第98話 神代の昔語り

 モニターへ映り込む悲劇。

 けれどジィさんが望んで挑んだ戦いの結末。

 暴力的なまでの突撃を敢行する這い寄る混沌ナイアルラトホテップを、アメノムラクモで受け止める竜星機オルディウス


 その機体さえも悲しみの咆哮を上げていた。


『マスター草薙……なぜマスターシエラの、彼への助力を止めたのだ。我は今、理解に苦しんでいる。』


 機体の嘆き同様の悲痛と……俺の行動に対する疑問も止む無しと、エリーゼが問うて来る。

 無理もなかった。

 彼女が生態系の頂点として生きていた時分であれば、助かる命をみすみす放置する様な行為は理解の外だろう。


 だが同時に——

 生命の中には思考は無くとも同様の行為に及んでいるものもいるはずだ。


「エリーゼ……生命には、自己犠牲を以って種の存続に一役買う生き物もいるはずだ。ただそこへ感情の有無が伴うのが、人類と言う種族。元々人類外だった君が、理解に悩むのも分からないでもない。」


 混沌の突撃をいなし、薙ぎ……かわしながら紡いで行く。

 すでに宇宙の塵と化して行く、ノーデンスの本体をその目にしながら。


 その惨状に……亡き親父が感じていた無念を重ねる様に——


 重く伸し掛る人類の因果。

 救い上げたはずの命に、今度は


 それなのに——すでにこの胸の奥底から湧き上がるドス黒い情念が、今にも思考を塗り潰さんとしているのを感じていた。


 そんな俺の聴覚へとトドメを入れて来るは混沌の狂気乗せた声。

 だが、もやが掛かっているはずの邪神の深層心理が……ほんの刹那思考へと流れ込んで来た。


『キヒ、キヒヒヒヒヒヒッッ! ああ、なんと無様な事でしょう! よもや試練を与えるはずの人類の、踏み台と化すなどとは! 愚かしいです、ええ……愚かしいですとも!! 』


『(——……苦しい。もう……こんな悲劇は……見たくはない……――)』



「なん……だ?これは。まさか……ナイアルラトホテップの? 」


 狂気に歪む高笑い。

 禍々しくギラつく双眸。

 眼前……モニターを占拠するのは、紛う事なき恐るべき狂気の権化。


 それなのに俺が感じたのは、まるで今の俺達と同じ様な……


『しかしながら、クトゥルフが大打撃を受けるのはいささか想定外。あなた方はすでに気付いているかと思いますが……ええ、正しくヨグ=ソトースはかの宇宙とこの宇宙を未だ繋ぎ切れてはいません。ですが——』


『何……残念ながらまだ。お分かりですか? 最後の贄を捧げればヨグ=ソトースとて、しかと高時空間を繋ぐ門の役割を果たせるのですよ! 』


「……ま、て!? そいつぁ——」


 クツクツとほくそ笑み狂気の権化。

 すると俺達を嘲笑う様に後退する。

 見ると、俺側だけではない——オリエルとアルベルトへ接敵していた奴の分身体までが後退していた。


 そう。

 つまりはそう言う事だ。

 ここに来て、


『参考までに申しておきますが、かの宇宙とこちらを繋げばクトゥルフへも再びアザトースからの神霊力が流れ込みます。そうすればすぐ様、かの大邪神は復活を見る事となるでしょう。』


『ああ、絶望的です。ええ……絶望的な幕引きとなるでしょう! 』


「クソッ……やらせる――があああああーーーーーっっ!!? ここに……来て――」


 奴の宣言で虚を突かれた隙。

 再び俺の思考を邪神が邪神たる所以である狂気の浸蝕が襲った。

 エリーゼによる中和すら越えて来る、異常なまでの狂気の圧力。

 さらに魂が引き裂かれるほどの激痛の中目にしたのは……入り乱れてモニターへ映し出される惨状――


 この月宙域で戦う全ての志士へ、同時に叩き付けられた狂気の奔流だった。


『マスター草薙! だめだ……今あなたは憎悪が心を支配し始めている! これを受け続ければ――』


 すでにエリーゼの警告さえも耳に届かぬほどに、俺の思考が薄れ始め……そしてそのまま精神が高次意識領域へと弾き飛ばされた。



 俺はそこで、遥かいにしえの物語を目撃する事となったんだ――



§ § §



 それは最初の生命が誕生するか否か。

 あらゆる物に神霊の力宿りし神代の大地。

 すでに産み落とされる原初の生命が満ち溢れた楽園で、一人の少女が生命へ因果を託し続けていた。


 長く腰まで伸びる漆黒の御髪。

 切り揃えられた前髪の下に覗く金色の瞳が、穏やかに生命を見つめていた。

 白と黒が配されたゴシック調ドレススカートが、座する少女を囲む大輪の花の様に広がっている。


「ルルイエ、ここにいたのですか。ようやっと貴女の星霊姫ドールシステム構想が日の目を見る事になりましたね? 」


「ああ、おはようアリス。たいした事ではありません。ええ、ないのです。元々その構想の基礎をあなた……アリスから引き継いだのが全ての始まり。」


「むしろ賞賛されるべきは貴女、アリスですよ。」


 ルルイエと呼称された黒の御髪の少女を親しく呼ぶは、同じ背丈に同じゴシック調ドレスへ金色の御髪揺らす影。

 黒髪少女のドレスに対比する様に白と黒の配分が逆転する白の少女。

 彼女の名はアリスと呼称された。


 それは高次元に残された遥かな太古の記憶。

 今救世の当主界吏が飛ばされ……意識のみがその記憶を辿っている。


 そして断片の如く記憶が進み、二人の命運を決定付ける瞬間まで流れ着く。

 そこで――黒髪少女ルルイエ金色の少女アリスは、互いに悲哀を込めた双眸を交し合っていた。


「待って、ルルイエ! 私が最初にその混沌の因果を言い渡されたのよ!? なのに貴女がその永遠の苦痛に放り込まれるなんて……私には我慢出来ない! 」


「何を言っているのです? 私がそれを肩代わりしなければ、こんどは貴女がこの因果を受けるのですよ? 貴女が私の苦痛を望まないのと同じ――。ええ、望んでなどいませんとも。」


「でも……けれど! ルルイエ――」


「お話は済んだかい?マドモアゼル方。生命をあの蒼き大地へ誕生させると言うならば、これ以上論議を引き伸ばす理由もないね~~。」


 悲哀に濡れる二人へ割って入る影は――異形。

 黒きローブに二対の蝙蝠の如き翼を広げ、禍々しき面にギラつくは縦三列に見開かれた金色の眼球。

 尖る耳元まで避ける口元が、異形をさらに異形たらしめていた。


「早く決断する事をお勧めするよ?マドモアゼル方。準備が整い次第、アザトースへの案内は闇を彷徨う者ナイアルラトホテップたるボクにお任せさ~~。」


 異形を剥き出しにするも飄々ひょうひょうとした態度の存在は、自身をナイアルラトホテップと名乗り……何らかの決断を黒髪少女へと迫っていた。


 暫しの沈黙。

 しかしその沈黙は、これより数億年を越える因果に呪い付けされる後生たる決断への迷い。

 黒髪少女の迷える心も、金色の少女の悲哀に濡れる姿を見やる内――決断へと導かれた。


「アリス。私はこれより彼の援助を得てかの者と――邪神の一欠片たるナイアルラトホテップとなって、世界の監視者としてのお役を買って出ます。ですから貴女はこの蒼き星へ――」


「地球へと残り、生命を見守ってあげて下さい。何……貴女には貴女が生み出した星霊姫ドールシステムが供にあります。何も寂しい事などありません。ええ、無いのですよ。」


「そん、な……ルルイエ。そんな……。」


 異形の邪神は千のかおを持つと言われ、それは神格クラスの霊的存在が邪神として選ばれる――あるいは進言する事でそのかおの一つを賜る事が出来る。

 だがそれは、神々でさえも忌避する悠久の呪いをかけられるも同義。

 故にそれは今生の別れに相当するのだ。


 飄々たる異形ナイアルラトホテップは口角を上げた狂気の面持ちへ、人知れず彼女達への労りを乗せ宣言する。

 彼、そして彼女達が観測者になぞらえる者である以上……避けられぬ宿命の別れの宣言を。


「では、事も決まったようだし……君をナイアルラトホテップの化身〈黒き風ブラックウインド〉として迎え入れるよ?ルルイエ。そして君はアザトースへの謁見後、邪神 ナイアルラトホテップとして霊的な世界へと顕現する。いいかい――」


「この蒼き星で生きる生命が、重大なる過ちにて世界を滅ぼさんとしたその時は……邪神の審判の最前線へと赴いてもらうからそのつもりでね~~。」


 それは神代の古き記憶。

 姉妹であり別れ身であり、同胞であった神格存在の少女達の……悲しみの物語。



 それが今現代を生きる救世の当主の思考へと……深く刻まれる事となったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る