叩き、会長机に戻った。
生徒会選挙の演説時の口調とは天と地ほどの差がある今の会話。
まるで、書記が会長と副会長の奴隷のようだ。
※※※
「止めて欲しい?」
私はお茶で喉を潤すと、青里さんの説明を受けて言葉を漏らす。
「それが犯人の狙い……というより、あの予告状の意味ってこと?」
「そう。とりあえず今は予告状の差出人を『犯人』ってことにしとくけど……そもそも犯人は何故探偵部に予告状を送ったのか、そこを考えてみて」
『意味』を考えるのではなく『理由』を考えるってこと……?
そもそも犯人像が見えない以上、理由なんてとてもじゃないけど……
「うーん、質問を変えようか。犯人の立場になってみて。もし犯人であるあなたが探偵部に予告状を送ったら、探偵部がどんな行動をするか予想できる?」
「えっと……警察に通報しない前提で、これは一種の挑発行為だから、宝石の護衛に徹するんじゃないか、って思うかな」
「そういうこと。つまり、どんな犯人でも『探偵部に予告状を出したら、宝石の警備に従事される』って分かる。その上で告知したってことは、犯行を阻止してほしいってことでしょ?」
……確かに!
「どうしても宝石を盗まないといけない事情が出てきた。しかし盗みたくない。そこで探偵部に犯行声明を出し、防いでもらうことで盗まない理由を作ってほしい、ってところでしょうね。警察を頼らなかったのは
芯の通った完璧すぎる論理に感心を隠しきれない……!
開いた口が閉じなくなっていると、 それを見た青里さんが苦笑をする。
「納得してくれてるところ悪いんだけど、その推理だと繋がらないところがあるんだよね」
「つ、繋がらないところ?」
「犯人がこの行動をするには、唯一にして最大の条件があるの」
唯一で最大の……条件?
「・・犯人は探偵部の活動実績を知っている必要があるの。あれだけ情報の薄い予告状だけで犯行を予想するには、かなりの推理力が求められる。それが出来る組織だと確信しないと、あんな予告状は出せないでしょ」
言われてみれば、犯人はやけに探偵部を信頼している気がする。
予告状の意図を汲み取ること、そして宝石をしっかり護衛すること、どちらも簡単ではない。
それが可能であると信頼を持つ、つまり探偵部の実力を知るには、探偵部の実績を確認する以外に方法はない。
しかし……
「私が知る限りだと、先生方は探偵部の存在すら知らないみたいだけど?この部活に入る前に聞いたから、2週間くらい前のことだけどね」
「そうです。今年度発足したこの部活ですが、部長の志向でこの部活はなるべく陰を消してきました。だから学校の人間だと誰一人として知らないはずなんですよ」
よく考えたら、あの予告状を探偵部に置いていけるのは、時間帯的にも間違いなく学校側の人間だ。というか部外者だったら今ごろ不法侵入で捕まっているだろう。
あれ?犯人になるには『探偵部の実績を知っている』かつ『学校にいる人間である』の両方に当てはまる必要があるってことじゃ……?
「ここまでの私たちの推理から述べられる結論は、犯人になる条件を満たす人間を探すのは、不可能に近いってこと……確認したわけじゃないけど、恐らく先生たちも探偵部のことを知らないんでしょう?だとしたら生徒はなおさら知らないだろうね」
『学校にいる人間』に当てはまるのは私たちを除いても200人以上いる。その中に、本当に探偵部の実力を知る人はいないのだろうか……。
『仕事柄、探偵部さんの活動は存じています』
「……あ」
答えの発見と共に、口から声が漏れた。
「……あああああ!」
「どうしたの赤崎さん?急に大声を出すと、私たちも恥ずかしいからやめてくれる?」
周りの人たちからの不思議なものを見る目、青里さんと江さんからの醜いものを見る目、その全てが私に突き刺さっている。
でも今はそんなのどうでもいい!
「思い出したんだよ!いたよ!その条件を満たす人!」
「つい数日前に質問されたの!『あんなレベルの高い部活に何故入ろうと思ったのか』って!それってつまり、探偵部の実力を知ってるってことでしょ?」
すると青里さんは眉をひそめて、
「それ、本当?誰に訊かれたの?」
こんな目の前にあった答えをすっかり忘れていたなんて。
「そ、それは……2人ともよく知ってる生徒だよ」
爽やかな声と笑顔が印象深い、秀才の先輩。
「生徒会書記の……三寧 佑磨さん」
そして、この事件における唯一の容疑者。
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