第70話 蒼き星を背に、宇宙の深淵へ発て!

 ヒュペルボレオスに邪神を霊的に接続する時点で、俺達は驚愕した。

 そのヒュペルボレオスのエネルギーを維持したまま宇宙に出るべく用いられる、マス・ドライブ・サーキットの存在にも驚き——

 そんな施設が地球上と大気圏のあらゆる所に点在し、人類の技術的視野から隔絶されて存在しているらしいと言うそこへさらなる驚愕を覚える。


 あげくマス・ドライブ・サーキットの稼働可能な全てを起動させれば、一部の大陸さえも宇宙へ上げる事が叶うとは……もう驚愕とかそう言うのを全て通り越してしまった。


「いや、もう一度言わせてくれ。古代技術——凄いよ古代技術。」


 L・A・Tロスト・エイジ・テクノロジーと言われる古の技術体系の全容は、守護宗家の文献にさえまともに存在していない。

 それもそのはず——

 それら技術の全容が余す事なく確認できる時代は、1万2000年前までさかのぼるとの事だ。


 即ち……守護宗家の原型となったかの太陽の神官の血脈——それらが存在した時代である太陽の帝国ラ・ムー時代こそが、地球の歴史上最後のL・A・Tロスト・エイジ・テクノロジー全盛期となる。


 ヒュペルボレオス内に設けられた個人部屋で、機関全容をモニターで視認し……映り込む人物らへと驚きを零す俺。

 多くの機関員を内包するそこは、ヒュペルボレオスが島クラスの巨大さを持つ事もあり……居住に事欠かないほぼ充実した設備の個室が充てがわれる。

 ほぼ——と言うのは、元来この大地そのものは邪神の住処であり全てが後付け設備である事。

 加えて……人類がもっとも必要とする食料や水に至っては、に止まっているから。


 故に今回の戦いに於いては、月面宙域での戦いに衣食住の内……〈食〉の制限が付き纏うと言うリアル過ぎる実情が顕となっていた。


『それにしても、人類は非効率。面倒かな、面倒かな。食が無ければ生きて行けぬとは。』


『それは当然だろう?この燃えカス。人類の肉体的な雛形は類人猿だ。その上——低次元においては食と言う概念があるからこそ、生命が生命を取り込みエネルギー変換を可能とする生物学的な物理構造が存在する。』


『あくまでそれも、こちらの宇宙の物理理論上での話だけどね。』


。君はそう言った、論理に於ける知識人の枠だったと——」


『カス当主……その名で呼ぶんじゃない……! 尖兵にて斬り刻むぞ! 』


 そう——

 モニター先で俺と会話に興じるのは、救われ……共闘の意思を示した二人の邪神。

 クトゥグアとハスターだ。

 けどまあ……先の邪神の肉体は霊的損傷が激しく、同じ肉体の一部である各々の神機内で仮死状態——霊的意識のみを星霊姫ドールのスペアボディたるガイノイドに移した状態だ。


 だからだろう……口調はすでに馴染むのに、壮絶な違和感が襲うのは気のせいではないはずだ。

 なのでその体躯の提供元である星霊姫ドールと話すつもりで接している。


 結果何故か、あのオペレーターのシャウゼが勢い余って放ったハスターの愛称が皮肉にもしっくり来ていた。


 と、邪神娘とのやり取りもそこそこにシエラさんからの通信が届き——

 モニター先で喚き散らす、姿あしらいつつ応答する。


界吏かいり君、休息は十分取れましたか? 間も無くストーンヘンジへ到着します。あなたとエルハンド卿には宇宙へ上がった直後の要塞艦護衛をお願いしたいと。』


「ストーンヘンジまでの時間が恐ろしく早いな(汗)。この島要塞クラスの物体が航空を舞う時点であれだけど……。分かったよ、シエラさん。オリエルと落ち合い格納庫で待機……でいいよな? 」


『ええ、その方向で。では界吏かいり君……頼みます。』


 こちらはすでに違和感もないシエラさん。

 微笑からの依頼に命令の様な感じは一切ない。

 出会った頃より大きな変貌を遂げた彼女は今や、マスターテリオンにはなくてはならない司令塔。


 俺自身も今の彼女が通さんとする無理ならば甘んじて受けそうな……そんな感覚さえ抱かせる。


 などと思考しながら、個人部屋モニター端で今も騒ぎ立てるハスハスに苦笑しつつ……クトゥグアと首肯を交わすと強引に通信を切断した。

 後で文句タラタラだろう爆風娘は置いておいて——



 すぐにでも宇宙へ上がる必要のあるバカでかい要塞艦の防衛に備えた待機へと……気持ちを切り替え向かう事にした。



§ § §



 英国本島の南西——

 騎士会ラウンズ邸宅より西に位置する古代遺跡。

 巨大なる岩の建造物として知られる、世界に名だたる古代遺産 ストーンヘンジ。

 一般ではパワースポットで知られる未知の遺跡は、元観測者アリスからすれば懐かしき古の技術を仮初めの姿で偽る地。


 それが真の力を発揮するためには、元観測者の技術管理認証が必要となる。


 盾の大地ヒュペルボレオスが天を行く機動要塞艦となりその地方へと差し掛かると——

 要塞艦のブリッジとなった作戦司令室モニターに、分割された映像が映し出された。


「ランスロット卿。先の不貞の部隊襲撃に際した護衛に感謝します。シャルージェもすでにこちらと合流し、共闘を誓った所です。」


『こちらこそ……この様な事態へ貴女方だけ送り出さなけれればならぬ今が、歯痒くて仕方がありません。』


「お言葉だけで十分です。適材適所——この様な時だからこそ、危機に怯える世界の民を制し……導く存在も必要です。むしろそちらの方が大変でしょう。」


 一方は現在英国統一防衛軍の総監を務める者。

 騎士会ラウンズに於いて、ガウェイン家との深き絆を持つ一家——ランスロット家当主 ラードミル・ランスロット・ベリーリアである。

 もう一方——

 その両家を代表する新進気鋭を見やり感慨にふけるは、現騎士会ラウンズの中心であるウォガート・アーサー・ヴェルン・シェイド。


 もはやすたれ、見る事も叶わないと憂いた光景は……彼にさえも確かな希望の光を届けていた。


『ラードミル。シエラ嬢の言う通り……この危機的な今を戦っているのは我々だけではない。。故にそこから少しでも不安を取り除き……まとめるのもまた、誇りある使命ぞ。』


 王を継ぐ者ウォガートの声は重く二人の騎士の心へと突き刺さる。

 それだけでも互いの覚悟が研ぎ澄まされた。


 そこへ目的地であるストーンヘンジ到着のアラームが響き——


「シエラ少佐。ストーンヘンジ上空へヒュペルボレオス、到着しました。」


「分かりました。ありがとう、ユイレン。以後は通信管制……そのままお願いしますね? 」


「あっ……その——はいっ! 」


 機動制空兵装エアリアル管制から通信管制へ移動した真面目系娘ユイレンへ、微笑で返した罪越えし少佐シエラの言葉が届くや彼女もいつになく緊張した返事をする。

 それは罪越えし少佐が紛う事なく、ガウェイン家の嫡女としての雰囲気を醸し出していたから。


 同時にそれぞれの通信先で互いを視認した王を継ぐ者ウォガート軍属騎士ラードミル

 これより絶望的な戦いに望まんとする救世の志士達への羨望を宿し——握った拳を胸に当て、騎士たる手向けを送り届ける。


『『救世の志士達よ、武運を……! 』』


 そしてその思いへ、機関を代表した罪越えし少佐が同じ構えにて返礼し——

 片側ポニーを揺らして振り向く先の、盾の局長慎志を見定めた。


「シエラ君。これよりの機関指揮は君に移譲する。……今の君であれば、我らマスターテリオンを正しく導いてくれると信じているよ? 」


「そのお言葉、肝に銘じておきます……八咫やた局長。では——」


 今言葉を交わすべき、力ある者達とのやり取りが終了を見たと……罪越えし少佐が要塞艦ブリッジとなるそこを見渡し口にする。

 隣り合う元観測者へ請う、出撃許可となる古代遺跡起動の最終認証を——


「これより我らマスターテリオンは、観測者承認の元宇宙へと上がり…… 一路月宙域への航路を取ります! アリス……承認を。」


「いいでしょう、許可します。この蒼き星を救うべくして選ばれた救世の志士達——共に宇宙へと赴き、かの這い寄る混沌の謀略を打ち破って見せましょう。」


 告げられた元観測者の言葉に呼応するかの様に、ストーンヘンジより煌めく光の帯が上空へと突き抜ける。

 その行く先は遥か大気圏の彼方——地球の重力圏の外となる宇宙空間。


 今——

 邪神の故郷と言われた巨大なる要塞艦が、宇宙へ舞い上がる準備に入った。


「ヒュペルボレオス……蒼き地球より——浮上せよっ!! 」


 半物質化したレールが光の膜に沿ってへ無数に立ち並び、地球の自転に合わせた方向へゆっくり傾くと……巨大要塞艦が莫大なる電磁力作用によって超加速——



 救世の志士達を乗せたそれは遂に、深淵の邪神軍との決戦のため——神秘の衛星への旅路に着いたのだった。

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