いい一日はいいゲーム音楽から 前編
五月中旬 大学構内 大講堂地下 軽音楽部スタジオ
「え、休講……。どうしようかな……スタジオ行くか」
一限が休講になり、出鼻を挫かれたような気になる。
まぁいい、明日は初のバンド練習だし、今日は練習する予定だったし午前中はそれに打ち込もう。
こんな時間からスタジオに来る人はまずいないだろうし、練習中の
スタジオは鍵を借りて利用するシステムなので、管理人室に鍵を借りに行った。
「ん? 軽音……」
活動中なのを管理人が把握するため、貸出表への記入が義務付けられている。
そこにはすでに軽音楽部と記入してあった。
返却時間が書いていないので、今スタジオには誰かがいるということだ。
スタジオを一人占めできると思ったところに水を差されたような気持ちか、あるいは広いスタジオで一人という寂しさが解消されたような思いか。
問題視するほどでもない些細な葛藤を感じつつスタジオに向かった。
「廊下は……誰もいないな」
ということはスタジオ内で誰かが練習中。
一年生ならいいが知らない先輩だったら微妙にきまずい。
扉についている覗き窓からスタジオ内を見ると……、月無先輩がいた。
そんな偶然にテンションが上がったが、扉は開けずにここは自制。
月無先輩はどんな練習の仕方をするのだろうか、気になったので折角だから気付かれるまで覗かせてもらうことにした。
曲を聴き、鍵盤でさっと弾き、譜面立てに向かって何かを書きとめる。
聴く、弾く、書くの繰り返しを続けた後、月無先輩はヘッドホンを外した。
「なるほど、こうやって音取り(耳コピ作業)をしてるのか……」
そして次にスタジオのスピーカーから曲を流し、それに合わせて弾いた。
防音扉越しではあるが、漏れ出る音を聴く限りでは完璧に聞こえる。
まさかと思ったがほんの15分程度で一曲の音取りが終わったようで、流れる音源と寸分の狂いもなく、月無先輩は曲を完奏した。
ふーっと脱力したところをみるに、本当に終わったのだろう。
……俺の知ってる音取りとは全然違う。
すると今度は気分転換だろうか、なんだかエゲつない曲を弾き始めた。
まぁどう考えてもゲーム音楽、ものすごくカッコいいがやたら難しい曲だ。
ひとしきり弾き終わって満足したのか、月無先輩は伸びをした。
集中が鍵盤から離れ、スタジオの窓に映った扉が目に入ったところで……。
「あ、気付いた」
それなりに距離があって誰だか判別できないのか、顔をしかめて目を凝らす。
こちらが誰かわかるとすぐに笑顔になり扉に向かってきた。めちゃくちゃ可愛い。
「おはよー白井君。どうしたのこんな朝早くに。練習?」
「おはようございます。一限休講になったので練習しようかなって」
「お、ならちょうどよかったね。あたしも音取り終わったし経過を見てやろう!」
「助かります。なんか申し訳ない……」
「いーのいーの! 弟子の面倒を見るのも師匠の役目なんだから!」
一人で没頭できると期待していたものの、月無先輩がいるとなれば話は別。
自分にとってはこれ以上ない僥倖だ。
「ちょっと弾いてみてよ! もう一台出すのも手間だしクロノス弾いていいよ」
……先輩の愛機を弾くなんて恐れ多い。
でもお高い鍵盤を弾ける中々ない機会か、折角だし借りてみよう。
「じゃぁちょっと借りますね」
四苦八苦して書いたコード譜を立て、バンドで演奏する曲を一通り弾いた。
多少詰まるところもあったが、酷い間違いはしなかった気がする。
先輩の目から見たらどうだろうか。
「……すごいじゃん白井君。コード弾き結構ちゃんと出来てるし」
先輩は素直に褒めてくれた。
どこから取り出したかカロリーメ○トを食べながら。
……そういえば部室でもいつも食べてんな。
「こんなもんでいいんですかね。完全には音取りきれてないんですけど」
出来ているような……出来ていないような……主観と客観の差が未だわからない。
褒められても安心しきれないのが小心者の悪いところだ。
すると月無先輩が言葉を返そうと……。
「ブフッ……。ご、ごめ……ちょっと……」
カロリー○イトが咽に詰まったようだ。
慌てて飲み物を飲み、仕切りなおす。
「ふー。そんな感じで大丈夫! というか十分すぎる! もちろん実際に合わせたら沢山問題は出てくるけど、初合わせ前にそれだけ自分で弾けてれば、練習中にほとんど修正出来るから」
おぉ、よかった。予想以上に高評価なようだ。
現状でこれだけできれば、そう言ってくれているかぎりお世辞ではないのだろう。
「あ、でも何箇所かコード取り違えてるよ。えっとね、Bメロの~……。書いた方が早いか。書きこんじゃっていい?」
「あ、大丈夫です。お願いします」
そう言いながらこちらにずいっと身を乗り出し、譜面を添削する。
って、近いって、近い!
先輩はこちらの様子に気付かず、一通り修正を入れていった。
しかし本当に距離が近く、気が気でない。
「うん、後は今直したところをまた練習しなおせば大丈夫かな。……どうしたの半身ずらしして。あ! カロ○ーメイト吹いたからって酷いなもう!」
「い、いえ、そうじゃないんですそうじゃ」
「むー……」
ぷりぷりする先輩に実際の理由を言えるわけもなく、慌ててフォローを入れつつなんとかごまかす。
怒っていないが、
なんとか逸らそう……そうだ。
「さっき弾いてたのもやっぱりゲーム音楽ですか?」
「そうだよー。イースってゲームの曲、やったことない?」
タイトルは有名だが、プレイしたことはない。
どちらかと言えば通向けのRPGって印象だ。
「曲カッコいいぞー。さっきのはまだ練習中だけど」
確かに非常にカッコよかった。
あれくらい弾ければもっと楽しいだろう。
「そうだ! 白井君もう結構基礎コードはわかってきたでしょ?」
「え、まぁそれなりに……」
先日もらった『209番道路』の譜面やコード解説表のおかげで大分わかるようになった。
音取りに関してはまだ添削が必要だったりするが、弾くことに関してはコードが譜面にふってあればある程度は対応できる……と思う。
「さっきの曲、すっごい勉強になるよ ちょっと応用編!」
「え、でもめっちゃ難しそうでしたよ」
参考に出来る部分なんてあるのか。
あまり複雑だと全然理解できなそうだし、そんな印象だった。
「難しいのBPM(テンポのこと)が二倍になるところだけだから! 最初は聴こえほど難しくないよ、ちょっと待ってね」
鞄をごそごそとあさり、例のノートを取り出す。
……で、でた~。
「でん。めぐるノート⑦~。ちなみに7冊目はイース含めファルコムづくしとなっております! ファルコムサウンドにハマった時期があってさ~」
「でんって」
ファルコム製の他の作品はそこそこやったことがあるし、いい曲ぞろいだった記憶がある。
特に軌跡シリーズなんかは好きだけど、今はさっきの曲が気になる。
「さっきのはね~……。これこれ。じゃ~ん。スカーレットテンペスト!」
先輩が譜面台に置いたそのページには『SCARLET TEMPEST』と、多分可能な限りカッコよく書いたと思われるタイトルが。
「なんかめっちゃド中二ですね」
「ま、まぁそれはおいといて……」
譜面を見る限り、すごく複雑なコード進行をしているように見える。
見たことのない表記もあるし、臨時の♭もやたら多い。
「なんですか、このスラッシュ入った奴」
「あぁそれね。正にそれ見て欲しかったんだけど、オンコードって言って、ベース、まぁルートね、それに対しての和音が独立してるってものなの」
説明されてもいまいちピンと来ない。
聴こえの印象が頭にないとコードの話はどうしてもまだ理解しづらい。
基本的にはルートから和音が決まって、その作り方くらいは理解しているが。
ルートがズレればその分和音もズレるから、それが独立しているっていうのはよくわからない。
(*詳しい内容は本編終了後に記載します)
すると先輩はちょっと代わってと鍵盤の前に座り、弾きながら説明し始めた。
「これね~、ルートに従ってそのまま弾いてると不協和音が出てくるのよ」
「はぁ」
弾いてもらってかろうじてわかるくらいだ。
「それで、その問題を解決するのがオンコードってヤツ。 ほら、ここ見て。D/G♭ってなってるでしょ。あ……。説明しよう! オンコー……。今日はいいや」
解説キャラ不発……。
「これはルートはG♭だけど、それ以外の和音や分散和音はDのコードを弾きますよ~っていうコードなの。1小節目から流れで弾くと~……。ほらこんな感じ」
「あら自然」
結局説明キャラは不発でいつもどおりの話し方でレクチャーは進んだ。
鍵盤での動きを見ながら響きで聴くと、なんとなくわかった。
なるほど、とりあえず基礎的なコードの作り方だけじゃダメってことか。
この辺は場数を踏まないとわからなそうだ。
「ちなみにさっき白井君の曲に修正いれたのも大体このオンコードの部分だよ。装飾的な使い方も多いし綺麗だけど、大抵は仕方なく出てくるの。仕組み知らないとまずわからないんだけどね」
また一つ勉強になった、いやしかし奥が深い。
もちろんまだまだ表層の部分なのはわかっているが、ただピアノが弾けるだけの人であった自分には本当に知らないことばかりだ。
練習教材がことごとくゲーム音楽ってのは若干引っ掛かるが……まぁ他の音楽にも詳しい月無先輩のことだ、最適なのも事実なんだろう。
その後もしばらくオンコードについて教わって、午前中の練習は有意義に過ぎていった。
*作中で名前が出た曲は曲名とゲームタイトルを記載します。
『SCARLET TEMPEST』― Y's Origin
*コードについて
度々出ている音楽用語ですが、簡易的に解説を入れます。
興味がある方はご一読頂けると良いかもしれません。
コードというのは和音のことで、大抵の場合その作り方は決まっています。
好き勝手に和音を作っても悲惨な響きになり、和音を知識なしで耳コピしようとすると膨大な時間がかかります。
しかしコードを知ることで、それが簡単に解決できてしまいます。
まず前置きとして一般的な音階表記「ドレミファソラシド」はアルファベット表記の「CDEFGABC」に相当します。
ちなみに、「あぁ?」と思われるかもしれませんが実は「ラ」から音階は始まっています。「ラシドレミファソラ」で「ABCDEFGA」です。
基礎コードは大別して「メジャーコード」と「マイナーコード」に別れます。
簡単に言えば明るい和音と暗い和音の二種類です。
起点となる音がコードの名前になり、例えばCメジャー(Cmaj、もしくはそのままCと表記)ならC(=ド)の音から始まる和音になります。
また、起点となる音のことはルート(根っこの意味)と呼びます。
ルートが決まったら後は規則通りに和音を付けるだけ。
メジャーならルートから3つ目と5つ目の音。
マイナーならルートから3つ目の♭と5つ目の音。
Cメジャーなら「ドレミファソラシド」の、ミとソ。つまりド、ミ、ソ。
Cマイナー(Cmと表記)ならミ♭とソ。つまりド、ミ♭、ソ。
しかしこれは仕組みの話なので、頭だけで理解するのは難しいです。
弾くのであれば基礎コードの構成音は覚えた方が早いです。一個ずつズラしていけばいいので、基礎コードを覚えるだけなら全然時間はかかりません。
例えばCメジャーを上に一つズラせば、ド♯、ファ、ソ♯、これがC♯メジャー。
あとは味付けがあったり、変な名前のコードもありますが、全てメジャーとマイナーのどちらかが起点になります。
そしてルートってなんだよってなります。
ルートの見極めは至極簡単です。
一般的なバンド曲を耳コピするなら、9割以上「小節の初めにベースが弾いてる音」がルートです。ピアノなら左手の始まりがルートです。
小節内でルートが変化することはそんなにありません。
ベースがC(=ド)を弾いていれば、和音はメジャーならド、ミ、ソ、マイナーならド、ミ♭、ソと簡単に加えられます。
メジャーかマイナーの区別は調によって変わります。……が、調の知識はまた面倒なので割愛します。
響きが合う方を選べばそれが正解です。
最悪、真ん中の音を弾かなければいいだけです。
例えばCならド、ソ。Dならレとラ。Bならシとファ♯のように、簡略化できます。
これはパワーコードと呼ばれ、実際にロックなんかではしょっちゅう使われます。
合法的手抜きです。
長々と書きましたが、要は
「ルートがわかれば和音は簡単につけられる」
ということです。
コードを覚えていればそれを当てるだけなので、慣れれば耳コピ速度は大幅アップ、もっと慣れれば耳コピ作業自体いらなくなる場合も。
逆に言えばこれを全く知っていないと耳コピや和音を作るのに膨大な時間がかかるわけだったりします。
最強じゃんコード理論。っとなりますが、一部例外も勿論存在。
基礎コードだけで済むわけはなく、月無先輩が今回語ったそれが例外の一つでした。ここに書き過ぎてもアレなので、気になる方はオンコードについて調べると良いかもしれません。
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