寝室迷宮日誌

茜雲

第1話 寝室の魔法陣

 2000年4月1日

 引っ越し。

 また新しい家、新しい街だ。

 親の仕事の都合で仕方がないが、転校続きで友達も出来ず、ゲーム三昧の生活。

 これが決してよいことではないのは自覚している。


 4月7日

 入学式。

 今年度からは中学生だから転校生として注目されることはないはずだ。

 その点は助かる。

 今度こそ沢山友達を作って楽しい学校生活を送るのだ!


 4月13日

 まずい。完全にボッチになってしまった。

 この公立中学には地区の3つの小学校からの生徒が進学して来る。

 その小学校ごとにグループになっており僕は話の輪に入れず。


 4月18日

 まずい。勉強も運動もぱっとせず、話もしない。

 そんな僕には味方が誰もいない。

 大部分のクラスメートに無視されている。


 4月23日の出来事

 部屋の電灯を消すと、自室のベッドの下から灯りが漏れているのに気が付いた。

 覗き込むと何やら変な模様が見える。

 ベッドをどかしてじっくり見たら、それは漫画やラノベで見る魔法陣だった。


 何の気なしに乗っかって見たら、一瞬の浮遊感の後、僕は転移していた。

 そこは不思議な小部屋だった。

 床、壁、天井全てが薄緑色に発光する滑らかな不思議な材質で構成されており、正面に重厚な扉があり、1と大書されている。


 ふと自分の体を見ると、服が消えている。

 いつの間にか素っ裸になっていた。


 とりあえず正面の1の扉を開けると、外は荒々しい岩肌の洞窟だった。

 小部屋よりも暗いがやはり薄緑色に発光しており、目が慣れて来ると少し奥まで見通せる。

 横幅も高さも5メートル程の長いトンネル状になっている。

 左右にいくつも人ひとり通れる程の穴がいくつもあいており、穴の先もトンネルになっているようだ。


 ふと真横をみると白い扉があり、糸杉のような木のてっぺんにいくつも金色の輪っかがはまっている絵が描かれている。

 その扉を開けてみると、中は眩しいほどの白色光に溢れる広大な部屋で、20㎝四方程度の小さな石板が見渡す限り延々と敷き詰められている。


 石板には文字のようなものが刻み込まれているが見慣れない文字で読むことが出来ない。

 手前からいくつか見て行くうちに、日本語の石板を見つけた。


「岩淵洋子 第一日目に死す 享年18歳 2018年2月10日」

 そこにはこう書かれていた。

 この石板は墓標だった。


 僕はショックを受けて魔法陣の小部屋まで急いで戻った。

 よかった無事、自分の寝室まで戻ることが出来た。

 部屋着もちゃんと着ている。

 どうやらあそこはこの世のモノならぬ恐ろしい場所のようだ。


 4月24日

 気になって、また魔法陣で転移した。

 護身用に台所から包丁を持ち出したけれど、やっぱり転移後は手ぶらの素っ裸。

 ここには何も持ち込むことは出来ないらしい。


「ステータス」

 と唱えて見ると、案の定、半透明のボードが現れた。


【貴志哲也 レベル1 命10 体1 魔0 敏1】


 これが今の数字。

 ここはやっぱりゲームの世界のようにレベルとステータスがあるんだ。

 でもあの累々と続く石板の墓標を見る限り、ここで死ねば本当に死んでしまうと思われる。

 絶対に死んではならない。

 というか、そもそもこの迷宮に挑む必要があるとは思えない。


 4月25日

 やっぱり気になって魔法陣で迷宮へ転移した。

 洞窟の最初の横穴を覗いてみると、その先も同様のトンネルだったが、少し奥にやや広いスペースがあった。

 そこまで進んでみると、そこは縦・横・高さ各10メートル程の部屋だった。

 部屋の中央に何か浮かんでいる。


 近寄って見るとそれは灰色のテニスボール大の毛玉だった。

 ふよふよと漂っている。

 じっと観察していると、毛玉が膨れ上がって体積が数倍になった。


 次の瞬間、毛玉は素早く僕の方向に突進して来て、胸に衝突した。

 凄い衝撃に吹き飛ばされてしまった。

 幸い部屋と通路の境目まで飛ばされたので、転がるように通路に逃れた。


 胸が激しく痛む。息が出来ない。

 足ががくがくするが何とか動けたので、魔法陣の小部屋に逃げ込んだ。


【貴志哲也 レベル1 命5/10 体1 魔0 敏1 耐性←NEW】

 命が5になっている。

 あの打撃を二発くらうと死んでしまうということか。

 恐ろしい。飛ばされた方向が壁際だったり、打ちどころが悪くて動けなかったりしたら追撃されて死んでた…。


 耐性という項目が新たに増えた。

 ボードの耐性の文字に指を触れると明るく光、少し押し込むとピッという音と共に内容が展開した。


 耐性 打撃耐性1


 おお!痛い目に遭った甲斐があったようだ。

 だが、胸はずきずき痛む。あばら骨が折れた?

 転移で自室に戻っても痛みはそのままだった。


 4月26日

 朝、目覚めて見ると、痛みは消えていた。

 学校は苦痛だが帰宅してすぐに迷宮に入る。

 まずはステータス確認。


【貴志哲也 レベル1 命10 体1 魔0 敏1 耐性(打撃1)】


 よし。体調が戻っている。

 もう一度あの部屋に行く。毛玉がいた。

 毛玉に近寄ると膨れ上がる。

 ここで作戦どおり、部屋の出口付近に急いで後退する。


 毛玉は突進するが僕には届かなかった。

 回避成功!

 あの突進の移動距離は2メートル程度だ。

 徴候を確認してから射程外へ移動することで回避が可能と分かった。


 次はこっちから攻撃してみよう。

 平手ではたいてみた。わずかに手応えを感じる。

 毛玉がすぐさま攻撃態勢に入ったので、こんどは横に避けてみた。

 毛玉はさっきまで僕がいた位置をシュッと素通りして2メートル進んで止まった。

 横方向の回避に成功した!


 毛玉はいつもはふよふよしているのにこの時は固まっていた。

 技後の硬直という奴かも知れない。

 チャンスとばかり思いっ切り張り手をかます。

 十分な手応えがあり、毛玉はひるんだようだった。


 しばらく攻防を続けると徐々に毛玉の毛が抜け、色も黒ずんで来た。

 よしそろそろ仕留められそうだと意気込んだのだが、思いっ切り振りかぶったその時に毛玉が膨らんで攻撃態勢に入った。

 焦った僕は張り手を空振りし、モロに毛玉の突進を受けて吹き飛ばされた。


 ぐぼっ。気が遠くなる程の衝撃。飛ばされたのは壁際だ。

 足に力が入らず立ち上がることが出来ない。

 追撃が来る!

 なんとか転がって回避。

 出口までたどり付かないといけない。


 回避を続けるうちに立ち上がることが出来て、通路に出れた。

 しかし、毛玉が追って来る!

 僕からも相当攻撃したから激怒モードに入っているんだろうか?


 いそいで扉まで戻って転移の小部屋にたどり着き、1の扉を閉める。

 しばらく待ったが毛玉は扉を開けて入って来ることは無かった。


【レベル1 命6/10 体1 魔0 敏1 耐性(打撃2)←UP】


 相当痛かったが前回よりましだった。数字的にも前回は命がマイナス5だったが、今回はマイナス4だ。打撃耐性1が仕事をしてくれたのだろう。

 打撃耐性が更に一つ上がって2になった。

 ということは次回衝突されると命はマイナス3なのだろうか?


 あまりに痛すぎるので敢えて実験する気にはなれない。

 今日はここまでにしよう。


 4月27日

 ひと眠りすると命は完全回復する。

 昨日の反省点は、勝を急いで焦ったことと、モーションに隙が大きかったことだ。


 なので今日は、ボクシングの構えを取って、パンチを一発出したらすぐに拳を引いて元の構えに戻ることとした。

 そして常に毛玉から目を離さず、位置をしっかり確認し、攻撃の徴候が見えたら最優先で回避に入る。


 部屋に入り毛玉と向き合う。

 左半身に構えてジャブを繰り出す。

 ヒット、戻す。ヒット、戻す。


 毛玉に攻撃徴候。

 素早く横方向に回り込む。

 毛玉、突進後に硬直。

 右ストレートを叩き込み、素早く戻す。


 手応えあり。

 その後、毛玉の硬直が解ける。


 ジャブ、戻す。ジャブ、戻す。

 毛玉の攻撃を躱してストレート。

 このパターンを愚直に繰り返す。


 やがて毛玉は、毛が抜け黒ずむ。瀕死になったもよう。

 そしてとうとうこの瞬間がやって来た。




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