ロマンス諸曲 前編

 

六月中旬 大学構内 とある教室


 つまらない講義というものは本当につまらない、そんな憂鬱な午後。

 楽と聞いて受講している今の講義がまさにそれ。真面目に受けている人間は少なく、皆それぞれの過ごし方をしている。


 携帯をずっといじっている人、本を読んでいる人、寝ている人、喋っている人。

 ゲームをしている人。

 ……ゲームをしている人。

 そういう人もいるか。別に不思議なことではない。

 褒められはしないが時間の使い方としては有意義だろう。


 でも教授が隙だらけだからって机の上で堂々とするのはやめてください月無先輩。


 最後列に居座っていて周辺には誰も座っていない。

 いくら美人とはいえ講義中に、ゲームを堂々とやっている人の横に座りたがる人もそういまい。ぶっちゃけ「何だコイツ」って距離取るわ。


 こっそりと席を移動し、小声で話かけた。


「先輩!」


 うわ……イヤホンまでしてるよこの人。

 視線を送り続けること数秒、やっとこちらに気付いた。


「あ、白井君だ」

「白井君だ、って……。よくそんな堂々とゲームしてられますね」


 教授は下を向いてひたすらレジュメを読み上げているので、話していてもバレることはないが、一応声は潜めつつ話をした。


「めぐる先輩もこの講義とってたんですね。初回から出てますけど初めて見ました」

「あ……。フフッ! そろそろレポート内容発表だと思ってさ。いつもは出席票出すだけだけど」


 案の定出席票だけ出して退出していたようだ。

 これでいいのかとも思うが、文系大学生は割とこんなもんであることも既に知っていた。


「スーちゃんが去年取ってて、楽だって聞いたからさ」

「そういえばスー先輩も同じ学部でしたっけ」

「そうだよ! 学科違うけどね」


 部内には同学部の人も多いが、講義も授業もあまり被っていない。

 林田等は一緒に受けているものもあるが……まぁあいつは遅刻したり自主休講したりで中々会わない。

 なので教室で部員に会うことは割と新鮮な出来事だ。特にこの人に関しては部室とスタジオ以外で会うことがまずない。


「でも白井君も受けてるとはね! もしかしてこんなのも真面目に受けてるの?」

「こんなのって……」


 ……さすがに失礼だろう。

 内容には興味があるので毎週出ているし、教授の話のつまらなさが台無しにしているだけであって題材に罪はない。


「ふ~ん。でも白井君も受けてるならあたしもちゃんと出よっかな」


 やはりこういうことを平気で言うあたり、何とも思われていなさそうだ。

 少しばかりの残念さと気恥ずかしさがあったので、話題を代えた。


「今何のゲームしてたんですか?」


 こういう時はいつもゲームをしているのが助け舟になってくれるので都合がいい。


「スパロボだよ! 最近外スタ入ること多くて移動時間長いからさ」


 ライブも間近にせまり、外部の音楽スタジオを利用することが増えたらしい。

 代表バンドは部内ライブの数日後に他大学との大規模な合同ライブを行う。それに対しての意気込みを考えればそれも当然か。

 電車などの移動時間が増え、その間の時間つぶしに始めたら止まらなくなってしまったとのこと。


「スパロボまでやるんですね……。そこまでロボット好きとは」

「え? だってカッコいいじゃん。曲も最高だし」

「曲も最高だしっていつも言ってる気が」


 別にもう何をやっていようと驚かないし、ロボ好きなのは前から知っていたが、女子でスパロボ、しかもDSでやっている以上結構昔のものだ。

 選択のマニアックさからして全国的に見てもこの人くらいだろう。


「そうかなぁ。あたし曲の気に入ってないゲームやらないけどな。大学入ってからやる時間も減っちゃったしなぁ」

「え、意外」


 なんでも曲が気に入らなかったものは一周で止めてしまうそうで、気に入ったものを何周もして遊ぶのが好きとのこと。

 ゲーム音楽らしい音源が好きだと言っていたし、古いゲームばかりやってるのもそうした理由なのかもしれない。

 ……それにしても減ってあれかよ。


「白井君はスパロボやらない人?」

「OGは勧められてやったことありますよ、プレ2の。あとAだっけな、PSPの」

「お、やるんだ! よかった! オリジェネね!」

「でもロボットアニメ詳しくないので普通のはあんまですね」


 ちなみにOGはオリジナルジェネレーション、スパロボ各作の主人公が集結する作品で、バンプレストオリジナルのキャラしか出てこない。

 自分がやったのはそればかりで、いわゆる版権スパロボは齧る程度だ。

 システム的な面白さは割と気に入っていたが、新作が出るたび買うだとかそういうものではなく、どれも高校の時に借りてやったものだ。

 

「まぁそうだよね~。あたしもアニメは基本見ないし」

「多分普通アニメ未視聴とか気にしないんでしょうけどね」

「知ってたらより楽しめるっていうくらいなんじゃない? あたしも今やってるので原作見たことあるの二つしかないし」


 普通のゲームとのファン層の違いはこういう部分にもあるだろう。

 知らない作品が多いと十全に楽しめないかもしれないし、逆にいえば自分の好きなものが参戦していればそれだけでプレイする理由になる。


「先輩がやってるのはいつのです?」

「Jだよ。アドバンス版スパロボの四作目! あたしも携帯ゲーム版のばっかりで据え置きのはそんなにやってないんだけどね。白井君Aやってるならいくらか知ってるの出てるハズだよ」


 折角なのでとどんなロボットが参戦しているのか少し見せてもらった。

 先輩によるとゲームボーイアドバンス版のスパロボは四作とも名作で、何より主人公機の曲が最高とのことだ。


「なにこの機体……。戦艦よりHPある」

「グレートゼオライマー? 隠し機体だよ! 多分スパロボ史上最強の公式チート」

「そんなのいていいんですか……」

「最終面ですらこれ一機でほぼどうにかなる」

「マジか」


 先輩は楽しそうにそれらについて語った。

 先輩の大好きなGガンダムシリーズが何故かやたら強いことや、自分もたまたま知っていたフルメタルパニックが参戦していること、ロボットですらない謎の小人が出てることなど、この作品が大のお気に入りなようだ。


「でも一つだけ不満があるとすれば……東方不敗が仲間にならないことかな……」


 好きそう……。


「Aだと隠し機体でしたよね」

「うん、Jだとちゃんと死ぬ」

「ちゃんと死ぬんだ……」


 大体原作通りのものと、原作通りでないファンサービス展開があったりする。

 Gガンダム大好きな先輩としては東方不敗が仲間にならないにしても、原作通りの激アツ感動ストーリーがあるので複雑なようだ。


「そんなにGガン好きなんですか」

「うん、お兄ちゃんがDVD借りてきて一緒に見てた。他のロボットアニメはあんまり見たことないけど」

「ボルトガンダムとか好きそう」

「うん、好き。でも全部好き」


 月無先輩は何故か力強く頷いた。

 ゴテゴテしてる感じがとてもお気に召すようだ。


「あとね~、なんと言ってもJのいいところは曲選べるところね!」


 スパロボは戦闘シーンで機体毎にそのテーマ曲に切り替わる。

 この作品以降のスパロボはそれを自分の好きなように設定できるらしい。

 極端な話、全ての機体の戦闘曲をGガンダムの曲に換えたりと。


「これは最高のファンサービスだよ~。サウンドテストモードみたいにも出来ちゃうってのがまた最高なの! 携帯ゲーム機版はサントラ発売してないし」


 ……先輩らしい遊び方だ。

 しかしお気に入りの曲を好きな機体に設定できるのは嬉しい機能かもしれない。

 先輩にとってサウンドトラックの役割も果たしているのか、繰り返し遊ぶ理由はそういうこともあるのだろう。


「出演作品の曲が好きなら主題歌CD借りるとかすればいいのに」

「それもするけど、あたしはGBA音源で聴きたいのも結構あるから。それにオリジナルキャラの曲はここでしか聴けないのも多いし!」


 なるほど、ゲーム音楽らしい音源版は先輩にとっては鑑賞用のアレンジ版と。


 その後チャイムが鳴るまでGBA音源の素晴らしさについて語られた。

 こっちの方が面白いが、講義中に違う講義を聞くというのも不思議な体験だ。


「白井君このあとどうするの?」

「バンド練習あるのでそれまで時間潰そうかなーと」


 それならちょうどいいとやはり部室に連行される。

 とはいえ元からそのつもりだったので、むしろ月無先輩と偶然会ったのは嬉しい誤算だったかもしれない。


 ……どちらにせよ部室に行けば会ったような気もするが。

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