第105話 騎士会の希望と守護宗家の未来

 足元とも言えるそこで邪神が咆哮を上げた。

 視界に映る幾条の金色こんじきの閃光と爆轟が、如何にして発生しているかは想像するまでもなかった。


 思考へここで決せねば全てが水の泡と刻み、己を奮い立たせた俺はナイアルラトホテップの一撃一撃を見定める。


「(回避もクソもないこの暴虐なまでの攻撃の嵐……けれど見舞ういずれも、。それを回避出来ないからこたえてんだが、一つだけ気付いた事がある。)」


「エリーゼ! ネクロミノコンのデータ羅列を当たり、混沌ヤロウの本体が有する攻撃詳細を確認出来るか!? 」


『攻撃詳細……やってみよう! だがマスター草薙、そもそも攻撃と言う概念が果たしてデータとして存在するかは疑問が残る! 』


 エリーゼからの返答に、承知と首肯し再びナイアルラトホテップの攻撃回避に専念する。

 彼女の言い分ももっともであり……その点へ自分なりの確証が持てるか否かのデータ検索依頼だった。


 一撃の強大さは言わずもがな。

 それは人類に恐怖と絶望を刻む事が出来る恐るべき神の雷。

 けどそれが、……話は変わって来る。


 ただの権威の象徴であって、――


 僅かに思考を巡らせた俺へ響いたエリーゼの声。

 同時に憶測が確信へと変わる引き金となる。


『……ネクロミノコン検索の結果、やはりかの攻撃手段と思しき物は見当たらない! 言うなればあれは、ただ神の雷を力無き者へと振り撒いているに過ぎない様だ! 』


「だろうな! 元来神々と名乗る存在は戦いもそこに使う力も、俺達人類の知見領域なんざ足元にも及ばない! そもそも攻撃手段とか言う概念さえ必要はないだろう! 」


 俺の思考へ過ぎるは人類史のあらゆる傲慢なる戦いの末路。

 人類は手を変え品を変えて、互いに醜い争いを続けて来た。

 その本質たるものの、使


「なるほど神様とやらは、これを恐れていた訳か! 俺達人類は、知恵の実を喰らった罪人とされる! その知恵を誤った方向へ導いてしまったからだ! そこにある本質――」


「即ち人類が醜いまでに続けて来た戦いと言うものも、正しき道を行けば己を研鑽する事で知略や武門をも高みへと上らせる事に繋がる! 言い換えればそれが、神々とさえも対等に渡り合う力となるって訳だ! 」


 それが人類と言う矮小な身体で振るったならば何の影響もないだろう。

 しかしそれが、別問題だ。

 今の俺達の様に……神を、星の意思を纏う鋼鉄の巨人を得たならば。


「神々に立ち向かうのが、人類の操る鋼鉄の巨人とか……まるでどっかのラグナロクのようだけどな! まんまそのラグナロク後の全滅エンドじゃ、シャレにもならねぇ! ルルイエを救い出し、勝って終わるぜエリーゼ! 」


『ラグナロクとやらは……ふふ、その様な終わり方は御免被りたいな! 行こう、マスター草薙! 蒼き星の、アリスの使徒として! 』


 俺の思考していた戦術が伝わったエリーゼが吼える。

 彼女は本来ここにいない存在……そして人類の傲慢の餌食となった生命種の代表たる者。

 そんな彼女と供にここにいる事にこそ意味がある。


 人類が背負う贖罪の果て。

 生命の輪廻の中でで担うべき業と、過ちへの代価。

 その全てを人類が本来生み出すべきであった、正しき知恵の導きに乗せる。

 知略と武の境地――俺が目を背けて来た、草薙表門当主の宿命の元に。


「もうこの宿命に目を背けている場合じゃねぇ! 俺はこの定めの全てを、真正面から見据えてやる! そうしなければ家族も、大切な者達も守れないってんなら……やってやろうじゃねぇか!! 」


 暴虐なる閃条から距離を取り、回避の時間は終わりとアメノムラクモを構え直す。

 そして超重刀剣型であったそれを、炎宿す恒星の如き赤焔渦巻く刀身へと変化させ――


「アメノムラクモ奥義形態……〈迦具土カグツチ 禍払炎陽ノ太刀マガツエンヨウノタチ〉! 草薙 界吏くさなぎ かいり、推して参るっっ!! 」



 荒神スサノオオルディウスの咆哮と供に俺は、ナイアルラトホテップの放つ神の雷へ向けて突撃を敢行した。



§ § §



 神秘の衛星宙域まばゆき爆轟で染め上げるは、這い寄る混沌ナイアルラトホテップが放つ神の雷。

 巨大なる異形の背部へ顕現した、幾重の角とも羽とも放たれる。

 その威力たるや……元来宇宙を満たす量子論的な騒がしさの元たる極小素粒子へ、超振動によって膨大な相転移反応を生むほどである。


 閃条が走り抜ける場所の周囲が、励起されたエネルギーで至る所へ対消滅の乱舞をばら撒いていた。


 まともに受ければ神代の機体とてただではすまない雷を、事を見定めた救世の当主界吏の駆る神たる竜機オルディウスが疾駆する。


界吏かいり様、考え無しに突撃しては――』


 さしもの元観測者アリスも突撃へ光明が見当たらぬと悲痛な叫びを上げるが、それを制したのは罪越えし少佐シエラである。


「大丈夫よ、アリス! 彼が身に付けた御技は、かの草薙の――いえ……人類が正しき道を行くために編み出した武門のそれ! 彼を信じてっ! 」


 救世の当主のやり取りを、通信から漏れる会話から聞き取っていた罪越えし少佐は断言する。

 彼女とてかつては、騎士の名を背負いし名家の生まれ。

 武士と騎士との戦いに於ける技の表面的な違いはあれど、本質的な所は同じと悟っていた。


 円卓の騎士会ナイツ・オブ・ラウンズが誇るガウェイン家嫡女の出生は伊達ではなかった。


 同時にこの戦いに於ける鍵を、思考で素早く洗い出す。

 竜の少女エリーゼが零したとの言葉の羅列が、罪越えし少佐の脳裏へその場で必要とされる即興戦術を捻り出させた。


 ここに来て、少佐の内に眠る騎士家の当主たる本質が覚醒を見る事となったのだ。


「(かと言って私と界吏かいり君がバラバラに攻めたのでは、あの邪神を超えることなど出来ない。ルルイエの魂も同時に救い出すためには――)」


「アリス! ルルイエの魂が、邪神の機体のどこに紐付けられているか分かる!? 彼女を救い出すためには、邪神本体と強制的にでも接続を引き剥がさなければいけないわ!」


『シエラ……。そうですね、こちらでそれを感知してみましょう。あの子の魂の波動は、忘れる事など出来ぬ姉妹の証ですから。』


 機動兵装と言う概念で言えば、機体コックピットと考えられる場所は限られるも……相手は邪神と呼ばれる生命体に準じた構造を持つ。

 故に人知の及ぶ範疇ではない事を、罪越えし少佐は悟っていた。


 だからこその元観測者への頼み。

 そこから導かれる情報を起点に、少佐は己が駆る銀嶺の女神ローゼリアと救世の当主が駆る神たる竜機オルディウスの……最後の戦い勝利の鍵とした。


『分かりました……。ルルイエの魂は邪神本体の頭部ひたい……そこへ彼女が紐付けられています。機動兵装の概念ではない――生命の魂を構成する肉体に準じた位置と。』


「ありがとう、アリス! 言わば神の写し身たる人体の、魂を構成する脳の位置に彼女がいると――界吏かいり君! 」


『ああ、こちらでも聞き取れた! ならば取りうる行動は一つだぜ、シエラさん! 』


 全周波通信で即興戦術の要となる策を解き放つ。

 それが例え邪神の耳に届こうと、対処させぬとの気概を込めて。


『キヒッ、キヒヒヒヒヒヒッ! 無駄ですよ!?ええ無駄ですとも! それがこの私の耳に入った時点で、させるとお思いです――』


、私達は持ちえているのよ!? 邪神 ナイアルラトホテップ! これは私達が仲間だから……家族だから叶う戦い方! それをとくと味わいなさいっ! 」


 申し合わせた様に邪神の狂気にまみれた声が響くが……罪越えし少佐は怯む事無く煽り返す。

 何の事はない――相手が情報全てを逐一手にすると言うならば、それを利用し陽導をかける術さえ人類は心得ている。

 それを悪用するからこそ、傲慢で世界が塗り潰されて来たのだ。


 しかし元来その知略とは、大切な家族を守るための守護の力でなくてはならないと――

 それを騎士家の当主として覚醒した罪越えし少佐……ガウェイン家嫡女シエラは理解する。

 その思考で救世の当主とのアイコンタクトを経た彼女は、銀嶺の女神ローゼリアに気炎を纏わせ神たる竜機オルディウスの傍へと舞い飛んだ。


 


「キヒヒヒッ!わざわざこちらが狙い易い様に一所へ集るとは、すでに勝利さえも諦めたのですか!?愚かなる人類!ええ……ええ、それはまさにこちらの思惑通りですっ!」


 狙い済ました這い寄る混沌が膨大なエネルギーを集束させ、チャージ時間さえ僅かであるそれが……周辺宙域へ膨大な対消滅反応を撒きながらはしり抜けた。


「へへっ……まんまとこちらの誘いに乗ってくれるたぁ、ありがたいこったな! 覚えておけ混沌ヤロウ……、連携もクソもないバラバラの戦力が関の山――」


「俺達を誰だと思ってやがる……! 退魔討滅の志士にして、蒼き大地の誇る英国は円卓の騎士会ナイツ・オブ・ラウンズ ガウェイン家当主と……日本が誇る三神守護宗家は一家――草薙家 裏門当主だっ! 眼前の魔の蛮行を……俺達がそれを放置する事などまかりならない! 」


 救世の当主のしたり顔とガウェイン家嫡女のしたり顔がシンクロする。

 すでに二人は破壊の閃条を超え邪神を穿つ策を共有している。

 彼らが元来 退魔討滅に於いて手を取り合うべき、武門を極めし者達であるが故に。


 たった一柱で抗う邪神を超える術など、いくらでも編み出せるのだ。



 そして――

 閃条が二体の巨大なるラグナロクを思わせる巨人を包むか否か……かの退魔絶対防壁を誇る八咫の鏡やたのかがみが二体の前に顕現したのだ。

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