手にした高揚 前編
いよいよライブ本番。
あと数分もしないうちにそれは始まる。
ライブハウスに部員が揃い、ステージ上で部長が全員を喚起した。
「さぁ、今年度初ライブ! ライブが初めての一年も楽しんで、盛り上げて、最高のライブにしようぜみんな!」
それに当てられて声が上がると、本当に始まるんだという実感が湧いた。
緊張している人もいれば、すでに馬鹿騒ぎを始めている人も、落ち着いた様子の人もいれば、楽しそうにはしゃぐ人も。
自分もその中の一員として、人生初ライブに言いようもない期待を感じていた。
セッティングが終わり、幕が上がる。
トップバッターは林田達一年生バンド。
ともすれば相手にされないバンドかもしれないが、そんなこともなく先輩方も盛り上がっていた。
……演奏が始まった。
スピーカーから出される楽器の音、そして聞こえるボーカルの声。
音がぶつかってくるような感覚に、上手い下手とかそういう物差しが下らないもののように高揚する。
CDで聴く音楽とまるで違うと実感すると、自然と体は動いた。
そこまで広くもないライブハウス。人と人の距離も近い。
だからこそ感じる一体感は言葉にできない体験だ。
そして後ろからぐいぐい押される。
ぐいぐい……いや思い切り前に押し出されている。
「おら白井前行くぞ前!! 同じ一年なんだからお前が盛り上げねぇでどうする!」
自分を押していたのは部長、ヒビキさんだ。ってか力すごっ。
力士かと思う馬力で抵抗することすらできず最前列に押し出される。
「オラオラのってけお前ら! 首折れるまでヘドバンしろ!」
はは、死ぬって。
しかし最前列、間近で見るとまた景色が違った。
はっきり言って、スピーカーからの音なんか聞こえない。
音楽を鑑賞する、それとはまるで違くともとにかく楽しい。
そして間近で見るとわかる。
一年生だし、多分みんな上手いとかのレベルじゃない。
それでもステージ上で堂々と演奏する姿はとにかくカッコよかった。
一曲目が終わると大歓声があがった。
一つ目からこうやって出迎えてくれる、本当に最高の部だ。
いきなりバンドの魅力を見せつけられた思いだ。
「え~、一年バンドです」
お、マイクパフォーマンス?
ボーカルの椎名が曲のつなぎにMC(この場合は曲間のトークのこと)を挟む。
「前座みたいな俺たちのバンドでも盛り上がってくれてありがとうございます!」
おぉ謙虚……しかしこれ盛り下がらないか。
「先輩たちには感謝しかないですけど、これだけは……これッッッだけは言わせてください!」
お、宣戦布告?
すげぇ度胸だ。
「白井! テメェだけは許さねぇ! お前は……俺たちが裁く!」
……は? 俺に? 意味分かんねぇ……。
でもなんかめっちゃ盛り上がってるし。何でもいいのかみんな。
いやメンバー四人全員で首かっ切るジェスチャーされても。
そしてそれを合図に二曲目が始まった。
最前列で思いっきり喧嘩を売られ微妙な気分になる自分を尻目に演奏は続く。
……ちくしょうこいつら、少しでもカッコいいと思ったのが間違いだった。
その後MCは挟まず、一年バンドの出番は終了した。
楽器の音が止み、バンドメンバーがはけると、回りの人から色々と声がかかった。
「MCで喧嘩売られる奴なんて珍しいじゃねぇか。よっぽど恨み買ってんなお前!」
「いや逆恨みもいいとこですよヒビキさん……。アイツら普通に笑い取れないからって俺をダシに使うとか」
冗談だとはわかっていても、ライブで個人攻撃とかアリなのか?
「まぁそれだけ愛されてるってことよ。ライブならなんでもアリだ! 許してやれ」
「はぁ……。盛り上がってたのでいいですけどね」
それだけが救いだ。
部会の時に出来た流れがなかったら意味不明だったぞ。
首切りパフォーマンスから曲入るのは演出としてはちょっとカッコよかったけど。
§
いろんなバンドに圧倒されたり、バンド転換の間に雑談したり、話したことのなかった先輩とも話せたり、部全体のイベントというものは本当に楽しい。
一年同士で、あの先輩超上手いだとか、カッコいいだとか。
先輩方が演奏の終わった一年に色々言ってくれたりだとか。
部活らしいやりとりがあちこちに見え、身を置く環境への喜びを感じさせた。
そしてこれまでの部活生活で感じた魅力、それ以上のものが確かにある。
今演奏しているバンド、その次は自分だ。
ライブの全部は見れないのは少し名残惜しいが、準備のために控え室に向かう。
「あ、白井君! いよいよ次ですよ! 楽しみですね!」
入るなり夏井が話しかけてきた。
確かに楽しみだが……。
「なんでリコーダー持ってるの?」
夏井も春原先輩も何故かリコーダーを吹いている。
しかも春原先輩は八代先輩の膝の上で。……可愛い。
「運指の確認です! スー先輩が私の分も持ってきてくれてて!」
なるほど、そういうことか。
しかしこの二人、ぶっちゃけサックスよりこっちの方が……。
「白井君、今こっちの方が似合うとか思わなかった?」
……見抜かれた。
春原先輩も結構勘が鋭い。
「アハハ、いーじゃん可愛くて」
はぁ……本番前だというのに緊張感がないというか。
でもそのおかげでリラックスできて助かったのも事実だ。
ギター、ベース、ボーカルの清水寺トリオも、儀式だろうか、顔を合わせて何かやっている。
「お、そろそろだね。準備始めようか」
前のバンドも最後の曲、ケースから鍵盤を取り出して自分も準備を始めた。
「リハ通りにできれば大丈夫。緊張しないでね」
春原先輩に最後に声をかけてもらい、入れ替わりでステージに向かった。
ステージに出ると、目の前の光景に圧倒された。
見渡す限り人、人、人。
部員全員が集まる中でステージに上がり、注目を集めるとすぐに緊張が走る。
鍵盤をスタンドに乗せて準備するだけなのに、いきなりプレッシャーを感じる。
「白井君!」
声がかかった。
ステージ
喧騒の中、笑顔で手を振ってくれる。
それを見ると、少しだけ緊張が和らいだ。
それ以上の言葉はなかったが、きっと師匠が見ているぞとでも思ってくれている。
これ以上なく嬉しかったが、手を振り返すのが少し気恥ずかしく、会釈を返して舞台袖に下がった。
「よし、セッティング問題ないね。じゃぁ行くよ!」
バンド転換中に流されるBGMが消え、遂に本番。
再びステージ上に戻ると、部員全員の歓声で迎えられた。
人生初の大舞台のようにも感じられ、後戻りできないような感覚が生まれた。
そして……一部からめっちゃ罵声聞こえてくる。
ネタなのはわかるが結構ヒドい。
ステージ上のメンバー全員、目を合わせて合図をし、八代先輩のカウントから曲が始まる。
ここからだ。
ここから本当の軽音生活が始まる、そんな気がした。
一斉に楽器の音が鳴り響いた。
激しい曲ではないが、音とともに聴衆に一体感が生まれるのがすぐにわかった。
一番初めに練習し始めた曲、初めて月無先輩に教えてもらって多くを学んだ曲。
出だしをミスることはなかったし、余裕もある。
そして目に入った部員達のライブを楽しむ姿。
それぞれの注目を今、自分のバンドが集めているということに感動すら覚える。
特に熱中することもなくただ漫然と過ごした今まで、その中では絶対に感じることのできなかったもの。
ただの一曲、あと三曲も演奏するというのに、そうして手にしたものがどれほどの価値かすぐにわかった。
あっという間だった。
あっけないとも思える程に、一曲目はすぐに終わった。
自分はちゃんと演奏できていただろうか。
音は外してないか、リズムは乱れなかったか、そんなことを反省する隙は与えられることもなく、歓声が飛びかった。
「うめぇじゃねぇかラブコメ野郎!」
部長の声だ。
自分に向けられた声はそれだけではない。
罵声のようなものから、褒めるようなものまで、聞こえる内容は様々だった。
ライブの熱気と喧騒の中で聞き取れた言葉は多くはなかったけど、それでもただそれが嬉しかった。
「白井君!」
名を呼ばれたその先。ハッキリと聞こえたそこに誰がいるかはわかっていた。
予定ではMCは挟まず、次の曲は間髪入れずに始まる。
それでもそちらを見ずにはいられなかった。
「よくやった!」
多分そう言ってくれた。
こちらにVサインを送っていた。
まだ一曲目だというのに、これ以上なく報われたような感覚。
この時のために軽音学部に入ったとさえ思えるほど、この目に映ったその人の笑顔は輝いていた。
演奏中、いろんな人と目が合った。
一年の奴ら以外にも、秋風先輩や氷上先輩、冬川先輩に巴先輩。
バンドメンバーと目で合図するときもそう。
どの人も本当に楽しそうで、そしてどれだけ真剣か、それがよくわかった。
今まで何度もそう思うことはあったが、改めてこの部の一員であると、ステージ上から見る景色に言葉なく教えてもらえた。
こんなに楽しいことがあっていいのか、そう思ってしまうほどの体験だった。
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