第67話 潰えぬ意志は明日を見る
深淵より来たりし軍勢への対抗戦力が整って行く。
すでに共闘の意志を確認した
諸々の受け渡しを終えた
「大したお話もできずに帰国となる事、お許し下さい……
「いえ、こちらこそ。今日本は、我らとは別件で過酷なる現状を抱えていると覗っており……この様な状況でなければすぐにでも馳せ参じたい所――」
「その祖国よりの支援が受けられるのは、まさに感慨の至りです。
本来であれば【三神守護宗家】と言い表される、
だが訪れる人類への厄災が世界に及んだならば、対魔討滅の名の元にこの蒼き地球を駆け巡るのもまた使命であった。
故に英国を初めとする欧州に端を発する地球規模の危機の最中、動く事叶わぬ盾の局長は歯噛みし――遺憾である旨を強調したのだ。
遺憾をおぼえるのは局長だけでは無い。
彼女の旧知の仲である
差し迫る危機の中——対応に追われる機関員を代表する面々のみでの見送りに、同席した関係各位を一瞥する草薙のご令嬢。
その視線が
元観測者も応じる様に言葉を視線で促す。
「元……とお呼びした方がよろしいのかも知れませんが、敢えてこう呼ばせて頂きます。観測者 アリス様……我らは日の本の守りを固めます故、我が弟を始めとするこの誇らしき家族達を引き連れ——」
「何卒、この蒼き星の未来をお護り下さい。この通りです。」
そして発した言葉と共に再び
そこにいる者が一様に、その様へ救世の当主を重ねていた。
当の本人は言いようの無いむず痒さを顕としていたが。
送られた切なる願いへ、微笑と共に元観測者も想いの高を贈呈する。
「心得ました、
そのやり取りを最後に——
宗家所掌の輸送機は
ケルト海に浮かぶ巨大島とも要塞とも取れるそれを、輸送機内窓から見下ろす草薙のご令嬢……憂う瞳で彼女の家族たる者達のこれからを案じていた。
「相手はかの大邪神クトゥルフに
「邪神の試練と、堕ちた聖者の革命抗争——そして……深淵に浸蝕された死と再生の魔王が生む、腐敗人類浄化構想。我らは果たして、生き残れるでしょうか。」
家族たる者達を案ずる草薙のご令嬢は、その言葉の羅列へ……現在同時多発的に捲き起こる人類への試練を口にする。
少なくとも今彼女の双眸に映る者達は邪神の試練に抗う武力たる存在。
せめてその者達だけでも、この難局を乗り切って欲しいとの想いを——
英国ケルト海に沈む、神々の黄昏の如き恒星の輝きへ……ただ切に願う草薙のご令嬢であった。
§ § §
姉さんとの会話はほんの些細なもの。
それでも難事極まる日本からの直接的な応援援助は、何よりも心強かった。
長大なカタパルトで姉さんが搭乗する輸送機を見送って後——
これからの作戦に於ける最大の肝となる、このヒュペルボレオスに恒星間航行能力を持たせると言う前代未聞の対策へと向かう。
その道すがら、俺は
そもそもシエラさんとの最悪の出会いの最中……爆轟に飲まれた様に思えた俺の
「そう言えばシエラさんは、
「騎士会と守護宗家には、古き付き合いが存在したって事ぐらいは想像できんだが。」
俺が言葉を零すや、同じく同席していたアイリスまでもが興味津々でシエラさんを見やり——嘆息も……すでに当たり前となった微笑と共にシエラさんが詳細を紡いでくれた。
「旧友——とはお世辞にも言えない関係かしら? その当時の私は皆も知る通りの、世界のあらゆる事象に穿った思考で詮索を効かせていた頃——」
「旧知ではあるも、とてもではないけれど彼女と仲良くお話を……と言う関係にはいかなかったわね。」
自嘲ぎみに語るシエラさん。
しかし今の彼女は、それを口にしたとて足取りが鈍る事もふさぎ込む事もない。
己の苦き過去を清算する様に……嚙みしめる様に語ってくれた。
「私は——あの
「
「……そう言う事か。俺の事は兎も角、知らねぇはずの親父の名を聞いて
「
語られた事実に合点がいった俺だが……そのまま返した言葉で、まさかのシエラさんが思い出した様に頭を下げたもんだから——
「い、いいんだよ……それはもう終わった事だろ!? シエラさんはその時、親父が亡くなった事なんて知らないんだぜ!? 俺みたいに、頭下げまくる事もねぇんだ! 」
思わず制する様に上ずった声を上げる。
そんな俺達は、すぐ側を居並び歩く者達を忘却する事となってしまった。
「マスター
「あー、アイリス君? これはだね、若いな……と言うんだよ? 覚えておき給え。」
「ぬぁっ!? アイリスに余計な事は教えなくてもいいんだよ、
純真そのもののアイリスは兎も角、忘却された事への愛ある弄りが
それで
「フフッ……アハハっ!
そして——
彼女が本来持ち得る血統である、
その最強の二柱と謳われた一家……ガウェイン家の後継者たる証を、まざまざと見せ付けていたんだ。
そんな彼女へ叔父さんが
このマスターテリオン機関と言う場所で、何よりも彼女の状態を
「どうだね? シエラ少佐。変わると言うのも悪くはないとは思うがね? 」
「ええ。それはとても素敵な事だと、今は何より実感しています。それも
「違うだろ?シエラさん。俺達だけじゃねぇ……このヒュペルボレオスで今も戦うマスターテリオン機関の皆がいたお陰だ。だろ? 」
「分かっているわ。けれど……それでもあなたとアイリスには感謝させて? 本当にありがとう。」
彼女の大きく変貌を遂げた姿に、居並ぶアリスでさえ言葉を
確かに今なお続く絶望的な状況は、好転の兆しさえ見えない。
けれど……誰かが誰かを労り——そして支えていく。
その過程で生まれる相互感謝の心は、決して忘れてはいけない物だ。
俺達人類は一人でなど生きては行けない。
自分一人でも生きていけるなんてのは、周りの見えていない思い上がりでしかない。
俺達は言葉を、国境を……そして種を超越し——数多の大自然に支えられて初めて生きていけるのだから。
§ § §
絶望の因果を変えるべく、救世の使者達が
そんな彼らを、高次元の彼方で感じ取るかの組みあがりし多面体結晶——すでに完成されたその一つが突如として次元の
その高次元を揺らす霊波動を感知した魂が、荒ぶる本性の中で独りごちる。
『ワレ、は……ワレ。それらは——命。ワレは共に歩む者。』
やがてその孤高なる魂の元へと、高次元より姿を消した輝くトラペゾヘドロンが……寄り添う様に舞い降りていた——
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