第4話 素人の捜査

 緑橋さんに連れられて、私たちは事件が発生したテーブルの近くに来ていた。

 そこには、人型ひとがたになってる白いテープや数字の書いてある黒い看板みたいなのがあった。

 ドラマで見たことあるやつだ!

 そんなところで興奮している不謹慎な私を他所よそに、緑橋さんは話しかけてきた。

「私は1度ここを離れます。お2人は自由に散策していただいて構いませんが、念のため離れずに行動してください。あと、分かっていると思いますが勝手に物に触れてはいけませんよ?特に赤崎さん」

「ちょ、なんで私に特別警報出したの!?」

 私ってどんな風に見えてるんだろう……。

 緑橋さんは私のツッコミを完璧にスルーして、遠くで歩いてた飯間刑事の方へ行ってしまった。


 ……あれ?ここまで来たのはいいが、ひょっとして私だけじゃ何も分かんない?

 小倉さんと目を合わせ、2人ともフリーズする。

「「しまった」」

 あ、ハモった。




 ※※※




 右も左も分からず来た私たちは、とりあえず目の前の事件発生現場に目を向ける。

 傍には警官さんが2人いるので、接触はもちろん不可能。近づくのもここまでが限界だろう。

 例の3人組がこの隣のテーブルだったので、私はこの席の周りを通っていない。そのため、注文内容やテーブルの様子は全く知らない。

 テーブルには、真ん中にシーザーサラダが置いてある。

 皿のふちに箸が3ぜん置いてあり、テーブルの3ヶ所にサラダが盛り付けられた取り皿があるので、おそらくまだサラダしか届いていない頃に殺害されたのだろう。

 地面には割れて散乱したコップの破片があり、その下には水溜たまりが出来ている。

 あのサラダか水のどっちかに毒・・じゃなくて漂白剤が入っていたんだ……。

 想像しただけで吐き気を催しそうになる。

 もしサラダが原因なら、怖くてしばらくシーザーサラダが食べれなくなってしまう。

 水だったら……まぁ、水分は必要だから、飲めないことは無くても、躊躇ちゅうちょはするだろう。

 現場で目に付いたのはこれくらいで、特別おかしなものは無かった。




 ※※※




 現場を見せてもらった後、することが特に無く戻ろうと自分たちがいたテーブルの方を見たとき、その視界の右端に気になるものが入ってきた。

 そこに焦点を合わせると、何やら不思議な光景が映った。

「あ、さっきの2年生の2人……と、飯間刑事だ。って、隣に緑橋さんもいる」

 その4人と、知らない男性が1つのテーブルに座っていた。

 あの男性は確か、殺された人と一緒に来店した人のはず。

 つまり、あれって……

「あれって、事情聴取ってやつ?」

 私が心の中で言おうとしたことを小倉さんが言った。

 私は軽くうなずきながら答えた。

「私もそう思います……けど、なんで高校生が同席してるんですかね?」

 あのメンバーを見れば、10人中10人が私と同じことを思うだろう。

 明らかに異様いような3人は、当たり前のように座っていた。

 ……ちょっと気になる。

 そう思ったと同時に、私はそのテーブルへ1歩進んでいた。

 しかもその足はなかなか止まらない。

「ちょ、ちょっと真希、勝手に聞いたらマズイんじゃ……」

 焦りを含ませながら小倉さんが追いかけてきた。

 小倉さんが焦っている最大の理由は、私のポジションだろう。

 というのも、ある程度はそのテーブルの話が聞こえる位置にいるのだ。

 席を見ると、レコーダーらしき機械の準備を終えた飯間刑事が、メモ帳を開いていた。まだ始まっていないようだ。

 しばらくして、最初に口を開いたのは飯間刑事だった。

「それでは早速、名前と年齢、そして被害者の小河おがわ ゆうさんとの関係から教えてください」

 刑事さんからの質問に、男性は頭を掻きながら答える。

「いいっすけど、長くならないんですよね?」

「はい。我々も必要最低限の質問しか訊きませんので。なるべくすぐ終わらせます」

 それを聞いて、男性はため息を1つこぼしてからゆっくりと話し始めた。

鹿子かのこ 拓馬たくま、22歳です。小河さんとは会社の上司と部下の関係ですよ」

「会社の上司?お勤めはどちらに?」

「小さなIT企業です。詳しく知りたいなら、これ使ってください」

 そう言って自分の名刺を渡す。

 会社のロゴが裏に見えたが、見覚えのないマークだ。

 一方で刑事さんの質問が続く。

「単刀直入に伺いますが、被害者は誰かから恨みを買っていたりしましたか?」

「……さぁ?俺はあの人と一緒に仕事をしてまだ3ヶ月なんで、人間関係とかはサッパリですよ」

 肩をすくめて答えている。よっぽどこの事情聴取が嫌なのだろう。

「あ、でもうわさで聞いたことがあるのは、お金に関してはルーズみたいですよ。実際、俺のところに週1のペースで借りに来てましたし」

「ちなみに平均してどのくらいの要求を?」

「そーっすね……割と区々まちまちです。千円の時もあれば、1万を超える日もありました。あ、でも最近は特に高額な時が多かった気がします」

 もし性根がそんなかんじだったのなら、鹿子さん以外に借りに行った可能性も大いにある。

 そして、それが動機になることも想像にかたくない。

「あと、このファミレスにはよく来店されますか?」

「ここ2ヶ月くらいは小河さんがよく連れてきてくれるので、週2くらいのペースで来てます」

 週2で来てるんだ!知らなかった!

 てことは、まぁまぁな常連さんだなぁ。何が気に入ったんだろう……。

「あのー……もういいっすか?そろそろ帰りたいんすけど……」

 溜息混じりにボヤき、テーブルに手を付いて立ち上がった瞬間、


「1つよろしいでしょうか?」


 そう言って、同席していた男の子が手を上げた。

 その刺のない柔らかい声に、鹿子さんの動きが止まる。

 が、それもつか、眉間に深いしわを刻み、ビシッと高校生たちに指を指す。

「ちょ、刑事さん!さっきからずっと気になっていたけど、こいつら何なんですか!ずっと我慢していたけど、もう我慢できない!」

 むしろ、ここまで問い詰めず我慢していたのがスゴイけど。

 刑事さんが3人に目配めくばせすると、男の子が話し出した。


「それでは僕の方から説明します。僕たち3人は色沢高校です。部員は3人ですけどね。そして僕が部長の白澤しらざわ 平一へいいちです」


 そう言って一礼する白澤くんは、とても丁寧でやはり優しさにあふれていた。

「そしてこちらは2年生の青里あおさと 美咲みさき、こちらは1年生の緑橋 江です」

 1人ずつ手で示しながら説明する。

 探偵部なんて聞いたことない。そんな部活があったなんて……。

 私の驚きにはもちろん誰も気づかず、飯間刑事が話し始める。

「情け無い話ですが、我々警察は彼ら探偵部に手を借りることが何度かありました。彼らには我々が解決出来なかった事件を解決してもらったり、サポートしてもらったりと、彼らは本当に『探偵』なんですよ」

 ハキハキと説明してもらったが、その内容は理解しがたいものだった。

 警察が協力を求める高校生?なんじゃそりゃ。

 納得できない私は、さっきの緑橋さんの言葉を思い出す。


『警察相手なら多少の融通が利きます』


 その言葉の意味をようやく理解し、納得できた。

 つまり……過去に事件解決を手伝ったことがあり、それが借しになってるってこと?

 国家や一般市民を守るあの警察に?

 そんなことがあっていいのか……。

 頭の中がプチパニックになっていると、鹿子さんの声が聞こえてきた。

「なんかもうわけ分かんねぇけど、訊きたいことがあるならさっさとしてくれよ!こっちは急に起きた殺人の容疑をかけられてイライラしてるんだから!」

 なんか急に口が悪くなった。けど、そうなるのも無理ないだろう。

 一方で白澤くんは特にひるむことなく質問を続ける。

「ええ、すぐ終わらせます。最近よく来店すると言っていましたが、ここで食事する際の小河さんに変わったくせや特別変わった行動など、思い当たるものはありませんか?どんな些細ささいなことでもいいので」

 その質問に一瞬固まった鹿子さんは、すぐに考える仕草しぐさをすると、

「……記憶にねぇな。ドリンクバーで色々混ぜることはないし、左利きだってわけでもないしな。ま、いて言えば、必ずシーザーサラダを頼んでたな。別に俺もサラダは好きだし、事実、味も良かったし……って、こんなんでいいのか?」

 鹿子さんの言葉に白澤くんは微笑んで答える。

勿論もちろんです。ありがとうございます」

 そして鹿子さんは警官さんによって連れられていった。

 私の頭は、殺人事件のことより、今の事情聴取より、別のことが占めていた。


 警察が頼る高校生って、一体どんな人たちなんだろう……?




 ※※※




「それでは、名前と年齢、そして被害者との関係から教えて下さい」

市原いちはら 亮治りょうじとしは25です。小河とは同い年で、つい2ヶ月前に彼の部署に移動させられてからの付き合いです」

 鹿子さんと共に被害者と同席していたもう1人のお客さんの事情聴取が始まった。

「彼の部署に移動、ということは小河さんや鹿子さんと同じ会社に勤めているんですね?」

「ええ、まぁ……」

 やはり警察と話しているからだろう、緊張が顔と声に出ている。

 あ、あと高校生3人もその緊張に影響しているだろう。かわいそうに。

「ちなみに、被害者が誰かから恨みを買っている、なんてことご存知ないですか?」

 飯間刑事は鹿子さんの時と同様、動機から探り出すようだ。

「恨み……色んな人からお金を借りる人だったので、どこかでトラブルが起きていてもおかしくはないかと……」

 あごに手を当ててうつろを見上げているも、何かを思い出したのか急に刑事さんを見ると、

「そういえば、4ヶ月前に彼女さんを強い口調で振ったらしいですよ。何でも、向こうの都合で金を貸さないタイミングがあったらしく、『今まで貸してくれたのに』って逆ギレしたとか。その後その彼女さんとは一切連絡が取れなくなって、今はどこで何してるか知らないらしいです……」

 ……被害者の小河さんって、聞いてる限り結構ひどい人だな。

 とにかく2人の話だと、誰かから恨みを買う材料はあったわけだ。

「ちなみにその彼女さんのお名前はご存知ですか?」

「うーん、会ったこともあるんですけど、覚えてないですね……苗字は何かの食べ物だったはずですけど……」


 その後も色々と質問し、市原さんも丁寧に答えたものの、刑事さんや探偵部の様子からして、特に気になることは無かったらしく……。

「それでは最後の質問ですが、最近この店に来たのはいつ頃か覚えていますか?」

「あ、いえ、このお店には今日初めて来たので……。以前、3,4回程小河に誘われたんですけど、すべて偶然予定があって、断ったんですよ」

 やはり鹿子さん以外も誘っていたらしい。ホントどこが気に入ったのかな?

 刑事さんがお礼を言って市原さんに席へ戻るように促す。

 去りぎわに市原さんは私の方を一瞬見て、眉をひそめてから鹿子さんと同じテーブルに戻った。

 なんで私の方見たんだろう……。

 そんな疑問を胸に、私は小倉さんと共に探偵部の傍を離れた。




 ※※※




 ここまで実際の現場をウロついてみて思ったことは……

「何も分かんない……」

 容疑者は2人しかいないのに、さっきの話だけじゃ予想すらつかない。

 まぁ分かってはいたけど。分かんなくなることは分かっていたけど!けどぉ……。

「小倉さん、犯人分かりました?」

「まさか。私も色々考えたけど全然頭回んないよ」

 まぁ、そりゃそうか。

 ミステリードラマを視聴する感覚で調べてみたけど、結局はプロ任せだということだ。

 2人で苦笑いし合っていると……


「どうでした?本物の現場は」


 可愛らしい声で私たちを止めたのは、微笑ほほえみをたずさえた緑橋さんだった。

「どうだった、って言われても……そりゃ、私たちのような素人しろうとが調べてもさっぱり。ていうか、今は私たちのことより犯人探しなんじゃないの?早く犯人を捕まえないと……」

「もちろんそうですよ。ですから今、部長たちが監視カメラの録画映像を見ているんです。ここ2ヶ月の記録を」

 2ヶ月?というと、被害者がここに通いだしたのが確か2ヶ月前って話してたはず。

 過去に来店した様子から何か分かるのかな?

 私が疑問に思っていると、緑橋さんも不敵な笑みを浮かべ、


「まぁ、その映像を見れば……犯人が分かるでしょうね」


 ……え?

「えええええええええ!?」

 あまりに急な重大発言に、大声で驚いてしまった。慌てて口をふさぐ。

「え?え?もう犯人分かるの?あ、あれだけの情報で?」

「はい。私にすら予想が付いています。美咲さんや部長は特定しているでしょう」

 そう言って左を見た緑橋さんの視線の先には、パソコンを見入っている探偵部の2人がいた。

 店長がマウスで何か操作して、そこに白澤くんが指示をしているようだ。

「恐らく部長たちは、過去に被害者が来店した記録から『水』を飲むタイミングに法則性が無いかを調べているんです」

 水?ってことは……

「もしかして、漂白剤は水に入っていたの?」

「はい。他にも、水中からは水に溶けるタイプのカプセル剤の成分が検出されました。つまり、犯人はカプセルに漂白剤を入れ、それをコップの底に置いた上から水を注いだと思われます」

 自分の手にあやまって漂白剤が付くのを防ぐためのカプセルか。随分と巧妙こうみょうだ、と何故か感心してしまう。

「そこで店員であるお2人に相談がありまして……少し手伝って欲しいんです」

 突然の依頼に私は小倉さんと目を合わせると、すぐに緑橋さんに向き直り、

「私たちに何かできるの?」

 素朴そぼくで当然の質問をストレートに尋ねた。

  それを受けて、緑橋さんは「そうですね」と一言挟み、

「犯人はカプセルを裸で持ってくるとは考えられません。万が一ポケットの中などで潰れて中身が飛び出したら、洒落しゃれになりませんから」

 確かに、漂白剤を触らないための工夫としてカプセルを使っているくらいだから、カプセルが壊れても付着しない工夫もしていそうだ。

「なので、お2人にはこの店に捨ててあるであろう『手のひらサイズの袋』を探して欲しいんです。ご存知の通り、事件発生から関係者は誰も出ていません。なので、犯人はこの店のゴミ箱に捨てていると考えるのが無難ぶなんです」

 そう説明されれば、誰もが納得せざるを得ない。

 小倉さんは「分かったわ」と一言残して小走りしていった。

 私もそれについていこうとして小走りを……

「あ、ちょっと待って?」

 ……しようとして踏みとどまる。

 くるりと体を回転させて緑橋さんの方を向き、

「どうかされました?」

「1つだけいい?私たちにそんな情報漏洩じょうほうろうえいして大丈夫なの?初めて話をしてまだ数時間の関係だよ?」

 緑橋さんは私の言葉になぜかしばらく固まると、笑みをこぼして、

「『漏洩』なんて人聞きの悪いこと言わないで下さい。私は情報を『流して』いるんです」

らす』ではなく『流す』?

 つまり、意味があって教えているってこと?

 いよいよこの子や探偵部の考えが分からなくなり、頭を悩ます。

 私の混乱をほうって緑橋さんは去って行った。

 たった一言、私にギリギリ届く声量で。



「あなたに、ではないですよ」



「へ?」

 振り返ったときには、彼女は背を向けて歩き出していた。

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