第81話 騎士の慈愛は魔王の怨嗟を溶かし行く

 月面上遺跡が光に包まれ、盾の要塞艦ヒュペルボレオスへと狂気のガス塊ウボ・サラスが迫る中――


 衛星軌道から大きく外れた宙域では、未だ天使兵装メタトロン痛み負う黒竜ペイントゥースがぶつかり合う。

 さらに互いに譲れぬ信念が、その戦いへ拍車をかけていた。


「どうやら月面遺跡の起動がなった様だな! ならばこちらも、いつまでもつき合わされている場合では――」


『この俺が負ういにしえよりの使命を茶番と……貴様はそう愚弄するつもりかっ!! 』


 黒竜の魔爪がはしり、天の剣がそれを薙ぐ。

 一進一退の攻防は拮抗状態を生み……奇しくもそれが、光と闇の出口無き永劫の戦いを再現してしまう。


 だがその攻防の中にあって……聖霊騎士オリエル宵闇の魔王アルベルトは全く違う先を見ていたのだ。


 すでにそれを悟る聖霊騎士が、天使兵装メタトロンにて接敵しざまに魔王へと叩き付ける。

 不満と――苛立ちを顕としながら。


「魔王とやら! 貴君は頑なに、己が同族のためとちからを振るっているつもりだろうが……私にはとてもそうは思えんな! 」


『たかが百年の瞬きでしか生きられぬお前達に、俺の何が分かると言うんだっ! 生まれ落ちたその時から、何不自由無き幸福に満ち溢れた人間が――』


「私は十に満たぬ頃には、同族の放った銃弾で命を落としたも同然。その例えは適切ではないな。」


『……なん、だと? 』


 鍔迫り合う中、痛み負う黒竜ペイントゥースの攻勢が止まる。

 彼からすれば、想定の中にない答えであったから。

 しかし含まれた言葉に疑問符を浮かべた魔王が問うた。


『正気か? 同族に銃を向けられ命を落としかけ……それでもその同族のためにと、正義を名乗り剣を振るう――』


『その様に同族をおとめる事しか出来ないからこそ、あの蒼き世界は荒廃し……あまつさえ観測者にまでその魔手を伸ばした。そしてその行為が、かの邪神群を呼び寄せる結果を招いたのだぞ? 』


「確かに人類は愚かで、傲慢で……互いを憎みあう事しか出来ぬ存在かも知れん。だが魔王とやらよ――その中でも……のだっ!」


 その疑問符へ解を提示しつつ、銀嶺の剣を薙いだ天使兵装メタトロンが距離を取る。

 まるで搭乗者と一体となった様に……天使が騎士の思いのままに動いていた。


「ならば聞く。魔王とやら……貴君は何を見ている? 過去の遺恨か? それとも復讐すべきこの天使か? そもそも。」


「誰のために……何のためにその剣を取った。誰を救うために――その心を振りかざした……。」


 銀嶺の剣が痛み追う黒竜ペイントゥースへと突き付けられる。

 その攻撃は届いていない――いないはずが……間違いなく聖霊騎士の言葉は、魔王の心を貫いていた。


『誰の……ため――』


 聖霊騎士はさらに煽り立てる。

 己の人生から比べれば、優に数千……数万倍は生きながらえているであろう宵闇の魔王を相手に。


「私は確かに、己の友人家族を奪った同族を許す事などできはしない。だが……それが憎いからと言って、奴らにならってしまえば同類に堕ちたも同じ――」


「だからこそ、救うべき者達のために剣を取ったのだ。平和を享受する者達に、私と同じ様な惨劇が及ばぬ様に。その未来へ安寧を齎すために……授かった新たなる人生の全てを捧げたのだっ! 」


 偽らざる騎士の咆哮は……宵闇の魔王の――幾年月の永き袋小路へ光明を照らし出す。


『……たかが百年の人生しか生きられぬ者に諭されるとは――魔王だと?とんだお笑いぐさだ。この様な体たらくでは、それを名乗るのさえ烏滸おこがましい。』


 光明が、静かに宵闇の魔王の心を溶かして行く。

 かつて己が何を見て……どう生きようとしていたのかを思い出す様に――


 すると、宙域を包んでいた膨大なる怨嗟の波動が嘘の様に霧散して行く。

 そして聖霊騎士は眼にする事ととなった。

 眼前に顕れた……


「ふふ……ようやく今を見据える視線になった様だな。だが少し煽り過ぎたか? 」


 騎士をして感じるその雰囲気は、紛う事無き魔界の魔王。

 今までの迷いや怨恨から来るもやが払拭された――強大にして鋭き王者の眼光が騎士へと叩き付けられた。


『ケジメだ……この一撃でお前が言う茶番を終わらせる。確かまだ名を聞いていなかったな。』


「名を所望とあればいくらでも名乗らせて頂く。我が名はオリエル・エルハンド……今この天使兵装 メタトロン・セラフィムと行動を供にする聖霊騎士パラディンの称号を頂いた者だ。」


『そうか……。ならばオリエルとやら――つまらぬピエロの相手をさせてしまったな……許せ。願わくば、この魔王 アルベルト・アシュタロス―― 一騎打ちの機会を欲する。』


……話が早いな。望む所だ。」


 交わすべき言葉は全て交わした。

 すでに研ぎ澄まされた心が、魔王の存在をさらに強大にせしめている。

 それでも聖霊騎士は真っ向からそれを迎え撃った。


 そう……かつて救世の当主界吏が己を真っ向勝負で迎え撃った様に。

 今度は聖霊騎士が、その胸を目覚めを迎えんとする魔王へ貸す覚悟で挑む。


「では、いざ――」


『尋常に――』


「『勝負っっ!!』」



 光と闇の使命を背負いし二つの魂が……神秘の衛星宙域を揺るがすほどの閃光と供に交差した――



§ § §



 もはやその時がいつだったか、定かではない。

 あの神霊共の謀略が天軍の大部隊を動かした。

 そう言えば最後まで、あの天軍を指揮するはずのミカエルが戦いそのものに意を唱えていたと……ルシフェルは言っていたな。


 それでもルシフェルは、己が血を分けた兄弟であるルシファーがおとしめられる事を憂い兵を率いた。

 ルシファーへ、任せると残して。


 そんな奴の慈愛に俺達は黙ってなどいられなかった。

 だからこそ……天軍が楽園と称した〈エデン〉への侵入を、ルシファーと共に試みたんだ。


 主に成り代わりエデンそこを支配する神霊群とやらが、宇宙のことわりを捻じ曲げる様に暴走している事実を突き止めるために——


「ブラックドラゴン・ペイントゥースよ! ここが俺のケジメの付け所……最後まで俺に付き合ってくれよっ!? 」


 黒竜が——俺の一部である存在が咆哮を上げる。

 こいつには随分と世話をかけてしまった。

 俺がこの境地に辿り着くまで、ずっと待たせてしまったのだから。


 そこで気付いた事実——知らずに自身が、あのオリエルとやらが口にしたのと同様の思考を描いていたのには苦笑しか浮かばない。


 同時に俺は理解する。

 そう……眼前の天使兵装はミカエルが最後の進撃を言い渡した際、首魁たる魔王のみを目指して突き進んでいた。

 否——頭を取りに来ていた。

 それどころか奴は、我が同族達の猛攻を受けようと


 戦に於ける常套手段……頭を潰せば、犠牲を最小限に食い止められるは必定。

 本当に俺は何も見えていなかった様だ。

 このメタトロン・セラフィムは——主の命に従いつつ……


 正義の名の下に……正義が悪に堕ちてしまわぬ様に——


『我、宿命の因果を打ち払うため……今こそ主の持ち得る最強の裁きをこの手に宿す——』


『メタトロン・セラフィム、〈モード・ミカエル〉っっ!! 』


 銀嶺の体躯がオリエルの咆哮と共に真紅に染まる。

 それはあの大天使長 ミカエルが、我ら魔族を滅ぼしてしまわぬ様に慈愛をまぶして放った……憎むべき因果を払う対魔の決戦奥義の様だった。


 詰まる所俺は、過去も今も……


「最後としては申し分ない……。では、聖霊騎士パラディン オリエル・エルハンド! この永きに渡り、真実に辿り着けなかった愚かな魔王を超えて行け! 」


「ペイントゥース、出力最大——夜魔霊王天滅衝ナイトメア・ヘルバスターーーーっっ!! 」


 ペイントゥースの胸部が爆熱し、魔族の根源たる魔量子マガ・クオンタムの本流が渦を巻き……周辺宙域を黒色の雷光で照らし出す。

 光と相対するために搭載した最終兵装だが……この様に、真に高潔な魂に向け放つならば本望——


熾天使セラフが一人ミカエルの力持ちて、我——悲しき魔王の因果を断ち切らん! エイィィメンッッ!!! 』


 銀嶺の剣を覆う燃える赤炎は、黄金さえ纏い我が一撃とぶつかり合う。

 ミカエルになぞらえる裁きの一撃で、己の放った最終兵装の閃撃が両断されたのを視界に捉えながら——ただ願いを馳せた。


「すまない、ルシフェルに……ルシファー。そして、俺を心酔せし全ての魔族達よ。これが愚かにも私怨に囚われた魔王の最後だ。本当に——すまない。」


 包む閃光は膨大なる光の霊力子イスタール・クオンタムを有し、それをまともに受けた魔族は



 しかしどこかでそれを受け入れていた俺は……その裁きの光を甘んじて受け入れる様に双眸を閉じた——

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る