第68話 遥かに輝くトラペゾヘドロン

 二柱の邪神の機関への霊力接続がなって後――

 すでに共闘を宣言したそれらの功績もあり、大海の巨躯ノーデンスも程なく霊力接続完了を見る。


 が、そもそもの霊力のけたが違う存在をガイノイド程度の器に移す事は不可能であった。

 何より――


「これは致し方なき事。お前――ゴホンッ! その……界吏かいり望――」


。」


「即答!? ま……まあ、つまりはそういう事。明快かな、明快かな。」


「うん、それはボクも勘弁願いたい所だね。なにせだし……。」


 すでに馴染みすぎる炎の化身クトゥグア黄衣の王ハスターとのやり取りに興じる救世の当主界吏

 ガイノイドであるスペアボディは全て、意匠を幼き少女と違わぬ体躯で生み出されている。

 大本となる元観測者アリすの体躯に似せ神性を宿した故の結果であるが――当主を初めとする誰もがその中に、霊的魂だけとは言え意義を唱えた形だ。


 それには流石の救われたばかりな大海の巨躯も苦言する。


『お主ら人類には、確か差別は憎むべきと言う言葉があったはずじゃがの? 』


「それはそれ。だぜ。」


『ワシだけとは……(汗)。まあよい――どの道ガイノイドで、この溢れる霊格を抑えることなんぞできはせんがな! カカッ! 』


「全然大丈夫じゃねぇかよ、髭ジジィ(汗)。」


 今まで敵対していたのが嘘の様なやり取りを行うは、盾の大地ヒュペルボレオス中枢となる三本の柱がそびえる巨大区画――

 その中央には機関のメインシステムへ繋がる霊量子経路イスタール・サーキットが存在していた。


 詰まる所――大海の巨躯の霊格を唯一抑えられる物がここ、であったのだ。


「ケケッ。どうやら三人とも――いや、三柱とも調子を取り戻した様だな。全く……手が掛かる邪神どもだぜ。」


『我らは救われた身ぞ、研究者の娘よ。すでになどと、神の如く言い表すだけの霊的価値もない。今後は我らも人類と同様の呼びで構わぬ。』


 邪神と呼ばれる存在へへりくだってのものであろう残念チーフバーミキュラの、

 が――死に体である所を救われた大海の巨躯は、尊大なる物言いも……己らが神格存在である事を傲岸不遜にのたまう事などはしなかった。


 そして――

 巨躯を機関へ霊的接続する際、彼は案じていた二人の邪神娘らが人類と供に奮闘する様を目撃し……全てが己の望んだ通りに運んでいるとの結論に達する。

 そうして大海の巨躯は――機関システム内に存在している立体映像の如き己の身体を見やり、決意も新たに眼前で己を救い上げた人類へと進言した。


『ワシにクトゥグア。そしてハスターがすでに人類側に付いた今……しかるべき策に移るべきと、ワシは考えておる。このままワシは機関司令室の方へと霊量子体イスタール・ボディを移す故――』


『研究者の……バーミキュラは、そのまま機関の恒星間航行システムの完成を急ぎ――残る者はそちらへと移動してくれるかの。』


「ああ……分かったぜジィさん。チーフはその通りに――んでもって、機関員は最終調整の後。」


「――それとチーフ。その身体、ウィスパニアとマグニアが治療してくれたらしいけど……あんたも無理すんなよ? 」


「男前の言葉は染みるねぇ……あいよ、肝に銘じて置く。さあこっちは任せろや、ケケッ! 本当にここん所の難事に荒事続きは、全くもって研究者冥利に尽きるってもんだ。」



 首肯した三邪神と救世の当主は、星霊姫達ドールズを引きつれ機関作戦司令室へと足早に移動――

 ほどなく司令室そこにて、今後最も重要となる盾の大地ヒュペルボレオス運用についての議論が開始されていく事となる。



§ § §



 俺達は現在、ヒュペルボレオス運用に於ける最重要点……この地に恒星間航行を可能とするシステムを付与するための最終調整とし――

 そこに関連するオペレーター三人娘らを含めた面子が一同に会していた。


 その光景を視認するだけでも、この母なる大地を守らんとする者があらゆる隔たりを越えて参集したのだとの感慨にふける事が出来る。


 観測者側としては、アリスを初めとし……邪神に属するノーデンスとクトゥグアにハスター。

 啓示を与えるメッセンジャーとして、アイリスを中心に、ファイアボルト、ウィスパニア。

 さらにエクリスにライトニング――と、マグニアだ。


 加えて――

 俺達人類側は俺を初めとして、シエラさんに慎志しんし叔父さんと……すでに盟友と言えるオリエル。

 人ならざる人外種として、シャルージェにシューディゲルが集まる。


 相手は想像を絶する大軍勢を未だに内包している勢力――そこでこれだけの者達が会してくれた現実には頭が下がるばかりだ。


『集まったようじゃの。では、概要は先に話した通り――現在の機関の指揮はそなたであったな?シエラ嬢。』


「ええ、では――これよりマスターテリオン機関が擁するヒュペルボレオスの今後について……かのナイアルラトホテップの宣告に従い事を運ぶべく――」


「ヒュペルボレオスへの恒星間航行機能付与に伴う作戦立案を、私……シエラ・ガウェイン・シュテンリヒより提示させて頂きます。どうか皆様、ご静聴をよろしくお願いします。」


 司令室に移り、一望した立体映像なジィさんからの振りでシエラさんが発言する。

 出会った頃のめんどくさい雰囲気など欠片も無い、凛々しき指令官の如き様相で。


「まずは現在……ノーデンス卿より齎された邪神の有する異界物理法則上の技術――その一部より、この世界線で運用可能な技術にて最終調整が進行中です。幸いにもこの地は元邪神の所有物でもある事に加え――」


「目覚めた全ての星霊姫達ドールズと、先に同志となったクトゥグアとハスターの協力もあり……調整そのものは完了を見るのも間もなくといった所です。」


 そう言って星霊姫達ドールズを見やるシエラさんの表情も、かつてアイリスを道具にしか見ていなかった時には考えられないほどに優しさの滲む眼差し。

 その眼差しが神々しいのか、アイリス達は兎も角として……そんな彼女に見惚れていた。


 恐らくはそれこそがシエラさんが持つ本当の素養。

 ただの血統などではなく――彼女が本来持つカリスマ性が行動の一つ一つに滲み出ているんだと、俺も少し嬉しくなった。


 そう思考していた俺を一瞥したシエラさんが、僅かに眉根をひそめ言いよどむ。

 俺も話の流れが急に途絶えた事に、憂慮すべき事柄があると察して静聴していた。


 そうして語られたのは……彼女がアリスから聞き及んだであろう月と言う神秘の存在に秘められた真相だったんだ。


「ヒュペルボレオスでの恒星間航法……それそのものは順調とこちらでも想定していますが——問題はです。まず——」


 シエラさんが司令室内 宙空大モニターを見やり、一同もそこに視線を集める。

 映し出されたのは……現在マスターテリオン機関で観測出来る月宙域スキャンデータだ。

 と言っても、いかないにしえなぞらえる技術も段階的な制限がかかるそれでは30万km以上彼方の宇宙詳細を把握する事は出来ず——観測されたのは赤外線や重力波によるデータを合成させた簡略的な物だった。


 そこに映る映像を確認した俺達は、月宙域——ではない

 重力波データが示す値にして、km目撃してしまう。


「ま……まさかこれは!? この大軍勢がっ!? 」


「ええ。恐らくは邪神軍の新手……と推測しています。」


 思わず声を上げたオリエルへ視線と共に首肯を送るシエラさん。

 けど——未だ憂いを残す彼女の双眸に、まだ語られていない事実があるのを悟った俺は問い質し……あくまで彼女の言葉として語られるのを待った。


「邪神軍の新手は確かに問題だけど……それだけじゃねぇな?シエラさん。むしろと言うよりは、何かがあるって事が重要なんだろ?」


「……界吏かいり君の鋭さには敵わないわね。彼の言う通り——私がこれより語るのはむしろ、邪神軍との交戦よりも優先して行動すべき点に繋がります。あの月面——常に地球に背を向けた影なる大地に、遥かないにしえより存在する物があります。」


「名を〈ヴァルハラ宮殿〉……この太陽系全てを支配する高次霊量子情報回路アリス・ネットワークの中枢——〈オーディーン・システム〉が眠る古代遺跡。長きに渡り眠るそれを、対邪神用の最後の切り札として目覚めさせる——これを最優先に据えた作戦を立案します。」


 会する一同の内、それを預かり知らぬ人類皆が絶句した。

 同時に——憂いを持つと思しきアリスが沈む様にうつむき、星霊姫達ドールズがそれを気遣っていた。


 そんな光景を目にした俺は……すでに意識がその宙域へと向かう。

 見えるはずのない月宙域の光景と、先に意識領域で見たそこで浮かぶ星霊姫ドールの如き少女の姿。



 そして——

 恒星の如く光り輝く、水晶が寄り集まった様な雄々しく次元位相を照らす謎の多面体を。


…………——」

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