第59話 舞い降りた狂気

「そんな……お前、ブラック——」


「クソカスがっ……だからお前の……様な、奴——」


 それは白翁の巨人が凶刃に貫かれたと同時。

 背後より舞い降りた異形の化身が、質量を持った三体の高密度量子機体へと別れ——

 残る二体がそれぞれ、力無く滞空する炎の化身クトゥグア黄衣の王ハスターさえも貫いていた。


 共に背中から貫かれたそれらは、急速に生命活動の減速を始める。

 

 それを貫かれると言う事は、なのだ。


 混沌に貫かれた白翁の巨人をその目にしてしまった救世の当主界吏

 ひるがえす機体モニター内で二人の邪神にさえも凶刃が及んだのを捉えるや……星纏う竜機オルディウスはしらせ、三体の邪神を機体出力の限り海中から引き摺り上げた。


「おいっ!クトゥグア、ハスター……気を確かに持て!爺さんもっ――テメェら天下の異形の邪神だろ!慎志しんしさん、こちら界吏かいり――」


「こいつらの状況を確認出来るか!あと、機関で邪神本体の生命維持を!」


『落ち着け、界吏かいり君!確かに邪神の機体はデータ上、霊的肉体を構成するそれと一心同体――機体損傷さえ何とかすれば生命維持は可能と推測するが……!』


 悲痛に塗れた表情で声を上げる救世の当主は、這い寄る混沌が未だ空域にいる事も無視して邪神達をおもんばかる。

 それには流石に不意を打たれた邪神たちも反論を辞さなかった。


『……バカ、もの……。ワシらは、超え行くべき……相手じゃぞ?それを助ける、なんぞ――』


『全く、理解に……苦しむ。難解、かな――』


『ボク達……なんか放っておけよ、この――カス当主。さっさとあの、いけ好かない……女を――』


「ざけんなよ……!俺が極めた武士道はな――眼前に傷付いた弱者がいれば、己の全てを懸けて救ってこその道だ!」


「敵だとかは関係ねぇ……そいつが正々堂々を貫いたなら、傷付く弱者となったそこへ唾を吐く様な真似はしねぇ!あまねく弱者全てへ手を差し伸べてこそ、真の武士道が貫けんだよっっ!!」


 邪神達への反論。

 それは救世の当主の魂の咆哮。

 貫かれたるその意志は、今この盾の大地ヒュペルボレオスにいるすべての味方へと染み渡って行く。


『娘二人は私が運ぶ!界吏かいりはノーデンスを!』


「……オリエル。お前――」


『皆まで言うな、友よ。弱者へ手を差し伸べるは、我が主とて同様。それが例え討つべき相手だとしても、慈悲を与えるかは別の話だ。』


『ケケッ!おい界吏かいり……さっさとそいつらを機関内格納庫へ運べ!正直現状では、そいつらの機体修復の目処なんざ立たねぇが――何かしらの方法は考えてみる!』


「オリエル、バーミキュラチーフ……すまねぇ!」


 聖霊騎士オリエルが――残念チーフバーミキュラがここぞと当主の言葉に突き動かされる。

 すでにそれを聞く機関員達でさえも、己が出来る全てを持って邪神を救うべく動き始めていた。

 さらにそこへ響く通信が、救世の当主の心を燃え上がらせる。


『聞えますか、界吏かいり君!すぐに邪神達を機関へと運びなさい!』


「し、シエラさん!アリスは――」


『心配には及びません。私が先んじてこちらへ帰還した所です。そこでこのこじれまくった状況には肝を冷やした所ですが……アリスもすでにこちらへウォガート卿と――』


 盾の大地ヒュペルボレオス空域へ現れた輸送機は数字を冠する獣機関マスターテリオン所属。

 罪越えし少佐シエラを運ぶそれ。

 だが――その通信を傍受していたのであろう混沌が、狂気をばら撒く様に咆哮を上げた。


「人間……貴女ですね、アリスをあの様な無残な姿へと変えたのは!貴女が――貴女が、貴女が、貴女が貴女がアナタガアナタガッッッ!!!」


 這い寄る混沌が、空域全てを飲み込む様な狂気をぶち撒ける。

 昼が傾くも日が落ちるには早い時間のその場所へ、宇宙の深淵かと思える暗黒が狂気の渦を巻いて大気を大きく歪め始めた。


『アイリス、この混沌の瘴気はマズイって!?』


『はわわわっ、これはだめな感じですぅ!!』


『あ~~流石にヤバイね~~!』


 空域で各古の翼ドレッドと供に滞空していた星霊姫達ドールズも、視界に映る深淵の渦に只ならぬ危機を感じ取った。


 その刹那――

 辛うじて場に間に合った者が、全ての狂気を消し去る様な声音こわねを響かせる事となる。


「それ以上の狼藉は私が許しませんよ?ナイアルラトホテップ。いえ――」


「混沌の使者を演じる定めを選びし、……ブラックウインド〈〉よ。」


 ケルト海域全体へ通信となって響き渡ったのは、観測者の力を喪失するも神々しき姿は健在であるそれ。

 王を継ぐ卿ウォガートの駆る飛行艇にて金色の御髪を揺らし現れたるは、星の観測者 アリスである。


 そう——

 地球の因果と宇宙の因果が交錯する様に、時が……うねりを上げて進み始めたのだ。



§ § §



 互いの信念を懸けた一騎打ち。

 奴も――ノーデンスもその背に何らかを背負い、だからこそ俺との勝負を進言したのだろう。

 奴の深層心理の底はもやにて察する事ならず……けど振るう三叉戟トライデントにはこれでもかと込められていた。


 俺が奴から感じたのは「我らを越えて行け。」と言う一筋の想い。

 それはシエラさんが、己の全てを懸けて協力を取り付けたアリスにも通ずる意志。

 詰まる所、だった。


 それを――


界吏かいりっ、格納庫の非常大扉を開放する!ノーデンスらはそこからこちらへ移送しなっ!』


「分かった、恩に着るよバーミキュラチーフ!オリエル、後は――」


『うむ、こちらは任せてあの忌むべき存在を叩き伏せて来るがいい!さすがにこの私も、先の蛮行にはいきどおりを感じた所だ!』


 バーミキュラチーフが……そしてオリエルまでもが俺の意志に共感する。

 すると開放された格納庫内では、整備班の誰もが邪神らを助けんと動いていた。


 その姿に俺は、自身が到達した武士道――かつて悲劇の大戦の中で英国の敵兵数百名を救い上げた伝説の士官のこころざしさえも思い出す。

 敵兵を救い上げた彼はそれらへ惜しみない救護の手を差し伸べ、そして時は流れて命を救われた英国兵から本人へと……その恩義が謝意となって返された。


 ――海の武士道――


 それに匹敵する救世の意志が今このケルト海――ヒュペルボレオスを包んでいる。

 だから……だからこそ、そんな一つとなる意志を踏みにじった狂気を許す事は出来なかった。


『その様な狼藉は許しません。ブラックウインド〈黒きアリス〉よ。』


『……これはこれは、アリスではありませんか。しかしなんと――観測者の力を奪った人類に斯様なほどこしを与えるとは、いやはや。』


『けれど彼らの犯した余りある業……それをこの我ら深淵になぞらえる邪神群が、許しえる事などできましょうか。いえ――それは無理です。無理な事なのですよ。』


 通信先でアリスとやり取りする這い寄る混沌。

 けど俺の意識がその会話すら耳に入れられぬ程に淀んでいた。

 まるで邪神の狂気が、俺の魂すらも浸蝕する様に――


「ナイアルラ……トホテップーーーーーーーーーーーっっ!!!」


 魂の深淵から吹き出る憤怒と憎悪。

 この肉体から魂に至るまでがそれに駆られ、竜星機オルディウスひるがえすと供に混沌目掛けて気炎を撒き散らした。


 その直後――

 俺の意識が謎の空隙へと誘われる事となる。


「……っ!?があああああああああああぁぁぁぁーーーーっっ!!?」


『マ……マスターっ!?』


 通信の遥か彼方でアイリスの声を聞いて程なく――

 それは俺の意識を包み込んで行く。


「(……ここ、は?何だ?――?アイリス、なのか?)」


『ワレハ……ワレ。オマエハ――』


「(違う。アイリスじゃねぇ。お前は……そうか、お前は――)」


 謎の空隙の中で足を抱えて浮かぶ姿。

 まるでアイリスの様であるも、どこかが違うその雰囲気。

 おぼろげな意識の中で見たその存在は、勇ましくて、気高くて……そして孤高で――


 そこまで思考した俺は理解した。

 俺が巻き上げた憤怒に反応し、それは姿を現したんだ。

 怒りと憎悪……その本質は祖先たる獣から受け継ぎし、生命の根源の力。

 俺達人類がかつて弱き存在であった頃に、長きに渡りそれを振りかざして闊歩する者達がいた。


 

 地上最強の生命種……竜の名を冠した――生命の王ティラノサウルス――



§ § §



 遥かな次元の彼方で輝くその欠片の内、一つが今一際輝き組み上がる。


 輝くトラペゾヘドロンが……真の竜の目覚めに呼応するかの様に――

 世界へ産み落とされた。

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