ワカメと葛藤

すいちょん

第1話

夕焼けの空を見上げてはため息を吐く。また今日が終わる。

時間が足りないと思う充実した日々。猫のワカメを撫でながら、コンクリートの路上でぼーっとしている。

───念の為説明しておくが、ワカメというのは猫の名前であり、決して下ネタの変な由来ではなく、頭の黒い模様がサザエさんに出て来るワカメちゃんの如く見事なおかっぱなことに由来している。とても可愛いおてんばさんなのだ。


やりたいこと、しなければいけないこと、予定や反省を頭の中でぐるぐるとかき混ぜながら、自宅前の道端で呆然と猫を撫でつつ空を見上げている。

多忙の中で葛藤しながら、静かな時が流れる。

明日も朝から会合があるし、その後に会合メンバーで朝食を取る。その時の食材の準備もしないといけないし、周辺の見回りや体調管理、年配者や子供たちの世話も担う。



まぁ、全て地域の猫のお世話なんですけど。



野良猫が増えすぎたこの地域では、不幸な子たちも多い。少しでも幸せになってくれればと、補助金を受けながら地域猫に去勢手術を行っている。

ところで、猫のふぐりωはとても可愛い。ワカメ♂のふぐりも小さくてふわふわしていて、触っていると本気で引っ掻かれて出血沙汰だ。

もちろんワカメも去勢手術を済ませている。不幸な命は産まずに、幸せに生きることが出来た子たちだけで、これ以上場所を奪われずに穏やかに過ごして欲しい。

星が見えだした空を見て我に返り、ひっくり返りながら攻撃姿勢をとるワカメを宥めて立ち上がった。






翌朝の会合は定刻に始まった。数匹の地域猫が、街の外れの広場に集っている。


「ここの魚屋は娘がいるときが狙い目だ。ババアとジジイがいるときは逃げろ」

「あの娘さんカワイイっすよねぇ」

「腹減った」

「人間なんて信用出来ないよ。弟は毒盛られたよ」

「ねぇねぇ君、僕と一緒に日なたぼっこしない?」

「それ以上ワタシに近寄らないで」


いつもの会合だ。内容は自由で、みんなリラックスしている。特に体調が悪い子もいなさそうだ。

鼻が良くきく黒猫が、木陰から様子を伺う餌の存在に気付く。

「ご馳走だ!!!」

やっときた!はやくよこせ!待ってました!

駆け寄ってきた会合メンバーが口々に熱烈なエールを送る。まとわりつく猫ハーレムに足元をおぼつかせながら、いそいそと持っていた食材を分けていく。

無遠慮に食材にかぶりつく老若雄雌の猫のおしりを、背後からじっと見守る。

ふりふりと幸せそうにゆれるふぐりに幸福感をお裾分けされながら、逞しく生きる子たちを信じて深追いはしない。

今日も必死に、生き抜いて行けよ、同志達。





それぞれの生き方を否定せず、許容しながら幸せを与えるというのはとても難しい。

人間に媚びを売り、食いつなぐもの。隙を突いて盗み、罵倒を掻い潜り生き長らえるもの。野生の本能だけを頼りに、狩りと放浪で流れゆくもの。

不幸な猫を増やすまいとご奉仕活動をするのも大変なことで、こちらはこちらの生活もあるんだ。お世話をするためにはお金もかかる。必死に毎日、人間世界で働いている。動物界では医療も無いため、弱肉強食というか、弱い者は淘汰されていくのが当然の世界だった。

死ぬものは死に、生きたものが次の世代を繋いでいく。


弱い立場だった己も、本来であれば淘汰されていた命。なぜ今生きているのかも不思議なほどだが、ドクドクと生きようとする鼓動を確かめながら感謝する日々。

何もない毎日が過ぎる。これほどに幸せで充実した日々を送れるなんて、本当に運が良い。


二つの丸い足で会合の場を離れる。左右にゆらゆらと長い身体を振りながら、醜い姿を木陰に潜ませる。

人間世界の戦場へ向かうため、びんと身体を直立させる。


やばい、遅刻しそうだ。


ちんちんは走り出す。最寄りのバス停からバスが発車するタイムリミットは、あと6分。これに遅れてしまうと、駅まで耐久マラソンとなる。短い両足にこの仕打ちはかなりきつい。走ると血流も圧迫され、全身が猛烈に熱くなるから更にツラい。


ちんちんの種族はこの世界では絶滅に等しいほど仲間が減り、その生き残りとして、いつ終わるかも分からない生を謳歌する己。

以前は噴出していたという命を育む精液も、今となっては異臭を放つだけの役立たずだ。

人間という優れた種に後れを取り、研究材料にまでされて笑い物となった己を、猫たちは無関心という態度で受け入れてくれた。


バス停に向かう途中ですれ違った学生は、今朝野良猫たちの話題にのぼっていた魚屋の娘さんだった。思わずおはようと声を掛けると、彼女は少し驚いた顔をして走りゆくちんちんを凝視していた。



逞しく生きていくんだ。

居場所のない僕らでも、この激しい鼓動がある限り───!!





ビタンッビタンッビタンッビタンッ


くそっ俺だってワカメ酒の中につっこんで盛大にヤりたかったよ……!なにが楽しくてこんな大真面目な……っ!!うううぅっ!!!






バスの運転手「うわっ!勃起したちんこが迫ってくる?!しかも早漏かよ?!?!」

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ワカメと葛藤 すいちょん @su1_su1

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