第71話 その世界はいと深き漆黒

 かくして盾の要塞艦ヒュペルボレオスは地球外へと舞い上がる。

 英国古代遺跡の力を借りて瞬く間に大気圏を抜けたそれは辿り着いた。

 否——、宇宙へ上がった救世の志士達の戦いの始まりである。


「ヒュペルボレオス、順調に地球大気圏を突破。……寝る間もないわ~~。」


「うえっ!? ヤベー! 宇宙、これマジで! 生だっ! あたし宇宙にいるんだっ! 」


「二人とも!? いいから職務をこなしなさい! 」


 だが宇宙空間到達を見るや騒ぎ始める三人娘の姿は、機関としてもすでに日常。

 それこそ盾の要塞艦ヒュペルボレオスが島であったころから、技術研究のために缶詰め状態が常となっていた彼女達にとって……俗世すら飛び越し宇宙を拝む非日常は驚愕を得てしかりである。


 そんな美しき深淵をモニターで見やり、やいのやいのと騒ぐ三人娘を――ブリッジに居合わせる元観測者アリス盾の局長慎志はそれぞれの反応で傍観していた。


 その中にあって、機関指令を賜った罪越えし少佐シエラはモニターの先……這い寄る混沌ナイアルラトホテップが展開した地球衛星軌道上の尖兵の様子を鋭く見定める。

 機関が浮上した所で、てのひらを返されてはひとたまりも無い故だ。


 幸いにも尖兵に動きは無く——それらはあくまで救世の志士達の意思代わりを防ぐ為の、過ぎたる脅しに徹した形と推測する。


「どうやらナイアルラトホテップは宣言通りに脅しとして、このまま尖兵展開を維持する腹積もりですね。ならば我らは、何をおしても月面到達を最優先事項とします。」


『じゃの……奴が課した条件を自身が守るならこれ幸いじゃ。ならば我らは早々に月面の遺跡へ向かう事を推奨する。今のワシはあくまで機関制御の身——指揮はそちらへ任せたぞ?シエラ嬢。』


 少佐の言葉は現在星纏う竜機オルディウス内で待機中である救世の当主界吏を始めとした、各所で警戒中の戦力たる者にも艦内通信にて行き渡る。

 地球より上がる時点ではマス・ドライブ・サーキットの出力に任せるだけであったが——当然これよりの月宙域への航路は機関の出力が頼みの綱である。


 通信へ、現在その盾の要塞艦ヒュペルボレオス機関に陣取る大海の巨躯ノーデンスが返答する。

 三邪神の内——

 大海の巨躯が盾の要塞艦ヒュペルボレオスに於ける星間航行スラスター制御を含めたメインシステムとして活動し、炎の化身クトゥグアが火器管制を中心に対空防衛システム全般を掌握。

 さらに黄衣の王ハスターは防衛兵装たる機動制空兵装ビヤーキーの管制制御と、メインシステム上に存在するクロノライブラリ〈ネクロミノコン〉へのアクセスサポートを担う形とした。

 まさに邪神それぞれの持つ物理的且つ伝承的な部分になぞらえる適材適所が、そこでも活かされていた。


 大海の巨躯の言葉に首肯した罪越えし少佐は、モニターへ救世の当主と聖霊騎士オリエルを呼び出し告げる。


「ヒュペルボレオスはすでに、マス・ドライブ・サーキットで第二宇宙速度まで加速しており……その速度を維持しつつ月宙域へ向かいますが——」


「現在の要塞艦機関出力を最大まで上げれば、一日を待たずに月宙域への到着を見る予定です。よってその間は警戒態勢を一時緩め、各員で休息を取っておいて下さい。」


『島サイズの長大な物体が、第二宇宙速度からさらに加速って……(汗)。もうこれ以上は語彙力がいくつあっても足らねぇな。』


『……こればかりは界吏かいりに同意せざるをえまい。だが休息は確かに必要……鑑みれば。』


「まさに、エルハンド卿の言う通りです。界吏かいり君も十分身体を休めておいて? では、ノーデンス卿……ヒュペルボレオス航路を月宙域へ。」


『うむ、心得た。』


 すでにL・A・Tロスト・エイジ・テクノロジーが誇る超常の応酬に、救世の当主と……同意との言葉が口を突く聖霊騎士。

 そんな返答に双眸を閉じて微笑した罪越えし少佐は、機関航行を担う大海の巨躯へと指示を飛ばした。


 這い寄る混沌が仕掛けた罠が牙を剥く事は想定の範疇。

 だからこそ……彼らは一路月宙域へ。



 これよりまみえる、先の戦いでさえデモンストレーションに思える地獄の如き戦場へ向けて——



§ § §



 二日を待たずに月宙域へ着くとの事で、俺達はなけなしの休息へと向かっていた。

 が——

 こんな中であっても、暫く離れていたが気になり大格納庫隅の小設備格納施設へ訪れる。


 そこでちと想定外の人物と出くわしたんだ。


「お前さんは、真祖……つか——なんか妙な気分だな。本来は討滅対象でもあるあんたと普通に会話するなんて。」


「ふむ、それには同意しよう。こちらもその思考に至っていた所だ。時に——整備の者から聞き及んだのだが……このロータスは草薙の物か? 」


「……本当に妙な気分だぜ(汗)。まさか吸血鬼の真祖の興味対象が、俺のエキシージとは。って事は、そっちのフェラーリ・ローマは? 」


 人物だけでも想定外の所、夢にも思わなかった俺は……こちらの問い掛けへ首肯したご同輩相手にニヤリと歓喜の笑みを送っておいた。


 明らさまに並べられた二台は恐らく、整備Tの洒落た配慮だろうが——そんな同類の存在に歓喜していた俺達の元へ声を上げ走り寄って来た。


「うおっ!? ちょ……草薙さん! これ、過酷系任務のせいでずっと見れなかったけど……これが噂のエキシージ!? それにこっちは、フェラーリ・ローマ——」


「はうぅぅ……こんなスーパースポーツカー達が生で見れるなんて、イギデデヨガッダ~~。」


「あ~~そういやクーニーは、この手の話には目がなかったな(汗)。ブリッジの任務はもういいのか? どうせ休息は取らねぇといけねぇんだ……しっかり見て行くといいさ。」


 同族の内、あくまで雑誌や映像でしかそれを知る事が出来ない三人娘のクーニー。

 涙に混じりよだれまで垂れ流す様に、さしもの真祖もドン引きだった。


 そんなこんなで愛車談義はさらにヒートアップし、物珍しさからか……休息を取りに向かったはずの整備チームに研究チームの面々までが集合し——

 さながら二台だけのモーターショーと化してしまう。


 笑いが飛び、歓喜に涙する。

 それぞれの知識をひけらかす者もいれば、聞き入る初見の者もいた。

 それは少し一般的なものとは異なるけれど……やはり紛う事なく俺達人類の日常だ。


 と——思考を抱いたまま格納庫入り口へと目をやれば、騒ぎを聞き付けたアイリスを始めとする星霊姫達ドールズまでが走り寄って来ていた。


「お前ら休息は……」と口まで出かかるも、喉元でそれを止めた。

 全てが終われば必ず帰り着くとの心持ちで、その日常をしかと目に焼き付ける事にしたんだ。


 これより挑むは想像すら出来ない地獄の如き戦場の渦中。

 這い寄る混沌が背後で傍観を決め込む今は、その先さえも見通す事が出来ない。

 騒ぎ立てる皆の表情にも、確かにそれが映り込んでいる。


 そんな場を読んだシューディゲルも、俺に合わせた会話に終始していた。


「アイリスちゃん、草薙さんと街に乗り出した時エキシージの助手席に乗ってたよね!? どう!? 凄かった!? おせーておせーて~~! 」


「あの……(汗)クーニーさん落ち着いて下さい。ええ、とっても素敵でした! あの様な形で自然の中を流れる様に走り抜けるのは初めての経験で、この時代に覚醒した事にいたく感銘を受けました!」


「にゃーー! 感覚でそれを共有出来るけど、あたしもそれ乗ーりーたーいー! 」


「だだだ、ダメですってば……ファイアボルト! これから月へ向かおうと言うのに——」


「エクリスも乗りたいな~~。風になるって、いいよね~~。」


「一度に全員は無理だが…… 一人ずつならば乗せてやるさ。俺達が勝利して地球へと戻れたらな? 」


 クーニーの振りで、星霊姫達ドールズにまで車談義に火が付く中——

 一先ずその騒ぎの要因である真祖へ「お前も手伝えよ? 」との視線を送っておくとしよう。

 両手を上げて肩をすくめるシューディゲルも満更でもない様だ。



 そうだ——俺達は必ずその日常へと帰り着く。

 ただその意思を魂へと刻み込み……機関でも当たり前となったドンチャン騒ぎに身を委ねていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る