心に隠した音楽 後編

 前編の適当なあらすじ


 部の精鋭、代表バンドの曲選びに突貫してしまった白井。

 ギターの三年生、威圧メガネの氷上ひかみにビビらされるも部長の計らいで見学することに。

 曲選びの中で月無先輩がおそるおそるゲーム音楽を提案すると、氷上の心ないネガが飛び、お流れに。あいつ同族のくせに。

 その後色々と部長から事情を聞いた白井には何が出来るのか、運命やいかに。




 部室に戻ると、月無先輩は部長の言うとおりゲームをしていた。

 一瞬びっくりしたが懐かしい、スーパーファミコンだ。

 世代ではないが父親が持っていたので実家にあるし、自分もそれなりに遊んだ。


「おかえり~」

「あ、はい戻りました。ってかこの部室スーファミもあるんですね」


 よく見るとスーパーファミコンなどの古いものから、PS3などの割と最近のものまで揃っている。

 OBの遺産と言われているらしい。

 日焼けの後が時代を感じさせつつも、未だにちゃんと稼働するあたり、大切に使われてきたのだろう。


 先輩がプレイしているのはロックマンX。

 自分もXシリーズは6までやったことがある。


「これXいくつでしたっけ?」

「ん~? 初作だよ。やったことある?」

「あ、ありますあります、思い出しました。ずっと昔ですけどね」


 画面内で一方的になぶられているペンギンのボスを見て思い出した。


「先輩ロックマンもやるんですね、意外でした」

「え、そう? あ~、でも確かに女子でロックマンってないかもね。あたし無印のは見てただけだけど、ZXまで一応全部やってるよ。エグゼとかも」

「すげぇ……。俺Xシリーズだけです。それも6まで」

「Xシリーズいいよね! 折角だから8やれば? めっちゃ面白いよ!」


 ……7飛ばした? 何で? 


 そして先輩は喋りながら、ペンギンにトドメを刺した。

 ペンギン弱いとはいえ全く動きに無駄がないあたりさすがだ。


「よし、じゃぁペンギーゴ倒したから次どこ行くか白井君決めてよ!」

「ペンギンの武器って誰に効くんでしたっけ」

「いや弱点武器とかそんな甘ったれたことしないよ。それは弱者の考えだよ」

「……ですよね」


 そんな言わんでも……。

 順当な進み方は許されないようだ。

 それではせめて普通に戦って弱い順に、と記憶を辿りつつ質問する。


「普通に戦うとペンギンの次に弱いのってどれでしたっけ」

「う~ん、ナウマンダーかなぁ。あと個人的にはアルマージ」


 ……アルマジロは自分には弱かった記憶がない。

 まぁデカい奴は大抵弱い、ということで……


「象行きましょう、象」

「オッケー! きゅぴーん」


 ボスセレクト時の曲に、子供のころの興奮を思い出しつつ画面に見入った。

 『バーニン・ナウマンダー』ステージに入ると、懐かしさが込み上げると同時に色々思い出してきた。


「あ、この曲懐かしい! 結構好きだったなぁ」


 スクラップ工場の背景と曲で思い出す。

 曲の記憶が蘇るとそれに合わせてつい口ずさんでしまう。


「ふふ、さっきも聴いたよ? これ」


 先輩が不思議なことを言い始める。

 ステージに入るまでメロディーすら思い出せなかったというのに。

 釈然としない自分をしり目に、にこにこと笑いながら先輩はゲームを続けた。


 曲が一周したあたりで先輩がまた口を開いた。


「さっき曲決めであたしが出した曲あるでしょ。あれ、この曲のアレンジ版だよ」

「へー、アレンジ版。……えぇ!?」

「あれ流したせいかまたやりたくなって始めちゃったってワケね」


 驚いた、というより理解の範疇を超えていて言葉が続かなかった。

 全く違う曲にしか聞こえない。


「原型とどめてないからね~、あのアレンジ」

「同じだって言われてもわからないんですが……。みなさんゲーム音楽ってこと自体、言われるまで気付いてない感じでしたし。俺もそれっぽいって思ったくらいで」


 なんとか先程聴いた憶えを辿るが、やはり曲と曲とでは符合しない。

 あんなものもあるのかという感想しか出てこなかった。


「他の曲は大抵原型とどめてるんだけどね。何故か何曲かだけあんなになっちゃったりして。しかも何故か神保さん本気のドラムソロ入ってるし。めちゃくちゃすごいしカッコいいんだけど。……フフッ! なんか笑っちゃうよね、やりすぎって」


 なんでも日本のフュージョン界の大御所がこぞって参加したアルバムらしい。

 ロックマンXおそるべし、なんて思ったあたりで、月無先輩が無慈悲な蹂躙の末に象にトドメを刺した。


 一区切り、と先輩はコントローラーを置いて話し始めた。


「このころって結構色んなアーティストがゲーム音楽に興味を示してたんだって。すごいよね。日本のトップクラスの演奏者が望んで参加するんだよ?」


 世間の評価と業界人の評価は違うということだろうか。

 ゲーム音楽を音楽の新形態として捉え、インストの一ジャンルとして数える見方があったようだ。

 そんな事実があったことは自分は全く知らないが、自然と興味が湧く。


「よしじゃぁ聴こう聴こう。 ラインつなげて~」


 スピーカーに先輩愛用のウォークマンをつなげて曲が流れ始める。


「よし、じゃぁ改めてナウマンダーから行こうか」


 そう改めて先程の曲を聴くと、やはり完全には符合はしないが……言われてみればと思わなくもない。


「なんか工場っぽさはありますね。坦々としているというかなんというか」

「ね、スクラップ工場っぽさが出てるよね! 曲名も『Scrapping Beat』ってなってるんだ」


 シンセだろうか、坦々と同じフレーズを弾いてるパートがある。

 それが工場の作業感を演出して、ただカッコいいだけでなく説得力を感じる。


「今のふわふわした音のソロって金管楽器かなんかですか?」


 ソロ回しが始まると、そんなよくわからない音色が聴こえた。


「ん? ベースだよ。まぁ管楽器に聞こえるよね。よく聴くと弦鳴りの音聞こえる」

「ベースってあんな音出せるんですね……」


 全く初めての世界だった。

 特有の演奏技法や、特殊な音色の使い方、一曲の中に知らないことが沢山ある。

 一流の演奏家による一流の、アレンジ。

 最高の形で昇華されたそれは、BGMではなく間違いなく鑑賞用のものだった。

 原曲に忠実なもの、大胆なアレンジのもの、そのどれもが妥協のない素晴らしい出来で、一つの優れた音楽アルバムとなっていた。

 ゲームとは乖離かいりした、純然たるインストゥルメンタル・ミュージックだった。


「あ、これアルマジロの曲ですよね。こんなカッコよかったっけ」

「いいよね~この曲。露骨な♭5ドン! ってメロディが堪らないよね~」


 改めていいと思える曲だったり、


「これクワガタの面でしたっけ。この曲が一番好きだった記憶あります」

「サビの泣かせに来る感じ最高よね! X3で出てきた弟の曲も同じテイストで最高なのよね~。あ、今度楽譜あげるね」


 強く思い出を喚起する曲だったり、


「これ何の曲でしたっけ?」

「マンドリラーだよ! 原曲はてれれてれれれ~ってイントロ」


 再び驚きを得るようなアレンジだったりと、終始穏やかに時間は過ぎた。


 音楽に聴き入る時間というのはやはりいい。

 先輩も曲を聴いている時はおとなしかった。


「でもこんなにカッコいいんですから、バンドでやれたらよかったですよね」


 少し差し出がましい自覚はあったが、思い切って口にしてみた。

 不愉快にさせてしまうかもしれない。

 それでも、先程のやりとりを看過して割り切ることが、どうしても出来ていなかった。

 切りだす口実を探すような気もあったかもしれない。


「ん、そうだよね。でも別にいいの、本当に。あの曲とか激ムズすぎてライブ間に合うかわからないしさ」

「他の曲でも十分アリだと思いますけど……」


 聴いた感じとして、曲を代えれば難易度の問題は解決できそうなものだが。

 あの地面を揺らすしか能がない象の曲に、そこまでの思い入れがあるのだろうか。


「ん~、あれ選んだ理由ね~。聴いただけじゃゲーム音楽ってわからないからなの」


 どういうことだろうか。

 わかってしまうといけないのか。


「氷上さんに悪気はないのはわかってるし、多分気に入ってくれたんだろうけど、ゲーム音楽ってわかるとそれだけでちょっと引いて見られちゃうかなって。あの人対外ライブでそういうことするの嫌いだし」


 なるほど、よくわかった、飲み会の時にも言っていた。

 ゲーム音楽であるという理由で、差別の目にさらされる可能性を避けたのだ。


 気にする必要があるのか、実力を以て評価を覆せばいいのではないか。

 それに月無先輩自身、そうしたいようなことは言っていた。

 ……でも、どの道「何の曲?」と聞かれればバレる話だから、本当の理由は「ゲーム音楽とわからないから」ですらないのかもしれない。


 今はまだ見当がつかないし、それを指摘するのは素人が無知に口を挟むようなことだ。

 何より、熟考の末の答えだろう。

 それを思うと言葉は見つからなかった。


「いいのいいの、今日決まった曲は全部好きな曲だし。それに二年なのに結構意見通してもらっちゃってるし!」


 それは自身がやりたい曲とは違うんじゃないかとも思う。

 でも、これ以上踏み込むことは今の先輩には酷なことかもしれない。


「あ、でもさっき部長も言ってましたよ、別格だって。みんな納得して聞いてるってことですよね」

「よ、よせやい。あたしは謙遜はしないけど、先輩達だってほんとすごいんだから」


 当たり障りないように、話題をすり替えた。

 ゲーム音楽を巡る問題は、自分が思う以上にデリケートな問題。

 そう思うと何もできず、もどかしさと自意識過剰な無力さが少し残った。


 結局その後はロックマンXを完遂するまで交代交代でプレイ。

 曲とゲームの記憶も戻って、童心に帰って思った以上に楽しめた。

 先輩もいつもの調子が戻ってきたのか、終始ぺらぺらと曲についての色々を話しながら楽しそうにしていた。


 でも「波動拳とる?」とはなんだったんだろうか。


 §


 帰り際に月無先輩が言った。


「大丈夫、落ち込んでないよ。よくある話だから。気を遣ってくれてありがとね!」


 気を遣ったとは少し違ったが、見透かされてはいた。


「それにさっき氷上さんからCD貸してくれって連絡あって! むしろ結果オーライってヤツね!」


 今日のやりとりで少し複雑なところはあっただろうが、自分の勧めたものが認められたのが嬉しかったのか、先輩はすっかり立ち直っていた。


「よかったですね、気に入ってもらえて」

「うん! まぁ氷上さんフュージョンに目がないから!」


 先輩はそう言っていつもの笑顔を見せた。

 自分が考え過ぎなのかもしれない。

 そう思えるような爽やかな笑顔だった。






 隠しトラック


 ――ロックマンめぐる ~部室にて~


 ――交代交代でゲーム中


「あたし昔さ~。ロックマンになりたかったんだよね」

「……は?」

「いやだからロックマン。お、顔面みっけ。1UP~」

「……ロールちゃんじゃなくて?」

「いやだからロックマン」

「はぁ。ロボット好きなんです?」

「そう。大好き。だからさ~、あ! トゲ忘れてた……」

「ティウンティウンティウン。交代ですね」


「むー。でさ。さすがにそんなの無理じゃん?」

「え、まだ続くんですかその話」

「そりゃ続くよ! あたしがどんだけロックマン好きか!」

「まず意味わからんですもん。ちょ、メットール!」

「だからさ考えたわけよ。……考えたわけよ! ……ねぇ!」

「わかった、わかりましたから! ちょ今囲まれてるから! 話かけ……。ッ!」

「Xからヒントを得てさ!

 アーマー作ればいいんじゃないかなって!

 ……かなって!!

 ……段ボールとかで!!!」

「ブフッ。あ、ちょ! あ~……」

「はいティウンティウン~。交代~。死ぬの早っ(笑)」

「絶対途中からわざとでしたよね」

「いや作ったのはマジ」

「マジか」




*作中で名前が出た曲は曲名とゲームタイトルを記載します。

『バーニン・ナウマンダーステージ』―ロックマンX

『Scrapping Beat』― ロックマンX フュージョンアレンジアルバム

一つ目が原曲、二つ目はそのアレンジ版です。聴き比べると面白いかも?

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