第55話 邪神を欺くは、研ぎ澄まされし知略

 ケルト海から浮上した水竜の突撃で、深淵に準える邪神達が纏めて弾け飛ぶ。

 すでに盾の大地ヒュペルボレオス施設内侵入を試みた異形共を蹴散らした、〈雷〉と〈地〉の星霊姫達ドールズも感嘆を覚えていた。


「なんだい、この時代のマスターは想像以上にやるじゃないか。僕もここまでかの竜機を自在に操るマスターは、いつ以来か分からないね。」


「同感ですわ。私達にまで、アイリスの歓喜に打ち震える意志が伝わって来ましてよ。あ……気が付かれましたわ。」


 そんな機関内側の星霊姫達ドールズは、仮措置ではあるも救護を施した残念チーフバーミキュラを機関隊員案内の元……医療区画のベッドへと運び――その安静を確認した頃であった。


「んあ……?アイリスが二人?いやちげぇな――まさか、目覚めた残りの星霊姫ドールかい?あんたら……っく!?」


「はじめまして、僕はライトニングだよ?レディ。しかし今は安静にする事をお勧めするよ。」


「ケケッ……なんだ、アイリスとはやけに毛色の違うお嬢さんじゃねぇか。だがあたしがとは――それ相応の年月を過ごして来たってとこかね。」


「あらあら、私達がなんて。そんな照れますわ。」


「……マグニア(汗)そんな自虐はいらないし、照れる所でもないからね?僕達にはそもそも、年齢と言う概念が存在してないだろう。」


 復調を見た残念チーフの視界に映る星霊姫達ドールズ

 だがそこには星の少女アイリスとは大きく異なる雰囲気と特徴を持つ姿。

 けれどこの残念チーフは当然、彼女らが人ならざる兵器の類であると言う概念を欠片も抱いてはいない。


 言うに及ばず救世の当主界吏や現在の罪越えし少佐シエラの様な、人としてその少女らと相対していたのだ。


「チーフっ!ご無事で!?」


「でけぇ声出すな。傷に響く。完全復調はしてねぇんだ、ケケッ。意識飛ばしてたから分かんねぇが、このお嬢さん方があたしを助けてくれたんだろ?まずはそっちへの礼が先だぜ、ケケケッ。」


「そ、そうでした!星霊姫ドールのお嬢様方、我らが機関の誇るであらせられる、バーミキュラチーフを救って頂き――ってえぇ!?」


「てめぇは、傷も癒えぬあたしにケンカ売ってんのかい?初対面のお嬢方にその紹介はねぇだろう。あとは被ってっからな?」


 医務室ベッド隣まで駆け付けた研究員の男性。

 チーフを案じて駆け付けるが、礼を先にと振られこうべを垂れながら吐き捨てたまさかのセリフ――超反応した残念チーフより脇腹への突きがお見舞いされた。


 それを視界に入れた二人の星霊姫ドールは破顔する。

 眼前の者達の行動は、今邪神と戦場で会い見える救世の当主ら同様……星霊姫ドールとの対話に兵器を扱う様な言動は皆無であったから。

 同じ人と接する様に――や、


「礼には及ばないよ、ジェントルメン。僕達は覚醒の命を受けた時点で君達への協力も惜しまない所――それよりも今は、優先すべき事があるんじゃないかい?」


「ええ。邪神軍への防衛兵装を再構築――同時に、大きくダメージを負ったここヒュペルボレオスの修復を優先すべきかと……わたくしより提案させて頂きますわ。」 


「幸いにもわたくしのシンボルである〈地〉は、万物に於ける物質をつかさどりますの。チーフ様の傷を仮治療したのはその応用――ですが本来私の能力は修復や建造に力を発揮しますの。」


「因みに僕の〈雷〉は万物の電子的、さらには量子的な部門での制御が主となるね。電子配列機関修復なんかは僕の専門分野さ。」


 暖かい空気を惜しむ様に、星霊姫達ドールズが推し進めるは今を打開する策。

 そこへ打ってつけとも言える存在である二人の言葉に、残念チーフの双眸へ鋭さが宿った。


「ケケケッ!そりゃおあつらえ向きじゃねぇか。だったら――おいてめぇ、お嬢さん方と機関内の破損区画へ向かえ!そこで協力して機関の防衛システム再構築にかかるんだ!」


「局長にはあたしが連絡を入れとく――前線で命張ってる界吏かいり達の気をわずらわせるなよ!?」


「い、イエス・マム!!」


 吊り上がる口元で、気持ちだけはいつもの調子を取り戻した残念チーフ。

 その怒号に背筋を伸ばして対応する研究員。

 そんな様を見やり頷き合う星霊姫達ドールズと供に、機関防衛システムの突貫修復作業が始まるのだった。



§ § §



 大きく弾かれ体勢を立て直す炎の化身クトゥグア黄衣の王ハスター

 言うに及ばず――海上で共闘した天使兵装メタトロン古の機械翼ドレッドノートによりまんまと誘い込まれた先……海中より突撃してくる大海纏う水竜オルディウスが打ち上げた、の餌食となったから。


 さしものお転婆邪神娘も、その様な事態に遭遇するなど想定の遥か彼方。

 連携も回避もないまま直撃を受け無視できぬ機体ダメージを負う事となる。


「だから巻き添えを食うと――」


『それは説明不足!ジジィ、謝罪を要求する!憤慨かな、憤慨かな!』


『てか、燃えカス!今はそんな事してる場合じゃないだろ!?これ程の事をしでかしてくれたカス当主に目に物を――』


 そこに見え隠れするは、

 万物に於ける頂点である観測者に準える者が、他と手を取り合うなどはそもそも概念に存在していないのだ。

 一時の共闘でさえ……その間に互いをけん制する様な意識が入り込み、連携精度を低下させる。

 しかし強者であるそれらは、今までそれで何の問題も存在しなかった。

 彼らに敵う存在は同じ観測者に準える者だけであったからだ。


 だが今――……深淵より来る邪神の前に立ちはだかったのだ。


 邪神らの仲違いを尻目に海上へと躍り出た大海纏う水竜オルディウス

 が、未だアクア・ドレッド換装状態であり――海上での戦闘では不利と言わざるを得なかった。


 その水竜は突撃の勢いに任せて空中へと躍り出る。

 不利であるはずの機体に、それを匂わさぬ様に敢行する突撃。

 さらにそれを察した天使兵装メタトロンが合流せんと舞い飛んだ。


 救世の当主界吏の行動に同調した聖霊騎士オリエル

 彼はすでにアイコンタクトにて、邪神らの画像に身振り手振りを絡めた即興戦術が当主より伝わっていたのだ。


「……次は二体で我を強襲する腹か!カカカッ……海上だからとて、このワシが遅れをとるとは——」


 さらにその背後では炎の化身クトゥグア黄衣の王ハスターをそれぞれ、星の翼テラーズ・ドレッド炎の翼フレア・ドレッド……そして風の翼ワイズ・ドレッドが牽制にて押さえ込んでいた。


「また、こいつら邪魔立てするかっ!?苛立たしきかな、苛立たしきかな!」


「こんな大型戦闘機如きでボクを屠れるつもりかい!?カス人類はっ!」


 お転婆邪神娘さえ、立て続けに妨害された事で苛立ちから思考を停止させた。

 大海の巨躯ノーデンスすらも……己を迎え撃つは二柱の救生機神と——あらゆる想定が誘導されていた。


「……じゃあ行くぜ、オリエル!俺達人類は弱き者だが……それ故に成せる知略ってものがあるって事を思い知らせてやろうぜっ!」


『いいだろう……こちらもすべては織り込み済み!では……我ら人類の叡智を結集した、研鑽が生む戦いに主のお導きを——エイィィメンッッ!』


 刹那——

 突撃を敢行した二柱の救生機神が……二手に分かれかすめ飛んだ。


「な……何と!?」


「これはっ!?」


「また、搔き回す気かよっ!?」


 意表を突かれた三邪神は慌てふためく。

 それに構わず天使兵装メタトロンが飛んだのは……風の翼ワイズ・ドレッドに足止めされた黄衣の王ハスターの方角である。

 次いで大海纏う水竜オルディウスが飛ぶは、炎の化身クトゥグアの方角——正確に言うならば炎の翼フレア・ドレッドの元であった。


「いきなりで悪りぃな、ファイアボルト……だっけか!ウィスパからの霊的なやり通りに対応してくれ!」


『ニシシッ!いいよ、新たなるマスター!なんか腕が鳴る~~!んじゃ——』


「ああ!竜機換装……——超火竜機形態フレア・ドゥラギックモード!!」


 火の少女ファイアボルトとの言葉のやり取りもそこそこに——

 現れたるは炎の化身……救世の当主が力を借りる破壊の炎神ヒノカグツチと好相性でもある、の姿であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る