その男、天才につき

@gtoryota1

第1話 その男、天才につき

男はその光景を信じることが出来ず、モニターの前でマウスを握りしめたまま、目を見開き、顔面蒼白のまま、人形のように固まっていた。

そしてかすれた声でつぶやいていた。

「そんなはずはない。僕は天才だろう?天才のはずだろ?」

観覧数は増えるにもかかわらず、ポイントは一向に増えない。

意気揚々と投稿した自分の全ての作品に0ptという文字がずらっと並ぶこの滑稽さ。それはまさにピエロだった。

「モニター前の読者は一体全体何をためらっている。」

「僕の作品はこの上なく面白いはずだ。さあ押せ、押すんだ。」

男はまるで念仏を唱えるかのごとくつぶやき続ける。

「押せ、押すんだ・・押せ・・・」


人は、勘違いをする。

まだ、世間を知らない頃、自分は特別な才能を持つ人間だと思い込む。

しかし大抵の場合、社会の荒波に揉まれていくうちにそれが勘違いだったと悟る。そして成長し、大人になっていく。

しかしこの男は違った。

男は社会の荒波に揉まれても尚、大人になることを拒んだ。

「僕は必ず何かの天才だ」

画家、映像作家、ギタリスト、ヴァイオニスト、アスリート、プロボウラー、ミュージシャン、あらゆるものに挑戦してきた。

今男が理解しているのは、上記に述べたものの天才ではないということ。

しかし、必ずや何かの天才であるはずだと根拠は無いが、確信めいたものを握っていた。

そして今、自分は文豪であると見極めた男は、ある小説投稿サイトにて10作品の自慢の書き下ろし短編小説を投稿したところだ。

このサイトでは、自分の小説を何人の人が講読したか分かる観覧数と、良い小説だったと評価した人が1ポイント贈呈してくれるポイント数が表示される。

しかし男の自慢の10作品には、観覧数は増えるがいつまで経ってもポイントが0のままだった。

男は青ざめた顔でブラウザの更新ボタンを五分に1回のテンポでクリックし続けている。

(僕の文章が稚拙だというのか?確かに語彙が少なく文法もなっていないかもしれない。しかしこの度肝を抜くストーリー展開は誰も思い付かないはずだ。

事実、他の作品を読み返してみても自分の小説のほうが圧倒的にストーリーが際立って素晴らしい。何故だ。何故評価されない。分からない。

マスターベーションに過ぎないとでも言うのか?馬鹿な。

僕の作品は作者と読者の両者が共鳴し、感動する、

両者が最高に感じあい、愛撫し、最高の悦びに浸る、唯一無二の極上のセックスのはずだ。それとも何か?まるでストーカーの思い込みの恋愛のように、自分が好きなように相手も好きなはずだと勘違いしているとでも?まさか、そんなはずは。決してマスターベーションなんかではない。

決してストーカーの恋なんかでは……)


その時男は、はっとした。

(もしや天才過ぎて一般人がついていけないのかもしれない。

それは駄目だ。ゴッホの二の舞を踏むことだけは避けたい。

社会に認められたということを、ただ本人だけ知らないなんて。不幸にもほどがある。)

男はただ待つしか無かった。 評価ポイントがつくその時を。

繰り返し繰り返し、更新ボタンを押し続ける。

カチカチとマウスのクリック音だけが、薄暗い電球の切れかかった部屋に虚しく響く。

何度押したことだろうか。果てしないクリックの中、ふと画面を観ると一つの作品に『1pt』とはっきりと表示されているのが見えた。

男は両拳を爪が食い込むほど握りしめ、ガッツポーズをし、天井を見上げて叫んだ。

「僕は天才だ!」

手を震わせ、興奮しながら、血走った目で感想を読む。


「読みやすく、シンプルなストーリーで良かったです。」

読みやすく?語彙が少ないと言うことでは?シンプル?単純ということでは?

男が疑うのも無理もない。

そのポイントを付けてくれた読者は、全ての作者の少なくとも一つの作品には評価ポイントをつけていた。

社交辞令じゃないか。男は落胆した。

切れかけの電球が嘲笑うかのごとくストロボのようにチカチカと、生気の抜けた青白い男の顔を照らし続ける。

男はその後もひたすら更新ボタンをクリックし続ける。

食わず、飲まず、寝ず、腱鞘炎で痛む腕を抑え、何かにと憑りつかれたかのようにクリックを続けていた。

男は待っていた。

更新ボタンを押す度にポイントが加算されていく、そんな夢のような、アドレナリンがふつふつと沸き上がる、甘美な状況を。


ふと目を開けた。男は、いつの間にか机に突っ伏したまま眠ってしまっていたようだ。

頭痛を覚える男は頭を手の平で強く叩きながら、真っ赤に腫れ上がった目でパソコンのモニターを凝視し、更新ボタンをクリックする。

カチリという音とともに、ブラウザの画面が切り替わった瞬間、男はギョッとし、目を疑った。

そこには全ての作品に30pt以上の評価が付けられていたのだ。

男はパニック状態になりながら、奇声を発してモニターに吸い付かれるかのごとく顔を近


パチリと目を開けた。床に大の字になり気絶している男がいた。

2週間飲まず食わず、不眠不休でパソコンの前に座りクリックをし続けた男にとって何処からが夢で、何処からが現実なのかはすでに判別することは出来なかった。

電球は既にこと切れていて、闇と静寂が男だけの世界を包む。

そこに、ぼんやりと光るパソコンのモニター。

闇の中の唯一の光、希望。

男は静かに、ゆっくりと起き上がり、パソコンが置かれている机の前に立ち、ぼうっとモニターを見つめていた。

しばらくし、一言消え入るような声でつぶやいた。

「僕は天才だと、証明された」

男は、揺るがない天才となるために決断した。

それはあの全ての作品に30pt以上の評価が付けられていた光景を信じるということだった。

男はブラウザのブックマークから小説投稿サイトを消去し、静かにパソコンのモニターを閉じ、バイト情報誌を手に取った。


『完』

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