属性は何を選択すればお嫁さんにしてくれますか?

青葉台旭

1.

「属性は何を選択すればお嫁さんにしてくれますか?」

 いきなり咲希さきが私に言った。

 同性の結婚もだんだん世間的に認知されて来てるらしいし、私たちの高校は女子校だから女どうしで付き合ってるって話も噂レベルでは聞いたことがあるし、咲希は背がっこくて目がクリクリッとしていて『愛くるしい』っていう言葉がぴったりの女の子だから私も好きだけど、しかしそれにしても何ゆえ私なんでしょうか?

 そもそも『お嫁さんにしてくれますか?』って、私たち高校二年生でしょ? 来年は受験ですよ。

 なぜにこのタイミング? なぜにイキナリ『結婚』?

『お付き合いしてください』とかならまだ分かるけど……

 そもそもついでに言わせてもらえば、いくら咲希が可愛いからって、そもそも彼女とお付き合いしたい気持ちは、私には全く、全然、100パーセントありません。

 私の理想の恋人は、老舗の喫茶店を引き継いでカウンターの向こうでこだわりのうまいコーヒーを黙々とれてる髪をオールバックにでつけて黒ベストに蝶ネクタイを締めた四十がらみの渋くてダンディなオッサンなんです。

 いくら咲希が可愛くても、ごめん、守備範囲外。

 できる限り相手を傷つけないように、やんわりお断りしよう。

 ここは定番の「あなたとは良いお友達で居たいの」ってやつを使うか。

 しかし、自慢じゃないがこれが私の人生初告白(される側)だ。

 正直言って、うまく相手を傷つけずに断る自信が無い。

 ……などと頭の中で思考をぐるぐる回していると、咲希が言葉を続けた。

「って、言われちゃった……てへっ」

 え? 

 い、言われちゃった……?

 つまり、さっきのセリフは私への告白プロポーズじゃなくて、咲希自身が誰かから言われた言葉?

 ……なんだ。アタフタして損した。

 対象が私じゃないって分かったら、急に冷静になった。

 彼女のさっきのセリフ、色々ツッコミ所が多すぎる。

「えーっと、確認するけど、『お嫁さんにしてくれますか?』って言われたんだよね?」とたずねる私。

「うん」とうなづく咲希。

「お嫁さん……ってことは、女性なんだよね? その相手の人……」

「うん。たぶん」

「『たぶん』って、どういう意味さ、『たぶん』って……まあ、とりあえず、そこんとこは置いといて……で? 咲希、あんたは何て答えたの?」

「とりあえず、保留にさせてもらった」

「ええ? 断らなかったの?」

「……」

「だって、まだ高二でしょ? 高校生でしょ? 来年は受験でしょ? そんな結婚なんて無理に決まってるじゃない」

「でも……なんか真剣な感じがしたし……すぐに断るのも申し訳ない気がして……それに悪い人じゃないと思うの。たぶん」

 ……あかん……こいつ、押しに弱いタイプや……相手のペースに流されるタイプや……社会人になったらダメ男に一番喰いものにされるタイプや。

 まあ良い。

 さっきのセリフの一番やばい所はそこじゃない。

「あ、あのさぁ……」私は深呼吸のあと、彼女の目を見て聞いた。「?」

 そう、これだ。『属性は何を選択すればお嫁さんにしてくれますか?』……日本語の文法としちゃ間違ってないのかもしれないけど、意味が全く不明だ。

 なんだよ、属性って。

 何処どこの誰だか知らないけど、リアルワールドでそんなセリフをく奴は、間違いなくヤバい。

 返事を保留とかしてる場合じゃねーだろ、咲希。

 さっさと逃げろ。

 さっさとそいつから逃げろ。

「ええ? 比登美ひとみ、知らないの?」いかにも天然気質の咲希らしく、ごくナチュラルに驚いた感じで私の顔を見て言った……比登美ひとみというのは私の名だ。

「世界を構成する四大元素ってあるでしょ?」咲希が、物分かりの悪い子供に教えて聞かせるように言った。

 でしょ? ……って言われても……いや、知らんて。

 私の困惑顔が目に映らないのか、それとも見えているのにわざと無視しているのか、咲希は話を続けた。

「土、水、空気、火のことよ。この世界の全ての物質は、この四つの元素の組み合わせで出来ているのよ」

 化学の山田先生はそんな世迷よまいごと言わんかったぞ。文系で良かったな、咲希。

「この四大元素には、それぞれを象徴する聖獣がいるの」

 ……へ?

「すなわち、土属性の精霊ノーム、水属性の精霊ウンディーネ、風属性の精霊シルフィード、そして火属性の精霊サラマンダーよ」

 ……これって

「彼らは、それぞれの属性に対応した強力な魔法が使えるの」

 ……ひょっとして

「そして、われわれ人間も、この四大聖獣に帰依することによりその属性の魔力を得て魔法が使えるようになるわけ」

「ちょ、ちょ、ターイム」私は思わず手のひらを咲希の方へ向けて彼女を制止した。「あ、あのさぁ……さっきから咲希が言ってるのって、ひょっとして……」

「あ、ごめん、タイトル言ってなかったっけ……『アナザー・ライフ・アンダー・ザ・マジック・スカイ』っていうんだ」

 ああ……なるほど……

 今まで話は全部、か……リアルワールドの話じゃなかったんだ……

「いわゆるMMORPGね」咲希が言った。「世界中のプレイヤーがネット回線を通じて同時に一つの仮想ファンタジー空間で自らの分身であるキャラクターを操作するのよ……旅をして、モンスターを倒し、ほかのプレイヤーキャラと出会い、協力し、時には互いに戦い、別れる……」

 MMORPG……ゲームにうとい私でも、名前だけは聞いたことがある。

 咲希が言われたという『属性は何を選択すればお嫁さんにしてくれますか?』というセリフの意味が、だんだん見えてきた。

 咲希が話を続けた。

「この『アナザー・ライフ・アンダー・ザ・マジック・スカイ』では、キャラクター同士で告白したり、付き合ったり、プロポーズしたり、結婚したりできるんだ。そういう機能がゲームに搭載されているの」

「……で」私は彼女の言葉に合いの手を入れた。「そのゲームの中で、咲希の操るキャラクターが、別のプレイヤーが操るキャラクターにプロポーズされた、と」

「うん。そういう事」

 ……あっ、分かった。『お嫁さんにしてくれますか?』の意味が。

「ひょっとして、咲希、自分の操るキャラクターに『男性』を選んだの?」

「金髪碧眼のイケメン・エルフ」

「それで、咲希に……もとい、告白したのは『女性』キャラなのね? だから『お嫁さんにしてくれますか?』ってセリフだったんだ……」

「うん。そういう事……まあ、ゲームの機能上は男性キャラと男性キャラが結婚したり、女性キャラと女性キャラが結婚したりも出来るんだけどね」

「でも、さ……女である咲希が男性キャラを選んだように、たとえ相手キャラが女性に見えても、実際その向こうにいるプレイヤーが男か女かは分からないんでしょ?」

「だから『たぶん』って言ったじゃん」

「そうか……さっきの『たぶん』は、そういう意味か……」

 阿呆あほらし。

 一瞬でも咲希の心配して損したわ。

 ゲームの中なら結婚でも何でもすりゃ良いよ。ご自由にどうぞ。

 ……と、私はあきれ、しかし一方で咲希に関してをしていた。

「ねぇ……咲希……」

 放課後、赤い夕陽の光が差す教室。私と咲希しかいない。誰に聞かれるでもないのに、思わず声が低くなった。

「最近、なんか顔色が優れないけど……ひょっとして体調崩してるんじゃない?」

 そう質問する私に、咲希は一瞬おどろいた顔を作り、それから「えへへ」と力なく笑って頭をいた。

「私の顔色、そんなに悪い? ここんとこ、その『アナザー・ライフ・アンダー・ザ・マジック・スカイ』にハマっちゃってて……気がついたら明け方なんてこともしばしばでさ……あんまり寝てないんだ」

「へええ……そうなんだ……」

 ……違う。

「自分でも、ヤバいなぁ、とは思うんだけど……なかなかめられなくて。いわゆる『ゲーム中毒』ってやつなのかなぁ」

 ……違う。そうじゃない……

 しかし、私は中途半端な笑い顔を作り「中毒なんて、さすがにそれは大げさでしょ?」と言っただけだった。「でも、ほどほどにしなよ。体調崩して学校生活に支障をきたしたら詰まんないじゃん」と、誰でも言えそうなアドバイスを口にしただけだった。

「だよねー」と咲希が相槌あいづちを打ち、青白い顔で小さく微笑んだ。

 それから、咲希は「そろそろ帰るわ」と言って教室を出て行った。

 その後ろ姿……

 彼女の背中にしがみ付く黒いもやもやとした霧のようなものがあった。

 私には……

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