白井家の宿命

 前回までのやっちまったあらすじ


 実家のある駅に月無先輩が来て幸せな時間を過ごす白井。

 しかしながらまさかの身内エンカウントが発生し、妹のじゅん登場。

 成り行きで白井家で夕食会、台所で料理の準備をする純に、どうしてももっと仲良くなりたい月無先輩の魔の手が伸びる。

 「どんなゲームするの?」→「ゼルダ!」

 白井は悟った。


 

「へぇ~純ちゃんゼルダ好きなんだ~」


 撒き餌にまんまと引っ掛かった純に、平静を装いながら月無先輩は話を続けた。


「スイッチのすっごい面白いんですよ!  やること終わらなくって!」

「ね! あれメッチャ自由度高いよね! ゲームの中で過ごすような感覚っていうか」

「え、めぐるさんもやったんですか!?」


 最近ハマったゲームに、客人も理解を示せばそれは嬉しいだろう。

 純も柄にもなくきゃあきゃあとはしゃぐように喜んでいる。

 しかしまぁ……


「純、包丁気を付けて」

「あ、うん。ごめんなさい」


 料理を既に始めていたので危なっかしいから釘刺し、クールダウンもさせておこう。

 上手いこと危機回避に成功した気がする。


「……貴様」

「……あなたの魂胆も見えていますよ」


 月無先輩はただ仲良くなりたいだけなんだろうけど、あわよくばゲーム音楽沼に引きずりこもうとしているのも事実だろう。

 邪魔したいわけじゃないし、別に困ることはないけど、もうちょい小出しにしていく感じで……ってか貴様って。


「あ、お兄ちゃんもやってみたら? 料理まだできないし」


 純がそう提案したので、折角だからと乗ってみることに。

 シチューができるまで、月無先輩とスイッチ版のゼルダ、『ブレスオブザワイルド』に興じることにした。

 

 ゲームを起動すると、月無先輩は純と話もしたいしゲームも一緒にしたい、そんな感じで何やらそわそわ。

 折衷案なのか、自分の隣に来て、ゲーム画面と純を両方視界に入れられるように座った。


「純のデータ使っていいの?」

「あ、いいよ。ストーリー進めないでね」


 とりあえず歩きまわってみるだけ、と純のデータでいざハイラルへ。

 途方に暮れるほど広大なフィールドと美麗なグラフィックが画面内に広がると、ゲーマーだからという以上にテンションが上がる。


「白井君、崖を見つけたら登る。これ基本」

「絶対違うでしょ……。あ、すごい。こんだけ急でも登れるんだ」


 促されるままに断崖絶壁を登りはじめると、主人公のリンクの頭上に何やら緑色のゲージが。


「このゲージ何です?」

「なくなると踏ん張れなくなって滑落死かつらくしする」

「先に言いなさい」

 

 この人、初心者をいきなり殺そうとしたぞ……。


 その後遊ぶこと十数分、月無先輩は、料理中の純と穏やかに喋ったり、自分をキルトラップに誘導しようとしたりと楽しそうにしていた。

 こんなもてなしでいいのだろうかとも思ったけど、変に気を遣われたりするよりはこっちの方が喜んでくれるだろう。



「ふふ、お兄ちゃんも買えばいいのに、スイッチ」

「単純に金がない」


 後はしばし煮込むだけ、と料理を終えた純がそう言いながらこちらに来た。

 

「部活やってるとバイト代ほとんどそっちだもんねー。合宿もあるし」

「へ~……合宿っていつなんですか?」

「九月中旬だね! これが最高に楽しいのよ!」


 再び部活の話の流れになったので、花を咲かす月無先輩と純はそのままにしておいて、自分はもう少しハイラル探索を楽しもうか。

 山岳部ばかり歩きまわっていたので街道を進むと、何やら大きな建物が。


「お、馬宿うまやど? ……お」


 建物に近付いて気付く。

 ゲーム自体BGMの主張がほとんどなかったせいか、


「『エポナの歌』流れるんですねこれ」


 かすかではあるけどしっかりと、『時のオカリナ』で使われていたメロディが聞こえてきた。

 当時の愛馬、エポナの曲を久々に聞けるなんてニクい演出だなぁなんて思っていると……何やら脇腹をつんつんされる……何事。

 月無先輩の方へ振り向くと、


「よくぞ気付いたッ!!」

「いきなりブチあがる」


 ……いきなりのテンションに純がビクッってなってる。

 まぁいきなり脈絡無しに大声出したら何事って思うよね。俺もそうだった。


「いやごめんごめん、馬宿近づいて来たから白井君気付いてくれるかな~って期待しちゃってたから」

「ハハ、覚えやすいメロディですからねぇ」


 そしてポカーンとしている純が目に入る。多分何も事情が飲み込めていない。


「純、この人ゲーム以上にゲーム音楽オタクだから。好き過ぎてちょっと頭おかしい」

「ディスられてるけど全然否定できない……あ、でもそんな感じです。あたし……ッス」


 愛しすぎるほど愛しているゲーム音楽の話題には、舞い上がってしまうという事情を説明すると、純は関心とも呆然とも取れるような目で月無先輩を見て言った。


「そ、そうなんですね。一瞬何事かと思いました」

「うん、お願いだから引かないでね」

「ふふ、引きませんよ! ゲームって良い曲多いですし!」


 純の言葉に、月無先輩はとても満足そうな笑顔を浮かべ、こちらに耳打ちしてきた。


「この子天使なの?」

「……あなたチョロすぎません?」


 しかしまぁ、なんとか暴走は回避できたようで何より。

 最近は発症頻度が減ったし、久々に見たかった気がしなくもないけど、初対面の純にはまだ刺激が強いだろう。

 ……月無先輩も我に返った後に凹んだりしそうだし。


「フフ、純ちゃんもゲーム音楽いいって言ってくれて嬉しいな」


 再び純に向き直って、月無先輩はそう言った。

 ちょっと心配性な月無先輩には、受け入れてくれる言葉は救いのようなものなんだろう。


「ふふ、ずっと聞いてますからね~。普段から聞くとかじゃないですけど。たまにFFの曲、お兄ちゃんがピアノで弾いてましたし」

「耳に残るもんね! 思い出にも残るっていうかさ」


 平和なやりとりで何よりだ。

 純にとっても慣れ親しんだ音楽だろうし、共通の話題に成りえたことはいいことだろう。

 ということでトイレに立った。


 ――


「なんてこったい……」


 油断した。トイレに立ったのは間違いだった。


 トイレから出た瞬間に聞こえてきた。黄色い声というのだろうか、喜びと愛に溢れたその声。

 慌てて居間に戻ると、すでに事件は起きていた。


「お、お兄ちゃん……私……」

「いや、仕方ない。……いいか、お前は悪くない。これは事故だ」


 そこにはニンテンドースイッチのコントローラーを握り、画面を見ながら……めっちゃ楽しそうにわけのわからない言葉を羅列し続ける月無先輩の姿があった。


「めぐるさんに祠探ほこらさがし頼んで、普通にゲームの話してただけだったのに……気がついたら」

「……お前、曲褒めたりしただろ」

「え?」

「迂闊に曲を褒めたりすると、どこかで引かないとこうなる」

「……えぇ?」


 大抵気付いた時にはもう遅いから、もっと初期段階から防がないといけないのだが。


「……私、どうすればいいの?」

「とにかく普通にしていればいい。後は俺がなんとかする」

「で、でも……」

「仕方がなかったんだ!」

「う、うん……私シチュー見てくる!」


 なんとか純を台所に逃がし、あとは事故現場の処理だ。


「どうするか……」


 何だったんだ今のノリとか思いつつ月無先輩に目をやると、


「映画音楽的アプローチだからこそ引きたつライトモティーフの技法!劇としての音楽には欠かせないこの『メロディやフレーズがキャラクターや場面と結びつく』っていう技術こそが独立した時間軸でありながらも同じ世界観を示してシリーズを遊び続ける喜びを与えてくれるの!!昔遊んだ古いタイトルのメロディをさりげなく出してくるとか超ニクいっていうね!!あたしがエポナの歌のメロディに気付いた時の感動っていったらもうそりゃあすご~中略~」


 あぁ……楽しそうで何よりだ。

 確かにシリーズの曲が使われ続けたりするっていうのは醍醐味だ。

 同じメロディが色んな曲に使われてたりするのも、一つの世界観の中で多くの曲があるからこそできることだし、ゲーム音楽の魅力の一つだったりする。

 ガン無視は可哀相なのである程度はちゃんと聞いてあげよう。


 でも言いたいことはわかるっちゃわかるが、やはり状態異常中は知らない言葉を普通に使ってくるから、聞いてるしかないっていう。


 そしてこんだけ喋りながら相変わらずゲームをする手は止まらないっていう。


「この古代ロボ達の曲もまたいい味だしてるのよ!!……ふっ!根源的な恐怖を引き起こすようなでっかいヤツの曲も最高だしこの小っちゃいヤツの……ほっ!可愛らしくも得体の知れない感じを曲が上手く表現してるあたりも……はっ!これがBGMとしての最終進化系かと思わせるような完成度を誇って……いるわ!曲の主張が普段少ないのはガッツリ音楽を楽しみたい人からすれば減点かもだけど、逆に言えばだからこそゲーム内の画面に没入できる……ってね!!」


 なるほど……古代ロボのレーザーはタイミング合わせて盾ではじけるのか。

 喋りながらいとも簡単にやってるけど多分結構ムズいぞこれ。


 ……まぁ月無先輩の洗礼を初対面で浴びるのは、白井家の宿命なんだろう。

 

 とりあえず全く収まりそうにないから、これくらいにして夕飯の準備を手伝おう。


「純、もう用意しちゃおうか」

「え、大丈夫なの? もう出来てるけど」

「うん。やれることはほぼないから」


 若干心配そうな目を送る純をしり目に、ご飯をよそったり食器を並べたりと食事の準備。


「なんかお兄ちゃん慣れてる?」

「ハハ、俺も初対面でこれだったから」

「へ~……ふふ、面白い人だね。なんか可愛い」


 よかった。なんとも思ってないようで何よりだ。


 準備が全て終わり、後はいただきますをするだけなのだが、一向に収まる気配はない。

 八代先輩宅でも似たような状況が起きた時は、八代先輩の激ウマ料理が奇跡を起こしたが、純の料理レベルではそれには及ばない模様。


「……どうすれば止まるの?」

「ん~……あ」


 閃いたには閃いたが……割と恥ずかしい。


「純、お前次第だがなんとかなるかもしれん」

「え、私? ……何?」


 微妙に言いだしづらいというか、色々巻き込む様な気もするが……


「早く教えてよ。シチュー冷めちゃう」

「あ、はい」


 打開策を伝えると、「えぇ!?」とナイスリアクションを見せ、少し恥ずかしそうにしながらも実行してくれた。


「ご飯冷めちゃいますよ~……めぐるお姉ちゃん」


 さて、どうなるか……止まった。


「すごいなお前、本当に止まるとは」

「言わせたのお兄ちゃんじゃん!」


 月無先輩を見ると、


「ほんとごめんなさい」


 ガッツリ頭を下げた。


「ふふ、大丈夫ですよ。全然気にしないでください!」

「いえ、マジふがいないっす」


 ……でも間違いない。下向いて誤魔化してるだけだこれ。

 お姉ちゃんって言われて嬉しいんだ。めっちゃニヤけてる。

 

 顔が戻らず中々頭を上げない月無先輩だったけど、なんとか宥めて夕食会に。

 もうゲーム音楽に関してはバレたこともあって、これまでの顛末や月無先輩の夢の話もして、尽きない話題に笑顔が絶えない穏やかな時間が流れていった。


 自分と月無先輩の関係もとっくに察せられているだろうけど、純が特にそこに突っ込むこともなかったのは、純も月無先輩と同様に嬉しかったからなんだろう。

 もう俺いらないんじゃねってくらい仲の良い姉妹のようだった。


 ――


 月無先輩を見送りに、街灯の少ない道を歩く中、月無先輩も純も本当に楽しそうに笑い合っていた。

 自分の前でゆっくりと歩く二人の姿は、駅に着いてしまうのが名残惜しいようにも見えた。


「また来てくださいね!」

「フフ、うん、絶対来るよ。純ちゃんも今度こっちに遊びにおいで?」


 二人は駅に着くとそんな言葉を交わした。

 状態異常あんなこともあったけど、すっかり仲良くなって二人の世界に入っている。


「ピアノも是非聴かせて下さい!」

「うん! 今日は時間なかったからね、何でもリクエスト聞いちゃうよ!」


 兄だからという名目で自分もご相伴に預かろう。

 ファン一号として色々聴きたい。

 

「じゅ、純ちゃん、最後にもう一回だけ……」

「……?」

「もう一回だけ言ってください! 後生だから!!」


 ……後生なんだ。


「ふふ、また来てね。めぐるお姉ちゃん」

「ッ……! ……ごちそうさまです」


 ……満足した模様。

 去り際は未練たらたらか、改札を過ぎても振り向いたり手を振ったりして、階段の前でもう一度こっちに手を振って駅のホームへ登って行った。


 姿が見えなくなって、純が口を開いた。


「……あの人可愛すぎない?」

「な」


 月無先輩へ抱くものは大体共感できたようだ。


「別れたりしたら本気で許さないから」

「……まだ付き合ってもないんだが」

「めぐるさんの妹になるから」

「……さいですか」


 随分気に入られたものだ。

 すると、純が「あ」と声を出して、指差した方向には。


「あはは、あんなに無邪気な人初めて見た」

「ハハ、ピュアすぎるから、あの人」


 こちらに向かってホームからブンブン手を振る月無先輩の姿があった。

 電車はすぐに来たけど、月無先輩が背中を向けるまで純も手を振っていた。


 夏の終わりのとある一日。

 毎日が最高の思い出になるのは月無先輩のおかげだけど、今日はきっと月無先輩にとっても最高の一日だったに違いない。

 奇しくも自分と似たような初対面になってしまった純にしても、多分同じ。

 そんな風に思える一日だった。





 隠しトラック

 ――白井兄妹  ~白井家にて~


「めぐるさんって、いっつもあんな感じなの?」

「普段はちょい大人だけど……まぁ楽しい時は大体あんな感じかな」

「……何か純粋の極みみたいな人だね」

「ハハ、でも普通の時はかなりしっかりしてる人だから」

「そうなんだ。……全然想像つかないけど」

「まぁ今日の様子からじゃなぁ」

「もしかしてお兄ちゃんってめっちゃ好かれてる?」

「……答えづらいにも程がある」

「ふふ、隠さなくてもわかるけどね」


「しかし純も珍しくはしゃいでたな」

「え、そう?」

「だってお前普段割と大人しいじゃん」

「ん~……何か釣られちゃって」

「わからなくもない」

「でもお兄ちゃんも前より陰キャっぽくなくなった」

「まぁ陽キャでもないが」

「正直この陰キャに彼女は出来るのかとか思ってた」

「余計なお世話すぎる」


「ねぇ……ウェイ系って実在するの?」

「……うちの部活にはいないが」

「……都市伝説?」

「いるところにはいるだろ。バイト先にはいるし」

「いるんだ」

「うん。ウェイさんってあだ名だし」

「ウェイさん」

「俺も大学入ったら多少のウェイも止むなしくらいに思ってた」

「止むなし」

「そしたら今日みたいなことがあって、軽音学部入ってた」

「……ぜんっぜんわからない」

「俺もわかんねぇ」

「……大学ってすごいね」

「……だなぁ」

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