第64話 願い集うヒュペルボレオス

 日を跨ぎ――機械仕掛けの明かりが照らし出すケルト海上で、貝殻の旗艦へと調査に向かった二人の星霊姫達ドールズ

 異形極まる艦の中枢となるシステムまで入り込んだ雷の少女ライトニング地の少女マグニアは、あらかたの調査目処を立ててデータ解析に没頭する。


 だが、人類側の調査班は疲労困憊を確認するや先に機関への帰路を取らせていた。


『悪りぃな、お嬢さん方……ケケッ。ウチの調査班はもう夜通しが何日も続いてボロボロ――そろそろまともに休まさねぇとぶっ倒れちまわぁ。』


「ああ、気にする事はないよ?レディ。どのみち僕達の活動制限は無制限に等しいからね。しっかり皆を休ませてあげるといい。」


『――ああ、そうさせて貰うわ。ケケケッ……お嬢さん達も無理はすんなよ?』


 通信にて残念チーフより後を任された雷の少女。

 宙空モニター先で憂うチーフを他所に通信を終了する。

 それをチラリと見やる地の少女は、すでに残念と呼称される女性の真意を悟っていた。


「ライトニング……ちゃんとあの方に見抜かれてましてよ?」


「はは、だろうね。すでに彼女らは、アイリスと少しの時を供に生活している。活動制限がないなんて冗談はアッサリ見抜かれただろうね。けど――」


「少なくとも――ならば、今彼らを酷使する訳にはいかないさ。」


 調査を買って出た星霊姫達ドールズもあの星の少女アイリスとの意識を共有する関係上、人類が今いかに過酷な現実に置かれているかを知り得ている。

 同時に――すでに元観測者アリスよりの啓示を受け……且つ星の少女の願いも共有しているのだ。

 故に少々の無理を強いてでも、事を早急に終わらせなければならないとの思いに駆られていた。


「それにしても……だよ。皆羨ましいね。」


「ええ……ちょっと置いてけぼりですわ。」


 だからであろう――

 彼女らが貝殻の旗艦調査におもむく間に、他の星霊姫ドールが何をしているかまで共有し……人知れずを浮かべる少女達がそこにいた。


「これはアレだね。僕達も余裕を見つけ次第、マスター界吏かいりとの時間を堪能させて頂くも已む無し――っと……これは?」


 小さな不満もそこそこに――雷の少女の視界へ飛び込んで来たのは、現在救済を待つ邪神らの生命維持を可能とする異界の技術の一端である。

 文明の相違から来るデータ配列の差へ、こちら側の世界線に於ける霊量子イスタール・クオンタムデータを照合し共通モデルの検索に入る。

 雷の少女は物々しい施設を介さず、直接手で触れ……体内霊量子イスタール・クオンタム回路での検索を行う。

 人類が有するデータ解析能力を遥かに上回る、神代の演算システムによって。


 それにより……霊量子イスタール・クオンタムデータに高次物理演算上で共通する点が確認されれば、それはこちらの世界線でも理論上データや物質を構成する事が可能なためである。


 程なく――


「うん、これは行けそうだ。マグニア、こちらの世界で利用可能な当艦の霊量子イスタール・クオンタム配列分布を確認したよ。旗艦を構成する物質も、一部ならばこの世界に於ける分子配列に近しい構造だ。」


「あらそうですの?それならば、私の物質面でのサポートが力を発揮出来ますわ。」


「そうだね。ならばすでに僕が掌握する、ヒュペルボレオスの搬入用OP・Rオペレート・ロボットでの早急なる搬入に移ろうか。さらなるデータ解析はそれからだ。バーミキュラ、聞えるかい?」


 旧神世界と称される物理世界上とこちら側の、共通する理論体系を確認した星霊姫ドール調査組は速やかに次の行動へと移って行く。



 それは救生の当主界吏が四人の人ならざる少女を連れ立ち夜景観覧へと赴き、盾の大地ヒュペルボレオスへと戻った少し後の事であった。



§ § §



 重く圧し掛かった世界の危機と言う重責と、先の見えぬ明日を抱えた俺は暫くぶりの充分な休息を経て朝日を拝む。

 ただ……その日見た朝日がやけに憂いを帯びていたのは、気のせいではないはずだ。


 マスターテリオンが擁する食堂では、久しぶりのまともな朝食に在り付こうとする機関員でごった返す。

 けれど目にした食事を取る皆は一様に、これが最後の食事にならないかと双眸へ悲痛さえ滲ませていた。


「さすがに皆、あの宣告は堪えてる様だな。いままでのドンちゃん騒ぎが嘘みたいだぜ。」


「そう、ですね。マスター。」


 俺は馴染む和食の朝食をすませた所、同席したアイリスとその空間を一瞥する。

 当のアイリスに至っては、先の夜景観覧後に笑顔を取り戻し事なきを得たが――視界に映る状況もまたこれからの戦いでの不安要素となっていた。


「ああ、マスター界吏かいり――ここでしたか。シエラ様がお呼びになっておられますわ?」


「……っと、もうそんな時間か。ありがとなマグニア――と、ライトニングも?」


「「も?」とはお言葉だね、ジェントルメン。シエラ様に同席を仰せつかっているんだ。当然だろ?」


「悪りぃ(汗)じゃあ宗家からの輸送機は、もう英国領海に入ったって事だな。」


 俺を呼びに来たライトニングとマグニアは昨夜、他のアイリス含む星霊姫ドールを連れ立ち夜景観覧に向かった事で少々ゴキゲン斜めだったらしく――

 少しでも俺との会話を楽しまんと、余程緊急でない連絡に関してはわざわざ伝えに来る様になった。


 それを聞いたのは夜遅くに戻った頃の事だが……すでにその計画は発動しているようだ。


 言葉ではイケメン少女を演じるも、ウキウキと頭を撫でられるのを今かと期待する雷少女をしっかり撫で上げ――羨ましそうにする大地少女も同じく撫で上げる。

 そしてご満悦の二人を見やりアイリスと苦笑を交わしながら、向かうのは朝日が照らし出す長大なカタパルト。

 そこへ今日付けで宗家よりの搬入物があるとの事で向かった訳だ。


 が……俺がそこへ向かう理由はもう一つあった。


「……しばらくぶりだな、麻流あさる姉さん。」


「あれがマスターの実のお姉様……なのですね?」


「おお、まさにレディ。流れる黒髪はデータ上でも噂に名高い大和撫子だね。」


「そうですわね……。シエラ様とはまた違う美しさ――これが日本美人と言われるものでしょうか。」


 カタパルトに着陸する数機の宗家所掌輸送機。

 その一機から降り立ったのは、現在草薙の表門当主を勤める義兄にいさんの代理として訪れた人物。

 そして草薙家においては麻流あさる姉さんだった。


 すでに先んじてカタパルトで迎えたシエラさんと握手を交わす様は、日英を代表する美人が並び立つ神々しささえ感じてしまった。


「本当にお久しぶりです、麻流あさる様。ようこそマスターテリオン管轄、ヒュペルボレオスへ。」


「シエラさんも大きくなられまして。以前お会いしたのは、父 叢剣そうけんが亡くなる少し前でしたね。」


 そして語られる言葉は、シエラさんが麻流あさる姉さんと知り合いだと言う事実。

 それも親父である草薙 叢剣くさなぎ そうけんが、悲劇の死を遂げた8年前からの――


 親父の名を聞いたシエラさんの双眸が痛く悲痛に塗れたのを確認した麻流あさる姉さんが、程なく俺の姿に気付き歩み寄る。

 けど、後ろめたい事この上ない俺は思わず視線を逸らして言葉を洩らしていた。


「その……姉さん。正直今まで御家から逃げ回ってた手前、偉そうにもほどがあるんだが——」


界吏かいり君、その先は。今彼は——現表門当主である炎羅えんらは日本にて、試練ともなる件と相対しています。加えてこの英国での事件に端を発する非常事態——」


「その様な些細な事をわざわざ持ち出す場合ではない。あなたもそう理解していますね?」


「お見通しかよ。やっぱり炎羅えんら義兄さんと姉さんには敵わねぇな……。」


 歩み寄る姿は昔を思い出させるも、すでに義兄さんのパートナーたる母性が滲み出る——俺をいつも支えてくれた偉大なる存在。

 シエラさんとは違う緊張を抱く俺を見やる当の少佐殿は、少し面白くない感じを視線で送って来る。


 もうそれだけでも、シエラさんの明らかなる依然との変貌を確認出来る訳なんだが……。


 そんな俺に視線を一頻り送ったシエラさんは、姉さんがここに訪れた本懐へと切り込んで行く。

 そもそもその点が重要事項でもあるため、俺だけでなくアイリスやライトニングにマグニアも呼ばれた次第だ。


「では改めまして。宗家より戦力移譲となります擬似霊格兵装デ・イスタール・モジュール——〈タケミカヅチ〉の確認させて頂きます。」


 そう——

 すでにナイアルラトホテップが突き付けた地球の人質宣告を憂いた宗家が、今あちらも取り込み中であるにもかかわらず……こちらへなけなしの戦力輸送を申し出てくれていたんだ。



 現状機関が有する擬似霊格機動兵装デ・イスタール・モジュール〈タケミカヅチ〉の同型機。

 全高が10m足らずの……しかし、機関施設防衛に於いては十分に力を発揮するそれらを——

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