第60話 人質は……世界
「……なんと。今、確かに――これは
地球の観測者であったアリスと、〈黒のアリス〉と呼ばれた
遥かな高次元より届いた波動が混沌の興味を奪っていた。
同じく咆哮と供に這い寄る混沌へと飛んだはずの
制御不能で
『
突如気を飛ばした当主を案ずる
彼としても人生でも初であろう悲痛に顔を歪ませ、星の少女へ状況を問う。
が――僅かに陰る様な視線のままで、大丈夫との視線を送る少女は心なしか悲痛を表情に覗かせた。
『
救世の当主の容態は兎も角としても、この地球に這い寄る混沌が降り立った今は危機以外の何物でなく――
すかさず
刹那――
『アリス……。あなたは観測者の力こそ失った物の――因果を手繰り寄せる幸運は健在の様ですね。』
「褒め言葉として取って置きます。それが分かったならば、試練など不要――早々にこの地球より立ち去りなさい。」
吊り上がる口角のまま、這い寄る混沌が神であった少女を賛美し……視線は穏やかであるも強き意志でお言葉を返す
それに免じてか――混沌が申し訳程度の譲歩案を提示して来た。
『いいでしょう。あなたと因果の交わりに免じて、この場は引くとします。が――』
と言い放つや、異形なる巨人の腕が振り上げられた。
それを合図とし深淵が付き従える尖兵が顕現した。
だが、顕現した場所は蒼き星を守護する者達の眼前ではなかった。
「局長……衛星軌道上の監視衛星より、映像記録が――」
「なっ……この様な時にか!?一体今度は何が起こった!」
盾の大地の作戦司令室へ飛ぶアラート。
通信手からの声で困惑を顕とする盾の局長。
その局長が問い質した通信手の女性が、絶句する様にアラートの原因を伝えた。
戦慄と、狂気に蝕まれる様に……言葉を詰まらせながら。
「監視衛星からの映像は、その……この地球の衛星軌道上を、邪神の尖兵が埋め尽くす映像で――」
「……なん、だと!?」
そう――
這い寄る混沌が呼び寄せた邪神の尖兵……総数が概算で数十億を超えるそれ。
それが地球の衛星軌道上へと群がる、世の終末を思わせる地獄絵図であった。
戦慄と絶望を突き付けられた救世の使者達。
そんな姿を口角を上げて嘲笑する這い寄る混沌は告げた。
さらに人類を絶望へと叩き落すかの、譲歩となる宣言を――
『皆々様、すでに映像で事は確認致しましたでしょう。つまりはこの地球が人質と言う訳です。何――すぐに攻撃を仕掛けるなど無粋な真似は致しません。』
『こちらが提示するのは、これより一週間の猶予の後……あなた方が月宙域へと向かう事――これを譲歩の案と致します。ああ……拒否した時点で尖兵よりの集中砲火が、地上に住まう70億の人類を焼く事になるのでご注意を。』
告げられたのはまさに、地球の命運が
従う以外に道の無い……絶望的な宣告であった。
聖霊騎士を始め、あの騒がしきオペレータ娘達までもが絶句して言葉を放てず……
その時……それは響く事となる。
放った者は救世の当主。
だが——だがである。
『うおああああああああああっっーーーーーっっ!!』
「界、吏……君!?お……オルディウスがっ——」
耳にした誰もが現実を疑う様な……獣の如き咆哮が
同時にそこにいる誰もがモニター越しで視認した映像——それをケルト海空域に到達した
直立した人型であったそれは前傾姿勢へ。
背部防壁を形成していたモノがまるで竜の尾の如く、後方へと伸びる。
丹精なマスクであった頭部より上顎と下顎が突き出し……剥き出しとなる無数の牙。
『ダメ……ダメですマスターっ!まだ彼女はその力を制御しきれません!今それを解放してしまえば——きゃっ!?』
そして悲痛に叫ぶ星の少女の声も虚しく、飛行ユニットとして機能していた
『ゴオオオオオオオオーーーーーーッッ!!』
機体に備わる
狂気の根源たる這い寄る混沌へと猛烈なる突撃を敢行した。
§ § §
目にしたそれは今まで彼と竜機から感じたものではない、得体の知れぬ存在であった。
雄々しき白と蒼の鎧武者を地で行っていたオルディウスが……突如として変貌を遂げたのだ。
その姿は人型からは大きく離れ、理知が宿るそれには到底思えない。
例えるならば竜――それも西洋や東洋で語られる神話上のそれではない……実在した古代の生命。
数千万年前にこの地球で全盛を誇りし生命の王、ティラノサウルスの様な――
「あなた!輸送機をオルディウスの直線上へ!」
「はぁ!?いえ、少佐……何を言って――」
「問答は無用、急ぎなさいっ!」
それを視認し思考が停止しかけるも、辛うじて冴え渡る直感が身体を無意識に動かした。
少なくとも今、あのナイアルラトホテップと事を構えるのは得策ではない。
そしてあちらが観測者であり……先のノーデンス含む邪神の様に何らかの制約の元に動いているならば、向こうの譲歩を甘んじて受ける方が現在の人類に取っての最良。
けれど眼前の正気を飛ばした様な突撃を見過ごせば、その唯一の希望さえ水疱に帰してしまう。
だから私は無謀と分かってはいても、そう動くべきと身体が動いたのだ。
輸送機がオルディウスの突撃してくる射線上へ進路を向けたのを確認し、私は後部格納庫側のハッチへ走る。
「少佐……まさか!?無茶です、少佐!」
開放したハッチ部よりの減圧を伴う空気の流出が私の体温を一気に低下させ、呼吸さえも危うくなるその状況――その背に負うべきパラシュートも無視して一抹の望みに懸けた。
彼が意識を完全に飛ばしていなければ、必ず私を助けてくれると信じて――
私は……高空の圧力の壁に向けて――ダイブした。
それは命を懸けた行動。
想像を絶する業を背負ってしまった今の私は、例え自害したとて許しを乞えるとは思わない。
だからこそ私はこれからもその業を背負って生きなければならないんだ。
こんな所で死ぬ訳にはいかない――いかないからこそ命を懸けた。
高空からのダイブに必要な全ての装備を持たずに飛んだ私に、大気と言う刃が容赦なく叩き付けられる。
ここは海上――けれど、そんなモノは意味をなさない。
数mの高さからの落下に耐えられぬ人間……落ちれ死ぬだけ。
それでも今この時、彼を止めなければ世界が終わる。
躊躇なんてするヒマはなかった。
大気圧で呼吸すらまともに出来ぬ私の眼前に、それは猛烈なる勢いで迫り来る。
ともすればそれに弾きとばされて絶命もありえた。
その私の聴覚に響き渡ったのは――
『うぅあああああっっ!!シエラさんっっ!!』
暴走する竜の双眸へ、強き輝きが宿ったのを感じた時には……前傾姿勢となったその腕部が優しく開かれ――
重力落下を相殺する様な感覚に見舞われた。
程なくその身が巨大な掌へ受けとめられると――安堵交じりの叫び声が続いて聞えて来たんだ。
『何してんだよあんた!?俺が間に合わなければ死んでた――』
「あなたがあのまま暴走して突撃したら……ナイアルラトホテップは躊躇なく、衛星軌道上全ての尖兵から地球へ無慈悲なる砲火を撃ち放っていた――」
「そうなれば、死んでいたのは世界。どう?冷静になったかしら?」
『……ったく。話せる様になったと思えば、今度は無茶苦茶やりやがる。けど――感謝するぜ、シエラさん。肝も冷えたけど頭も冷えた――』
『あんたに死なれちゃ、俺としても……その、何だ――まあいいやっ!』
怒鳴りつけたかと思いきや、今度は照れる様にたじろぐ私を救った
そんな彼だから私は救いたかったんだ。
私を救ってくれた彼を、今度は私が救う番だと心に決めていたから――
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