第82話 光と闇と、人間と邪神と……

 まばゆき閃光が宙域を激しく照らし、やがて収束を見た頃……二つの巨影が残される。

 一つは聖霊騎士オリエルの駆る天使兵装メタトロン——そしてもう一つは宵闇の魔王アルベルトが駆る痛み負う黒竜ペイントゥースである。


 それは今しがた一騎打ちの様相で交差し……勝敗が決したはず。

 が——


「——俺は、生きている……のか? 騎士よ……これは一体何の真似だ。この俺にと言うのか? 」


 黄金さえ纏った天使兵装メタトロンの一撃は、寸での所で黒竜を仕留め切らず——否……銀嶺の剣を外して撃ち抜いていた。

 その状況へ大いに不満を口にした魔王へ……一騎打ち寸前で取り戻した、彼の誇りへ最大の敬意を表し騎士が語る。


『生き恥でも何でも晒すがいい。、迷う必要などないだろう。貴君……魔王とやらが守りたいものはそれだけの価値がある——』


『だからこそ貴君は永きに渡り、その者達への安寧招来の希望を抱き続けた。違うか? 』


 その言葉は、宵闇の魔王の魂へ重く……そして強く刻まれる事となる。

 僅かに双眸を見開いた魔王は、少しの後――魔王らしからぬ柔らかなる面持ちへと移り変わっていった。


「ふっ……お前が——オリエル・エルハンドが、あのルシフェルの様に見えて来た。奴ならばお前と同じ言葉を口にしただろうな。」


 過去を思い出す様に、宵闇の魔王が信を置きしかつての最高位天使の名を上げれば……モニター越し——聖霊騎士が首を左右に振る様が映り込む。


『噂に聞きし最高位天使と同等とされるは光栄だが……私とて最初から全てを悟っていたなどと吹聴するつもりもない。これはあの草薙——』


『蒼き星の命運を握る、偉大なる竜を駆る男より教えられた……まあ早い話が受け売りの様なものだ。』


「そうか……。ならばこの戦いが終えた暁には、じっくりその草薙とやらと語り合うも一興だろう。」


 双眸を閉じ語る騎士の言葉へ、並々ならぬ興味をそそられた魔王。

 すでに己が敗北は決したはずの彼は、思いのほか清々しき心情を顕とする。


 そして——

 痛み負う黒竜ペイントゥースの機体モニターより、今邪神生命全体を纏める黒山羊嬢王シュブ=ニグラスへと通信を飛ばす。


 魂へ……たぎる決意をしかと刻み込みながら。


「聞こえるな、シュブ=ニグラス。俺は見てわかるだろうご覧の有様だ。だが決意した——このまま俺は彼らに下り、辿。」


「だからそちらを……残る邪神生命の指揮を任せて構わないか? 」


『はぁ……結局わらわが、事の始末を負うハメではないか。まあよかろう——どの道お主の辿るべき因果は、わらわ達邪神とは大きく異なる故な。じゃが——』


『敵となるからには容赦など出来ぬ。心してかかるが良い。』


「すまないな。短い間だったが……世話になった。」


 それは敵対しているのが邪神とは思えぬ、人情さえ滲むやり取り。

 宵闇の魔王の決意に応える黒山羊嬢王の対応は、大海の巨躯ノーデンスにさえ通じるものを感じさせる。


 言わばそれこそが観測者になぞえる者の矜持。

 違える思想と目的を前にした彼らが手を取る時かざす、因果に従う上での掟そのものなのである。


 支えられた黒竜が天使の銀嶺の腕より離れ——同時に魔王が騎士へと宣言する。

 己に打ち勝った主の御使いたる者を初めとする、救世の部隊側へ向けたケジメを。


聖霊騎士パラディン オリエル・エルハンド……この度の一騎打ちは俺の敗北だ。そしてこれより俺は、お前が言った様に。」


「俺が守りたかった、あの天楼の魔界セフィロトで今も逞しく生き続ける魔族らの未来のためにな! 」


『ああ、委細承知した。それ程までの潔さなら、あのマスターテリオンのみなも喜んで受け入れてくれる。魔王——アルベルト・アシュタロスよ……これより共に戦おう。』


 天使を模した機械兵装と、魔を体現する黒竜が手を握り合う。

 その時——太陽系の長き歴史が大きく動く事となる。


 光に属する者と闇を纏う者が手を取り合ったのだ。

 それらを畏怖する人類が、未だ己が私利私慾にまみれた戦いの怨嗟に飲まれる中で……それを遥かに上回る時間戦い続けた二大勢力が和解したのだ。


 新たなる歴史の始まりとも言えるその快挙は、高次元の彼方——最後のピースをはめ込んだ。



 歴史上

 一つの歴史線上へ……二つの輝くトラペゾヘドロンが誕生したのだ——



§ § §



 俺は度重なる驚愕にも、さして驚かなくなっていた。

 月面上遺跡とそこを守護する女神が襲い来た事。

 敵方に邪神所か魔王を名乗る物が存在していた事。


 そして観測者たるアリスと共に、シエラさんが女神の搭乗者に選ばれ戦場へ舞い飛んだ事——


 これは恐らく因果の導き。

 それも一つや二つの因果が齎すレベルではない、


 そう思わせる姿の少女が、今モニター越しの視線を寄越す。

 基本的な体躯はアイリス達星霊姫ドールと変わらず――けれどその双眸は、爬虫類のそれを連想させる。

 口元から覗く鋭い八重歯は、彼女の本質がT−REXレックスであることも影響しているだろう。


 そんな彼女は元々この機体の中にあるもう一つの格納部へ存在し、座したその双眸で覚醒の時を待ち続けていたんだ。


「シエラさんは間に合ったみたいだな! じゃあこちらも、この月面の邪神生命を蹴散らすぞ……っと——君はなんて呼べばいいんだ? 」


『……? 我に名付けたは人類。確かT−REXレックスと、そう称していたはず。』


「いやまあ、そうなんだが……それはあくまで総称であって——」


 人とは明らかに違う雰囲気は、観測者に邪神らとも異なる気配。

 もし動植物が、突如こう言った言葉を解する意識を得たらそうなるのかと……ある種の恐怖さえ覚える。

 昨今の人類が起こす愚か極まりない行動を客観的に見られれば、人類は自然を破壊する害獣とみなされ敵対行動すら取られかねないから。


 そんな俺の恐怖を他所に、モニター先で小首を傾げる彼女の可憐な仕草には違う感覚——星霊姫達ドールズといる様な錯覚が過った。


 と……彼女の存在を見定めんとした俺へ、閃きが降りて来る。

 彼女の名……今の俺の相棒として相応しい、少女らしい名が直感のまま口を付いた。


「——……。そうだ、エリーゼだ! 君にこの名を贈らせてくれ! これは俺が長年共にあった相棒であり、親父の形見だった愛車が冠する名——」


「元々人類の女性にも名付けられる、儚くも可憐な名だからな! 」


 するとそれを聞いた竜の少女は双眸を少し見開き……傍目でも分かる程に紅潮し告げた。


「我の名——エリーゼ……。存外に……心地いい。」


 今まで少なからず抱いていた恐怖が吹き飛んだのは、彼女の仕草を目にしたから。

 何の事はない——彼女は……エリーゼはあのアイリス達と常に同調していた。

 エリーゼの身体へ星霊姫ドールが宿る事で、彼女が霊的に覚醒出来る様に補佐していたはずだ。


 だからアイリスが俺へ騙していたと、いわれなき謝罪を涙ながらに口にしたんだ。

 けど……こんな素敵な相棒覚醒を支えてくれた彼女には感謝しかない。


 相棒たるエリーゼと、確かな意思疎通を交わす俺の眼前。

 少々油断気味だった俺を犬コロの残党が襲撃する。

 舌打ちしつつそれを迎え撃たんとした視界……突如として舞う白と黒の斬光が——


 犬コロ共を一掃した。


『事がなったからと油断しているのではないか?界吏かいりよ。未だ敵総数は未知……そんなていでは寝首をかかれかねん。』


「……っ!? とオリエル、すまねぇな! ……いや待て——何でお前、あの黒竜と一緒に敵を一掃してんだ!? 」


 続いて視線を占拠したのは——竜星機オルディウスの前に立ちはだかる使……

 そのあり得ない光景へ疑問も止む無しだった。


 困惑する俺……そこへオリエルが告げてくる。

 それはもう


『何を疑問に思う事がある? に過ぎない。つまりはそう言う事だ。』


「……って、おい。そりゃまさか一騎打ちの末にとか——はぁ……いいよもう(汗)。」


 まさに発端である俺は言い逃れ出来ない状況に嘆息した。

 厨二病的発想の一騎打ちを、迷う事無くも大概であったから。


 けれど同時に確信を得たのは事実だ。

 俺達生命は、何をやるにしてもいがみ合う結末しか歩めない――そう思っていた。

 しかし目にした現実はどうだ。

 人に邪神に魔王に人ならざる者達……さらには本来意思疎通さえ叶わないはずの生命でさえ、俺達は手を取り合っている。


 故に理解する。

 これこそが、命の因果の齎した奇跡の導きと。


 その思考のまま、新たなる同志達へ言葉を贈る。

 贈らずして何とする。

 この地球を含む太陽系の危機を脱するためには、その全ての手を取らねば勝ち目はない。


 だからかつての生態系の頂点たるエリーゼへ……そして天使の手を取った魔王へ——最後の戦いを超えるための力添えを懇願した。


「仕方ねぇ。今はしのごの言ってる場合じゃない。エリーゼ……そして偉大な騎士の言葉に賛同してくれた魔王——」


「世界滅亡の危機を乗り越えるためには、君らの力添えが必要だ! 俺達マスターテリオンに協力してくれ、この通りだっ! 」


 己のありあったけの誠意を乗せてこうべを垂れる。

 人類の明日のために……力無き者達の安寧のために——



 モニター先で口角を上げたエリーゼと魔王を目にした俺は、使を従えて——現状の群勢頭脳と思しきシュブ=ニグラスへと、その矛先を向けた。

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