第十話 危ない!

 新人が来ること自体も久しぶりだったが、それが女性だと聞いた新人訓練生たちは揃って舞い上がり、激しく浮き足立った。もっとも、それが幼女と老女だと知って熱が冷めるのも早かったが。中でも、さあナンパするぞと腕をぶして待ち構えていたウォルフのしょげようは半端じゃなかった。あほう。そんなうまい話がそうそうあるかい!


 まあ、女性だとは言いながらも二人が外見的に規格の両端にいることは、落ち着いて訓練をこなせるという意味ではプラス材料だろう。俺にとってもな。そんな風に楽観視していたんだが。


 甘かった。とことん甘かった!


 あのなんにでもきっちり備えるキャップが、俺たちを呼び出してわざわざ警告を出したんだ。俺は、警告の真意をもっと考えるべきだったんだろう。


『厄介なやつがいる』


 キャップの警告対象が誰なのかは、訓練の時にすぐに分かった。


「ブラムさん、わたしたち今戦場にいるんですよね!」

「ちゃうって、ビージー。そのせかせか落ち着かない態度と、ダーク過ぎる短絡思考と、後先考えない突発行動は、最後に墓穴を掘るぞ」

「ええー?」


 まさか、見るからによぼよぼの婆さんがここまで厄介なやつだとは思わなかったわ。この婆さん、おっそろしく好戦的なんだよ。訓練なんだから慎重に行動しろと口を酸っぱくして言い続けているんだが、全く聞く耳を持たない。動くものが現れると、それを確認する前に飛び出していって、すぐに腰の得物をぶっ放そうとする。それじゃ訓練の意味がないだろが。だーめだこりゃ。


 闘気丸出しでトレーニングルートをのしのし歩くビージーに頭を抱えていたら、俺らの十数メートル先で生命体の気配があった。それも一体じゃない。


「散開! 探査開始!」


 無光環境下では、暗視装置とランドソナーを装着していても有光下と全く感覚が異なる。それに慣れるための訓練なんだが、ビージーには目的がどうしても理解できないらしい。


危ないっルックアウト!」


 俺の警告を無視して飛び出したビージーは、例によって腰の得物を引っこ抜くと……。


 ばしっ! ばしっ!

 俺たちの先にある気配に向かって、いきなりぶっ放した。


「おい」


 ぶっ放された相手はキャップだった。


「ビージー。何度も言うが、ここは調査地であって戦場ではない」


 キャップの声は落ち着いているが、その体はとんでもないことになっていた。訓練の時に俺らが持ち歩いているのは、弾丸の出る銃ではなくネットガンだ。以前タオの捕縛にも使った強靭な樹脂繊維。そいつを細密な網状にしたものが高速で飛び出し、命中した相手に巻きついて動きを止める。殺傷力はないものの抑止性能が凄まじく、二発も食らうとえらいことになる。動けないだけでなく、後で絡みついた網を外すのが大変なんだ。


「す、すみません……」


 最後尾にいたエミの後ろに隠れるようにして、ビージーがすごすごと下がった。


「あーあ」


 キャップの後ろからウォルフの大きな呆れ声が響いた。あとはフライとタオ、それに新人が二人、か。俺らが感じ取った複数の気配は、キャップに率いられたもう一つの訓練部隊だった。

 訓練では、どの部隊がどのコースを探索するのかを事前に知らされない。訓練中に遭遇する相手が同僚か未知の存在か。未知であれば安全か危険か。速やかに相手が何かを判定し、それに対する行動を決定しなければならない。訓練初期は判定だけでいいんだよ。それからどうするの部分は、まだおまけなんだ。


 雪だるまのようになってしまったキャップが、そのままの格好でビージーにこんこんと説教を始めた。


「ビージー。トレーニングルートにはいろいろなものが出現するが、それらが訓練生の生命を脅かすことはない。訓練は出現物の属性判定を迅速に行うことが目的で、戦闘は念頭に置いていないんだ。訓練前に何度も説明したはずだが」


 それでなくても普段から臨終寸前という風情のビージーから、さらに生気が失せる。だが、キャップの説教は終わらない。


「敵意を前面に出して探査を行うと、我々が過剰に露出するだけでなく敵意を敵意で返される。それは、我々をかえって危険に陥れる」

「はい……」

「いいか? 我々は調査隊員であって、軍人ではない。携帯しているのは武器ではなく、あくまでも護身具なんだ」

「うう」

「そのハンドリングに難があるなら、持たせられないぞ?」

「そんな……わたしだけ丸腰ってことですか?」


 キャップの非情な宣告に、ビージーが震え上がった。


「君の場合はそのくらいにしないと慎重さが備わらん。丸腰はないにしても、別の護身具に換えることにする」

「はあい」


 慌ててキャップに確認する。


「キャップ。ビージーに何を持たせるんですか?」

「葵の御紋。水戸黄門の印籠だよ」


◇ ◇ ◇


 まあ、キャップの決定は妥当だろう。ネットガンの威力を過信したビージーが判断力をダルなままにしちまうんじゃ、訓練の意味が全くないからな。見かけが分別ある老人でありながら、中身がガキ以下の単細胞ってのはなあ。困ったもんだ。特定の相手にしか効果のない護身具にすることで、いくらか慎重になってくれればいいんだが。でもあいつは印籠をかざしながら飛び出し、この葵の御紋が目に入らぬかと相手を喝破するだろうな。まったく!


 ぶつくさこぼしながら食堂で血豆腐を食っていたら、フリーゼが向かいの席にどかっと座った。


「ねえ、ブラム。おかしいと思わない?」

「何がだ?」

「トレーニングルートは、友軍と未知の相手、それぞれ半々の確率で遭遇するように設定されているはずよ」

「ああ、そうだ」

「彼女たちと一緒に訓練を始めてから、まだ一回もアンノウンに当たってないわ。友軍ばかりよ」


 そうなんだよ。それはきっと、アンバランスなコンビがもたらす奇怪な影響なんだろう。くらくら眩暈がするぜ。


「正直言って、これじゃまるっきり訓練にならんわ。キャップも、先々二人をばらさざるを得ないだろな」

「え? どういうこと?」

「ビージーの気質はいくら訓練しても変わらん。彼女はトラブルメーカー……いや違うな。ハードラックメイカーなんだ。不運を自分で作り出してしまう」

「見るからにそうね」

「それなのに、訓練が大荒れにならないのはなぜだ?」

「うーん」


 銀髪を揺らしながら、フリーゼが黙考する。


「エミだよ」

「は?」

「ビージーのが悪い方なら、エミは良い方。エミは、幸運をもたらす妖精ラッキーニンフみたいなものなんだろう」

「げ……」

「エミの存在によって、不運がある範囲内に収束するのは歓迎すべきことなんだが」

「うん」

「それじゃリスクも生じない。全然訓練にならん」


 二人して、がっくり。


「ねえ、ブラム。さっき訓練の時に危ないって叫んだでしょ?」

「ああ」

「それをビージーに言っても意味ないと思うけど」

「ちゃうよ。あれは、いつもとばっちりを食っちまうキャップに向かって言ったんだ」


◇ ◇ ◇


「どうします?」


 所長室。ディスプレイに映し出された俺のレポートを何度も読み返していたキャップが、ふうっと息をついてから椅子を回した。


「どうするかなあ」


 何度注意しても、ビージーの問題行動が一向に改まらない。ペアを組ませてるエミの精神的負担を考えても、早めに手を打たないと先々厳しくなる。


「母星に居場所がない彼女を、不適格だとして送り返すわけにはいかん。向こうで持て余したからこっちに押し付けたんだ。下手すりゃ宙ぶらりんになっちまう」

「うーん、でもこのままじゃまずいですよ」

「仕方ない。ドクに診断書を書かせよう」

「診断書ですか」

「そう。それはでっち上げたものじゃないよ。彼女は本当に治療を受けなければならないのさ。母星の連中がずっと放置していただけだ」

「精神疾患ですか?」

「一種のな」


 じっと俯いたキャップが、そのあとゆっくり顔を上げた。


「彼女は……ビージーは、魔女狩りウイッチハントの被害者なんだよ」


 えっ!?


「彼女の風貌はとても目立つ。あの姿のままで生き続けている彼女は鬼女きじょ扱いされ、どこにいても追い払われて来た。彼女がいるから周囲が不幸になるんじゃない。彼女自身が常に不幸の中にしか置かれてこなかったんだ。原因と結果が逆だよ」

「なるほど……」

「追放されるだけならともかく、迫害の中には命に関わる危険なものもあったはずだ。誰もあてにならなければ、自衛のために常に神経を尖らせていなければならない。訓練の時だけひどく攻撃的になるのは、これまで受けた迫害の記憶がどうしてもフラッシュバックしてしまうからだろう」


 ぎしっと椅子を鳴らして立ち上がったキャップは、俺から目を逸らし、ぐりぐりと首を振った。


「少なくとも、訓練所では一切の迫害はないよ。ビージーもそれくらいは分かるはずさ。それなのに自己制御できないなら、一度母星に戻って精神科医に受難時の記憶を封じてもらうしかないように思う」

「それで行けるんですかね?」

「分からん。だが、できる策からやってみるしかないだろ」


 確かにな。策が本当に有効かどうかはともかく、キャップが前向きに対応を考えてくれたことにほっとする。俺は、ゴズの時のような砂を噛むような思いは二度としたくなかったんだ。

 キャップは、ビージーのインフォ画面を出して策を次々に書き足していく。


「記憶の封鎖がうまく行けば、封鎖が解けてしまうリスクを下げるために訓練にはもう参加させない。平凡で変化はないが、ずっと続く穏やかな日々をうらうらと過ごしてもらえばいい」

「そうか……」

「ああ、そうだ」


 キャップが、さっと俺を指差した。


「エミもそうなんだよ」

「え?」

「君は、彼女をラッキーニンフだと思っていたんだろ?」

「ええ。違うんですか?」

「違う。彼女は福を呼ぶ神だと思い込まれて、ずっと屋敷に閉じ込められていたんだよ。追放ではなく、幽閉されてきたんだ。ビージーと同じで、原因と結果が逆さ」


 う……わ。じゃあ、訓練の時にいつもキャップのユニットとばかり遭遇していたのは、必ずしもエミのせいじゃなく、ビージーに対するキャップの配慮だったってことか。


「エミは。幽閉下で自分が生き延びるために、失せ物を探し出したり、小金を集めたり、メッセージをこっそり届けたり、屋敷の住人に利益をもたらすよう立ち回ってきた。それによって、供物という形で糧道を確保してきたんだ」

「そ……んな」

「住んでいた一族が、老朽化して修理不能になった屋敷を彼女ごと手放した。屋敷が無人になって、初めて彼女の拘束が解けたんだ。その自由が失われないうちに、ここに来たってわけさ」

「じゃあ、エミも変形の魔女狩り被害者なんですね」

「そう。エミをビージーと組ませたのは、エミがビージーの心の傷を覆って一時的に隠せるから。だがヒーラーとしての能力はささやかだし、ひどく歪んでいる」

「必ずしもエミの厚意が出どころじゃなく、生存戦略だから……ですか」

「当たり」


 悲しそうに微笑んだキャップが、ぼそりと言い足した。


「君は訓練の時に、危ないルックアウトと叫んだだろ?」

「あ、はい」

「この訓練所にいる連中には、その言葉がトラウマになってるやつが多いんだ。うかつに口にしないでくれ」


◇ ◇ ◇


 年齢は俺と同じくらいなのに、外観があれだけ違うこと。そこには、彼女たちの受けてきた仕打ちが反映されてるいるのかもしれない。ビージーは、度重なる迫害で遅老症患者としては早く老化し、エミは屋敷での神扱いを維持するために成長を自分で止めてしまったんだろう。どちらもひどく不幸なことだ。


危ないのデンジャラスは。彼女たちではなく、彼女たちを追い詰めている連中なんだがな。ふうっ……」



【第十話 危ない! 了】

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