第4話 天使の姿をした悪魔

 月が輝く夜空を二人で空飛ぶ光景……


 どこのおとぎ話だとツッコミたくなるが、おれの抵抗も虚しく街の酒場の入口に強制的に着地させられた。


「開けて」


 カリーナが背伸びをしても届かないドアノブを指差す。


 破天荒な行動が多くて忘れがちだが、このようなところは五歳児であり、普段とのギャップから可愛らしく思えてしまう。そして、つい目が離せずカリーナの我が儘に付き合ってしまうのだ。


 全てを諦めたおれは大人しくドアを開けた。

 すると、さっそく酒とタバコの臭いが鼻を攻撃してきた。


 あからさまに表情を崩したおれとは反対にカリーナはスタスタと店の中に入り、まっすぐカウンターに行くと、その前にある一本足の椅子に軽く飛び乗った。


 カリーナの身長だと普通の大人用の椅子でさえも、よじ登らなければならない。

 だが、今カリーナが飛び乗った椅子はカウンター席にあるため普通の椅子より高く、座ったあともバランスを崩すと倒れそうになるような一本足の作りだ。


 そんな椅子にカリーナは慣れた様子で座ってマスターに声をかけている。一方のおれは店内にいるガラが悪い連中からの冷やかしの視線を浴びていた。


 とりあえず、そんな連中を無視してカリーナの隣の椅子に座る。


 おれは床に届かない足を組んでカウンターに肘をついた。

 するとマスターが慣れた様子でおれとカリーナにオレンジ色の液体が入ったグラスを差し出してきた。


「未成年に酒は出せないからな」


「どうも」


 おれは左の指で軽くグラスのふちをなぞって、周囲に聞こえないように口の中で浄化魔法を呟いた。

 この飲み物に薬や毒は入っていないと思うが、飲食をするときは必ず浄化魔法をかけてから口に入れるようにしている。


 これでも一応、王位継承権を持っているという自覚はあるつもりだ。


 実際に薬や毒を入れられたこともある……入れた犯人は主に師匠だが。

 だが、これにはちゃんと理由がある。おれの体に薬や毒に対しての耐性をつけるためだ。


 あと、師匠以外の人物からも他の理由で入れられたことがある。もちろん、そいつらにはキッチリと同じものをお返ししといた。

 しっかり丁寧に口の中に入れて咀嚼、嚥下までさせてな。その後、そいつらがどうなったかは知らないが。


 おれは浄化されたオレンジジュースを少し口に含んだ。特徴のない普通のオレンジジュースだ。


 その隣でカリーナが一枚の銀貨をカウンターの上に置いてマスターに言った。


「傭兵を探しているの。強い人で、旅慣れた人ならもっといいわ」


 銀貨一枚で情報交換というわけらしい。おれは情報の相場を知らないが銀貨一枚は高すぎると思う。


 だが、マスターは銀貨を眺めるだけで空のグラスを拭いており受け取る様子がない。


「嬢ちゃんが雇うのかい?」


「そうよ。誰か教えてくれるだけでいいわ。あとは自分で交渉するから」


 その言葉におれは違和感を覚えた。カリーナの家にはすでに腕利きの傭兵が十人はいる。これ以上雇う必要はないはずだ。


 おれはカリーナの肘を小突いた。


「なんで今更傭兵を雇うんだ?必要ないだろ」


「だって家にいるのは父様と母様のなんだもの。私のが欲しいの」


「あのなぁ、傭兵だって人なんだから物扱いするなよ。それに欲しいなら、こんなところに来ずに親に直接言えよ」


 おれの言葉にカリーナが頬を膨らます。


「言ったら自分で見つけて雇いなさいって言われたの。ここには母様に何回か連れてきてもらっていたから見つかるかなぁ、と思ったの」


 相変わらず無茶を言う親だ。いや、母親のリアならこれぐらい言うだろう。そしてリアの夫を務めることが出来ている父親のアントネッロ卿も軽く同意するだろう。


 アントネッロ卿は穏やかで羊のような外見をしているのに、中身は冷徹で気に入らない相手は蛇のごとくジワジワと苦しめて追い詰めていく人だ。

 どんなに間違っても敵にはしたくない。


 おれは痛む頭を押さえながら言った。


「わかった。でも雇うにしてもお金はどうするんだ?家のお金は親のものだろ?」


「私が開発した魔法と薬の特許料で雇えるわ」


 おれは嫌な予感がしながらも、やはり気になるため聞いた。


「なんの魔法と薬を開発したんだ?」


「それは国の機密事項になっているから言えない。でもレンツォが実験台になってくれたから薬のほうは開発がスムーズだったわ」


 機密事項にされるようなものを五歳児が開発したことに気持ちも体も引きつつも、おれは自分の身に関わるため確認したくなかったことを、あえて訊ねた。


「おれはそんなことに協力した覚えはないが、いつ協力したんだ?」


「師匠さんから渡された薬飲んだでしょ?」


「…………」


 おれは心当たりがありすぎて、すぐに返事が出来なかった。


 確か最近で一番ひどかった薬は、浄化魔法をかけても効果がない毒薬というものだった。


 食事に少量混ぜて飲まされたのだが、大抵の薬に耐性があるおれの体でも三日三晩あらゆる症状で苦しんだほど強力な毒薬だった。

 そして四日目に解毒剤を飲まされてようやく回復した。


 それからも、その毒薬に対する耐性をつけるために数回飲まされたが、カリーナが関わっているなど一言も説明はなかった。


 だが、浄化魔法も効果がないという毒薬であれば機密扱いにもなる。


 おれは目の前にいる天使の姿をした悪魔に叫んだ。


「おれが死にかけたのはお前のせいか!」


 おれの怒鳴り声にカリーナはペロッと舌を出して可愛らしく笑った。


「まさか、あんなに効果があるとは思わなくって。急いで解毒剤を作ったんだけど、丸三日かかっちゃった」


「かかっちゃったって、可愛らしく言っても許されないからな!そもそも、先に

解毒剤を作ってから飲ませ……って、違う!」


 おれはカウンターに額をぶつけて会話を止めた。


 自分でも根本的問題を忘れている。ここは一度、冷静にならないといけない。


 大きく深呼吸をして、おれはカリーナを見た。


「そもそも、そんな薬を開発するな。そして、おれを実験台にするな」


 カリーナが綺麗な緑の瞳を丸くして小首を傾げる。


「どうして?」


 まさかの返事におれはもう一度カウンターに額をぶつけた。


 もう嫌だ。現実逃避したい。

 どうやって、こいつに常識というものを教えたらいいのだろう。と、いうか教えられそうにない。教えることが出来る人がいるなら、おれはその人を崇め称えてもいい。


 おれはカウンターに頭突きをしたまま動けなくなった。

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