第三章 きついぜ!

第十六話 くそったれ!

 ビージー帰着の時に、キャップが言い残した不吉な示唆。


『いいことばかりではない』


 トラブルを匂わせる予言はすぐ過酷な現実に変わり、俺に向かって容赦なく牙を剥いた。


「おいっ! こんなんありかよう!」


 俺はぼやっきーな性格ではないはずだが、どうしようもなく愚痴ばかりになってしまった。うんざりさせられることが多かったのは確かさ。まったりが売りの訓練所暮らしだったはずなのに、ここのところ厄介ごと連発だったからな。

 寝起き最悪のタオの世話だろ、ゴズのスピンアウトだろ、厄介な新人女性相手のガイダンスだろ、フリーゼのいらいら弾連続被弾だろ。それでも、俺的には十分想定範囲内だったんだよ。だが、さすがに今度のはちょっと……。


 例によって食堂で盛大にぶつくさこぼしていたら、能天気ウォルフが皿の上に山盛りのナゲットを乗せて近寄ってきた。鼻腔にべったりとこびりつく油の匂いにうんざりして、思わず嫌味をぶちまける。


「おい、ウォルフ。これから訓練なんだろ?」

「もちろん」

「そんなに油ものを食ったら機敏に動けんだろが」

「いいんだよ。これが俺のペースなんだから」

「ったく、燃費の悪いやつだな」


 嫌味をつらっと聞き流したウォルフが、俺のトレイの真上にぐいっと首を突っ込んだ。マグに入っているルビー色の液体が気になったんだろう。


「この前はスッポンの血だったけど、こいつは何の血だ?」

「これはどノーマルさ。まだ純潔を保っている葡萄の血液だよ」

「なんじゃそりゃ」

「ろくでなしの微生物に食われて真っ赤な毒液に変わる前ってこと」

「ああ、グレープジュースか。おまえが甘いもんを口にするのは珍しいんちゃう?」

「まあね。嫌いなものを口にしたくなるくらいとんでもない厄介ごとが、どすんと落っこちてきたんだ」

「フリーゼ絡みか?」

「違う。どどっと新人が来るんだってよ」

「へえー。しばらくぱたっと志願者が途絶えてたのにな。なんでまた」


 残っていたジュースを一気にあおって、空になったカップの中に愚痴を置いていくことにする。


「さあな。こんな真っ暗で辛気臭いとこにわざわざ来たいなんていうやつの気がしれん」

「全くだ」


◇ ◇ ◇


 一度新人ガイド役を引き受けると言った以上、事態が変わったからと言って職務放棄するつもりはない。だが、最初に引き受けた時から状況ががらっと変わっているんだ。それくらいは考慮して欲しいよ。


 まず、新人の人数が多い上に全員女性。これまでは男しか来なかったのに、いきなりこんなのはないぜ。それだけでも十分に頭が痛いんだが、俺とペアでガイド役をするはずのフリーゼがずっとへそを曲げていて、俺に全く口を利いてくれん。当然ガイダンスの時も、俺一人で全部やれって感じになってしまうだろう。一人二人ならともかく、十数人の女性を俺一人で世話しろっていうのはあまりに荷が重い。しかも、俺には例の厄介な性質があるってのによ。


 俺は温和で忍耐強い方だと思うぞ。だが、さすがに今度だけはどうしても我慢できん。食堂を出た俺の不機嫌は、愚痴では収まらなくなっていた。


くそったれがっブルシット!」


 キャップに悪態をぶちかましたところでどうしようもないとは思いつつ、ぶりぶり怒り狂いながら所長室に向かう。所長室のドアはいつも開放されているが、一応ドアをノックしてから上半身をぐいっと突っ込んだ。


「キャップ!」

「ん?」


 ノックに反応しなかったキャップが、俺の怒声でやっとこさ椅子を回した。


「募集要項を女性向けに変更したんですか? こんな話は聞いてませんよ!」


 俺はとことん温和なんだよ。フリーゼと違って、ぼやっきーにはなってもぶち切れたことはない。その俺がぷっつんしていれば、少しは事態を深刻に考えてくれると思ったんだが……。いつもならまあまあ落ち着けとみんなをなだめるキャップが、これまで一切見せなかった険しい表情をしていた。


「変更はないよ。要項はこれまで通りだ」

「そんな……」

「ということはだ。今本部で行なっている事前審査で、志願者の性比に極端なバイアスをかけてるってことだろ」

「ちょ! そんなの許されるんですかっ?」

「もちろん違法だよ。選出の意図が表に出れば、ね」

「どういうことですか?」

「条件を満たす志願者が、女性しかいなかった。公式にはそういう発表をするんだろ」

「これまで99.99パーセント男しか志願して来なかったのに、それはありえないでしょ」

「そりゃそうさ。その男ですら、ここにはほとんど適応アダプトできていない。訓練所開設から四年以上経つが、ここへの定着率は一パーセント未満だよ」


 そうなんだよなあ……。ここには昼っていう概念がない。常に夜。よほど神経が図太くできていないと、太陽がないことや昼夜の概念がないことに耐えられなくなってすぐにドロップアウトしてしまう。


 むっすり黙り込んだ俺を、キャップが呼び入れた。


「入って、ドアを閉めてくれ。重たい話をしたい」

「はい」


 な、なんだあ?


◇ ◇ ◇


「まず、単純シンプルな本部伝達事項から」

「ええ」

「君とフリーゼは、新人ガイド役から外すそうだ」

「他のメンバーが代わりにやるってことですか?」

「いや……」


 キャップの顔がひどく歪んだ。


「本部から専任講師を出すとさ」

「はあ? 何の冗談ですか? そんなの無理でしょ」

「あいつら、どうしようもなく阿呆だよ!」


 俺同様にぶつくさ文句は言うものの、上手に各種事態を調整してきたキャップが、初めて激しい怒りをむき出しにした。


「ここに適応できたやつ以外、誰が来ても三日と保たないと思うんですが」

「その通り。その構図を逆から見てみろ。何が見える?」

「……」


 そうか。そういうことか。


「放置、ですか」

「当たり。おまえらで勝手にやってくれってこった」

「でも、それは願ったりじゃ」

「そうはいかんよ」

「なぜですか?」

「送り込まれて来る訓練生の数が、今後加速度的に増えるからさ。今回のなんか序の口だ」

「はあっ!?」


 ディスプレイを操作したキャップが、一枚のクラシックな建物群を映し出した。どう見ても、美しくて楽しそうな代物ではない。


「なんですか、これ?」

「アルカトラズ刑務所だよ。過去の遺物だがな」


 うげ。け、刑務所……って。


「海上の隔絶された環境に建設された、絶対に脱獄不能な刑務所。終身刑もしくは超長期刑を言い渡されてここに送り込まれれば、死ぬまで出ることはできない。生きているうちに突っ込まれる墓穴みたいなもんさ」

「もしかして、志願者激減に悩んだ本部が、とうとう犯罪者を送り込んでくるってことですか?」

「ブラム」


 キャップが、でかい溜息とともに俺の的外れな推測を一蹴した。


「君も鈍いなあ。そんなんじゃ、ホームズにもポアロにもなれん」

「俺はワトソンでいいです」

「ワトソンなら、もっと上手に突っ込むぞ」


 ちぇ。


「送り込まれてくるのは、みんなまともなやつさ。ただし、一人残らず遅老症だ」


 な、なにいっ?


「ここは、母星との間で職員の行き来が確保されている。つまり、地理的にはともかく立場的には隔絶環境ではない」

「そうですね」

「だが、君は母星に帰れるか?」

「……」

「そういうことさ。ここに送り込まれることは、孤島の刑務所に放り込まれることと何も変わらん」


 えげつない画像を片付けたキャップが、ぐんと身を乗り出した。


「母星で、とうとう本格的な魔女狩りウイッチハントが始まった。俺はそう考えている」


 やっぱりか……。


「じゃあ、彼女たちは難民レフュジーということですか?」

「見かけ上は違うよ。俺らと同じ、開拓者パイオニアさ」

「……。それにしても、なぜ女性ばかりなんですか?」

「俺ら男どもは、自己意志でここに逃れてきた。実質的に難民であっても、意識は開拓者なんだよ」

「ええ」

「だが彼女らは、すでに迫害を受けて保護されていた収容所の面々だ」

「そ……んな、バカな!」

「遅老症患者を生み出す起点は女性。彼女たちを根絶すれば、俺らのような厄介者はいなくなる……そう考える単純バカが多いってことだろな」

「やってらんないですね」


 あまりにばかばかしい妄想だ。がっくりくる。


 そうか。ここしばらく感じていた新入りの変化。タオもそうだったが、みんな概しておとなしかったんだ。そしてエミもビージーも、志願してここに来たようには思えなかった。


 つまり。訓練所が遅老症患者の吹き溜まりであっても、俺やウォルフのような志願型の訓練生には新天地に居場所を創るという夢や目標があった。でも今、そしてこの先、迫害で夢も希望も失った本当の難民が、ここに逃げ出すのではなく送り込まれてくる。

 先行して着任したエミとビージーは幼女と老女の風体なので、女性関係絡みのトラブルを生じにくい。女性が訓練所に適応できるかどうかのテストサンプルとして、先行して送り込まれたんだろう。そういうことか……。


 キャップが、巨体を揺らしながらゆっくり立ち上がった。


「当初の計画では入植開始まで五年かけて準備ということだったが、ここへ流れ込む難民の数次第では、入植を前倒ししないと保たないかもしれん。それを頭の片隅に置いといてくれ」

「分かりました」

「ああ、それと」


 キャップが、大きめの紙箱を俺に手渡した。


「これはなんですか?」

「本部から君にプレゼントだそうだ」

「本部から? なんでまた」

「この前食堂で、フリーゼからきついのを食らっただろ?」

「ええ」

「吹っ飛ばされた君の右腕はさっさと片付けたんだが、小さな血痕が広範囲に散っていてね」

「うわ。それに何か不都合が?」

「フリーゼ、エミ、ビージー三人揃って、床に残った血痕を探して舐めて、見事に発情していた」

「げっ」

「まるで猫にまたたびだ。催淫作用のある血なんざ聞いたことないが、ゲンジツとして存在する以上事故は防がんとならんからな」

「じゃあ、これは……」


 キャップが、俺の目の前に中指を突き立てた。


「決まってるだろ。避妊具だよ」


◇ ◇ ◇


「参ったなあ」


 自室のベッドに転がって、頭を抱え込む。新人ガイド役を外してもらえたのは嬉しいさ。でも、これから着任する女性たちが増えれば増えるほど、俺の立場がヤバくなる。

 俺はプレイボーイなんかじゃないんだよ。これまで三年以上女っ気なしのところで暮らしてきて、何一つ不自由なかったんだ。だが女を引き寄せる俺の性質が発動してしまうと、確実に騒動になる。それに対して本部やキャップが危機感を覚えるのは当然だ。


「はああっ」


 そして俺は。なぜフリーゼがずーっと不機嫌だったのかを、なんとなく理解した。アクシデント後の憎まれ口の意味もね。


 俺が無意識にばらまいている女性誘引因子は、好悪の感情とは関係なく作用してしまうんだろう。意思が強いフリーゼは、恋愛感情もないのに俺に引き寄せられることがどうしても我慢できなかった。だから俺を避けてたし、ずっと不機嫌だったんだ。ペアでの行動はしんどかっただろうなあ。

 俺から遠ざかることで、影響は小さくできる。実際に、フリーゼもエミもそうしてる。だが、女性たちが大挙してやって来ると……。


くそったれっブルシット!」



【第十四話 くそったれ! 了】


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