第30話 首都
翌日。
平民の服に着替えたおれたちは忍び込んだ町で首都の城への献上品を運ぶ商人を探した。首都への通り道でもある、この町では急襲してきた大国になんとか取り入って助けてもらおうと、献上品を運ぶ人で賑わっていた。
その中で二人組の商人に目を付け、サミルが魅了の魔力でたらしこんで、その仕事をおれたちが譲り受けた。
その後の検問もサミルの魅了の魔力で疑われることなく通過し、昼前にはおれたちは首都へ入ることが出来た。
「これからどうされるのですか?」
顔が知られているおれは荷台で姿を隠したままサミルに言った。
「とりあえず、サミルはこの献上品を城に運んで、城内の様子を探ってくれ。そのあと、北門に向かってゆっくり移動しろ。そこで、おれが適当に合流する」
「御意」
おれは走っている馬車から飛び降りると、布で軽く顔を覆って隠し通路がある場所へと向かった。
いくつかの隠し通路を確認したが、ほとんどが使われた形跡がなく発見されていないようだった。
「隠し通路を探す余裕がないのか、見つけられないのか……いや、城内を仕切っているのがバンティニ卿なら、そこまで考えていない可能性が高いな」
普通は逃走防止と侵入防止のためすぐに隠し通路を破壊するのだが、その様子がない。血筋だけで王家に寄生しているようなバンティニ卿なら有りうる事だ。
と、いうことは今回の謀反計画はほとんどフオニ国によるものだろう。
「フオニ国から来ている指揮官を確認しておく必要があるな」
おれは城から一番遠い場所にある隠し通路の入口を塞いでいる岩を動かした。そのまま目隠しの魔法をかけ、入口が人目に触れないようにして通路の中を進んだ。
久しぶりに開いた入口から新鮮な空気が奥に向かって流れていく。入口からの光が届かなくなり月のない夜より暗い道をひたすら歩くと、しばらくして行き止まりになった。
「ここか」
おれは目線の高さにある、こぶしより少し大きいぐらいの石を引き抜いた。そこから、ほのかに光が入り込んでくる。
穴から見えたものは石で出来たあまり広くない牢と、その先に頑丈な鉄柵が並んでいる光景だった。
この穴は床に近い場所にあり、床に座っている目的の人物二人がすぐ目の前に見えた。
おれは見えるところに見張りがいないことを確認して、小声で二人に声をかけた。
「兄上」
おれの声に二人が周囲を見回す。
「敵に気づかれます。いつもと同じようにして、さり気なく背中を壁につけて下さい」
おれの指示に二人が黙って従う。
「そのまま聞いて下さい。父上はレガ城に退避され、ご無事です。数日後、国軍が首都を奪還します。それまで兄上たちには、ここで過ごして頂きたい」
おれの提案に第二皇子であるリズ兄が小声で反論した。
「何故だ?ここまで来たのであれば助けてくれても良いだろう?」
「兄上たちが今ここから脱出しては敵に警戒されてしまいます」
そこに第一皇子であるヴィクトル兄が覚悟を決めたように言った。
「王族として生まれた以上、国に命を捧げることは当然だ。我々のことは気にするな」
かなり追い詰められている様子のヴィクトル兄に、おれはなだめるように言った。
「早まらないで下さい、ちゃんと助けますから。そんなに思いつめないで下さいよ。ヴィクトル兄、手のひらをこちらの穴に向けて下さい」
おれの意図が分からないままヴィクトル兄が穴に手のひらを向ける。おれは魔法陣が書かれた二枚の小さな紙を押し付けた。
「その紙をそれぞれ持っていて下さい。身の危険が迫ったときは父上の場所に行きたいと強く念じて下さい。そうすれば、父上がいる場所へ転移します。兄上たちは首都を奪還するときに人質として連れて行かれる可能性が高いですので、出来ればその時に使って逃げて下さい」
「わかった」
そう言ってヴィクトル兄が紙をしっかり握りしめる。おれは見張りが来る気配がないため、そのまま情報収集をすることにした。
「ヴィクトル兄、敵の司令官の名前は分かりますか?」
「……総司令官かは分からないが、私たちをここに閉じ込めた後、トルステンと名乗る将軍が挨拶に来た」
「どのような人物でしたか?」
「背が高く、筋肉質な体型をした四十歳ぐらいの男だ。金髪、碧眼で左目の下に傷があった」
「他に……」
おれは言いかけて見張りが近づいてきている足音に気づいた。
「必ず生きて会いましょう」
そう言うとおれは穴を石で塞いだ。
「時間をかけすぎたな」
おれは素早く隠し通路から抜け出ると北門に向かって走った。
その途中で街中の様子を観察したが、よほどの余裕なのか、人手不足なのか、フオル国の兵士はあまりいなかった。と、同時にいつもは活気ある市場にも人の姿はなかった。住民は全員、窓やドアを硬く閉めて閉じこもっている。
「まだ、そんなに混乱はしていないな」
おれは最悪の状況となっていないことに安堵した。首都を占拠しているのが謀反軍とはいえ、実質はフオル国に乗っ取られたのと同じことだ。そうなればフオル国の兵士たちによる略奪が始まっていてもおかしくはない。
そんなことを考えていると、聞き覚えがある馬車の音がした。おれが裏道から表通りを覗くと、見覚えがある馬車がゆっくりと走っていた。
「いいタイミングだな」
おれは周囲に人がいないことを確認すると素早く馬車に飛び乗って荷台に隠れた。
荷物が少なくなった荷台でおれが麻布を被っていると、サミルが前を向いて馬の手綱を持ったまま平然と声をかけてきた。
「おかえりなさいませ、我が君」
「そっちはどうだった?」
「城内は謀反軍に抑えられていましたが、使用人は比較的自由に行動していました。フオル国の兵から聞き出した情報ですが、フオル国軍の本隊はアルガ・ロンガ国に到着していないそうです。まだ国境近くにある港に集合している最中のようで、明日の早朝こちらに向けて出発するそうです」
「明日の昼には海からフオル国の大軍が到着するわけか。そうなると、本格的に混乱、略奪が始まるな。ところで、トルステンという名を知っているか?」
「今いるフオル国軍の総大将です。戦況判断が的確で、自ら先陣を切って出撃することもある武者だそうです」
「直接対決するかもしれないな」
「我が君の敵ではありませんよ。と、検問がありますので隠れて下さい」
検問は首都に入る時より簡単な審査で終わり、おれたちはあっさりと首都から出ることが出来た。
おれたちはそのまま忍び込んだ町まで戻り、商人に馬車を返した。その頃には日が沈みかけていたので、おれたちは町に一泊した。
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