第65話 手を取り合うは人と、邪神と

 守護宗家よりの支援戦力たる擬似霊格兵装デ・イスタール・モジュール

 機関が最初から所有した個体を含めた四機が、揃い踏みな大格納庫。

 星纏う竜機オルディウス天使兵装メタトロンから比べればサイズの高は知れたもの。


 しかし残念チーフバーミキュラが、先のノーデンス戦での機関施設防衛に於けるそれなりの真価を見せた所——

 調整次第では機関防衛時以上の戦力増が期待出来た。


 それも踏まえた兵装調整のため、救世の当主界吏星の少女アイリスは大格納庫へ戦力的な面での助言をと訪れていた。


「こいつぁ宗家がL・A・Tロスト・エイジ・テクノロジー応用の上、宇宙戦闘も考慮して作り上げた試作機だが……このままじゃ正直邪神との決戦にゃ持ち込ねぇぜ。ケケッ。」


「まあそりゃ分からねぇでもないが……。そもそもその操縦者がいないんじゃ話にならねぇぜ?」


しかりだ。だが先日その候補がここに訪れあたしらに協力を願い出た——そうじゃなかったか?」


「……って、まさか——」


 残念チーフの思わせぶりな言葉に救世の当主が思考をフル回転させる。

 すると申し合わせた様に、その候補となる操縦者が揃って格納庫へと足を運んでいた。

 ただ人類より長きを生きたであろう長命組たるそれらは、視線の先の機動兵装にもさしたる驚きも宿ってはいなかった。


「なるほど、これが我らの協力を力とする兵装。整備員の腕次第で如何様いかようにも出来ましょう。」


「ふん……吸血鬼ヴァンパイアたる俺がこの様な、純然たる機械兵装を駆る核となるとはな。」


「シャルージェにシューディゲル、か……まあそれぐらいしか頼れる人材は存在しないわな。」


 嘆息する救世の当主。

 確かに機動兵装自体の性能は対邪神勢力には程遠く……しかしそれを補って余りある生身戦力保持者の搭乗で、戦力不足分を補う算段としていた。


 しかしそれでも——

 あの這い寄る混沌ナイアルラトホテップが呼び寄せた尖兵数から導かれる邪神軍総数を想定すれば、心許なさは否めなかった。


 そんな候補者登場を見計らい、残念チーフが追加の報告を口にする。

 救世の当主にとってはそれこそが、残念と呼ばれたチーフに求めた物だった。


「ああ、界吏かいりに朗報だ。現在クトゥグアとハスターは、ヒュペルボレオスでそれぞれ対応する専門機関に霊的接続が完了を見た。二柱の邪神に於いては……生命維持に成功したぜ?ケケケッ!」


「マ……マジかっ!すまねぇ、チーフ……恩にきる!って事は後はノーデンスだけだな。」


「まあ心配しなさんな。あの御仁は界吏かいりも剣を交えたから分かるだろうが——」


「それ相応の時間を要する事になるが……何、月宙域へ向かうまでには何とかする。」


 その言葉を最後に、残念チーフは残る作業を進めるため意識をモニターへと向け——当主も視線に感謝を込めつつ足早に場を後にした。

 足を向ける先は当然……二柱の邪神の元である。


 そんな救世の当主を見定める者がふと零す。

 悠久の時の中でさえ見る事も無くなった久しい感覚に、僅かな羨望を宿す様に。


「草薙家裏門当主 草薙 界吏くさなぎ かいり……か。今まで敵対していた邪神をあれ程までにおもんばかる心根——だが、場合によってそれは甘さとも油断ともなりうる。」


「そうではありませんよ?高貴なる真相よ。甘さとは、その後に己へ降りかかる試練にまで理知が及ばぬ事を言うものですが——」


「彼はその先に訪れるであろう事を全てを知り得た上で、己の行動を御しているのです。今はそう動くべきと……いかな試練すらも乗り越える覚悟で。」


「ふん……それは面白い。なれば我が主たる魔王も、一目置くであろうな。」


 違いに視線は交わさず、しかし言葉の応酬にて救世の当主を見定める。

 共に人ならざる者であり……重き言葉を。



 そう——

 救世の当主が取る行動は、元来敵対していたはずの二人にさえも奇妙な感覚を産み始めていたのだ。

 蒼き星に住まう……共に生きる生命としての絆とも言える感覚を——



§ § §



 胸を撫で下ろしたと言うのは今の様な状況を表すのだろう。


 決して地球の危機が好転した訳ではない——が、眼前で背中から襲撃されたあいつらが助かったと聞いただけでも心からの安堵を覚えた。


 チーフらがいる場所から離れたそこへ鎮座する、物々しい研究設備に早速陣取るカタパルトからすぐに向かったライトニングにマグニア。

 さらには何らかの意見交換などのために同席したであろう、ファイアボルトにエクリス——そしてウィスパニアと言う星霊姫ドールが揃い踏みとなっていた。


「ああ、マスター界吏かいり。ちょうど今彼女達の反応テストを終えた所だ。会話してみるかい?」


「そうか!じゃあ……ここに話しかければいいのか?」


 俺の姿を視界に捉えたライトニングの手招きに合わせ、俺も待ち詫びたと物々しいシリンダー設備へと足を運んだのだが——


『お前、草薙 界吏!くさなぎ かいりこの様な所業に及んだ事への、謝罪を要求する!憤慨かな、憤慨かな!』


『そうだね。このカス当主はボク達をこんな無様に生き長らえさせて、一体どの様な仕打ちを与えんとしているのか。こちらとしても説明を要求するよ……あぁ?』


 聞き慣れた狂気をぶち撒ける二柱の邪神が、慣れぬ体躯で暴言にまみれる。

 今の彼女らの状態は何とか保てた霊量子体イスタール・ボディを、星霊姫ドールを受け入れるガイノイドと呼称される魂の入れ物に移した所だった。


「ガイノイドそのものは、ヒュペルボレオスに既存する私達のスペアボディとも言える物ですが——彼女達を繋ぎ止めたのは紛れもなく……あの貝殻の旗艦から得た別世界の技術ですわ。」


「ちょうど彼女達は、あたし達とも相性が良かったからね!クトゥグアにはあたしのを——」


「そして~~ハスターにはエクリスのボディをあげたのだ~~!」


『憤慨かな、憤慨かな!私は!』


『ボクは、断じてないぞ!このカスドールズ!』


 マグニアからの説明の後、仮の身体を譲った形のファイアボルトとエクリスが説明を追加するが……それこそが不満の種であっただろう二人がキーキー騒ぎ出した。


 けれど——視界に捉えた邪神娘。

 先に感じた消滅の不安をようやく払拭出来た俺は、苦笑のままに二人のドールズへ謝意を示す。


 そんな噴出する不満解消と、邪神娘にマグニアが注釈を追加した。


兎も角、私達と違って貴女方は高位霊格相当ですわ。故に霊格を収める器たる私達の移し身を用いれば、その雰囲気ぐらいは自在でしょう。」


「そう……以外は。」


「あたしはチンチクリンじゃないぞっ!?」


『否、断じて否!どう見てもチンチクリン!よく拝むが良い!』


「『グヌヌヌッ!』」


 と追加したら、まさかのファイアボルトとクトゥグアが一触即発。

 だがよくよく考えれば……厨二的お子様思考なクトゥグアとイケイケなファイアボルトは、同じ炎を冠する事も含めて案外仲もよさそうだ。

 フワフワと見つめるエクリスの視線を受けるハスターも、以外にまんざらでも無い様だし。


 そこまでを視界に捉えた俺の服を掴むのはアイリス。

 視線で邪神と言葉を交わすは今と訴えて来た。

 それに首肯で応じた俺は——


 二柱の邪神娘へと切り出したんだ。


「少し落ち着けクトゥグア。ハスターもよく聞いてくれ。俺達が君らを救ったのは他でもない——」


「そこに言葉なんてない。ただ君らを救わなければと思ったら、皆行動していた――それだけなんだ。」


『そ、その様な理由で——』


『言い訳はあると思っていたが、そんな——』


 彼女らは口まで出かかった言葉を切る。

 俺が送った視線で、これから放つは偽りなき信を以って伝えんとする言葉と悟ったから。


「そんな君らに俺達マスターテリオン機関——いや、。」


「俺達がこれより臨む、残る邪神群との絶望的な戦力差となる戦いに……どうか力を貸してくれないか。この通りだ……。」


 ならば俺は己の誠心誠意を以って頼み込むまでだ。

 相手が元敵対存在だろうが、人ならざる存在だろうが関係ない。


 ありったけの願いを込めて……こうべを垂れた。


 僅かの沈黙。

 星霊姫達ドールズも場を読み口をつぐんでいる。


 そうして響いたのは呆れと——少しだけ照れを隠す様な二人の了承の言葉だった。


『……草薙 界吏くさなぎ かいり、お前の仁義は受け取った。なるほど——仁義とはこう言う事を言うと。良識かな、良識かな。』


『その下等なカス人類——いや……下等やカスとの言葉は撤回だ。その人類が臨むのなら……まあ助けてやらんでも、ない事もない。』


「ああ!恩に着るよ、クトゥグア!ハスター!」



 あの狂気を振り撒いていた存在は、その時より——

 俺達と因果に立ち向かう、救世の志士となったんだ。

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