限定メニューレビュアー

まよりば

第1話

 馴染みない出張先で、携帯端末で軽く調べた評判の良い居酒屋に入った。

 いらっしゃいませ、と店員の威勢のいい声が聞こえ、カウンターに通される。店は盛況で、テーブルは空きもなく、カウンターも残りふた席、というところだった。

 差し出されたおしぼりで顔を拭いて、私は店員おすすめの日本酒と地元ならではというアテを頼んだ。海の近い街らしく、どの客も美味しそうな海産物に舌鼓を打っていた。隣のごちそうを横目に見ながら、出されたお通しと日本酒で一杯やっていると、新たな客がやってきた。彼は店の常連らしく、店員や店長に軽く挨拶しながら唯一残っていた私の隣の席に座った。

「隣、失礼しますね」

 目の細い、長髪を結った中年のその男は、近所のパン屋の店長だという。男によると、この店は近所の自営業者がよく使う店で、彼も食事と情報交換のためによく来るそうだ。

 私は男のオススメだという地魚の開きと刺身の盛り合わせを追加で頼んだ。飛び込み同然で選んだ店だったが、男のおかげもあって、気分のいい酒席となり、酒も進んだ。

 そんな中、男が聞いた。

「お客さん、地元の人じゃないんでしょ?この店にはどうやって来たんです?」

 私は、ああ、と酔いが回っておぼつかなくなっている手でポケットから携帯端末を取り出した。

「出張が多くてね。出先で晩御飯を取るときは、これでいつも軽く調べますね」

「なるほど。便利ですもんなあ」

 と男はうなずく。

「調べるっちゅうのはあれですか?サイトかなんかで?」

「いや、ああいうとこは悪いレビュー消したりするでしょ?もっぱらマップのレビューを参考にしてますよ。参考にしたお返しじゃないですが、私も色々書いてますね」

「マップのレビューですか……」

 男の含みのある反応が気になって、私は何か問題でも?と尋ねた。すると男は、いやぁね、と語りだした。


 うちの店、パン屋だって言ったでしょ?週イチ限定で出してるメニューがあるんです。

 人気のあるメニューなんだろうなって?いやいや、その逆。全然人気のないメニューでして。でも、開店当初からある商品で愛着がありましてね。

 ただ一方で固定客もいてくれたんです。若い男の人でしたね。毎週律儀に買いに来てくれるんです。一日3個しか焼かないパンでしたが、そのお客さんが買っていった残りは、ほぼ私が廃棄前に食べてましたよ。

 そんなある日、うちの店のレビューをマップで見かけたんです。高評価で、しかもその限定メニューのことまで書いてある。店の者も、このレビューはきっとあのお客さんだ!って言って、お客さんが来るたび少しニヤついていましたね。

 それで、この店で飲んでる時に、そうやってレビューをもらったことを話したわけです。

 で、他の店の連中がそのお客さんの他のレビューを見ようって言うんで、他のレビューも見てみたんです。そうしたら、近場の店や病院のレビューばっかりで。どうやらこの兄さんは近くに住んでるらしいぞ、と皆で大笑いしましたね。酔っ払いですし、何がおかしいのか自分達でも分かりやしませんでしたがね。

 他のレビューも概ね高評価でしたね。ただ、1件だけ最低評価の店があったんです。また間の悪いことに、そこの店主も同席してましてね。レビューを見ちゃったんですよ。いいねボタンとやらもいっぱいついてましたね。まあ、気まずいこと。

 でも、レビューが酷いとは誰も思いませんでしたね。低評価の店主、ヤッちゃんって言うんですが、まあ商売の下手な男だったんです。肉を食わせる店だったんですが、物は良くないし、品質の管理もできてない。親父さんの頃はいい店だったんですが、ヤッちゃんに代替わりして、あっという間にお客さんがいなくなりましたね。本人も悩んでいろいろやるんですが、何しろ先に言ったように基本のきの字がそもそもできてませんでしたからね。やることやること空回りでしたね。

 ただ、本人もだいぶ思いつめてたのを周りは知ってるから、気にすんなよ、とか慰めの言葉は軽くかけてましたね。本人も大丈夫、とは言っていたんですが。

 そしたら次の週ですよ。店の前で悲鳴が上がったんです。

 見たら限定メニュー買ってくれるお客さんが血まみれで倒れてたんです。隣にはヤッちゃんが包丁持って呆然と突っ立ってました。

 駆けつけた警官にはあいつのレビューで店が潰れただの何だの供述してたみたいですが、もちろんそんな訳はない。自業自得ですよ。ただ、精神的に不安定だったみたいで刑務所じゃなくて病院行きでしたが。

 お客さんが怪我で済んだのが不幸中の幸いでしたね。本当に申し訳ないことした。

 え?どういうことかって?

 私が書いたレビューだったんですよ。くさやと魚醤を使ったパン。臭くても美味いパンだと思うんですがね。人気ないんですよね。

 まあ、ヤッちゃんのことは小さい頃から苛められていて嫌いでしたから、彼の店に関しては嘘にならない程度に私怨の入ったレビューだったかもしれませんね。我ながら良いタイミングでしたよ。

 

 男はそう言って、細い目をさらに細めてニンマリと笑った。

 ゾッと寒気が走る。体調が悪いとかなんとか言い訳して、私は手にした盃もそのままに慌てて勘定をして店を出た。

 ホテルの部屋に入るとすぐ、今まで書いてきた全てのレビューを消したのは言うまでもない。

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限定メニューレビュアー まよりば @mayoliver

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